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82.外崎宏太
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そこまでの数日間。
と言ってもこれでは何のことか分からないだろうから、改めて具体的に説明する事にしよう。
全ての発端三浦の事件からは丸三年、俺と杏奈が出逢ってからは既に約一年以上・杉浦のオークション詐欺事件からはおよそ五ヶ月位が経つ。ついでに教えておくと杉浦陽太郎が死んだのは十月末で、竜胆貴理子の起こした母校の爆弾テロは十二月、おまけに年が明けて二月に上原杏奈が死んだという………少なくとも風間祥太にはまさに激動の一年ってやつだ。ああ、倉橋の一家にとってもここ一年ちょっとでで、息子に両親に、最後に娘まで死んだんだから、激動かもな?そんなことは兎も角。
俺の友人の一人に宇野智雪という奴がいるのは、以前も話した筈だ。竜胆貴理子が丹念に調べていた喫茶店経営者の強盗致死と火災事件、これはその宇野の両親に起こった事件のことだった。
事件が起きたのは十一年前で、被害者は宮井浩一と宮井アリシア夫妻。当時よくある店舗と自宅が一体になったタイプの喫茶店で、犯人は表側の店舗ではなく裏側の自宅の窓を破って侵入。店は定休日だったが在宅していた妻・アリシアを自宅側で一端拘束、夫・浩一を店舗の包丁で刺した上で拘束した。それだけで犯人が逃げればよかったのだが、拘束から逃げたアリシアが店舗に姿を見せたらしく、犯人はアリシアに激しい暴行を加え、その後証拠隠滅のため放火して逃走した。息子の宮井智雪は丁度その日、高校の宿泊の課外研修で自宅に戻らなかったため難を逃れたが、両親は共に死亡した。暴行や刺傷での死亡ではなく、死因は焼死だ。
実際この話は宇野智雪という人間の人となりを調べるのに、俺が以前密かに調べた話で宇野智雪から直接聞いたことではない。宮井から宇野になったのは大学卒業後婿養子に入ったからで、今では妻の連れ子と一緒に暮らしている所謂苦労人だ。苦労人なのだが雪……まあ愛称でそう呼んでいるのだが、雪はちょっと一風変わった人間で、まあ半分俺達側の人間みたいな奴だ。半分っていうのは当然子供もいるし出版社勤めという表側の顔がある反面、稀に雪の行動の端々で情報を流用して事を運ぶのが垣間見える。例えば政治家取材のアポの取り方とか、どっかから情報を仕入れる方法を知っていてそのやり方が俺や久保田によく似ているのだ。
まぁそれは兎も角俺が了に全力でかまけている真っ最中の、三月中旬というのが俺のいう数日間というやつだ。勿論合間に三浦の尻尾を掴みもしたのだが、俺自身にはとんでもなく大きな変化のあった数日だった。何しろ了を全力でたらしこんで、俺のものにしたところだったのだ。で、噂の雪から突然電話がかかってきたのだ。
雪にはずっと以前から溺愛している従妹がいて、その宮井麻希子が三月十四日の夕方に姿を消してしまったというのだ。高校二年生の多感な年頃じゃ家出かと思うだろうが、雪に言わせると麻希子に限ってそんなことはあり得ないのだという。雪が言うからには自分で探せない状況ということで俺の力を借りたいと言うわけだが、俺自身にも何か引っ掛かるものがあって雪に力を貸すことにした。
了がいるから宮井という女子高生の防犯カメラ映像を調べるのは手早いが広範囲だと流石に一人では難しいし、その犯人の可能性がある男が『茶樹』に居たと聞いて惣一にも助力を頼んだ途端電話の向こうが目の色を変える。偶然というかなんというか、その女子高生は『茶樹』の常連客でスタッフの隠れアイドルだという。
人間、誰がどこで繋がってるか分かったもんじゃねぇな。
内心そうは思うが惣一が全力で協力するものだから、情報収集の速度は半端なかった。お陰で『茶樹』にいた男の顔写真が、惣一の友人や俺の知り合いの街の顔役に一斉送信される始末。了と惣一の二人で公共機関の利用はあっという間に潰されるし、他の移動方法まであっという間に惣一の知り合いが網羅して潰していく。オービスやらなにやらまで潰した上に、新しく車を手に入れようとすれば一発で見つかるなんて、本気の惣一には正直喧嘩を売らないほうがいい。しかしそれ以上に、俺の背後で苛立ちながら情報を聞いている宇野智雪には、もっと喧嘩を売らない方がいいだろう。
