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episode3☆ぬいと、歌ってみた
3-p03 ギターを得るぬい
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次の朝。
一番に目を覚ましたのは碧生。ぬい布団に包まれた小さな体をピョコっと起こして、爽やかな目覚めだ。
それからアヤトが起きた。朝食係を長年勤めていたのが体に染みついていて、仕事で夜更かししてもこの時間には大抵自然と目が覚める。今は、食事はいつのまにか碧生が先に支度を始めていることも増えた。
二人とあまり変わらない時間にヒデアキも起きて、顔を洗ったりし始めた。
紅茶が入る頃には千景も現れた。碧生が空飛ぶタオルで、ぬいサイズのカップに茶を入れて運んできた。ちょっと前に「手作り陶器セット」を使って自分で作成した、飲み口が猫の形をしたカップだ。
「兄さん。昨日何時ごろ帰った?」
「3時ぐらいかなー。さすがに途中で寝落ちした」
「すごいな。シンタローはそんな時間までベースを弾いてたのか」
「ずっと弾いてるわけでもなかったけどな。やっぱ時間かかるんだなあ、ああいうのは」
「『中の人』は、どんな感じだった?」
昨日シンタローから「おまえの声の人がいる」とメッセージを受け取って、千景は当然のように様子を見に行った。家にいる碧生にも一応声をかけたけど、移動手段がないのと、ヒデアキと一緒に宿題をする約束をしていてそっちを優先させ、中の人に会うのは断念したのだった。
碧生の質問に千景は、
「イベントで見たのと、そんなに変わらなかったな。あまり裏表がなさそうだった」
と答え、
「そうだ、歌、コッソリ録音してみたぞ。聞くか?」
忍び込んだドサクサでまだヒミツの情報をゲットしてきていた。
碧生はお気に入りのカップを持ったまま「うーん」と悩ましく天を仰ぎ、
「いや。正式に公開されたら、ゲームの流れで聞くことにする」
と断った。
「おまえ結構、ネタバレとか苦手なタイプな」
「最初の印象は大切にしたいんだ。……でもやっぱり、中の人、おれも見てみたかったな。また別のときに会いたい」
***
シンタローは夜中に帰ってから死んだように眠っていたけど、昼前には部屋から這い出してきた。
「やべー。学校行かねえと」
「お前、留年するんじゃないのか。カッコわりぃ」
千景がぷぷっとバカにするように笑った。
シンタローは幼稚園ぐらいの頃からなまじ試験だけは正答できる性分で、流れでそれなりに名のある大学に受かり、所属研究室も深く考えずカッコよさそうな名前の所を選び、そこの教授が真面目な指導者であったためそれなりに高度な卒論を出さないと卒業できないのだ。
彼は苦悶の表情で千景を捕まえてフニフニと頭を撫でた。
「お前、賢い設定だろ。手伝ってくれたりしねえの?」
「ほ~ん……どうしよっかなぁ~~。条件次第かなぁ~~」
「条件ってなんだ」
「そうだなあ。レコステの歌をお前のユーチューブで『歌ってみた動画』にして流すってのはどうだ」
「お前のゲームを宣伝しようって魂胆か。まあ、それぐらいなら……」
やる、と言いかけてシンタローの言葉は止まった。
「ダメだ。もう『歌ってみた』あげるなって言われんだった……」
「なんで?」
「著作権がどーとか、レコード会社の関係性がどーとか……」
「プロは不自由だな」
二人がワイワイ言っているのをよそに、開け放ったドアの向こう側、隣の部屋の窓辺のテーブルでは碧生がスマホから出てくる音声を聞いていた。教科書を広げて、熱心な様子だ。
「ちいこい方は、勉強中か」
とシンタロー。
「そういや昨日、あいつは付いて来なかったのか?」
何気なく放たれた言葉に、千景の表情が「スン……」と消えた。
「あいつも色々忙しいんだよ……授業出たり、宿題したりな」
