華闘記  ー かとうき ー

早川隆

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第八章  椿事

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時が止まり、空気が凍りついたようだった。

その驚くべきことを、弥三郎は涼しげな顔のまま、こともなげに言ってのけた。まるで、目の前に出された茶の味でも話題にするかのように何気なく。そして言い終えると、本当に茶碗を手に取り、両手に捧げ持ってそのまま美味そうに飲み干した。

秀吉は、皺だらけの銅色あかがねいろの肌を引きつらせ、黙りこくってしまった。気まずい沈黙を恐れた又助が、強張った口の筋肉をようやく動かして、弥三郎にやっとのことで言った。
「お、おみゃあさん、まさか。まさか。」
まるで意味をなさない一言である。弥三郎も、どう答えて良いものか判ずることができず、チラリと横の朋輩の顔色を見てから静かに茶碗を下ろした。

又助は、ようやく意味の通る言葉を発することができるようになり、畳み掛けるようにぶつけた。
「おみゃあが、そげにすげぇ細作だとは・・・儂は、儂は、まるで気づかんかった。清洲の城に、おみゃあさん、いや梁田弥次右衛門を見たことのある奴らも多かろう。なのに、なぜ?なぜ誰も儂にそうと言うてくれぬ?」

秀吉も、ここでやっと言葉を発した。
「そりゃ、儂に対してもそうだで!誰もそのこと、教えてもくれんかった。今の今まで、筑前守になったこの儂が知らんかったでよ。弥三郎さん、あんた、一体どんな魔法を使ったんだで?」

弥三郎は、涼しい顔をしたまま答えた。
「城内の人が、入れ替わったのです。那古野弥五郎は、主君・信友殿ご自害の折にはすでに総見院様によしみを通じ、完全に転んでおりました。その段取りも、梁田、いや、それがしがつけたのでございます。弥五郎はその後すぐ御城を退き、城下の屋敷に引き籠もって外に出ぬようになりました。その他、信友殿おそば近くに居た面々もみな、主のあとを追うて死ぬか、のちに罪を問われて斬られ、またある日いきなり頓死とんしを遂げるなどして、梁田弥次右衛門の容貌かおをくわしく知る者は、その後しばらくして、清洲の御城に誰一人として居なくなってしまったのでございます。」

「なるほど。頓死と、な。そしてその当の本人も、ある日いきなり、ふっと消えた・・・。」
秀吉が茫然とした面持ちで続けた。弥三郎は頷いた。
「事が成り、御城が弾正忠家のものとなってからすぐに。梁田は消え申した。そしてその後、織田の家中は大混乱となりました故、誰も斯様な流れ者のことなど覚えてもおらぬ仕儀と相成ったのでございます。」



「だ、だがよ、そんとき、もひとつ大事が起こったでよ!」
又助が、思い出したように叫んだ。
「総見院様の、弟君がよ!河原で討たれたでねえか!」

弥三郎はゆったりと笑い、この朋輩の記憶力を褒めた。
「さすがは又助さん。よく覚えておられる。しかしそれは、あの事件から二月ふたつきを経てから起こりしこと。混乱した清洲城下の空気が一旦落ち着いてから、いきなり出来しゅったいした椿事ちんじでござった。そして場所は、清洲ではなく、そこから東へ三里を隔てた守山もりやまの御城でのこと。」


 * * * * *


又助の言う大事とは、六月二十二日に起こった事故のことである。叛乱成功後、織田信光より守山城を与えられた弟・織田信次が、城下を流れる庄内川の竜泉寺近くにある渡渉点の近くで川狩かわがりを行った。前年の七月に清洲で守護の嫡子が行なった私的な川漁とは違い、ある日、川に出現した珍しい緋鯉ひごい瑞祥ずいしょうと信じた新城主・信友が、明るい話題で慰安を与え民心を落ち着かせようと図って行なった大掛かりなものだった。

信友のお側近くに仕える武士たちが、袖をまくって川に入り、流れをき止め、網を打って鯉がやって来るのを待った。その美しい鯉を捕らえ、城内の池に移して訪問客に見せるのが目的だったが、すでに噂は守山城下を廻り、多くの民草たみくさや町雀どもがわいわいと川の両岸に見物にやって来ていた。信友は、思わぬ大行事となってしまったこの川狩を指揮し、河原にて美麗な狩装束かりしょうぞくに身を包み馬上にった。馬廻りや武者どもが互いに数けんの間を置いて物々しく周囲を固め、いまだ情勢不穏な尾張において、野晒しの主人に不審な者が接近するのを防いでいる。

