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第十八章 美食家な地獄の帝王

吸血悪魔の様子

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鼻歌を歌いながら、踊りだしそうに軽い足取りで城に向かう。そんな兄とは正反対に僕の足取りは重い。まるで大きな岩でも縛り付けられているかのように、重い。

「……何であんなこと言ったんだよ」

城は見えるからと案内を断り、兄は一人先頭を歩いていた。楽しそうな兄に聞こえないように、後ろのメルに小声で話しかける。

『し、仕方ないじゃない。お金がダメなら魔術しかなかったのよ。ワタシが知ってるのなんて魅了くらいだし……』

本気でメルを責める気はない、この異常事態を解決したいのは僕だって同じだ。死人が出ているなんて聞いて、個人的な理由で無視は出来ない。

『それに、世界の王になるって言ったら、美女を侍らせると思うじゃない。そういうの最初は良くてもすぐに飽きるのよ、体だけだから。だから本当に惚れさせたいって思うはずなのよ。なのに……弟に使うなんて、頭おかしいわよ』

「おかしいって言ったじゃないか」

あぁそうだ、おかしい。兄の愛情は僕の勝手な妄想だったはずだ、兄からの暴力を愛情だと思いたがった馬鹿な僕の錯覚のはずなのに。

『想像と方向性が違ってたのよ……殺人鬼的なのだと思ってたのに、ブラコンなんて……』

「ぶ……?  え、なんて?」

『ブラコンよ、ブラコン!  ブラザーコンプレックス!  普通弟に魅了なんて使いたがらないわよ!』

「だ、だからにいさまは普通じゃないって言ったじゃないか!」

僕が一番混乱している。兄が僕に魅了を使いたがるのなら兄の愛情は存在するのではないか、と。そんな新たな説が現れて僕の頭の中はもうぐちゃぐちゃだ。

『ブラコンなんて言わなかった!  キレやすいくらいしか聞いてない!  アナタに関わると殺されるとかしか聞いてない!』

「にいさまは僕のことお気に入りのオモチャぐらいにしか思ってないと思って……わっ」

どん、と兄の背に顔をぶつける。会話に夢中になって前を見ておらず、立ち止まった兄にぶつかったのだ。
そして僕は、先程の会話を思い出し──大声をあげていたことを思い出し、戦慄する。おかしいだとか普通じゃないだとか、兄の聞こえる場所で口走ってしまった。血が凍るような寒さを感じながら振り返る兄をただ眺めていた。

「に、にいさま、僕……別に、その」

言い訳を、何か言い訳を。僕の頭はそればかりで何も浮かばない。

『ふふ……大丈夫、すぐに僕が大好きになるから。今のうちに怯えておきなよ、そんな感情はもうすぐ消えるんだ』

それだけ言うと、兄はまた歩き出した。心做しか少し飛び跳ねているようにも見える。

「……助かった」

『……ごめん』

「うん、いいよ。大丈夫、もう……いいよ」

『え……嘘、いいの?』

「痛いことされないならもうどうでもいい」

兄は僕が言う事を聞かなかった時に暴力を振るうのだから、僕が兄を好きになれば言う事を聞くようになるだろう。
待て、確か兄の趣味は研究と僕の虐待で──あぁ駄目だ、そうだった。やっぱり駄目だ。

『よくないって顔してるわよ』

「……僕も、家族は欲しいし」

メルに言っても仕方がないから、納得した振りをする。

『不満そうだけど』

「大丈夫」

『ねぇ、嫌なら嫌って言って』

「嫌って言っても無駄じゃないか……何?  嫌って言ったら教えないの?  約束破ったら殺されちゃうよ。そんなのダメだよ」

メルは俯き、それきり話さなくなる。別にメルがそこまで気にする必要はないのだ。兄が好きな弟なんて普通だろう?  平均以上に懐いた弟、それでいい。
そう、兄が普通に可愛がってくれるのならそれでいい。嗜虐趣味を思い出し、余計な事を思い出すなと自分を責めた。


城に着くと血の匂いは薄れ、代わりに甘いグミの匂いが漂ってくる。人の体内を思わせるような色合いの城門をくぐり、静かな城に足を踏み入れる。

『今、城の中には人は居ないわ。セネカが食べちゃいそうだから外に出したの』

『その後は共喰いしたのかな?』

『……多分』

『出した意味無いんじゃない?  その悪魔に喰わせれば良かったのに』

考え方で分かる、兄は本当に人ではなくなったのだと。いや、元からこんな考え方だったような気がするな。そうだ、自分以外の人間は塵芥という考え方だった。兄は人でなくなっても大して変わっていない。

