上 下
33 / 112
大根王子Ⅱ

十八

しおりを挟む
 アメリアに最初に気付いたのは外で見ていたアルベルトだった。列車にいた時に散々聞いた爆発音を聞き、双眼鏡で音の方向を見ると、工場のさらに北にある小高い丘の部分にアメリアが銃を構えてうつ伏せになっていた。
「まずいぞ! あそこからジョンソンさん達が丸見えだ!」
 アルベルトが飛び出した。
「あ! ちょっと!」
 捜査員の制止を無視してアルベルトは走り出した。工場の正面から走って行く。アメリアは工場の敷地に入って来た新しい人間に気付いてスコープを向けた。
「くそ! またあいつか!」
 アメリアが引き金を引くと、アルベルトが後ろに吹き飛んだがすぐに起き上がってアメリアに向かって真っすぐ走って来るのが見えた。
「チッ……やっぱり駄目か」
 アメリアは銃に結んである革のベルトを肩に通して担ぎ、丘の向こうに走って行った。
「逃がすか!」
 アルベルトが追いかけて丘を登る最中にエンジンがかかる音が聞こえ、登り切って下を見ると既にアメリアがバイクに跨って走り去ろうとしていた。
 アルベルトは胸にかけてあった瓶を三本取って上からアメリアに向かって投げた。わずかに届かず、バイクの近くに落ちて割れ、液体が道にこぼれた。
「何だ?」
 アメリアが構わずバイクを発進させ、アルベルトから遠ざかって行く。
「くそ! また逃げられた!」
 アルベルトが悔しがっているとアルベルトの左下の傾斜が緩やかな所に警察車両が音を立てて止まった。一緒にいた捜査員だった。
「乗って! 後を追います!」
 アルベルトは素早く車の左側に乗り込んだ。
「シートベルトしてください!」
 言うやいなや捜査員はすぐに車を発進させた。前方のバイクを追いかけて道路に乗ると一気にスピードを上げた。
「シートベルト……これか」
 アルベルトはシートベルトを引き出して右下の部分に差し込むとカチッと音がしたのを聞き、シートベルトが装着できたのを確認したが、手を離した瞬間に服にピッタリと付いたシートベルトは切断された。
「あれ?」
 切断されたシートベルトは左上に戻って金具に吸い込まれた。
「え!? シートベルトって切れるの!?」
 運転しながら捜査員はアルベルトを二度見した。
「この服すごく斬れるんです」
「あ、そうなんだ」
 アルベルトは怒られそうだったので座っているシートも少し斬れていた事は黙ったまま、外套の尻が乗った部分をそっと後ろに流し、それ以上斬れて尻が座席に沈み込まないようにした。
 夕日が空を赤く照らしている。車のライトを点けた。捜査員が前方のアメリアのテールランプを追うがカーブが多く、なかなか差が縮まらない。田舎道を走るトラックを追い越しながらアメリアを追い続け、二人は町に入った。
(トーマスさんのホテルがある町だ)
 アメリアを追いかけるうちに元の町に戻って来てしまった。
 町に入ると交通量が一気に増えた。こうなると小回りが利くバイクの方が有利だ。アメリアのバイクがさらに唸りを上げ加速し、捜査員も加速するとアメリアは左の狭いビルの間にある道に入り、捜査員もハンドルを切って進入した。周りの者が二台の乱入に悲鳴を上げて散り散りに逃げて行き、捜査員はハンドルを細かく操作して周りの人や物を避けながら進んだ。車で靴磨きの箱を吹き飛ばした。アメリアは先に通りに入って右に曲がった。
「くそっ! ちょこまかと!」
 狭い道をハンドルを操作しながら進み、通りに出て一旦止まると、アメリアは走っていた歩道から左の車線に入って加速する所だった。捜査員も対向車が通り過ぎたのを確認してから左車線に入り、前の車を追い越してアメリアを追った。加速して前進するとバスが行く手を遮った。バスは左にウインカーを出し路肩に寄せたので、捜査員は上手く右車線の対向車にぶつからないようにバスを追い越したが、その間にさらにアメリアに距離を離された。二台先でアメリアが西の大通りに曲がって行くのが助手席にいるアルベルトから見えた。
「左です!」
「あいよ!」
 捜査員が二台追い越しハンドルを切って大通りに入ると、アメリアがはるか前方を走っている。夕日がまぶしくてよく見えない。突然アメリアが急ブレーキをかけ、タイヤが悲鳴を上げながらバイクが反転してこっちを向くのが見えた。
「何ッ!?」
 アメリアが銃の引き金を引き、アメリアの銃特有の爆発音が響いた。弾丸がアルベルト達の車のエンジンルームを直撃し、エンジンが粉砕されボンネットが勢いよく開くとフロントガラスの視界を遮った。
「うわ!」
 捜査員が急ブレーキを踏むと、アルベルトは蒸気がエンジンから噴き出ている車の中から、グローブボックスやフロントガラスを切断しながら座ったままの姿勢で前方にまっすぐ投げ出された。アルベルトは膝を突き、道に火花を上げながら膝立ちのまま前に滑って行く。滑りながらアルベルトは腰の水鉄砲を抜き、驚愕の表情で見つめるアメリアに向かって水鉄砲の引き金を引いた。二人がすれ違う時にアメリアの胸に一滴、足に大根のドレッシングが二滴かかった。
「……え?」
 アメリアは自分にかかったドレッシングを見た後、振り返ってアルベルトを見た。アルベルトは止まると、そのまま前を向いて動かない。キン!と音がして、アメリアの体を大根の刃が貫き、アメリアはガシャンと音を立ててバイクと共に崩れ落ちた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完結】愛してないなら触れないで

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
恋愛
「嫌よ、触れないで!!」  大金で買われた花嫁ローザリンデは、初夜の花婿レオナルドを拒んだ。  彼女には前世の記憶があり、その人生で夫レオナルドにより殺されている。生まれた我が子を抱くことも許されず、離れで一人寂しく死んだ。その過去を覚えたまま、私は結婚式の最中に戻っていた。  愛していないなら、私に触れないで。あなたは私を殺したのよ。この世に神様なんていなかったのだわ。こんな過酷な過去に私を戻したんだもの。嘆く私は知らなかった。記憶を持って戻ったのは、私だけではなかったのだと――。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう ※2022/05/13  第10回ネット小説大賞、一次選考通過 ※2022/01/20  小説家になろう、恋愛日間22位 ※2022/01/21  カクヨム、恋愛週間18位 ※2022/01/20  アルファポリス、HOT10位 ※2022/01/16  エブリスタ、恋愛トレンド43位

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

処理中です...