そんな折、向こう側の土手に、一騎の騎馬武者が現れた。

遠くて顔は見えないが、立烏帽子を被った立派ななりの若武者で、信友に負けず劣らずの美麗な装束に身を包み、弓を小脇に挟んで、ぴんと背を張り、静々と馬を進めて来る。まっすぐ、河原の織田信次の方へ向けて。周囲の護衛どもは、皆緊張した。その謎の武者の乗馬は土手を降りる際に自らの重みで少し勢いがつき、やや怯えた護衛どもには、まるで彼がまっしぐらにこちらへ向けて駆けて来るように思えた。

いずれにせよ、そのなりにふさわしい貴人が、自ら名乗りもせず、馬の口取くちとりひとりも付けずに単独で騎行して来るのは不審である。まずは護衛の誰かが大音声でこの武者に注意を促し、馬を停めさせ誰何すいかすべきであったが、まさにちょうどそのとき、川の両岸で大歓声が上がった。

川の流れにすねまで浸した男の一人が、問題の緋鯉を抱き抱え、得意満面で皆にかざして見せていた。だが、次の瞬間に手を滑らせ、鯉は派手に水しぶきを上げて逃げてしまった。周囲の何名もの男が慌てて手にした棍棒で水を叩き、大きな円形を作って再び鯉を追い込み捕らえようとした。

その騒ぎのなか、問題の騎馬武者は馬を進め、いや、歓声の上がった原因を見きわめようと自分も鞍から立ち上がり、なお歩速を速めてずんずんと近づいて来る。護衛たちはつい、誰何の機会を逸した。

洲賀才蔵すがさいぞうという名の腕自慢の弓術師範が、無言で手早く矢を放ち威嚇した。その矢は狙った訳ではなく、騎馬武者の予想進路上の数歩前に落ちるように計算して射掛けられたのだが、不幸なことに、馬の歩速が上がっていた。なお重い馬体による勢いもついて、武者はみずから引き寄せられるように矢の到達点に向け進んだ。上空に弧を描いて落下した矢は、その胸にまっすぐ突き立ち、彼は無言のまま河原へ転げ落ちた。

川岸のあちこちで悲鳴が上がり、戦闘が始まったと早合点した群衆の一部が、何やら叫びながらほうぼうを駆け回り始めた。恐怖が伝染して人の壁が崩れ立ち、何名かが蹴落とされて土手を落下した。川の中に入った臨時の勢子たちは、小高くなった河原の状況がまったくわからず、流れの中でただ茫然としていた。緋鯉は静止した包囲網をすり抜け、無事に下流に逃げおおせた。



護衛たちは、射倒されたその謎の武者のもとに駆け寄った。彼はすでに事切れており、落下時に頭を河原石にぶつけ、頭蓋から黒く血がこぼれていた。洲賀才蔵の放った矢は彼の胸板を心の臓それに肺臓とともに突き通し、その命を瞬時に奪ったものと思われた。そして、うつ伏せになった彼の身体をひっくり返してその顔を見ると、洲賀と護衛隊長が、蒼白になった。

歳の頃は十五か十六。元服からまだ間もない若武者で、肌理きめ細やかな、色白で気品に満ちた美麗な細面。そのほんのりと紅く細い唇はまるで女性にょしょうのよう。涼しげな瞼を下ろし、乱れた髷から数本の黒髪が風にそよぐ様は、まるでまだ彼が寝台ですやすやと眠っているかのようである。

喜六郎きろくろうさまじゃ。これは、喜六郎さまじゃ!」
隊長はそう叫び、どうして良いかわからぬといった風にしばらくその辺をおろおろし、やがて彼方の馬上に居る主君のもとへと駆けて行った。洲賀は何も言わず、強張った表情のまま、その場にぺたりと座り込んでしまった。

