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大根王子Ⅰ
五
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「このサラダおいしいですね」
「おっそうかい。ドレッシングがいいだろう?」
アルベルトとカタリナはドムが作った農具と剣を売るため、王都の東にあるヘルデに来ていた。到着した初日は宿で休みを取り、二日目の今日はそれぞれ商品を届けるために別れた。アルベルトは農具を東の住宅街のほうに、カタリナは北にある馴染みの兵士の詰所へ武器を届けに行った。そしてアルベルトは一人食堂のカウンターで昼食を摂っていたのだった。
「そうそうこれも作ったんだよ。オリジナルのヘルシーなジュースなんだけど試してみてくれよ」
「ああ……爽やかな味の野菜ジュースですね。美味しいです」
「大根が少し入っているんだよ。よかったらドムの所へ何本か持ってってくれ。カタリナちゃんはここに来るのかい?」
「いえ、カタリナは向こうで昼食も出るし夕方までかかるそうですから。僕ももう少ししたら行こうかと思って」
ヒゲをたくわえた店長が微笑んだ。
「あの娘はいい娘だ。ドムから聞いてるよ。あんたともうまく行ってるんだってな。これでひと安心だ」
「僕もとても良くしてもらっています。武器作りはなかなかうまくいかな……」
突然遠くからドドドォンという断続的な爆発音が聞こえ、建物が揺れた。
「うわ!」
アルベルトは口にしていた野菜ジュースを驚いてこぼしてしまい、服の胸元にジュースがかかってしまった。
「な、なんだ今の?」
店長は窓から外を見た。アルベルトは外に出てみた。今の音を聞きつけた人々も外に出てくる。街の北の方から煙が上がっていた。
「北門のほうだ。何かあったのか?」
「お、おいあれ。煙の先」
街の北の方から三十羽ほどの鳩の群れが北門のほうに飛んでくる。そして北門を通過したあたりから急に羽を丸めたかと思うとそのまま急降下しはじめた。ヒュルルルという風斬り音が聞こえて落ちていく。建物で見えなくなったと思った矢先、鳩が落ちたと思われる一帯で再び爆発が起きた。
「は、鳩か? 鳩が落ちてくるぞ! なんだありゃ!」
「つ、詰所の方だぞあれ!」
また鳩の群れが飛んできた。今度はかなり多い。
「お、おい嘘だろ。こっちに来る!」
鳩の群れが次々と真上で羽を丸めて墜落してきた。あちこちで爆発が起き視界が激しく揺れ、爆音と共にアルベルト達は吹き飛ばされた。
「うわああ!」
アルベルトは悲鳴を上げるがその声すら爆音と破壊音でかき消される。煙と砂塵が舞い上がり、周りがどうなっているかよく見えない。あちこちで炎が燃え上がる中、アルベルトは奇跡的に軽症で済んだ。あちこちに爆弾の破片が転がっている。目の前の瓦礫をどかして立ち上がると店長の姿を探した。
「店長! 店長無事ですか!」
カウンターの崩れた棚から店長が這い出てきた。
「ゲホッ! ゲホッ! だ、大丈夫だ! 大したことない! カタリナの所へ行ってやれ!」
アルベルトは店長の無事を確認すると北へ走り出した。しかし東の方から人が逃げてくる流れに巻き込まれた。
「ぐっ! ど、どいてくれ!」
今まで気付かなかったが東の方で大砲の音が聞こえている。
「な、なんだ? 何が起きてる?」
「おいあんたも逃げろ! か、海賊だ! 海賊が攻めてきてる!」
大砲の音に続いて港の方から銃声と悲鳴が聞こえてくるようになった。
(海賊が上陸してきたのか……! カタリナ!)