『結論としては、街からトレンチコートもハムちゃんも出てない。』
ああ、言い忘れていたが、ハムちゃんとは宮井麻希子の『茶樹』での愛称だそうだ。ハムスターのハムちゃんだというが、今時の女子高生の愛称にしちゃ随分と愛くるしいもんだ。
「悪いな、じゃ何かわかったら、また頼む。」
電話を終えた時点で既にそろそろ日付が変わろうとしている。十四日の夕方に行方が分からなくなって、既に丸二日が過ぎていて雪の苛立ちは嫌でも増すばかりだ。女子高生を拉致してトレンチコートの男が歩き回るなんて目立つことこの上ないのに、これといった目撃情報が入らない。そんな矢先に花街のキャバ嬢の一人から電話が入った。
『はぁーい?トノ、三島のコンビニで写真の男を見たってうちの店長が言ってるよ。』
その電話連絡が来たのは、宮井麻希子が消えて丸二日と八時間後。日付が十七日に変わっていて、既に半日近くも延々と防犯カメラの映像を解析して確認する了が流石に悲鳴をあげ始めた頃のことだった。
学校とは線路を完全に挟んだ色町紛いの街角のコンビニでキャバクラの店長が男を見たと、その店の女が連絡をくれたのだ。ここ暫く毎日姿を見せてるという情報に、我慢の限界だった雪が駆け出していってしまったのには正直驚いた。人のことは言えないが、宇野智雪という人間は二面性が高く、通常は感情を表に出さないように猫を被っている。一見人当たりのいいノンビリした青年に見えるが、本来は案外短気で好き嫌いのかなり激しい男なのだ。その雪が猫を被るのを忘れて駆け出すなんて
「都立第三の強面の兄ちゃんと連絡とらんとな。確か……。」
思わず溜め息をつきながら口にするが、都立第三高校には一人昔懐かしいタイプの夜回りを今の時代に実行するような体育教師がいる。その体育教師が実は、雪の幼馴染みで以前に顔を会わせたことがあるのだ。
「都立第三?」
俺の呟く声に了が訝しげに口を開き振り返ったのに、なんだ知り合いでもいんのか?と声をかけていた。
※※※
「手配写真?」
都立第三高校の体育教師・土志田悌順と連絡を取って雪の向かった先を伝えている矢先、もう一人雪の幼馴染みが合流した。そちらでは宮井麻希子の同級生でもトレンチコートの顔を確り覚えている奴がいたらしく、その男とおぼしき人間を見つけ出したのだという。こっちに送れるかと問いかけると、やがて送られてきた写真を了が覗きこむ。
「写真は若いけど、確かに似てる。」
「そうか。」
「でも、これってあれだよな?証明写真っていうか……。」
了が写真を眺めながらそんなことをいう。真正面を向いた藪睨みしたような人相の悪い写真が何処から出てきたのかは、メールに書き込まれていると了が読み上げてくれる。
「なんだ、やっぱりそうじゃん、手配写真だと。十一年前の強盗だってよ、金子寛二。」
「ああ?!」
読み上げられた名前に、思わず俺はそんな声をあげてしまう。想像がつくだろ?ここまでくると。そう金子寛二は、十一年前に宮井夫妻の喫茶店に強盗に入った容疑で捕まった男なんだ。ただし金子寛二は強盗では捕まったが、実は夫妻の殺害では罪に問われなかった。当時殺害方法と殺害の時間、そして出火の時間が、金子寛二が強盗に入ったという時間と全く合わなかったんだ。しかも出火の時間に金子が別な場所で目撃されていたのもあって、検察の方は最後まで立証できなかった。お陰で強盗罪だけで金子は有罪となり、僅か十三年程の判決を控訴もせず受け入れている。あれから十一年だから、模範囚なら仮釈放されてもおかしくはない。とは言え何か酷い違和感があって、俺はその情報に眉を潜めていた。何だか上手く乗せられた感じが否めないのだ。こんなにも簡単に映像が見つかって、しかも、その顔が雪の親の事件の犯人?そんな馬鹿な偶然があるものだろうか。しっくり来ないと以前も感じていたが、これまた納得出来ない。
「了、お前どう思う?」
思わずそう問いかけると振り返る風でもなく了は、写真を眺めながら当然のように口を開く。
「親の事件の犯人が出所して、投獄原因に復讐?嘘くせぇ。」
「だよな、俺もそう思う。」
確かに俺もそう思う。まるで取って付けたかのように情報の見つかり方がスムーズ過ぎて、余りにも話が出来すぎていると感じるのは俺だけではなかったようだ。大体にして雪の従妹・正式には雪の彼女だと当の雪から聞いたが、女子高生を拉致する意図はなんだ?
