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人は人生にいつ何が起こるかなんて先の事は分からないし、その時に何が最善の選択なのかも結局分からない。その時は自ら最善だと信じて選んだ事ですら数分後には最悪の選択だったなんて事は多々あるし、勿論選択したそれが確かに最善という事もあるだろう。しかし、その最善の基準は一体、誰の基準なのだろうか。その基準が根本から間違っているとしたら?誰それを指摘できると思う?最善が最悪であるのに気がつかずに生き続けているとしても、基準が違うことにすら気がつかなければ自分が最悪の状況であることすら気がつかないかもしれない。
テレビやラジオ、ネット、紙面。
毎日繰り返し同じ様な事件や事故が起こっている。
何度も何度も同じ様な過ちを犯す人間がいる。
それは日本だけの事ではなくて世界の何処にでも起きていて、日々当然のように流れていく事だ。その中で一際目を惹くのは大概が人の生死に関わる事、人が人を殺すことがあれば、天災に巻き込まれた、事故に事件に巻き込まれたなんて事もある。そして大概の場合で、死んだ人間は善人なのだ。

不思議だな、死ねば誰もが善人に変わる。

この世の中は、本当に不思議な世界だと思う。誰しも一度は見たことがあるだろう?どんな人間も殺されたり死んだりすれば、あの人は穏やかでイイ人だったとか親切だったと話す奴が必ず現れてくる。死んだら仏ってのは、こういうことをいっているのかもしれない。殺された人間なんか本当に何一つ悪評を聞かないし、最悪悪人で死刑であっても死刑反対論者達が死刑にした政府を責める有り様だ。つまり最悪の悪人でも死ねば、守るべきだった大切な命というものに生まれ変わる。
そのかわり殺した方には、挨拶をしないとかおかしな行動をしていたなんて真逆の事を言葉で漏らす奴が現れてくるんだ。どんなに普段大人しくマトモそうに見えていても、そういえばこんなことがあったと重箱の隅をつつくような事を暴かれ曝される。全くの同じことをしても善人なら厳しい真面目な人でしたで済んで、悪人は自己中心的でキレやすい怖い人間に変わる。つまりは人間は全て大なり小なりの悪の塊で善人を装い生きているが、死なないと完全な善人にはなれない。しかもその善人と悪人の天秤がどちらに向くかは、それこそ生か死の二つの要素の差だけなのだ。

悪人も死ねば善人になる。

だから死という最大の要素のお陰で、遠坂喜一がしてきた性的暴行も詐欺教唆も犯人隠匿ですら表沙汰にはならなかった。殺人?流石にそれは被疑者死亡で送検されたが、死んだ後の送検がなんだというのだ?しかも、その内の幾つかは情状酌量の余地ありだった。驚くだろう?進藤隆平に関しては三浦和希の事件の根源として殺害をした、不動武司に関しては進藤への情報漏洩の遺恨。そんなことで二人を殺しても息子を失った父親の遺恨の一言で済まされてしまう、そんな世の中をどう思う?勿論殺された不動武司が長年していた情報漏洩に関しても、操作の進展には左右しないもので不問になったのは言うまでもない。
死ねばという話で言えば、倉橋健吾のしてきた悪事も殆どが表に出ることはなく、小西昌磨のしてきた事も表に出ることはなく時間が過ぎていく。それにあの進藤隆平ですら行ってきたと自白した悪事を、大きく取り上げられることはなかったんだ。進藤の事を必死に調べ続けていた竜胆貴理子にしてみたらこれはさぞかし不服だったろうし、進藤自身にしても悪名を高めるどころか都市伝説紛い扱いでさぞ不服な事だろう。兎も角進藤は荼毘にふされて無縁仏として安置されて、あっという間に進藤の悪事は終息させられていった。進藤の配下の人間達は全ての根底だった進藤を失ってバラバラに千切れ、一部は芋づる式に逮捕され一部は散々になって闇に潜る。その中には新たな進藤になるべく身を潜めて力を貯め始める者もいるのだろうが、何処まで進藤に成り代われるかは難しいと誰もが思う。
進藤隆平はある意味では天才だったのだと思う。その天才が元々自分の利益を求めていたわけではなく、他の目的のために貪欲に影で動き回ったのだ。そういう資金という面で進藤は異様なほどに合理的で冷静な策士だったが、同じ方法をとっても進藤ほどの基盤を作れるとは思えない。それと同じ存在になるには、同じように別な目的を持ち資金に厭目をつけない視野が必要なのだろう。そういえば巨額の資金を持っていた筈の進藤は、その資金をどこかに隠したままだというが、それは今のところ見つかっていない。二課も操作を進めてはいるが、何しろ遠坂喜一ですら二課の追跡を交わせる世の中だ。進藤の資金は恐らくほぼ三浦が引き継いでいると俺は考えているが、そうなると三浦を捕まえたとしても資金は闇の中のままのような気がする。何しろ三浦は既に進藤を越える跡継ぎなのだ。