そこで死体となっていたのは、織田喜六郎 秀孝 ひでたか。織田信秀の五男で、ほかならぬ尾張の王、織田上総介信長の、実の弟であった。



どちらかといえば、何らの先駆けもなく無防備に姿を現した喜六郎に責を問うべき事故のはずだが、誰も、事態がそれで落着するとは思わなかった。ようやく落ち着く兆しが見えてきたとはいえ、織田家はつい二ヶ月前には清洲の城で同族合いむ壮絶な殺し合いを演じたばかりである。誰が敵で、誰が味方かもまだ見極めが難しい状況であった。そんな中、国主の叔父とはいえ、ただ流れで守山城主の座に収まったばかりの織田信次にとって、本家の甥を射殺してしまったという事実の重みは、極めて恐るべきものであった。

身に全く覚えはない。だがそれを申し開きしたとて、おそらく信じる者など誰も居はしない。国が麻の如く乱れた尾張で起こる偶発事故には、必ず何らかの裏がある。人々はそうと信じる。今回はおそらく信次が糸を引いて喜六郎を誘致し、無礼討ちと見せかけて暗殺したのであろう。皆々、口には出さずともまず一度はそのような疑心を持つはずであった。

信次は、その場で決断した。

城を捨て、家族を捨て、彼はただその場から馬の腹を蹴り、必死ではしった。どこに行くあてもなかったが、とにかく逃げた。何名かの供回りが必死にそのあとを追った。座り込んだ洲賀才蔵もいつの間にか河原から姿を消していた。数名の下級武士たちと群衆から進み出た有志が、河原にうち捨てられた喜六郎の遺骸を運び、早馬を走らせて国主に顛末を報告した。

清洲に居た織田信長は、報を聞くや、そのまま物も言わずに走り出した。城内一等の駿馬にまたがり、伴も連れずにそのまま最高速で駆けさせたが、矢田川の河原に差し掛かったとき、すでに守山城下に土煙や火の手が上がっているのを認めた。現場からほんの一里だけ南に在る末盛すえもり城主・織田勘十郎かんじゅうろう信行が、いちはやくこの事件を知って激怒し、手勢を率いて守山城下に火を放ったのである。勘十郎は、喜六郎と仲の良いひとつ上の兄であった。

矢田川の渡渉点のこちら側でその様子を眺めた信長は、大きくため息をつき、酷使した乗馬にがぶがぶと水を飲ませた。そのとき、やっと追いついた汗だくの供回りたちを見廻して、こう言った。
「誰も供奉ぐぶさせずに、敵地を単騎で行く、か・・・。」
自嘲するかのように肩をすくめると、
「あまりにも無思慮、軽挙。未だ我が尾張は平らかならず。一歩、城を出ればそこは敵地じゃ。喜六郎は、死すべくして死した。もはや、弟と思わぬ。」
そう言ってまた馬に乗り、いま来た道を逆方向に駆け出した。



守山城を取り囲み、城下に火を放ち、白馬にまたがって大槍を構えた織田勘十郎信行は、城門の前で大音声を張り上げた。
「出て来い!卑怯者!我が弟の無念、儂が晴らしてくれる。不埒な謀叛人どものくび、残らず叩っ斬ってくれようぞ!」

ところが、守山城は固く城門を閉め、その怒声に答えようとしない。実のところ、城の留守居をしていた家老の酒井喜左衛門きざえもん角田新五かくたしんごの両名は、このときまだ全く状況を把握していなかった。やがて、北の河原から城内に駆け戻った目撃者が顛末を報告し、ぼつぼつと事情が明らかになって来た。

わかったことは二つ。後難を恐れた織田信次は、すでにどこへともなく姿を消し、彼らには城主がいないということ。直接の当事者である洲賀才蔵も逐電ちくでんし、彼らには怒れる勘十郎をなだめるための手段が、何も残されていないということだった。

やぐらの上から、角田新五が事故と誤解である由を何度かき口説いても、若い勘十郎は聞く耳を持たず、そのまま総攻めを下知げちする始末だった。これはさすがに勘十郎の部下たちが止め、夕暮れになり彼らはそのままいったん軍を返したが、去り際、勘十郎はこう捨て台詞を残した。
「明日は、清洲とごうして総攻めじゃ。おぬしら、今宵が最後の夜ぞ。夜明けには頸を洗って待っておれ!」

