ぬいばな

しばしば

文字の大きさ
上 下
5 / 51
episode1☆ぬいと映えゴハン

p05 祭壇を築くぬい

しおりを挟む
 店員さんが水を運んできて、

「予約特典です」

と紙製のコースターを、裏返しの向きで2枚置いて行った。シンタローは予約してないから2人分だ。
 ヒデアキが裏返すと赤い髪の毛のイケメンの絵が描かれていた。

「知らないキャラだ」

 てっきり千景ちかげ碧生あおいの絵のを貰えるものだとばかり思っていた。

「交換してもらえるよ」

と先生が言ってテーブルのすみっこにコースターを置き、メモ用紙を出して「交換希望 千景、碧生」と書いた。何も言ってないのにヒデアキが……というかヒデアキの母が欲しいものはわかったみたいだ。ついでに自分のコースターも並べて置いている。先生の推しも同じなんだろう。

「……ごめんねまだ動揺してる。オフで会ったら知り合いが来たなんて、びっっっくりした」
「いや、さっき俺たちのこと気にせず叫んでたよな。先生どこ行ってもマイペースだな」

とシンタローが呆れている。先生はそれを無視してヒデアキに尋ねた。

「おうちは……大丈夫? なにか困ってない?」
「大丈夫です。警察が探してくれてるんで、僕はあんまりできることが……ない、です」
「……」
「予約特典、今日貰わないと一生手に入らないって言われて。母が帰ってきたとき、あった方がいいかなあって」

 最初はのほほんとしていたヒデアキが段々不安になってきている。それを察して先生は、

「で、お兄ちゃんの方は」

と話題の矛先を変えた。

「一応、芸能人になったんでしょ。こんな所で無防備に顔晒してていいの?」
「オレの顔なんて誰も覚えてないッスよ。ライブだったら知り合いいるかもしんねーけど」
「え~? ネットでPVめっちゃ流れてるけど?」
「それ、先生がアニメばっかり見てるからだろ?」
「う……」

 シンタローのバンドの曲は夏の深夜アニメのエンディングソングになっていた。音楽事務所が売れ筋の歌手のオープニングとセット売りしたためだ。幸いアニメがそこそこ人気が出てバンドの知名度も上がった。だけどまあ、それは「○○のエンディングの」という枕詞ありきであって、そこから長い間バンドのファンになってくれる人がどれぐらいいるかわからない。それでも自分たちの音楽が「売り物」として成立する手ごたえがあったのは、シンタローにとって嬉しい経験だった。
 そういう一端のミュージシャンとして今この場で認識されているわけではないが、シンタローにはあちこちからチラチラと視線が向いている。女ばかりの空間の中で彼はかなり異質だ。
 傍らにある「注文用紙」を先生が1枚取って、

「はい、時間もないしメニュー決めよう」

 数字を書き入れている。

「キミたち、鶏天プレートとミニパフェとドリンクでいいね?」
「とりてん……渋い食いもん置いてんだなあ」
「鶏天、おじいちゃんちで食べた。あれ美味しかったよね」

とヒデアキがシンタローを見上げた。

「あんまり期待しないでよ。ローカルフードは地元で食べるのに敵うわけないんだから」

と先生が厳しいことを言って、

「でもポスカ揃えるならコレだから」

 テーブルにある大きなメニューを見ると千景と碧生の名前もメニューの一部に入れ込んであった。「かささぎの橋から天の川に願いを……満月の夜、千景と碧生のとり天プレート」。満月というのは温泉卵がそれを表現しているということらしい。ついでにミニセイロで蒸した野菜付き。これは温泉の熱で野菜を蒸す、一部の温泉地の名物になっている調理法である。プラス、星の形盛った白米。メニューとしては問題ないが、

「とり天の天って天ぷらの天だよな。天の川の天って天ぷらの天じゃないよな」

 こじつけの「天」の扱いにシンタローは納得しかねる顔をした。
 そういったゴハン系のフードを注文すると、メニュー名に入っているコンビやトリオでデザインされたポストカードが貰える。ミニパフェやドリンクだったらキャラ1人のイラストのカードが付いてくる、というのがこのコラボカフェのルールだった。
 ゲームタイトルにStellaと入っているだけあって、星の形をしていたり天体に関係するメニュー名ばかりだ。苦し紛れに捻りだしたようなネーミングも多々あったがそれもまたこういう企画のアジなのだろう。
 注文を終えると先生は、

「グッズ買ってくる」

と席を立った。

「僕も」

とヒデアキも立とうとした。するとポコンポコンと手にぬいぐるみが体当たりしてきた。びっくりして、

「動いちゃダメでしょ」

 念を送る。

「どうせ誰も見てねえだろ」
「おれもグッズ売り場、行きたい」

というような念が帰ってきた。
 ヒデアキはぬい2人をそっと抱えて席を立った。
 事前に碧生に渡されていたリストを見ながら望みのものを選ぶ。クッションは確かに大きいけど、重くはないしせっかく来たから買おうかなあとサンプルを抱え上げてみる。
 隣の先生はというと銀色の包みを数個手に取って、