「おお。ついに、兄離れの時が……」
スン……
千景の周りの空気の重みが増した。無の表情のまま、千景は言う。
「自分の意思と目的を持つのは、いいことだ」
「いやいや、全然いいって顔じゃないじゃん」
「でかい声でそういうことを言うな」
袋入りのアメ玉が飛んできて、シンタローの肩の辺りにぺちっと当たった。
「お前だって、割とヒデアキに構ってる方だろ」
と千景。
「んあ? あいつ昔からポヤポヤしてっからなー」
とシンタローは渋い顔をした。
「なーんかいつまでも小学生みたいだし、でも急に悟ったようなこと言うし。生まれる前から同じ家にいるけど、正直よくわからん」
***
紫藤家は母の四十九日間近である。
夜、寝るにはまだちょっと早いぐらいの時間、シンタローが帰ってきたのを見計らって、アヤトが畏まった態度で二人の息子に告げた。
「本来ならお墓に納骨するべきところですが。お母さんの骨はここに置いたままにしておこうと思います」
「うーい。異議なーし」
とシンタロー。ヒデアキも、
「僕も異議なし。ずっといてほしい」
と同意を示した。
「ぬいたちは?」
アヤトは小さな同居人たちの方を向いた。
「俺たちも答えるのか。当然、異議なしだ」
「おれも」
千景と碧生が順番に答えた。
アヤトはようやくほっとしたようだ。
「じゃあそういうことで」
と、食洗器の中の乾燥が終わった皿を棚に戻す作業を始めた。
「アヤト。それはおれがやっておくぞ。仕事の〆切があるんじゃないのか」
碧生の操る空飛ぶタオルがふよふよと動いて食器を運んでいく。
「まあねえ。まだ気が乗らないっていうか……」
「計画的に進めろ。また徹夜になるぞ」
「そうだねえ……。アオちゃんは宿題、やったの?」
「やった。数学。10分で済んだ」
「おお。さすがだね」
「でも音楽の宿題が……宿題というか、テストの準備か。あれは、おれはできない。楽器がないからな」
***
「シンくん。ギターってちょっとだけ借りてもいい?」
部屋の入り口でヒデアキに頼まれて、
「いいけど」
シンタローは不思議そうな顔をした。
「なんかあんのか?」
「音楽の課題、ある。毎回コード1こずつ覚えていって、10月の終わりに弾き語りのテストするって」
「あー。あのテスト、今もやってんの」
シンタローもヒデアキと同じ学校に通っていた。その頃からギターの授業と試験は存在した。縦笛よりもある意味、実用的な技能かもしれない。ギターは学校の音楽室に、共用のものがいくつか置いてある。シンタローはよく調弦を手伝わされた。
ちなみにヒデアキの通う学校では、別の時期にはボーカロイドを用いたデスク・トップ・ミュージックの作曲法なんかも習う。今は割とよくある学習風景だがシンタローの世代ではかなり先進的な教育ツールだった。私立だからその辺りは自由度が高い。
「ヒデアキ、家で練習すんの? マジメっこだねー」
「いや、課題がっていうか、……ギター弾けたら、いいかもって思った」
「おぉなるほど。音楽に目覚めた感じか? これ、しばらく使っていいぞ」
アコースティックギターをシンタローが渡す。それから、
「最近の中2って、何歌うの」
と聞かれてヒデアキはちょっと困った。
「歌の流行とか、よくわかんない。シンくん何歌った?」
「……覚えてねえな」
教えなかったけど、その時シンタローが選んだのは Tears in Heaven 。30年ぐらい昔に流行って以来、世界中で親しまれているバラードだった。
「そういや、チカぬいが『歌ってみた』をやれ、みたいなこと言ってたな」
「呼んだか?」
千景が急に扉を開け現れた。小さいギターを抱えている。
「何。おまえがやる気になってんの?」
「ぬいサイズのギター、どっかにあったと思ってな。これ音階メチャクチャだけど、弦変えて碧生が使えるようにできねえかな」
碧生がチョコチョコと廊下を通りかかって、千景がギターを持っているのを目にすると、はっと目を見開いた。