アルベルトは西へ流れていく人混みを掻き分け詰所へ向かった。
北エリアは先ほどの爆撃でかなり破壊されていた。かなり死傷者も出ているようだ。アルベルトはカタリナを探しながら走った。カタリナがこちらの方へ逃げてきていることを期待していたが見当たらない。
(やはり詰所まで行かなければ駄目か)
北門の方から人々の叫び声と銃声が聞こえる。北門の方にも別の敵の軍勢がいる可能性がある。
五分ほど走ると、詰所に着く直前、すぐ近くの民家から笑い声と銃声、そして男の命乞いをする声が聞こえた。アルベルトは急いで荷車に身を隠し、民家の中を覗き込んだ。野盗が既に北からここまで入り込んで来ていた。
野盗は三人いる。一人は入口で中を見ていて、一人は男の前で銃を持って立ち、もう一人は荒らされた家の中を何か食べながら物色している。
野盗が再び引き金を引き、男がゴトリと前のめりに倒れた。尻餅をついている女性もこのままでは殺されてしまうかもしれない。しかしアルベルトは丸腰でどうすることもできず、悔しくて歯軋りした。
ふと荷車に野菜が積まれているのが目に入った。大根がある! もう迷っている時間はない。キン!という音と共にアルベルトは手にした大根をサーベルに変えた。変化した音は周りの音にかき消され野盗の耳には入らなかった。
アルベルトは民家の入口にいる野盗の一人に静かに近付きサーベルで背後から突き刺した。
「ぎっ!」
斬れ味が良すぎたためサーベルはあっさりと柄の方まで突き抜け、アルベルトは勢い余って刺した野盗にぶつかった。
「なんだてめえは!」
男の前にいた野盗が左手に持つ剣で横薙ぎに斬りかかってきた。アルベルトは絶命した野盗を押し付けるようにして斬撃を防ぐと、サーベルを引き抜き目の前の男を袈裟斬りに両断した。しかし右から三人目の野盗の蹴りを脇腹に食らってしまい家の壁に叩きつけられた。衝撃で物が激しく散乱した。
「うぐっ!」
野盗は躊躇せずアルベルトの胸に向かって銃の引き金を引いた。銃声の直後、キン!という金属音と共にアルベルトは胸に軽い衝撃を受けた。
「ぐわあ!」
頭を壁に打ちつけチカチカする視界の中で、銃を撃った野盗が突然悲鳴をあげながら血を吐いて倒れた。
「痛っ……な、なんだ? どうなってる?」
倒れた野盗をよく見ると胸のあたりから大量に刃が突き出ている。体の中から突き破ったようだ。自分の撃たれた胸元を触るとヒヤッとした。見ると大きめのカミソリの刃のような平べったい金属板が服に被さっていて弾丸がめり込んでいた。
「え? これは、刃か?」
胸の金属板をどかし、手を放すと金属板は弾丸の部分まで床に深々と突き立った。周りに散乱している物をよく見ると手をつけられなかった分の昼食がこぼれている。お椀からこぼれた野菜スープの跡らしき床の一帯からも剣が生えている。
「まさか大根は触れていなくても刃に変えられるのか? それにこのスープの剣は……?」
どうやら無意識のうちに胸元のジュース、スープの大根、そしてそれを食べていた野盗の体内の大根を刃に変えたらしい。別にサーベルに限定する必要は無かったのだ。長さも形状も様々な大根がかなりの本数一瞬で刃に変わっていた。
「あ、ああどうしよう私。お父さん……」
近くの女性の声でアルベルトは我に返った。家の中は火薬と血の匂いが充満している。
「だ、大丈夫ですか? ケガは?」
「あ、うう、だ、大丈夫です。た、助けてくれてありがとう」
「ここは危険です。西から出て王都へ向かった方がいい。僕はついて行ってあげられない。いい? よく聞いて」
アルベルトは女性の肩に手を置いて反応を確かめた。意識はしっかりしている。大丈夫だ。家の中が薄暗くて今まで気付かなかったがかなり若い。まだ十代後半くらいだろう。栗毛の髪に少しクセがある。
「王都の西に緑色の家がある。僕の家だ。時々クリフという人が来て用事をこなしてくれる。そこにしばらくいるんだ。何かあったら王都の東にあるクロガネという鍛冶屋を頼ってくれ。分かったかい?」
「わ、わかったわ」
「これが家の合鍵だ。持って行って」