寡兵の城内は震え上がったが、家老二名は、まず弁明の使者を急ぎ清洲に立て、なんとか部下たちを落ち着かせた。夜半には事態を案じた岩崎城からの援兵若干も入城し、これにより士気がずいぶんと回復した。

翌朝、言葉通り勘十郎信行は麾下きか全軍を率い、殺帛さっぱくの気合とともに矢田川の向こう岸に展開した。西の清洲からは飯尾定宗さだむね率いる援軍が到着して包囲網を形成し、尾張国内はまた織田同士の内戦に陥るかと思われたが、水面下ではひそかに調停工作が展開されていた。すなわち、事件の直接当事者はすでに行方がわからない。よって、主のいない守山城に、清洲主導の人事で城主を迎え、以後はその威令に服することで手打ちとする。信長配下の知恵者、佐久間信盛という男が書いたこの筋書に従い、信長の腹違いの兄・織田信広の家門から、彼の利発な弟が迎えられることになった。

急遽、織田信時のぶときと名乗りを上げたその新城主が入城し、酒井喜左衛門と角田新五は、城門脇で深く拝跪はいきしこれを迎えた。このいわば、不幸な事故をもとに言いがかりをつけられ城を乗っ取られた一連の経緯をよしとせぬ城内の強硬派は、清洲の意向を汲んだ酒井と角田とにあらかじめ容赦なく粛清されていた。

ぎりぎりのところで内戦は回避され、尾張に再びかりそめの平和がやって来た。だが、織田勘十郎信行は納得しない。彼は、兄・信長が自分に相談もなしに進めたこの政治的な手打ちを不服とし、その後も部下たちの前で荒れ、遠慮なしに兄に対する憤懣をぶつけた。もともと、彼は長兄の信長とは少し心的な距離があり、遊ぶのも語らうのも常に相手は喜六郎だった。


 * * * * *


「その、岩崎からの援軍てのはよ?」
秀吉が、抜け目なく目を光らせて、言った。
「さすがご明察。まさにその通り。」
弥三郎も頷き、即座に答える。

又助がきょとんとすると、秀吉は悪戯っぽく笑って、説明した。
「さっき、話に出たがよ。池田勝入斎の中入りを食い止めた、岩崎の丹羽一族じゃい。討死した次郎氏重の父御ててごに当たるかの?」
「さようでござる。丹羽源六げんろく氏勝どのでござる。この時はまだ斯波武衛家に忠誠を誓う国人こくじんで、守山の寄子衆でござった。」
弥三郎が補足した。

「なるほど。岩崎は守山から遠く、むしろ勘十郎信行様の末盛城のほうにほど近い。弾正忠家の内輪揉めを、ただそのまま傍観しておっても良かったに。」
又助は、感じ入ったようにそう言ったが、弥三郎は少し考え込むような表情で、慎重にこう答えた。

「それが純粋な義心からであったのか、この尾張の内訌をただ脇で眺めるのに飽き、むしろその渦中に積極的に関わっていこうとする野心からであったか、そのときの源六殿のお心持ち、傍目からは伺い知ることできませぬ。ただ、その少ない援兵が、主の居ない城の士気を大いに盛り立てたことだけは確かなこと。ゆえに、そのまま城内の評定に加わった丹羽家の発言力は、その後城内にて否が応にも、増し申した。」

「うむ。なるほど。」
「織田信時さまを城主として迎えるという工作に乗った酒井と角田の二家老は、いわば我が身の安全を図るため、城を清洲に売ったも同然。かかる経緯で城内の実権を握った卑怯小心な者ども、そのあとはただ野心の命ずるがまま、互いに疑念を抱き、妬み、嫉み、またも分裂してしまうのは自然なことわりでござる。しかし新参の丹羽一党には、そのような後ろ暗さはありません。城内の民心は、いつの間にか丹羽源六を核にまとまるようになって来申した。意図はせずとも結局、守山の城は、外様の丹羽に乗っ取られたも同然の状態になってしまったのでございます。そして新たに家老に迎えられた源六殿は、はじめは信時様を支えて、一度崩れた城内の秩序と士気を盛り立てようと努めたのでございますが。」