「ぬいと、歌って、みた……」
呟きとともにあることが閃き、碧生の目はキラッと輝いた。
一番に目を覚ましたのは碧生。ぬい布団に包まれた小さな体をピョコっと起こして、爽やかな目覚めだ。
それからアヤトが起きた。朝食係を長年勤めていたのが体に染みついていて、仕事で夜更かししてもこの時間には大抵自然と目が覚める。今は、食事はいつのまにか碧生が先に支度を始めていることも増えた。
二人とあまり変わらない時間にヒデアキも起きて、顔を洗ったりし始めた。
紅茶が入る頃には千景も現れた。碧生が空飛ぶタオルで、ぬいサイズのカップに茶を入れて運んできた。ちょっと前に「手作り陶器セット」を使って自分で作成した、飲み口が猫の形をしたカップだ。
「兄さん。昨日何時ごろ帰った?」
「3時ぐらいかなー。さすがに途中で寝落ちした」
「すごいな。シンタローはそんな時間までベースを弾いてたのか」
「ずっと弾いてるわけでもなかったけどな。やっぱ時間かかるんだなあ、ああいうのは」
「『中の人』は、どんな感じだった?」
昨日シンタローから「おまえの声の人がいる」とメッセージを受け取って、千景は当然のように様子を見に行った。家にいる碧生にも一応声をかけたけど、移動手段がないのと、ヒデアキと一緒に宿題をする約束をしていてそっちを優先させ、中の人に会うのは断念したのだった。
碧生の質問に千景は、
「イベントで見たのと、そんなに変わらなかったな。あまり裏表がなさそうだった」
と答え、
「そうだ、歌、コッソリ録音してみたぞ。聞くか?」
忍び込んだドサクサでまだヒミツの情報をゲットしてきていた。
碧生はお気に入りのカップを持ったまま「うーん」と悩ましく天を仰ぎ、
「いや。正式に公開されたら、ゲームの流れで聞くことにする」
と断った。
「おまえ結構、ネタバレとか苦手なタイプな」
「最初の印象は大切にしたいんだ。……でもやっぱり、中の人、おれも見てみたかったな。また別のときに会いたい」
***
シンタローは夜中に帰ってから死んだように眠っていたけど、昼前には部屋から這い出してきた。
「やべー。学校行かねえと」
「お前、留年するんじゃないのか。カッコわりぃ」
千景がぷぷっとバカにするように笑った。
シンタローは幼稚園ぐらいの頃からなまじ試験だけは正答できる性分で、流れでそれなりに名のある大学に受かり、所属研究室も深く考えずカッコよさそうな名前の所を選び、そこの教授が真面目な指導者であったためそれなりに高度な卒論を出さないと卒業できないのだ。
彼は苦悶の表情で千景を捕まえてフニフニと頭を撫でた。
「お前、賢い設定だろ。手伝ってくれたりしねえの?」
「ほ~ん……どうしよっかなぁ~~。条件次第かなぁ~~」
「条件ってなんだ」
「そうだなあ。レコステの歌をお前のユーチューブで『歌ってみた動画』にして流すってのはどうだ」
「お前のゲームを宣伝しようって魂胆か。まあ、それぐらいなら……」
やる、と言いかけてシンタローの言葉は止まった。
「ダメだ。もう『歌ってみた』あげるなって言われんだった……」
「なんで?」
「著作権がどーとか、レコード会社の関係性がどーとか……」
「プロは不自由だな」
二人がワイワイ言っているのをよそに、開け放ったドアの向こう側、隣の部屋の窓辺のテーブルでは碧生がスマホから出てくる音声を聞いていた。教科書を広げて、熱心な様子だ。
「ちいこい方は、勉強中か」
とシンタロー。
「そういや昨日、あいつは付いて来なかったのか?」
何気なく放たれた言葉に、千景の表情が「スン……」と消えた。
「あいつも色々忙しいんだよ……授業出たり、宿題したりな」
「おお。ついに、兄離れの時が……」
スン……
千景の周りの空気の重みが増した。無の表情のまま、千景は言う。
「自分の意思と目的を持つのは、いいことだ」
