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第十九章 植物の国と奴隷商

雲の上での逢瀬

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ずっと気になっていた二つの約束の全てが分かった。それを果たす方法はまだ分からないけれど、目標が出来たというのは大きい。

『ふふ、ヘールー』

「な、何?」

『黒』はずっとふにゃっとした笑顔で、僕に抱きついている。高所という恐怖からそう派手には抵抗出来ない、抵抗する必要も無いのかもしれないが……

『大好きー』

可愛らしい笑顔でそんなことを言われては、体をピッタリと密着させられては、僕は照れて死んでしまう。そんなくだらない死因は嫌だ。

「ちょ、ちょっと離れてよ……恥ずかしい」

『誰もいないのに?』

「……そういう問題じゃないだろ」

『そう、なら離れるよ』

予想に反して『黒』はすんなりと僕から離れ、鳥の首にもたれかかる。

『こーんなに可愛い美少女が大好きって言って抱きついている、それにここには誰もいない。君さぁ、据え膳食わぬは男の恥って言葉知ってる?』

「……あのさ、誰もいない誰もいないって言ってるけど!  下にいるよね!?  背中に乗ってるんだよね僕ら!」

『しゃっ君はそういうのじゃないから、生き物っていうより乗り物だから』

「乗り物扱いしたらしゃっ君可哀想だろ!  ってなんだよしゃっ君って!」

僕の言い分には耳を貸さず、『黒』はため息を吐いて僕に背を向けた。
鳥の首に腕を回し、ぶつぶつと僕に聞こえる程度の小声で愚痴を言っている。相変わらず意気地無しだとか、甲斐性なしだとか、大当たりの言葉を好き勝手並べ立てる。

『……まさか今世は他に女がいるのかな、そんなの初めてだよ、今まではずっと一途に僕に巡り会うのを待ってたくせに……浮気者』

「あーもうなんだよ!  言いたいことあるならハッキリ言えよ!」

『意気地無し!  甲斐性なし!  女たらし!  浮気者!  健忘症!』

「そんなにハッキリ言わないでよ!  傷つくだろ!」

『ガラスのような心なんてもんじゃないね!  なんだろ、もう……サラサラの砂の城?』

「そもそも形にならないじゃないか!  そんなに酷くない!  ガラスくらいの強度はあるよぉ!」

奇妙な口論を繰り広げていると、鳥が一声鳴いて急旋回した。落ちそうになって『黒』に抱きとめられ、恐怖と照れで声が出せなくなる。

『しゃっ君?  何?  どうしたの?  え……うわっ。でも君なら逃げられるだろ?  うんうん、いい子だね、頑張って』

『黒』は磨りガラスを引っ掻くような不快な鳴き声を上げる鳥の頭を撫でる。
『黒』は僕を挟んで鳥の首に腕を絡めている、急降下や急旋回に耐える為にその腕の力は強くなる。

「……く、『黒』?」

『ごめん、苦しいだろうけど我慢して。すぐに撒けると思うから。今ちょっと鳥系統の魔獣が大量に来ててさ』

「そうじゃなくて、その……胸が、その」

僕の鎖骨あたりに当たる柔らかいもの。久しぶりの感触は、やはり──いや、これは思考するのも憚られる。

『え?  何?  ごめん聞こえない。乾くから口閉じてた方がいいよ』

「………………柔らかい」

『うわ、キモっ』

「聞こえてるじゃないか!  悪かったね気持ち悪くて!  どうせ僕はそんな奴だよ!  こんな状況でもそういうこと考えちゃうクズだ!」

僕は今落ちないように『黒』の背に腕を回しているのだが、正直その手を離して触りたい。
状況は分かっているし、落下死なんてしたくない。
だから実行には移さないが……移したくて仕方ない。僕にだってそういう願望はある。