『ダメよ!  もし人を食べたら本当に我慢出来なくなる』

『食べたい時に食べられないってのは辛いものだけどね』

城内に人の気配はなく、また物音一つしない。
兄は食事の大切さを愚痴のように呟きながら、メルに先導させセネカの元へ向かった。僕もすぐに後を追う、踏みしめるほどに沈むグミの階段は二度目でも慣れない。

『ここよ。けど……セネカにはあんまり近寄らないでね、やっぱり生き物が食べたいと思うから』

『そ、じゃあヘルはここで待っててね』

兄は部屋の中心へ向かって行く。その足取りに迷いや躊躇いはない。
部屋の中心にはお菓子が天井まで積み上がり、その山の影からはコウモリのような羽が見えた。
兄がお菓子の山の前で足を止めると、一部が崩れそこから青い瞳が覗いた。空を閉じ込めたような真っ青の瞳は丸く、兄を映している。

『やあ、えっと……セネカ君?  こんにちは。早速だけど、君が影響受けてる呪いの出処を知りたいんだよね』

兄の言葉を遮るようにお菓子の山を突き破って鋭い爪が現れる。防護結界に阻まれた爪。兄が魔法で作った紐で腕を縛り体を引きずり出すと、見覚えのある少女の姿が現れる。

「セネカさん!  セネカさん、大丈夫ですか!」

部屋の入口から声をかける、セネカは僕を見てにぃと口の端を歪めた。

『……君さ、話せる?』

兄はセネカの顎を掴んで無理矢理目を合わせる。

『…………スライム?  不味そう』

『は?  失礼だね、君』

セネカは兄には何の興味も示さない。これ以上は時間の無駄だと兄がセネカを行動不能にする為の魔法陣を空中に映し出す。
セネカは魔法が放たれる直前に姿を小さなコウモリに変え、狙いを外させた。

『しまっ……ヘル!  逃げろ!』

僕の目の前でセネカは少女の姿に戻り、自ら手首を傷つけ血を流した。流れた出た血は剣となり、ローブに施された防護結界に突き立てられる。ローブに刻まれた魔法陣が淡く輝き、ヒビが入った結界が修復される。セネカが真上に跳んだかと思えば、結界に火球が着弾した。

『ちょ、ちょっと!  火はダメよ、お城が燃えちゃう!  セネカにもあまり怪我させないで!  出来れば気絶で……そうだ、雷!  電撃は!?』

『面倒臭いなぁ。威力低下で……雷槍!』

眩しく光り輝く槍は小さなコウモリに躱され、グミの壁を破壊する。壁を穿っておいて威力を下げたものだなんて、威力がそのままなら城が壊れていたのではないか。

『小さいし速い……鬱陶しい、っのコバエが……っ!  誘導陣生成、対象指定、もう一度……雷槍!』

コウモリは慣れた様子で当たる直前に急旋回をする。槍はそのまま壁に──とはならず、正確にコウモリを追いかけた。コウモリは予想外の動きを避けきれず、背中の中心に槍を受けた。ピンクの毛は更に丸まり、ところどころに黒い焦げが出来ていた。

『よし、当たった……けど、話聞けなかったね』

『ワタシも知らない術者の場所をセネカが知ってるとは思えないわ』

『は?  君が城に行けって言ったんだろ?』

『セネカを鎮めておきたかったの』

『はぁ……じゃ、地道に探すかな。呪いの魔力を探知……ああ、これ変質系じゃん。探知は厳しいかな』

兄が描いた魔法陣は矢印となり、ふらふらと漂いながら下を指した。

『下……また?  まぁ仕方ないか。ヘル、おいで』

手招きをされ走り寄ると、兄は僕のローブに魔法陣を増やした。

『え?  あ、あれ?  居なくなった!?』

『……これで何にも見つからない。これならヘルが襲われる心配はない、探知に集中出来るよ。ヘルも何か適当に探しておいて、危なそうだったら僕を呼びなよ?  念じるだけで伝わるから』

「わ、分かった。今僕どうなってるの?」

『この魔法は周囲の知的生命体の認識を歪めるものだから、ヘルは何も変わりないよ』

『い、いない……そこにいるの?  全然見えないわ』

メルは僕の立っている場所とは少しズレた空間に手を漂わせ、不思議そうに目を丸くする。

『音も匂いも触感も消してある。ローブを脱がなければ僕以外には君は認識出来ない。走っても平気だよ』

「わぁ……凄いね。ありがとうにいさま」

『じゃ、僕は探知に集中するから話しかけないでね、余程のことがない限り』

兄はそう言うと動き出した矢印を追いかけ、部屋を出ていった。
メルはしばらく僕を探していたが見つからず、セネカを別の部屋に運ぼうとしていた。手伝うに手伝えず、僕も兄に言われた通りな探索を始めた。
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