「いやいや、全然いいって顔じゃないじゃん」
「でかい声でそういうことを言うな」
袋入りのアメ玉が飛んできて、シンタローの肩の辺りにぺちっと当たった。
「お前だって、割とヒデアキに構ってる方だろ」
と千景。
「んあ? あいつ昔からポヤポヤしてっからなー」
とシンタローは渋い顔をした。
「なーんかいつまでも小学生みたいだし、でも急に悟ったようなこと言うし。生まれる前から同じ家にいるけど、正直よくわからん」
***
紫藤家は母の四十九日間近である。
夜、寝るにはまだちょっと早いぐらいの時間、シンタローが帰ってきたのを見計らって、アヤトが畏まった態度で二人の息子に告げた。
「本来ならお墓に納骨するべきところですが。お母さんの骨はここに置いたままにしておこうと思います」
「うーい。異議なーし」
とシンタロー。ヒデアキも、
「僕も異議なし。ずっといてほしい」
と同意を示した。
「ぬいたちは?」
アヤトは小さな同居人たちの方を向いた。
「俺たちも答えるのか。当然、異議なしだ」
「おれも」
千景と碧生が順番に答えた。
アヤトはようやくほっとしたようだ。
「じゃあそういうことで」
と、食洗器の中の乾燥が終わった皿を棚に戻す作業を始めた。
「アヤト。それはおれがやっておくぞ。仕事の〆切があるんじゃないのか」
碧生の操る空飛ぶタオルがふよふよと動いて食器を運んでいく。
「まあねえ。まだ気が乗らないっていうか……」
「計画的に進めろ。また徹夜になるぞ」
「そうだねえ……。アオちゃんは宿題、やったの?」
「やった。数学。10分で済んだ」
「おお。さすがだね」
「でも音楽の宿題が……宿題というか、テストの準備か。あれは、おれはできない。楽器がないからな」
***
「シンくん。ギターってちょっとだけ借りてもいい?」
部屋の入り口でヒデアキに頼まれて、
「いいけど」
シンタローは不思議そうな顔をした。
「なんかあんのか?」
「音楽の課題、ある。毎回コード1こずつ覚えていって、10月の終わりに弾き語りのテストするって」
「あー。あのテスト、今もやってんの」
シンタローもヒデアキと同じ学校に通っていた。その頃からギターの授業と試験は存在した。縦笛よりもある意味、実用的な技能かもしれない。ギターは学校の音楽室に、共用のものがいくつか置いてある。シンタローはよく調弦を手伝わされた。
ちなみにヒデアキの通う学校では、別の時期にはボーカロイドを用いたデスク・トップ・ミュージックの作曲法なんかも習う。今は割とよくある学習風景だがシンタローの世代ではかなり先進的な教育ツールだった。私立だからその辺りは自由度が高い。
「ヒデアキ、家で練習すんの? マジメっこだねー」
「いや、課題がっていうか、……ギター弾けたら、いいかもって思った」
「おぉなるほど。音楽に目覚めた感じか? これ、しばらく使っていいぞ」
アコースティックギターをシンタローが渡す。それから、
「最近の中2って、何歌うの」
と聞かれてヒデアキはちょっと困った。
「歌の流行とか、よくわかんない。シンくん何歌った?」
「……覚えてねえな」
教えなかったけど、その時シンタローが選んだのは Tears in Heaven 。30年ぐらい昔に流行って以来、世界中で親しまれているバラードだった。
「そういや、チカぬいが『歌ってみた』をやれ、みたいなこと言ってたな」
「呼んだか?」
千景が急に扉を開け現れた。小さいギターを抱えている。
「何。おまえがやる気になってんの?」
「ぬいサイズのギター、どっかにあったと思ってな。これ音階メチャクチャだけど、弦変えて碧生が使えるようにできねえかな」
碧生がチョコチョコと廊下を通りかかって、千景がギターを持っているのを目にすると、はっと目を見開いた。
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