ぬいばな

しばしば

文字の大きさ
上 下
16 / 51
episode2☆ぬいと鍵付きアカウント

2-p04 AIで絵を描くぬい

しおりを挟む
【9月4日】

 忌引で学校を休んでいるが、朝と夜は自主練で野球の素振りをすることにした。
 ヒデアキは千景ちかげ碧生あおいを小さな紙袋に隠して屋上に行き、誰もいないのを確認すると一緒に素振りをする。

「碧生くん、今日はフルプロしたら」
忌中きちゅうだから、もうちょっと休む。ニナノカまで」

 紫藤家の菩提寺の定めでは、命日から七日経った日を「初七日しょなのか」と呼んで人を集めてお経をあげ、「精進落とし」という会食の儀式をするそうだ。そのあと七日区切りで「二七日になのか」「三七日さんなのか」と呼ぶ日があって、「七七日」に当たるのが比較的知られている四十九日しじゅうくにち
 でも今はそういう風習も合理化され、お葬式と同じ日にこの儀式を済ませてしまうのが一般的、と葬儀社の人が言っていた。いずれにしろ命日自体が事故のあった日で結構前なので、お葬式と初七日はほぼ同日だった。
 父が言うには、「節目というのはやっぱり大切だから、ヒデアキが学校に行く前の日に、お父さんがお経をあげてニナノカの儀式をします」だそうで目下お経の練習をしている。
 素振りが終わって、

「今日は写真、どうしようか」

とヒデアキは碧生に尋ね、夕日を仰いだ。
 隣で碧生が自分の小さなスマホでツイッターを開き、少し驚いた顔をした。

「あ。DMが届いてる」

 画面の隅、封筒の形のアイコンに数字が付いていた。
 タップすると吹き出しの中にメッセージが綴られている。
 碧生はヒデアキと千景を日陰に連れて行って、画面をコンクリの壁に投影した。自然光の中では見づらいが、かろうじて文字を読むことができる。
 「温泉」という人からのメッセージだった。



「アンソロお疲れ様でした!ほのぼの兄弟マンガに癒されました~♨️初めてお名前呼ばれたお兄ちゃん。忘れられない瞬間ですね♡
鍵アカの方で毎日進捗見せていただいておりました。AIを使った原稿、紙媒体で見てもすごく綺麗で感動です!教えていただいたURLから試してみましたが私には使いこなせず…チハルさんの緻密な作業を崇めてます。いつか使い方をご教授いただけたら嬉しいです。
イベントでお会いできるかなあと思っていましたが、お仕事だったんですね。次にお会いしたとき、ぬい服お渡ししたいです。
お忙しそうなので返信お気遣いなく」



「また鍵アカの話だ。この温泉っていう人、アンソロにいたな」

と碧生。
 最初は何を指しているのかイマイチわからなかった「アンソロ」の意味を今はほぼ完全に理解している。

「また返信いらないって言ってる」

 ヒデアキは首を傾げた。

「お母さんって……ネットでは違う人格だったのかな……」

 チハルのプロフィールには「ぬいちゃんを愛でる。壁打ち。リプはあまりできませんが見てくれてありがとう」と書いてある。そっけないもんだ。
 母と相互フォローのツイッターユーザーは非常に多いが、そもそもツイートにリプできないようにして投稿していたり、交流を持つ相手はごく限られているようだ。
 なんだか気難しい人みたいな扱いだ。現実とは反対。
 人がSNSに求めるものは必ずしも繋がりではないということか。
 でも高瀬先生とは会おうとしていたし、「オフ会に出席したことがある」とぬいが言っていた。
 DMをチラチラ見ると確かに、グループチャットでそのときの連絡の記録が残っていた。
 千景が、

「そういえばナツミは、AIで絵を描くプログラムを手伝ってたことがあったなあ。あれはネットの中でいい感じに育った頃だろうな」

と投影されたメッセージをじっと見つめている。
 というよりも、その向こうにある思い出を見つめているんだろう。

「……返事、しない方がいいのか」

とヒデアキはメッセージをもう一度読みながら呟いた。

「この人、オフ会でいっぱい話した人だ」

と碧生も独り言のような小さい声で言う。

「全然返事をしないのは、感じ悪いかもしれない。ナツミはオフ会、普通に楽しそうにしてた。また会いたいって言ってた。嘘じゃないと思う」
「感じ悪いのは嫌だなあ。お母さんほんとは良い人なのに」

 ヒデアキと碧生がモヤモヤしている隣で、珍しく黙ってスマホを弄っていた千景が不意に、

「お。あった、これだ。ナツミが手伝ってたやつ」

と別のものを壁に投影した。パソコン専用のWEBサービスらしくてレイアウトが微妙だ。

「てきとーに絵を描いて……」

 千景がスマホの上でフェルトの手を動かし、ヘニョヘニョと謎の何かを描いた。耳っぽいものと髭っぽいものがあってネコのつもりらしい。

「てきとーに説明を入れると」

 a jumping fluffy baby white tiger like a kitten

「線画に変換される」

 レコステの千景が飼っていた「わたあめ」みたいな生き物が画面上に現れた。

「ネコだ。可愛い」
「ドラッグで回転する3Dデータになってる」
「これって千景くんの能力?」
「いや、これはただのオンラインサービス」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ヲタクな妻は語りたい!!

犬派のノラ猫
ライト文芸
これはヲタクな妻と夫が交わす 普通の日常の物語である!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...