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第十五章 惨劇の舞台は獣人の国

シナリオライター

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「最後に見たのはこの辺り」ミーアはそう言って自宅付近の広場を指した。
ここにも死体やその手前が多く転がっている。

「にゃー……いにゃいにゃ、ちゃんと逃げたのかにゃ」

「ならいいんだけど、でもミーアのお父さんも見つけておきたいよ。いつこっちに来るか分かんないし」

不意打ちを仕掛けて意識を刈り取っておこう、アルにそう伝える。

『……ん!  おい、アレか?』

かろうじて人だと分かる程度の距離、白っぽい影がゆらりと揺れた。ミーアが父だと叫ぶ、僕にはまだ顔も見えていない。二人の視力に感心した、そんな暇はないというのに。
ミーアの父は一瞬で間合いを詰めた。アルに気がついていなかったのか、一番に僕を狙った。だがその爪が僕に届く前に、アルが彼の腹に尾を叩きつけた。
僕は体に絡めてあった尾が解けたことで僅かにバランスを崩したが、僕に抱きついていたミーアに支えられた。

「お父さん……」

『加減はした。死んではいないはずだ』

腰に回された腕は震えている。父の豹変は大きな衝撃だろう、今話しかけるのはよしておこうか。微かに聞こえるすすり泣きが僕の同情を煽る。

「あー、えっと、アル?  コルネイユさん探してくれないかな、鴉の人なんだけど」

『……貴方の望みとあれば喜んで』

どこか棘のある言い方だ、僕がミーアのために頼んだのが気に入らないのだろう。だが全てミーアのためという訳でもない、僕の知り合いでもあるのだから。

『……コレか?  ヘル』

背後のミーアに気を取られており、アルの言うに気がつかなかった。大量に散りばめられた黒い羽根に、それを彩るかのように広がった赤い水たまり。中心に留まる、人型の肉塊。

「生きてる……の?」

『どうだかな』

ぴちゃぴちゃと血の上を歩く。アルの上からそっと手を伸ばし、呼吸を確認した。弱々しいが確かに感じる、まだ生きている。

「コルネイユ!  ……コルネイユ?  起きて、起きて!」

「あまり触らない方が……ほら、出血酷くなるかもだし」

血塗れの体を揺さぶるミーアを止めて、怪我の具合を見る。
赤……ああ、嫌な光景が無数にフラッシュバックする。いや、思い返している暇はない、早く手当をしなければ。手当……?  どうやって?  こんなにぐちゃぐちゃになっているのに。

『この国には治癒魔術を使える者は居らんのか』

「聞いたこともにゃいにゃ、魔術にゃんて……きっといにゃいにゃ」

『ふむ、医者は?』

「ここに来る途中で見たにゃ、上半身だけだったにゃ」

『……そうか』

冷静に答えながらもミーアの手は震えていた。少しでも落ち着いてくれたらと手を握る、それは期待以上の効果を発揮した。

「ヘルさん、どうしよう、コルネイユちゃんが死んじゃう、私が一人で逃げたから……」

抱きつかれて泣かれても、慰めの言葉なんて思いつかない。黙ったままとりあえずと背をさすった。


「やぁやぁやぁ皆様ごきげんよう、ワタクシの物語は楽しんで頂けていますでしょうか」


妙に気取った話し方の男が背の高い木の上から語りかけてきた。見覚えがある男だ、確か物語を現実にするとかいうふざけた力を持っていたはず。確か……名前は、ルートヴィク。

「ああ、ああ、どうかワタクシに攻撃しようなどと思いませぬよう。こちらをご覧くださいませ」

ルートは本を広げ、こう書いてあると説明した。
''少年と狼の足下から突如として槍が生え、彼らの体を貫い''

「あと一文字、ワタクシが手を加えればアナタ方は串刺しでございます」

訳が分からないと僕の手を引くミーア、唸り声を上げて威嚇するアル。

『……ヘル、彼奴は』

「本当だと思う。多分本当に……串刺しにされる、ほら、あの森だって本物みたいだったよね。きっと同じだよ」

現実改変が行われる訳ではない、ただの幻覚だ。
そう、現実には存在しない。
だが確かに「そこに在る」と思い込まされる、幻覚で串刺しにされれば、外傷がなくとも心臓は鼓動を止める。

『一文字か……間に合うか?』

「一文字なんて言ってるけど、線一本とか点一つとかだよ、きっと」

あと一文字だけだと言って、わざわざ見える場所に出てきたのには何か目的があるはずだ。
今の状況はおそらく彼の仕業だ。化物だと言って襲ってくる人々……そしてルートの力は幻覚、限りなく真実に近い推測が立った。

「あなたは……何をしたいの?」

少しでも時間を稼ごうと、答えが長引きそうな質問を考える。だが僕がそう上手く思いつくはずもなく、当初から抱いていた疑問をぶつけるに至った。

「一言で言えば、優れた物語を作りたい。に尽きますね。優れた物語にはリアリティが必須でしょう?  登場人物がどう動きどう思いどう物語を終わらせるのか、とね」

「……この村を、こんなにしたのもそのためなの」

「こんなにしたと言われましてもねぇ、どうしたのか分かりませんよ」

風に揺れる木の葉がルートの顔を隠す、だがその嫌らしい笑みは見えなくとも分かった。

「この村に与えた物語は……まぁ、日常を非日常に、ってとこですかね。いわゆるパニック・ホラー。ちょっと他者の見え方を変えただけですが予想以上の展開を楽しませてくれました。普段ワタクシは作った物語を絵本などにしているのですが、これは舞台の脚本として利用した方が良いかもしれません」

考え込む素振りを見せながら、ルートは戯れに枝を折る。もう話のネタは十分だから、僕達は邪魔でしかないと言うふうに、僕達を枝に見立てて。

「ワタクシの力は視認したものにしか通じませんから、家の中に居た方々は物語の中に入れられていないんですよね。どうせなら村人全員を役者にしたいのですか、未だ立てこもる人々を引っ張り出すのは至難の業でございまして」

視認が条件か、なら今の僕達は完全にルートの手のひらの上だ。
未だにルートの狙いが分からない、ただただ駄弁を弄するだけ。明確な危機への恐怖よりも、目的が分からない恐怖が勝る。
そして何よりも……明確な殺意が、僕の知らないうちに僕の中で育っていた。
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