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第八章
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なんだって・・・なんだって?
君は、ひょっとして!
「そう、わたしよ。かつてあなたと共にいて、そしてあなたに殺された、あの眼鏡をかけた女よ。」
なに!
「見えるでしょ?見えるでしょ?前方を進んでくる、あの黒い警官が提げた鳥籠。その中にいるのが、わたしよ。最後にあなたに会いにきたの。あなたに会って、真実を伝えるためにきたの。」
いったい、いったい、なにを?
「ル・リエーなんて無い、ということ・・・あなたの夢見る海底の都は、あなたの目になど永遠に見えはしない。そして、そこに行くことも、できやしない。ニャルラトホテプは、あなたたちを惑わし、あなたたちを利用して、地上に自らの領分を築こうとした。しかし、それに失敗した。これ以上続けると、彼の身すら危うくなってしまう。そこで、店じまいよ。邪魔なあなたたちは、あいつに処分されたの。ちょうど、売り時を逃して処分されちゃうパソコンと同じ。そしてあなたに処分された、かつてのあたしと同じ。」
僕は、君を処分なんてしていない。肉体だけを滅して、魂を浄化したんだ。だから、君も一緒にル・リエーに行けるんだ・・・籠を出て、大空を飛んで、そして、一緒にポイント・ニモに到達するんだ。そうしたら、そこに!
「ただ大海原があるわ。」
彼女は言った。
「そして、そこにはなにも無い。あなたの行く先は、もうどこにも無いの。ただここで死んで、虚しく骸を晒すだけなの。海底の神の世界など、ありはしないのよ。あるのはただ、果てしない虚無と暗黒。そこは、あなたの行くべきところではないの。あなたは、籠の中に戻らないといけないのだわ。わたしと一緒にね。そうよ、もう一度、戻らなければならないの。さあ、来なさい。あなたを導くのは、ニャルラトホテプではないの。それは、わたし。あなたはわたしと、鳥籠の中で、二人だけの世界を築くのよ。水を飲み、餌をつつき、唄をうたいながら、いつまでもいつまでも生きて行くの。」
僕は知らぬ間にカプセルを吐き出し、すんでのところで命を拾った。
彼女の声は、もう聞こえなかった。その後も二度と、聞こえてくることはなかった。
僕は裁判にかけられ、特に生身の彼女を処刑したことに対し殺人罪に問われたが、半ば教団上層部に強いられてやらざるを得なかったこととされ、刑期はかなり短いものだった。
その後十数年、獄につながれ公式に罪を償ったあと、僕はささやかながら自分の生活を取り戻した。理解のある雇い主のもとひっそりと生計をたて、今はその合間に、自分がかつて手を染めた犯罪行為や、信心のあまり行き過ぎた行為の数々の犠牲になった人々に対し、心の中で償いをする日々である。
もう二度と彼女の声は聞こえてこなかったが、今ではちっちゃな自分の部屋の中に、さらにちっちゃな鳥籠を据えて、その中に二匹のカナリアを住まわせ世話をしている。 水を飲ませ、餌をつつかせ・・・そして時々、二匹を前にして、僕は自分で唄うのだ。
唄を忘れたカナリアは
後ろの山に棄てましょか
唄を忘れたカナリアは
背戸の小薮に埋けましょか
唄を忘れたカナリアは
柳の鞭でぶちましょか
「いえいえ それはかわいそう」
僕は言い、そして二匹に微笑みかけ、最後のフレーズを唄うのだ。
唄を忘れたカナリヤは
象牙の船に銀の櫂
月夜の海に浮べれば・・・
「邪神の、都をおもいだす」
僕はそう言い、ぶるりと震え、慌てて部屋の窓を全部締め、ほっと息をついて、日がな一日ずうっと自分の部屋に籠るのだ。
そう、鳥籠の中こそが、僕が残りの人生を生きていくのに最適の場所なのだ。
<了>
君は、ひょっとして!
「そう、わたしよ。かつてあなたと共にいて、そしてあなたに殺された、あの眼鏡をかけた女よ。」
なに!
「見えるでしょ?見えるでしょ?前方を進んでくる、あの黒い警官が提げた鳥籠。その中にいるのが、わたしよ。最後にあなたに会いにきたの。あなたに会って、真実を伝えるためにきたの。」
いったい、いったい、なにを?
「ル・リエーなんて無い、ということ・・・あなたの夢見る海底の都は、あなたの目になど永遠に見えはしない。そして、そこに行くことも、できやしない。ニャルラトホテプは、あなたたちを惑わし、あなたたちを利用して、地上に自らの領分を築こうとした。しかし、それに失敗した。これ以上続けると、彼の身すら危うくなってしまう。そこで、店じまいよ。邪魔なあなたたちは、あいつに処分されたの。ちょうど、売り時を逃して処分されちゃうパソコンと同じ。そしてあなたに処分された、かつてのあたしと同じ。」
僕は、君を処分なんてしていない。肉体だけを滅して、魂を浄化したんだ。だから、君も一緒にル・リエーに行けるんだ・・・籠を出て、大空を飛んで、そして、一緒にポイント・ニモに到達するんだ。そうしたら、そこに!
「ただ大海原があるわ。」
彼女は言った。
「そして、そこにはなにも無い。あなたの行く先は、もうどこにも無いの。ただここで死んで、虚しく骸を晒すだけなの。海底の神の世界など、ありはしないのよ。あるのはただ、果てしない虚無と暗黒。そこは、あなたの行くべきところではないの。あなたは、籠の中に戻らないといけないのだわ。わたしと一緒にね。そうよ、もう一度、戻らなければならないの。さあ、来なさい。あなたを導くのは、ニャルラトホテプではないの。それは、わたし。あなたはわたしと、鳥籠の中で、二人だけの世界を築くのよ。水を飲み、餌をつつき、唄をうたいながら、いつまでもいつまでも生きて行くの。」
僕は知らぬ間にカプセルを吐き出し、すんでのところで命を拾った。
彼女の声は、もう聞こえなかった。その後も二度と、聞こえてくることはなかった。
僕は裁判にかけられ、特に生身の彼女を処刑したことに対し殺人罪に問われたが、半ば教団上層部に強いられてやらざるを得なかったこととされ、刑期はかなり短いものだった。
その後十数年、獄につながれ公式に罪を償ったあと、僕はささやかながら自分の生活を取り戻した。理解のある雇い主のもとひっそりと生計をたて、今はその合間に、自分がかつて手を染めた犯罪行為や、信心のあまり行き過ぎた行為の数々の犠牲になった人々に対し、心の中で償いをする日々である。
もう二度と彼女の声は聞こえてこなかったが、今ではちっちゃな自分の部屋の中に、さらにちっちゃな鳥籠を据えて、その中に二匹のカナリアを住まわせ世話をしている。 水を飲ませ、餌をつつかせ・・・そして時々、二匹を前にして、僕は自分で唄うのだ。
唄を忘れたカナリアは
後ろの山に棄てましょか
唄を忘れたカナリアは
背戸の小薮に埋けましょか
唄を忘れたカナリアは
柳の鞭でぶちましょか
「いえいえ それはかわいそう」
僕は言い、そして二匹に微笑みかけ、最後のフレーズを唄うのだ。
唄を忘れたカナリヤは
象牙の船に銀の櫂
月夜の海に浮べれば・・・
「邪神の、都をおもいだす」
僕はそう言い、ぶるりと震え、慌てて部屋の窓を全部締め、ほっと息をついて、日がな一日ずうっと自分の部屋に籠るのだ。
そう、鳥籠の中こそが、僕が残りの人生を生きていくのに最適の場所なのだ。
<了>
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