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第十七章 滅びた国の地下に鎮座する魔王

兄弟の話

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僕の前世、一万年前の魔物使い。全ての魔物を統べて魔王となった者。
色々な国で色々な人から聞いた話。
僕は誰かと約束をしていて、その約束が何かに乱されて、神魔戦争が起こった。
約束という言葉にいつの日か見た夢を思い出す。光に包まれた世界の、見回す限り白い牢屋。その中に横たわる僕に儚く微笑みかける少女。彼女は『捕まっちゃったね』なんて笑って、僕を檻から出してくれた。
あれは、もしかしたら夢ではなかったのかもしれない。魂の記憶が蘇って──なんて、今の僕には分からないか。

「ねぇ、約束ってさ、ずっとあったんだよね?  一万年よりもずっと前から」

『やくそくっていっても、ただのくちやくそくで……魔物使いがやぶることも、おおかったみたいだよ。でも、一万年前に、あらたにかわされたやくそくは、とってもたいせつなこと』

「えっと、僕は同じ人と違う約束を二つしてるの?」

『そうなるね。くわしくは、わからないけど』

僕を殺そうとしていたくせに、僕の質問には答えてくれる。今、どういう心境なのかは聞いたとしても僕には理解出来ないだろう。

「内容、とか」

『しらない』

「本当に?」

『しらない』

天使は翼を絞って少しずつ水を追い出している。だが、染み込んだ黒はなかなか抜けず、真っ白だった翼は半端な灰色になってしまっていた。
天使はその翼を見て、俯いて、涙を零している。泣きながらのたどたどしい言葉では、真偽が分からない。

「話……変わるんだけどさ、アルがなんで起きないか分かる?」

『まかいのさいしんぶだから』

「どういう意味?」

『たいきちゅうのまりょくのうどが、ちじょうのひじゃない。まりょくのえいきょうを、うけやすい魔獣は、しょりしきれずに、こんすいじょうたいになる』

「え……昏睡?  大丈夫なの?」

『なれたら、おきるよ』

「そっか……ありがと、教えてくれて」

『べつに、おしえないいみもないってだけだから。きみにかんしゃされたいってわけでも、きみたちをたすけてやろうってわけでもないから、かんちがいしないでよね』

自分を殺しに来たような奴に感謝するのもおかしいかとは思うが、今は何も出来ないみたいだし……今のうちに仲良くなれば、見逃されるかもしれない。
なんて打算もあったりして。それならもう少し近づいた方がいいか。

「魔力濃度がどうこうってさ、僕は大丈夫なのかな」

僕は質問しながら天使の真横の岩場に腰掛けた。

『だいじょうぶじゃない……って、なに?  なんで、こっちきたの』

「大丈夫じゃないの?  え、でも僕なんともないよ?  あ、もしかしてこのローブのおかげだったりするのかな、だとしたらにいさまに感謝しなきゃだね」

隣に座ったことに疑問を抱かせように、抱いたとしてもそれを外に出させないように、僕自身も聞かないように、ひたすら喋る。

「いや、にいさまは結構凄い魔法使いなんだよ、僕と違ってさ。性格がもう少し良ければなぁって感じなんだけど。アルもそう言ってたなぁ。それでこのローブはにいさまに──」

『うるさい』

「ごめん」

失敗か。
僕に対人関係を良好にしろなんて、そもそもが無理な話だったのだ。仕方ない、十年以上誰とも話していなかったのだから。

『……きみ、おにいさんいるの?』

「え?  あ、うん。いるよ」

聞いていたのか。意外だ、雑音と思われていなかったなんて。

『そう』

「えっと、それが何?」

『…………べつに』

「そう?」

雑音と思われていなかったところで、面白い話でもなかったので会話にはならない。
会話がダメなら何か手助けでもして恩を売るか、黒い液体のせいで汚れているし、僕にも手伝えることは山ほどある。