『嘘だよ嘘、気持ち悪くないって、別に触ってもいいしね』

「えっホント……いや、触らないよ!?」

『そうだね、据え膳とか言ったのは僕だけどさ、状況も場所も最悪だしね。また今度改めて、ね』

「あ、改めてって……」

『…………本当に、好きなんだ。何度も何度も君の死を見送ってきた、君の人生はいつも不幸の連続だった。でも君は、いつも僕に笑いかけてくれてた』

ふざけた会話をしていたのに、急に真面目な顔をする。
妙な願望を抱いたり照れたりしているのが恥ずかしくなって、僕は『黒』の背に回した腕の力を強めた。

『君は何回も言ってくれた。「君に会えただけで幸せだった」って。本当に馬鹿だよ、神や世界を呪ってもいいだけの目に遭わされても、そう言って死んでいった』

「『黒』……君は、君はずっと僕を幸せにしてくれたんだね。ありがとう、『黒』」

『…………君が、そうやって笑うからっ……僕は、また君を……』

「君みたいな綺麗な人に愛されてたんだ、前世の僕は本当に幸せだったんだよ。もちろん僕も、今とっても幸せ」

『……今も、酷い目に遭ってるのに?』

「『黒』が居てくれるから」

『………………馬鹿』

『黒』はそれきり黙ってしまった。僕は気の利いた言葉が思い付かなくて、無言の時が続いた。
雲を突き抜けると飛行が安定する。どうやら追ってきていた魔獣達を振り切ったようだ。

それにしてもこの鳥はあの液体の影響を受けないのだろうか?  同じように呼び出されたあの蝮のような魔物も僕には見向きもしなかった。

「……この鳥はさ」

無理矢理に話題を変えようと、ボソリと呟く。

『しゃっ君ね』

それは愛称なのだろうか。自分に『黒』と名付けるくらいだ、雑なのは仕方ないのかもしれない。

「…………しゃっ君はさ、僕食べようとしないの?」

『その変な薬作ったの顔無しだろ?  自分の手下使えないと困るだろ?  そういうこと』

使役しようと呼び出した魔物が僕を食べたがって命令を聞かない──確かに困るな。少し考えれば分かる事だった、もっと柔軟に深く考える癖を付けなければ。ムードを壊してまでする質問ではなかった。

『ところでさ、顔無しって今どこにいるか分かる?』

『黒』が顔無しと呼ぶのはナイの事、時々反芻しないと忘れてしまいそうだ。どうしてそんな呼び名なのか、理由を知らないから全く覚えられない。

「少し前だけど倉庫にいたよ、今は分からない……でも、大怪我してたから、そんなに動き回ってないと思う」

『大怪我?  そう……ふぅん、ならいけるかな』

『黒』は鳥の頭を軽く叩いて方向を変えさせる。
目指すのは科学の国の中心を少し外れた場所にある研究所だ。

『顔無しがまだ研究所に戻ってないなら、忍び込んで対抗薬を作ろう』

「そんなこと出来るの?」

『僕は君が思ってるよりも優秀だよ。彼とずっと遊んでいたしね』

「『黒』の方こそ浮気者なんじゃ……」

『何?  薬作らなくていい?  このまま魔物に食べられたい?』

「対抗薬が作れるなんて、『黒』すごーい、尊敬しちゃーう」

『あっはは、だろ?  もっと惚れていいよ。それと、僕は君だけを愛してるから安心もしていいよ』

「……そ、そう?  そっか……嬉しい」

『黒』と話している時は自然体で居られる。
媚びへつらう事もなく、大して気を遣う必要もなく、からかうような軽口を叩き合っても平気だ。
何度も出会っては愛し合ってきたんだ、相性がいいのは当然のこと──いや、これはちょっと恥ずかしいな。

『よし、もうすぐ着くよ』

鳥はゆっくりと旋回し始める、あの急降下でなかったのは僕にとっては幸運だ。
そして、彼女にとっても。

『……しゃっ君!?  どうしたの、しっかり!』

翼を引きちぎられて、ぎゃあぎゃあと喚きながら鳥は空中で意味もなく藻掻く。
僕は落ちていく中、「待っていた」と笑うベルゼブブの姿を見た。
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