「待てやい。しかしそれはひどく、奇妙な状態だの。」
秀吉が割り入って来た。
「城主は、いわば敵方から送り込まれてきたも同然。そして城内を動かすのは、同じく外部からの新参者。それまで守山を差配していた枢要の者は、これではまるで居場所がない。」

弥三郎が、覇者の再三の鋭い洞察を褒めた。
「筑前殿の、仰る通り。ただし、安穏とできる居場所がないのは誰もが同じでございました。互いに警戒し合い、牽制し合い、しまいには猜疑し合い。」

「城内の人間関係が、うまくいかなかった。」
又助が言った。弥三郎は、沈痛そうな表情で頷いた。
「さよう。人と人の心の間に、様々なしがらみとともにしっかと結えられた垣根をあとから突き崩すのは、なかなかに難しきもの。」
そう言って、艶のある目つきでふと、この新たな天下人候補筆頭を見上げた。

お前ならわかるだろう、藤吉郎。そのように敵方の仲を裂き、数多の命を互いに奪い合うように仕向けることを繰り返して、いまおのれは天下を奪いつつあるのだから!

秀吉は、席次が逆だった昔に戻り、弥三郎に上座からそう言われたような気がした。



しかし、それは秀吉の脳裏をかすめた、刹那の幻だった。弥三郎は、またもとの丁重な口調に戻り、説明を続けている。

「新参城主の信時様は、入城したその日からずっと微妙な立場におられました。城主とは名ばかり。実際は遠く三里先の清洲からの指令を受けねばならず、しかも自分にすぐとはまつろわぬ守山衆へそれを周知し徹底させねばなりません。補佐すべき家老たちは信頼に値しない裏切り者ども。ただ一人、下々を思いのまま動かせる丹羽源六殿も、清洲派の信時様とは、いささかの距離を置いて接するように思えます。全てにおいて板挟み。この苦しい状態が続き、身の置き所のない信時様は、ときに我が身を慰めるための悪習に手を染められるようになります。」

「悪習・・・よもや?」
秀吉と又助は、今度はほぼ同時に声を上げた。
「さよう。またしても衆道しゅどうでござる。もともと女性にょしょうよりも稚児ちごでる癖をお持ちであった信時様は、城内で、孫三郎という名の眉目秀麗な若衆とねんごろになり申した。しかしながら孫三郎の姓は酒井。彼は、家老・酒井喜左衛門の息子でございました。」

「それはますます、複雑な・・・。」
「息子をつうじ、喜左衛門との仲はずいぶんとようなり申したが、もう一人の家老、角田新五とは敵対しました。すなわち、元々の裏切り者同士が仲違いし、新城主のちょうを巡って相争う状態となりました。川狩の椿事から一年が経ち、遂に思い立った角田新五は、城内の破れ築地ついじを修復すると偽り、兵を入れて信時様と酒井親子を討ち取ったのでございます。」

「もう、何が何やらわからぬ!いったい、なんという国じゃ!」
たまりかねたように又助が吐き捨てた。しかし、弥三郎はたしなめるように続けた。
「まだ、拙者の話は半分も終わっておりませぬぞ。」

「まだあるのかよ!儂が当時、聞いたことのある話も多いが、そのいちいちに、皆の知らぬ裏がある。多くは痴情の絡んだ、他所よそでは言えぬような話ばかりじゃ。」
「それが、同じ国を治める同じ一族同士の内訌特有の、濃く密なる陰湿さなのでござろう。しかし結局、角田は叛乱を成し遂げ、そのまま丹羽源六殿と組んで守山の城をがっちりと固めることに成功したのでございます。」

「清洲は、守山を潰そうとはしなかったのか?近くにゃ、末盛もあったに。」
これだけ言って、秀吉は、しまったというような顔をした。そして、続けた。
「そうきゃ!そのときすでに、信行様が!」

「さよう。喜六郎秀孝様が頓死なされた日より起こりし一連の出来事に不信をもたれた勘十郎信行様が、すでに清洲の兄君とたもとを分つと決められ戦闘準備に入っておられました。それが、一連の尾張における内乱の最後のものであったのでございますが、そのことお話する前に、いま一人、ご両所のおそらくお知りにならぬであろう男のことを語らねばなりませぬ。」



次は、誰だ?

又助と秀吉は、黙って身を前に乗り出した。



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