それでも三浦和希は三浦和希だ

三浦和希が頭に障害もなくただの悪人であれば、次の進藤になるのは恐らくは不可能だった筈だ。三浦は進藤とは別な意味で、最悪の存在に成長していた。しかも能力は進藤と同等かそれ以上。
何故それを知ったのかと言えば、三浦は当然のような顔で何故か二度も襲った宮井麻希子という女子高生に会いに姿を見せたのだ。三浦が持っていた写真には住所も名前もなかったのに、三浦は意図も容易く宮井麻希子の住所を特定した。恐らくは制服や行動範囲で絞りこんで彼女を炙り出したのだろうが、それにしても都立第三の生徒は全体で九百以上。しかも、何年かも知らない筈の三浦が、どうにかして現在三年生の彼女を見つけ出したのは脱走してから僅か十日に満たない期間だ。ただし、宮井麻希子の方も、そう何度もただ襲われる訳ではなかった。彼女は家族や宇野を守るためとはいえ、三浦と正面切って話をして、しかもその音声を録音していたのだ。しかし、その内容は予想だにしないことだった。何故か三浦和希は唐突に彼女の家の前に現れて、宇野智雪を刺したことを謝罪してきたのだ。しかも真名かおるを探すことを邪魔しなければ、何もしないとまで口にしている。

真名かおる

またその名前だ。進藤隆平にとっての倉橋俊二のように、本当にいるかどうかも分からない女の名前が再び現れる。もし三浦和希が上原杏奈を真名かおるだと信じていたら?何時までも上原を探し続けるのだろうか。
ただそれには大きな疑問が残る。
三浦は宮井麻希子に向かって倉橋亜希子と槙山忠志、そして槙山忠志の双子の妹・槙山利津、そして宮井麻希子を覚えていると口にした。記憶障害を起こす前に出会っている人間と、後に出会った人間。どちらも印象が強くて記憶に残っていると言うのなら、何故一番印象に残るべき真名かおるの事を思い出せないのだろうか。

偶然、真名かおるのことだけを完全に思い出せないのか?

世の中の出来事の偶然と何もかもを一括りにすることは簡単だが、必然を求めるにはこの世の中は余りにも厳しい。かおるを探して死ぬという三浦は本当に真名かおるの事を覚えていないのだろうか。そんなことをつい考えながら、日々はジリジリと過ぎていくのだ。



※※※



最後にこれは話しておく、上原杏奈の遺骨はもうあの寺にはない。
母親が引き取ったのかって?いいや、母親はまだ裁判中だし、あの女には渡さない。杏奈が何処にいるかはこの世の中でただ一人しか知らないし、それを俺は誰かに教える気もない。ただ永遠に見つかることはない、とだけ教えておく。

普通に生きて普通に生活する、そんな当然の事が一番難しいと、世の中の何人が気がついているだろう?

特別になることは実はとても簡単なことで、善くも悪くも特別であることは容易い。世の中で普通であることが、実は一番『特別』なことなんだ。だから世の中には普通以外の人間なんて山ほどいる。善人も悪人もだ。勿論唐突に三千万円も腎臓移植の費用を寄付したり、DVの被害者の救済団体に何千万もの遺産を寄付してしまうような善人はいる。
反対に上原杏奈に降りかかったような、ある意味では三浦和希に起こったような悪事を働くような人間もそこら中に掃いて棄てるほどいるんだ。俺はそいつらの悪事の理由なんて、正直どうでもいいと思っている。そういうことを起こした奴等は大概が同じことを繰り返すから、それを消し去るのになんで考えなきゃならないんだ?それをするのに、今ではもう躊躇いなんかない。やり方さえ間違えなきゃ何も問題のない、簡単なことだったんだ。一人ずつ消していけばいいだけ、少なくとも杏奈が大きくなるまでにこの街で、そんな事件が起こらないようにするだけ。
もし見つかったらどうするのかって?
それは一応見つからないようにはやっているさ。何しろ三浦だってその術を身に付けてるし、こっちはその知識も捕まえる方の視点だって熟知しているんだ。それでも見つかったら、それは俺が悪人だったという話で終わるだけの事だろ。
警察なのにおかしいって?
捕まえないのかって?
おかしいなんてそんなことはないし、捕まえても無駄なのはここまでの話を聞いてきたなら分かるだろう?どんなに捕まえたって悪人は逃げるし、止めるには殺すしかない。それにこれは全て必要悪で、将来の被害者を助けるために全てやっているんだ。鳥飼信哉のように破格の直接戦える能力が俺にあるわけでもないが、俺にも自分なりのやり方があるだけ。俺には表立って何かをするわけでなく、影でこうして動くのが性にあっている。
幾つかの顔を使い分けて正義の味方でいるのに、最後が訪れるまで迷いはしないし躊躇いもしない。

そう、杏奈に俺は誓ったのだから………


















※※※





何度も見ているのに、何故か思い出せない。
他の人間の顔がそれに見えることもあるし、歩いている人間の顔ですら区別が出来ない。パーツ一つ一つを見ても理解できないから、服や仕草や髪型でそれが誰か判別する。それが今に始まったことなのか、本当はずっと昔からの事なのかは自分でも理解できない。

忠志、利津、亜希子、あの女子高生、それくらいしか判別できない。

それは記憶の中で酷く印象深いからだが、印象深いのがいいなら真名かおるの顔がどうしても思い出せないのは何故なのだろうか。だけど、あの女子高生を見ていて、その理由は思い出せた。

かおるは会う度に印象の違う顔

何度も見ているのに思い出せないのはそれでだから、だから俺は何時か出会うまで繰り返すしかない。人を組み敷き乱暴するような男を許さないかおるは、きっとそんな男の傍にフラりと現れるはずだ。だから俺もそんな男を探してさ迷うだけ。そんな男が山のようにいては探し出せないから、様々な顔で一人ずつ抹殺しながら探し続けるだけなんだ。
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