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空の王者と味惑の魔人

二十四

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「リン……リン?」
 リンは自分を呼ぶ声に目を覚ました。テーブルを挟んで反対側の椅子で本を読んでいたシャロンがこちらを見ていた。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
「シャロン様。すみません陽射しが気持ちよかったもので」
「いいのよ。そろそろ私仕事に行かなきゃいけない所だったから一応ね」
 シャロンが立ち上がって窓から外を見た。
「ずいぶん時間がかかったみたいだけど、どうやら上手く行ったみたいね」
 金塊が積まれた船が三隻、城壁の外でふわふわと浮かんでいる。バタバタとリンの部屋に近付いて来る足音がする。部屋の扉が開いてユリアンとジャックが入って来た。
「うわははは! お袋! どうだこの金塊! お、シャロンも一緒か!」
「婦人の部屋をいきなり開けてはいけないと言ったはずだが」
 リンが睨み付けながらすっと立ち上がるとユリアンとジャックは縮こまった。
「ふむ……ちゃんと見た事無かったが確かに見事な金塊だ。よくやったなユリアン」
「お? おお……」
 シャロンがジャックの肩を叩いた。
「さ、行くわよ」
「ういす」
「どちらへ行かれるのですかシャロン様?」
「工房に行くの」
「工房……どうしてですか?」
「ハクトウでこの前喧嘩して壊した店に黄金のバーカウンターをプレゼントするんですって」
「ちょっ……何で言っちゃうのそれ!」
「あ」
「喧嘩だと?」
「そうだ! 今からカルでグレゴリオと飲み会に行くんだった! じゃあなお袋!」
「コラ待ちなさい!」
 三人は逃げるようにリンの部屋を後にした。
「まったく……」
 今回はリンがいなかった事でユリアンが金塊を手に入れた後違う行動を取った。
 ユリアンは麓に着くやいなや、早々に発掘した金塊を元ドーン領と折半するつもりだと戦場のど真ん中で高らかに宣言し、麓での戦いを終結させる事に成功した。ドーン領にいた反乱軍も、ジンの次に王になる予定のユリアンの対応を見て一度矛を収める事にしたらしい。
 今の領主はジンの犬だが、グレゴリオを中心とした他の若い者達はユリアンと友好を深めつつある。これからはドーンと他の街との勢力図が課題になるだろう。それを見越した南のキンの街を治めているジャミルが、すぐさまジンの婚約者を用意して仲人を申し出た。ローザという美女にタジタジのジンを見て周りの者が笑っていたのは言うまでもない。

 ビルギッタの中央にある食堂でロキが食事を摂っている。派手な化粧をしたレイチェルがぼんやりとカイルのぬいぐるみを見て言った。
「あの子がこんなになるとはねえ。右半分なんで黒いのこれ?」
「やかま……しいぞ……」
「なんか性格変わってない?」
「気にすんな。難しい年頃なんだ」

 リンはメイド服に着替えた。この人生では兵士ではなくメイドの一人として働いている。ファルブル家の者が一メイドだと周りが気を遣ってやりづらいのは自分でも分かっている。が、以前変装してメイドの仕事をした時、割としっくりきた事を覚えていたのでこれを本業にしてみようと志願した。
 リンが食堂に入ると、ドレスを着たアナーキーが食事のマナーで悪戦苦闘しているのが見えた。
「う、うう食いづらい……」
「そんな言葉遣いはいけませんよアナーキー様」
 年老いたメイド長に叱られるシンデレラガールを見てリンは笑みをこぼした。メイド長がリンを呼んでお目付け役を代わった。
「ほらアナーキー頑張って。あさってユリアンとお披露目パーティーに出るのだろう?」
「うぐぐ」
 リン・ファルブルは降魔の儀式を拒否した。また繰り返すのは御免だし人生は一度きりの方が必死になれる。皆それぞれの未来を良くするために一度きりの人生を戦っているのだ。もう自分には魔法は必要無い。


 こうしてリン・ファルブルは記録に残らない戦いに勝利し、ロキとラナのあの日から始まった戦いは今、ようやく終わりを迎えたのだった。
 カイル・ファルブルは聖遺物として宝物庫の奥に今も厳重に保管されている。ぬいぐるみを解除する手段も無い今、我らが王アルベルト・ファルブルの最大の脅威、炎を操る魔女は今後二度と人類に牙を剥く事は無いだろう。


 紅蓮の魔女・イグニス編  完


 物書きはペンを置くと、本を閉じて立ち上がり、窓際に立ってコーヒーを飲みながら夕日に染まる街並みを眺めた。
 これで私が知っている話は終わりだ。水を操る者や森の戦士など、他にも何代にも渡って彼等は歴史を紡いできたが、それはまた機会があれば書くことにしよう。
 私にも何か一つ魔法が使えたなら、今頃どんな人生を歩んでいただろうか? そんな事を考えながら物書きは振り返り、たった今自分が仕上げた本を見つめたのだった。
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