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ぬいぐるみの鬼
十一
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それからの数ヶ月は穏やかな日々だった。ロキとカイルはサソリの表向きの方、いわゆる何でも屋の仕事をたまにこなし、元々質素な生活に慣れていた三人はもらった給金で十分生活できた。隣のシャロンがよく遊びに来て、ラナとシャロンは仲良しになった。そのうちラナの運動も兼ねてシャロンの屋敷に出入りするようになった。
「私の部屋の方が本がたくさんあるし、家政婦が掃除してくれるから」
とシャロンは言うが、本当は三時に出て来るお菓子が食べたいんだろうな、とカイルは思った。屋敷に出入りする間にロキやカイルがトイレに行き、そのついでに屋敷内を少し歩き回ると、やがてアルフリードの書斎が二階の左端にある事を突き止めた。ある日ロキが廊下からシャロンの部屋に戻って来ると中からラナの鼻歌が聞こえて来た。あの歌だ。ロキが部屋に入ってラナが座っている椅子の横に腰を降ろした。ふかふかのひよこ色のカーペットが心地良い。
「懐かしいな。久しぶりに聴いた気がする」
「最近赤ちゃんによく歌ってあげてるの。私も落ち着くし」
シャロンは難しい本を読んで自分の世界に入ってしまったようだ。カイルはカーペットの上でシヴァと遊んでいる。ロキは目を瞑ってラナの歌に耳を傾け、あの時の湖の光景を思い出した。もう二度と帰っては来ない日々。新しく手に入れた今の日常がようやく同じくらい大切な時間になりつつあった。
三人が初めてアルフリードに会った日から約五ヶ月が過ぎた頃だった。ラナのお腹も少しずつ大きくなり、シャロンは再び三人の家の方に遊びに来るようになった。ロキはいつものようにシヴァを連れて遊びに来たシャロンに尋ねた。
「最近いつもウチに来るけど奥様は何て言ってるんだ? 学校とかは無いのか?」
「ラナ達と一緒だから大丈夫だろうって。最近パパも忙しくなって書斎に籠もりっきりでね。せっかく二人で数学パズルにハマり始めた所だったのに。来年から私も王都の大学に行かないといけないのよ?」
「うーんそうか。パパが遊んでくれないと寂しいよな……大学?」
「うん。私、学校は飛び級で卒業しちゃったの。でも本も自宅だけでは手に入れるのが難しいでしょ? だから来年から大学で勉強しないかって教授から誘われたの。大学なら図書館があるから捗るだろうって」
「なあ、俺はひょっとして今凄い御方とお話しているんじゃないか?」
シャロンは椅子に座って膝の上にシヴァを乗せた。
「ふふ、褒めてくれるのは嬉しいけどね。凄くなるのはこれからなんだから。まだ何者でも無いの」
カイルがキッチンから麦茶を持って来てシャロンに渡した。
「じゃあアルフリードさんは今日も仕事かい?」
「うん。でも今日は家にいないの。兵士と打ち合わせとかで」
「ふーん」
カイルが相槌を打ちながらロキを見て、察してロキは頷いた。
「よしシャロン、アイスクリーム買いに行こうぜ。チャーリー通りに最近出来たんだよ」
シャロンは目を輝かせた。
「ほんと!? 行こう! さすがカイル、レディを喜ばせるのが上手ね!」
「だろだろ? じゃあ俺達ちょっと行ってくるぜ。皆シヴァをよろしく」
「ああ」
カイルがシャロンと手を繋いで出て行った。
「いいコンビだな」
「うん」
ロキは立ち上がった。
「今がチャンスだ。アルフリードさんの書斎に行ってくる」
「気を付けてね」
「ああ」
ロキは窓から隣を覗いた。周囲には誰もいない。静かに家を出ると素早く屋敷の玄関まで来て扉に手をかけた。
「ん?」
玄関の扉は施錠されていた。シャロンが鍵をかけて出て来てそのままのようだ。
(家政婦のおばさんがいると思ったんだが……)
ロキは屋敷の庭に出て左側に周ると白いテーブルと椅子が置いてある所まで来て、開いている窓を探して一階から二階へと視線を移した。二階の廊下の窓が開いている。屋根からの雨水を下に流す排水管が建物の端に通っている。白い排水管はロキの腰ぐらいの位置から屋根まで一定の間隔で金属の輪で固定してあった。