「とりあえず4個……いや、6個ぐらい買っとこうワンチャン自引きしたいし……!」

 ブツブツ言っている。先生の睨んでいるカゴはデフォルメイラストの缶バッジらしくて値札には大きく「ランダム」と書いてあった。

「これって、ガチャみたいな感じ?」
「そうだよ。でも自分の手で選ぶからもっと責任がある感じがする」

 だんだんわかってきたのは、高瀬先生もやっぱり千景と碧生の兄弟が推し、ということのようだ。

「おーい」

とシンタローが椅子に座ったまま呼んだ。

「コースター交換していいか」

 女の人が2人、コースターを持ってシンタローの前にいる。先生が、

「いいけど、兄弟両方揃えてよね」

と真剣な顔で言葉を返した。
 そのあと、先生の缶バッジ「開封の儀」は最後に千景が出て、

「っしゃあ!」

と力強いガッツポーズで終了した。そして、

「じゃあちょっと碧生を求める旅に出てくるから」

  他のテーブルに交換希望が出ているのを狙って、何がなんでも碧生の缶バッジも手に入れる気らしい。
 先生が交換に夢中になっている間にメニューがいっぺんに全部運ばれてきた。

「いまのうちに撮ろう」

とヒデアキは千景と碧生にコソコソと呼びかけた。

「いや、待て。さっき買ったグッズ全部並べろ。こういうのは迫力が大事だ」
「先生もぬいを持ってるはずだ。そいつらにも参加させて、祭壇はできるだけ高く広く作れ」

 千景と碧生から指示が出される。

「早くしねーとアイスが溶けるぞー」

 シンタローがパフェの心配をしている。ゴハンと一緒に来てしまったからいずれにしろ溶ける運命にあるのだ。なかなか忙しいカフェタイムだ。
 先生が碧生缶バッジをゲットして上機嫌で戻ってきて、彼女のぬいやグッズも盛大に盛って「祭壇」の写真をいろんな角度から念入りに撮ったあとようやく3人は、

「いただきます」

と食事に手をつけた。
 鶏天が懐かしくて美味しかったけど、でもやっぱり途中でヒデアキの箸は止まってしまった。シンタローが、

「米食えないんならアイス食え」

とガラスの器をヒデアキの目の前に置く。

「大丈夫? お水もらおうか? あったかいのの方がいい?」

と心配してくれる先生はやっぱり先生で、楽しみにきたのに気をつかわせてしまってなんだか申し訳なくなった。
 ちなみに「祭壇」のために出てきた先生のぬいは、ヒデアキが連れてきた千景ぬいと碧生ぬいがコミュニケーションを試みても喋ったり動いたりする様子はなかった。
 食事が終わると碧生が熱望していた「ぬい撮りスポット」に行けそうなタイミングが巡ってきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

じじいと娘ちゃん

狐守玲隠
ライト文芸
早瀬貴仁《ハヤセタカヒト》は56歳のどこにでもいそうなおじさんである。 そんな貴仁は、ある時、親族の葬儀に出席した。 そこで、ひとりの女の子に出会う。その女の子は虚ろで、貴仁はどうしても放っておけなかった。 「君さえよければうちの子にならないかい?」 そして始まる不器用な2人の親子生活。 温かくて、楽しくて、2人で毎日笑い合う。この幸せはずっと続いてくれる。そう思っていた__ ″なぁ、じじい。もう辞めたらどうだ__″ これは、ちょっぴり不器用な2人が織りなす、でこぼこ親子の物語。

そのバンギャ、2度目の推し活を満喫する

碧井ウタ
ライト文芸
40代のおひとり様女性である優花には、青春を捧げた推しがいた。 2001年に解散した、Blue RoseというV系バンドのボーカル、璃桜だ。 そんな彼女は転落事故で死んだはずだったのだが、目を覚ますとなぜか20歳の春に戻っていた。  1998年? Blue Roseは、解散どころかデビュー前だ。 それならば……「追うしかないだろう!」 バンギャ魂に火がついた優花は、過去の後悔もやり直しつつ、2度目の推し活に手を伸ばす。  スマホが無い時代?……な、なんとかなる!  ご当地グルメ……もぐもぐ。  行けなかったライブ……行くしかないでしょ!  これは、過去に戻ったバンギャが、もう一度、自分の推しに命を燃やす物語。 <V系=ヴィジュアル系=派手な髪や化粧や衣装など、ヴィジュアルでも音楽の世界観を表現するバンド> <バンギャ=V系バンドが好きな女性(ギャ、バンギャルともいう) ※男性はギャ男(ぎゃお)> ※R15は念のため設定

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話

赤髪命
大衆娯楽
少し田舎の土地にある女子校、華水黄杏女学園の1年生のあるクラスの乗ったバスが校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれてしまい、急遽トイレ休憩のために立ち寄った小さな公園のトイレでクラスの女子がトイレを済ませる話です(分かりにくくてすみません。詳しくは本文を読んで下さい)

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

もっさいおっさんと眼鏡女子

なななん
ライト文芸
もっさいおっさん(実は売れっ子芸人)と眼鏡女子(実は鳴かず飛ばすのアイドル)の恋愛話。 おっさんの理不尽アタックに眼鏡女子は……もっさいおっさんは、常にずるいのです。 *今作は「小説家になろう」にも掲載されています。

処理中です...