「あ……ねぇ、羽、絞るの手伝おうか」

『は!?  いや、ぜったいいや!  さわらないで!』

「ご、ごめん」

体に見合わない、一枚で身体を覆えるほどの大きな翼。平均以上のそれを平均以下の小さな手二つで絞ろうなんて、無謀が過ぎる。だが、翼に触れられたくないとそこまで拒絶されては仕方ない。

「あー……髪、整えようか」

『いや!  ぜっったいにさわらないで!』

髪もダメか。天使にとって翼は大切なものらしいから、翼に触らせてくれないのは仕方ない。髪なら大丈夫かと思ったのだが、そうでもなかった。

「じゃあ……えっと、なにしてほしい?」

情けないが、もう聞くしかない。

『しんでほしい』

聞かなければよかった。

「それ以外」

だがまだ諦めない、諦めない心は大切だ。

『きみのたましいがほしい』

「同じだよ、それ」

諦めよう、人生諦めが肝心だ。アルが起きるのを大人しく待つことにしよう。
そう決めて長い時間が過ぎた。時計どころか太陽もないので、正確な時間は分からない。
濃度に慣れれば起きる、というのは本当なのか?  そもそも魔力濃度とは何なのか。
放っておいて本当に大丈夫なのか?  僕を殺すのに邪魔なアルを片付けてしまおうと嘘を吐いたと考えられないか?
天使へのの疑念は深まるばかりだ。

『ねぇ、おにいさん、どんなひと?』

ずっと黙っていた天使が話しかけてきた、初めてのことに反応が遅れる。

「……あ、えっと、あの……反社会的で、病的で、僕を殴るのが好きで、色々と人間味がなくて……っと、もう人じゃないんだっけ、僕のせいで……ぁ、いや、まぁそんなところかな」

『さいていだね』

「はっきり言うなぁ、その通りだけど」

ああ、確かに最低な兄だ。だけれども僕はそんな兄が嫌いじゃない。
僕も最低と呼ばれるに値する人間だから、立派な兄なんて似合わないから、せめて性格が歪んでいなければ釣り合いが取れない。

『ぼくのあにもね、さいていだったよ。ごうまんで、じこちゅうしんてきで、ほかのことなんにもかんがえられない、さいていな天使だった』

「天使って兄弟とかあるんだ」

『人間とは、いみちがうよ。天使はみんな、神様がつくったものだから。人間とおなじいみなら、みんなきょうだいになってしまう』

「ふぅん……?」

『あにっていっても、みためはあねなんだけどね。天使ははっきりしたせいべつがないから、そのあたりてきとうなんだよ。よびやすいから、あになの』

「そっか」

目の前のこの天使は……女の子、なのかな。
幼い子供を見た目で性別を判断するのはかなり難しい。別に判断する必要もないのだが、僕は女の子の方が嬉しい。変な意味ではなく。

「君は女の子かな?」

言わなくてもいいのに口が勝手に話した。気が緩んでいたのか、何も考えていなかったのか、どちらにしても僕はやはり愚か者だ。

『あにとおなじ、どっちでもないけど……そうみえる?』

「まぁ、見えるよ。可愛いし」

男だろうと子供なら可愛い。変な意味ではなく。
世間一般論として子供は可愛さの象徴だろう。僕は子守りが面倒だから嫌いだが、好き嫌いと可愛いか否かは別問題だ。

『かわいい?  ほんとう?』

天使は人間の美的感覚に合った姿をしていると言う、醜いなんてありえない。
美的感覚なんて人それぞれだって?  なら大多数が言う方という意味で使わせてもらう。
絵画や彫刻などで見る、美しい造形。それに近いと言えばいいか、欲を煽らない芸術的な美だと。
長々と考えていたが、頷いたのは反射的なもので、考えての行動ではなかった。
だが、天使にはそんなこと分からない。僕がすぐに頷いたのは嘘偽りのない証拠だと確信した。
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