ロキはジャンプしながらぬいぐるみに変化すると、椅子からテーブルへと跳び乗り、助走を付けてテーブルから排水管に飛び移った。そして排水管にしがみ付くと、一旦金具の上に足を乗せて落ち着いてからぬいぐるみの腕と足を排水管と建物の隙間にねじ込み、そのままどんどん上に登って行くと、今度は金具を足場にして開いている窓に向かって横に跳び、空中で人間に戻って窓枠を掴んだ。窓から枠に登る時再びぬいぐるみに変化して、靴跡が付かないように枠に乗って素早く左右をチェックすると、カーペットの上に音も無く跳び降りて屋敷に入り込んだ。
書斎まで行くと人間に戻ってドアノブに手をかけた。書斎の鍵は開いている。少し開けて覗くと中には誰もいなかった。
(おばさんを信用して鍵はかけていないのかたまたま忘れたのか……ちょうどよかった)
ロキは書斎に滑り込むと後ろ手にドアを閉めた。大きな机には色んな種類の書類が置いてあり、その中に一際大きな筒状の紙の束が置いてあるのを見付けた。その束は全て街の地図だった。左上に九月三日十三時、三月七日十五時といった日時が記されている。
(これが例の警備の地図だな)
一番新しい物を探すと、二週間後の日時が記された地図を見付けた。劇場から北の門までの、大通り三種類を含んだ一帯が封鎖されるようだ。今カイル達がいるチャーリー通りも入っている。将軍が通るルートが阿弥陀くじのように赤で書いてあった。
(なるほど、屋根が高い建物の間を縫うように歩く訳か)
ロキは懐から用意してあった地図を出し、ルートを書き留めた。紙の束を元に戻し、部屋を出ようと扉の前まで来るとカーペットの上をドスドスと歩く音がした。
(この足音は……おばさんだな)
こっちに向かって来る。ロキは机の奥にある上げ下げ窓を開けようとした。建て付けが悪くてなかなか上に上がらない。
(くっ……!)
力を入れて左右に傾けながら引き上げるとガタガタと音が立ち、近付いて来たおばさんの足音が止まった。
「誰だい!?」
(気付かれたか!)
開いた窓から出ようとジャンプしながらぬいぐるみになった瞬間、右袖の部分が机の縁に引っかかった。
「え?」
ぬいぐるみになったせいで毛羽立った右袖が縁に引っ掛かってしまい、空中でバランスを崩して机の上にうつ伏せにビタンと落下した。
(くそっやばい!)
部屋の扉が静かに開き始めた。ロキは力任せに袖を引きちぎり、転がって書類の束に紛れ込んだ。
「ふんッ!」
おばさんが扉を蹴りながらほうきを構えて部屋に飛び込んで来た。周りをギロリと見回すと開いた上げ下げ窓に気付いた。
「なんだ……窓が開いてただけかい」
おばさんは片手で軽々と窓を閉めて出て行った。
しばらくしてからロキは書類の束から脱出した。
「あーあ。服が破けちまった」
ロキはぬいぐるみのまま窓を少し開けると音も無く飛び降りた。
「私の部屋の方が本がたくさんあるし、家政婦が掃除してくれるから」
とシャロンは言うが、本当は三時に出て来るお菓子が食べたいんだろうな、とカイルは思った。屋敷に出入りする間にロキやカイルがトイレに行き、そのついでに屋敷内を少し歩き回ると、やがてアルフリードの書斎が二階の左端にある事を突き止めた。ある日ロキが廊下からシャロンの部屋に戻って来ると中からラナの鼻歌が聞こえて来た。あの歌だ。ロキが部屋に入ってラナが座っている椅子の横に腰を降ろした。ふかふかのひよこ色のカーペットが心地良い。
「懐かしいな。久しぶりに聴いた気がする」
「最近赤ちゃんによく歌ってあげてるの。私も落ち着くし」
シャロンは難しい本を読んで自分の世界に入ってしまったようだ。カイルはカーペットの上でシヴァと遊んでいる。ロキは目を瞑ってラナの歌に耳を傾け、あの時の湖の光景を思い出した。もう二度と帰っては来ない日々。新しく手に入れた今の日常がようやく同じくらい大切な時間になりつつあった。
三人が初めてアルフリードに会った日から約五ヶ月が過ぎた頃だった。ラナのお腹も少しずつ大きくなり、シャロンは再び三人の家の方に遊びに来るようになった。ロキはいつものようにシヴァを連れて遊びに来たシャロンに尋ねた。
「最近いつもウチに来るけど奥様は何て言ってるんだ? 学校とかは無いのか?」
「ラナ達と一緒だから大丈夫だろうって。最近パパも忙しくなって書斎に籠もりっきりでね。せっかく二人で数学パズルにハマり始めた所だったのに。来年から私も王都の大学に行かないといけないのよ?」
「うーんそうか。パパが遊んでくれないと寂しいよな……大学?」
「うん。私、学校は飛び級で卒業しちゃったの。でも本も自宅だけでは手に入れるのが難しいでしょ? だから来年から大学で勉強しないかって教授から誘われたの。大学なら図書館があるから捗るだろうって」
「なあ、俺はひょっとして今凄い御方とお話しているんじゃないか?」