「あなたはどうするの?」
「僕は詰所に行かなきゃいけない。カタリナを連れて来なきゃ」
「カタリナ……さん」
横倒しになっていた棚の側に落ちている鶏肉や玉ねぎなどの食料を素早く集めて袋に詰め、サーベルと一緒に女性に渡した。
「これも護身用に持っていって。クリフに僕のサーベルを見せればきっと事情を分かってくれる」
「うん。気を付けて」
アルベルトは台所にあった大根を今度は両刃の剣に変えて右手でつかんだ。
女性が驚いている。
「お父さんの埋葬を手伝ってあげたいけど今は駄目だ。まずは君が生き残るんだ。いいね?僕はアルベルト。君は?」
「え? あ、ミ、ミリアムです。ミリアム・フィールド」
「さあ行って!」
ミリアムが西へ走り去って行ったのを見送ってからアルベルトは北へ走り出した。
「おっそうかい。ドレッシングがいいだろう?」
アルベルトとカタリナはドムが作った農具と剣を売るため、王都の東にあるヘルデに来ていた。到着した初日は宿で休みを取り、二日目の今日はそれぞれ商品を届けるために別れた。アルベルトは農具を東の住宅街のほうに、カタリナは北にある馴染みの兵士の詰所へ武器を届けに行った。そしてアルベルトは一人食堂のカウンターで昼食を摂っていたのだった。
「そうそうこれも作ったんだよ。オリジナルのヘルシーなジュースなんだけど試してみてくれよ」
「ああ……爽やかな味の野菜ジュースですね。美味しいです」
「大根が少し入っているんだよ。よかったらドムの所へ何本か持ってってくれ。カタリナちゃんはここに来るのかい?」
「いえ、カタリナは向こうで昼食も出るし夕方までかかるそうですから。僕ももう少ししたら行こうかと思って」
ヒゲをたくわえた店長が微笑んだ。
「あの娘はいい娘だ。ドムから聞いてるよ。あんたともうまく行ってるんだってな。これでひと安心だ」
「僕もとても良くしてもらっています。武器作りはなかなかうまくいかな……」
突然遠くからドドドォンという断続的な爆発音が聞こえ、建物が揺れた。
「うわ!」
アルベルトは口にしていた野菜ジュースを驚いてこぼしてしまい、服の胸元にジュースがかかってしまった。
「な、なんだ今の?」
店長は窓から外を見た。アルベルトは外に出てみた。今の音を聞きつけた人々も外に出てくる。街の北の方から煙が上がっていた。
「北門のほうだ。何かあったのか?」
「お、おいあれ。煙の先」
街の北の方から三十羽ほどの鳩の群れが北門のほうに飛んでくる。そして北門を通過したあたりから急に羽を丸めたかと思うとそのまま急降下しはじめた。ヒュルルルという風斬り音が聞こえて落ちていく。建物で見えなくなったと思った矢先、鳩が落ちたと思われる一帯で再び爆発が起きた。
「は、鳩か? 鳩が落ちてくるぞ! なんだありゃ!」
「つ、詰所の方だぞあれ!」
また鳩の群れが飛んできた。今度はかなり多い。
「お、おい嘘だろ。こっちに来る!」
鳩の群れが次々と真上で羽を丸めて墜落してきた。あちこちで爆発が起き視界が激しく揺れ、爆音と共にアルベルト達は吹き飛ばされた。
「うわああ!」
アルベルトは悲鳴を上げるがその声すら爆音と破壊音でかき消される。煙と砂塵が舞い上がり、周りがどうなっているかよく見えない。あちこちで炎が燃え上がる中、アルベルトは奇跡的に軽症で済んだ。あちこちに爆弾の破片が転がっている。目の前の瓦礫をどかして立ち上がると店長の姿を探した。
「店長! 店長無事ですか!」
カウンターの崩れた棚から店長が這い出てきた。
「ゲホッ! ゲホッ! だ、大丈夫だ! 大したことない! カタリナの所へ行ってやれ!」
アルベルトは店長の無事を確認すると北へ走り出した。しかし東の方から人が逃げてくる流れに巻き込まれた。
「ぐっ! ど、どいてくれ!」
今まで気付かなかったが東の方で大砲の音が聞こえている。
「な、なんだ? 何が起きてる?」
「おいあんたも逃げろ! か、海賊だ! 海賊が攻めてきてる!」
大砲の音に続いて港の方から銃声と悲鳴が聞こえてくるようになった。
(海賊が上陸してきたのか……! カタリナ!)