シャロンは椅子に座って膝の上にシヴァを乗せた。
「ふふ、褒めてくれるのは嬉しいけどね。凄くなるのはこれからなんだから。まだ何者でも無いの」
カイルがキッチンから麦茶を持って来てシャロンに渡した。
「じゃあアルフリードさんは今日も仕事かい?」
「うん。でも今日は家にいないの。兵士と打ち合わせとかで」
「ふーん」
カイルが相槌を打ちながらロキを見て、察してロキは頷いた。
「よしシャロン、アイスクリーム買いに行こうぜ。チャーリー通りに最近出来たんだよ」
シャロンは目を輝かせた。
「ほんと!? 行こう! さすがカイル、レディを喜ばせるのが上手ね!」
「だろだろ? じゃあ俺達ちょっと行ってくるぜ。皆シヴァをよろしく」
「ああ」
カイルがシャロンと手を繋いで出て行った。
「いいコンビだな」
「うん」
ロキは立ち上がった。
「今がチャンスだ。アルフリードさんの書斎に行ってくる」
「気を付けてね」
「ああ」
ロキは窓から隣を覗いた。周囲には誰もいない。静かに家を出ると素早く屋敷の玄関まで来て扉に手をかけた。
「ん?」
玄関の扉は施錠されていた。シャロンが鍵をかけて出て来てそのままのようだ。
(家政婦のおばさんがいると思ったんだが……)
ロキは屋敷の庭に出て左側に周ると白いテーブルと椅子が置いてある所まで来て、開いている窓を探して一階から二階へと視線を移した。二階の廊下の窓が開いている。屋根からの雨水を下に流す排水管が建物の端に通っている。白い排水管はロキの腰ぐらいの位置から屋根まで一定の間隔で金属の輪で固定してあった。
ロキはジャンプしながらぬいぐるみに変化すると、椅子からテーブルへと跳び乗り、助走を付けてテーブルから排水管に飛び移った。そして排水管にしがみ付くと、一旦金具の上に足を乗せて落ち着いてからぬいぐるみの腕と足を排水管と建物の隙間にねじ込み、そのままどんどん上に登って行くと、今度は金具を足場にして開いている窓に向かって横に跳び、空中で人間に戻って窓枠を掴んだ。窓から枠に登る時再びぬいぐるみに変化して、靴跡が付かないように枠に乗って素早く左右をチェックすると、カーペットの上に音も無く跳び降りて屋敷に入り込んだ。
書斎まで行くと人間に戻ってドアノブに手をかけた。書斎の鍵は開いている。少し開けて覗くと中には誰もいなかった。
(おばさんを信用して鍵はかけていないのかたまたま忘れたのか……ちょうどよかった)
ロキは書斎に滑り込むと後ろ手にドアを閉めた。大きな机には色んな種類の書類が置いてあり、その中に一際大きな筒状の紙の束が置いてあるのを見付けた。その束は全て街の地図だった。左上に九月三日十三時、三月七日十五時といった日時が記されている。
(これが例の警備の地図だな)
一番新しい物を探すと、二週間後の日時が記された地図を見付けた。劇場から北の門までの、大通り三種類を含んだ一帯が封鎖されるようだ。今カイル達がいるチャーリー通りも入っている。将軍が通るルートが阿弥陀くじのように赤で書いてあった。
(なるほど、屋根が高い建物の間を縫うように歩く訳か)
ロキは懐から用意してあった地図を出し、ルートを書き留めた。紙の束を元に戻し、部屋を出ようと扉の前まで来るとカーペットの上をドスドスと歩く音がした。
(この足音は……おばさんだな)
こっちに向かって来る。ロキは机の奥にある上げ下げ窓を開けようとした。建て付けが悪くてなかなか上に上がらない。
(くっ……!)
力を入れて左右に傾けながら引き上げるとガタガタと音が立ち、近付いて来たおばさんの足音が止まった。
「誰だい!?」
(気付かれたか!)
開いた窓から出ようとジャンプしながらぬいぐるみになった瞬間、右袖の部分が机の縁に引っかかった。
「え?」
ぬいぐるみになったせいで毛羽立った右袖が縁に引っ掛かってしまい、空中でバランスを崩して机の上にうつ伏せにビタンと落下した。
(くそっやばい!)
部屋の扉が静かに開き始めた。ロキは力任せに袖を引きちぎり、転がって書類の束に紛れ込んだ。
「ふんッ!」
おばさんが扉を蹴りながらほうきを構えて部屋に飛び込んで来た。周りをギロリと見回すと開いた上げ下げ窓に気付いた。
「なんだ……窓が開いてただけかい」
おばさんは片手で軽々と窓を閉めて出て行った。
しばらくしてからロキは書類の束から脱出した。
「あーあ。服が破けちまった」
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