アルベルトは西へ流れていく人混みを掻き分け詰所へ向かった。
北エリアは先ほどの爆撃でかなり破壊されていた。かなり死傷者も出ているようだ。アルベルトはカタリナを探しながら走った。カタリナがこちらの方へ逃げてきていることを期待していたが見当たらない。
(やはり詰所まで行かなければ駄目か)
北門の方から人々の叫び声と銃声が聞こえる。北門の方にも別の敵の軍勢がいる可能性がある。
五分ほど走ると、詰所に着く直前、すぐ近くの民家から笑い声と銃声、そして男の命乞いをする声が聞こえた。アルベルトは急いで荷車に身を隠し、民家の中を覗き込んだ。野盗が既に北からここまで入り込んで来ていた。
野盗は三人いる。一人は入口で中を見ていて、一人は男の前で銃を持って立ち、もう一人は荒らされた家の中を何か食べながら物色している。
野盗が再び引き金を引き、男がゴトリと前のめりに倒れた。尻餅をついている女性もこのままでは殺されてしまうかもしれない。しかしアルベルトは丸腰でどうすることもできず、悔しくて歯軋りした。
ふと荷車に野菜が積まれているのが目に入った。大根がある! もう迷っている時間はない。キン!という音と共にアルベルトは手にした大根をサーベルに変えた。変化した音は周りの音にかき消され野盗の耳には入らなかった。
アルベルトは民家の入口にいる野盗の一人に静かに近付きサーベルで背後から突き刺した。
「ぎっ!」
斬れ味が良すぎたためサーベルはあっさりと柄の方まで突き抜け、アルベルトは勢い余って刺した野盗にぶつかった。
「なんだてめえは!」
男の前にいた野盗が左手に持つ剣で横薙ぎに斬りかかってきた。アルベルトは絶命した野盗を押し付けるようにして斬撃を防ぐと、サーベルを引き抜き目の前の男を袈裟斬りに両断した。しかし右から三人目の野盗の蹴りを脇腹に食らってしまい家の壁に叩きつけられた。衝撃で物が激しく散乱した。
「うぐっ!」
野盗は躊躇せずアルベルトの胸に向かって銃の引き金を引いた。銃声の直後、キン!という金属音と共にアルベルトは胸に軽い衝撃を受けた。
「ぐわあ!」
頭を壁に打ちつけチカチカする視界の中で、銃を撃った野盗が突然悲鳴をあげながら血を吐いて倒れた。
「痛っ……な、なんだ? どうなってる?」
倒れた野盗をよく見ると胸のあたりから大量に刃が突き出ている。体の中から突き破ったようだ。自分の撃たれた胸元を触るとヒヤッとした。見ると大きめのカミソリの刃のような平べったい金属板が服に被さっていて弾丸がめり込んでいた。
「え? これは、刃か?」
胸の金属板をどかし、手を放すと金属板は弾丸の部分まで床に深々と突き立った。周りに散乱している物をよく見ると手をつけられなかった分の昼食がこぼれている。お椀からこぼれた野菜スープの跡らしき床の一帯からも剣が生えている。
「まさか大根は触れていなくても刃に変えられるのか? それにこのスープの剣は……?」
どうやら無意識のうちに胸元のジュース、スープの大根、そしてそれを食べていた野盗の体内の大根を刃に変えたらしい。別にサーベルに限定する必要は無かったのだ。長さも形状も様々な大根がかなりの本数一瞬で刃に変わっていた。
「あ、ああどうしよう私。お父さん……」
近くの女性の声でアルベルトは我に返った。家の中は火薬と血の匂いが充満している。
「だ、大丈夫ですか? ケガは?」
「あ、うう、だ、大丈夫です。た、助けてくれてありがとう」
「ここは危険です。西から出て王都へ向かった方がいい。僕はついて行ってあげられない。いい? よく聞いて」
アルベルトは女性の肩に手を置いて反応を確かめた。意識はしっかりしている。大丈夫だ。家の中が薄暗くて今まで気付かなかったがかなり若い。まだ十代後半くらいだろう。栗毛の髪に少しクセがある。
「王都の西に緑色の家がある。僕の家だ。時々クリフという人が来て用事をこなしてくれる。そこにしばらくいるんだ。何かあったら王都の東にあるクロガネという鍛冶屋を頼ってくれ。分かったかい?」
「わ、わかったわ」
「これが家の合鍵だ。持って行って」
「あなたはどうするの?」
「僕は詰所に行かなきゃいけない。カタリナを連れて来なきゃ」
「カタリナ……さん」
横倒しになっていた棚の側に落ちている鶏肉や玉ねぎなどの食料を素早く集めて袋に詰め、サーベルと一緒に女性に渡した。
「これも護身用に持っていって。クリフに僕のサーベルを見せればきっと事情を分かってくれる」
「うん。気を付けて」
アルベルトは台所にあった大根を今度は両刃の剣に変えて右手でつかんだ。
女性が驚いている。
「お父さんの埋葬を手伝ってあげたいけど今は駄目だ。まずは君が生き残るんだ。いいね?僕はアルベルト。君は?」
「え? あ、ミ、ミリアムです。ミリアム・フィールド」
「さあ行って!」
ミリアムが西へ走り去って行ったのを見送ってからアルベルトは北へ走り出した。
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