「なんで、雪の彼女かね?知ってて拉致ったかな?」
「拉致んのはいいけどよ?夕方なんだよな?学校傍じゃオッサンに抱かれた女子高生なんて、目立つんじゃね?」
そう言われれば、行方が分からなくなったのはまだ夕方だったというのなら、目撃情報は直ぐ耳に入りそうなものだ。真夜中なら兎も角、学校傍の土手で拉致なんかあり得るだろうか。冗談めかして試しに了にお前ならどうする?と問いかけると、了は平然とこんなことを言う。
「拉致るんなら近くで拉致って、荷物は遠くに投げる。」
「経験あるみたいに言うな?お前。」
「野郎が野郎を拉致るのにも、ほんの数百メートル抱えて歩くので限界だっつーの。目立つしよ、直ぐバレんぞ?あれ。最短数時間で乗り込まれんだ。」
何だと?お前本気でやったのか?と呆れ半分で言うと、偶然と結果そうなったと了が思い出したくないと言いたげに不貞腐れながら呟く。いや、人のことは言えないが、誰を何処で何のために拉致したんだ?因みにたらしこむ最中に了がほんの一週間ほど前に、何でか野郎を手込めにしようと目論んだが失敗して手痛い失恋をしたのは聞き出した。聞き出したが、まさか本気で拉致監禁か?ちょっと待て、お前そいつにまだ惚れてるんじゃあるまいな?流石にそれは容認できない話だからな?後でしっかりと話をつけさせてもらうと呟いて俺は納得出来ないことを確認に電話を取り上げた。ところが何度電話をかけても喜一が反応しないのに俺は眉を潜め、雪が話していたトレンチコートのことを思い出す。
草臥れたベージュのトレンチコート……バーバリーのトレンチコートは大分草臥れて来ているんじゃないだろうか。遠坂喜一は刑事になって直ぐに、買ったバーバリーのトレンチコートをずっと愛用している。
まさか………。
女子大生風の綺麗な女とトレンチコートの草臥れたオヤジ。奇妙な偶然かもしれないが、立場が逆なら?女を付け狙ってる変態じゃなく、トレンチコートが喜一で相手がもしも。咄嗟に風間に電話を掛けると、風間の方はワンコールだけで電話を受ける。
「わりいな、風間。喜一と連絡がとれねぇんだがよ?あいつ今何処で何やってんだ?」
『こっちでも遠坂さんを探してる真っ最中。あんたは何か聞いてないのか?この間、奴の情報くれたんだろ?』
「あの後、結果だけ連絡寄越したけどな。今音信不通か?」
『何でわかった?目下約二日だ。』
舌打ちしたくなるが、どうやら答えは一つに絞り込めそうだ。風間には詳細が分かったらもう一度電話すると口にして、別な糸から刑務所の中に詳しい人間を繋ぐ。結論は金子寛二はまだ仮出所してなかった。可能性は高いが刑期が早まる事はなさそうだというから、少なくともあと二年は出てこない。なら、なんでこんなに瓜二つの人間が、ワザワザここに顔を出す事が起きる?
上手いこと乗せられてる……なら、何処なら目立たねぇか……
その時唐突にフッと俺の頭に浮かんだのは、公園までの間にある1つの建物だった。今は誰もそう簡単には近づかない状態で、住宅街のど真ん中にある一軒家。そう考えた瞬間何かが噛み合う気がした。何も抱えて運ばなくても、全員が人目を避けて自分で入れば目につかない。しかも、餌が雪の彼女でなくても一般人ならあいつが連れているのを、喜一が放置する事は出来ない。
咄嗟に俺は土志田悌順に電話をかけ始めていた。
まるで雪を犯罪者にしたがっているみたいだ。
俺にはそう感じたのだが、そう考えると進藤隆平が倉橋一族の名前に落とせない汚名という泥を塗る気だったのを思い出す。自分の不運を相手にも、それが何でか雪にも降りかかっている気がするのだ。雪は進藤と何の関係もない筈だが、何でかそんな気がしてしかたがない。
『どうした?外崎さん。』
「土志田、雪を止めろ。雪が追い詰めてんのは顔は似てるが、恐らく全くの別人だ。金子はまだ出所してない。」
俺の言葉に相手は意図を察したのか、微かな舌打ちをして階段をかけ降りる。どうやら既に追い詰めている状況だったらしく、微かな怒号が背後から聞こえ始めていた
『し、してない!!俺はしてない!俺はなんにもしてない!』
何処かで聞いたことがあるような男の声が悲鳴をあげながら泣き叫び、床を這いずる音が微かに聞こえる。雪は実は昔知り合いに足技中心にカポエラを習ったとは聞いたことがあるが、かなり威力があるようだ。相手がどう聞いても失禁寸前で、腰を向かしているのが分かる。
『雪!金子って男は、まだ出所してない!そいつは別人だ!』
電話口に響く土志田の声に雪の不審げな息が溢れ、次に男を見下ろしているのだろう無言が落ちた。
『お、俺は頼まれて、毎日決まった場所を、彷徨いてっ。』
マトモだったら意図が掴めない。高額の謝礼を渡され男はこの姿で顔を隠すようにして、同じ服装で指定の日に同じ場所を同じ時間帯で歩き回っていただけなのだと泣きながら言う。時には他にも何ヵ所か行くように言われ喫茶店にも数回行った。ここ数日は昼の徘徊はなしで、言われたコンビニで何か食べ物を購入してこのビルの地下まで降りて深夜過ぎに人目を避けて帰る。それだけで5万なんだよと男は泣きじゃくりながら言う。だがその声の中に、俺は僅かだが嘘を見抜いていた。この男は行動に関しては正直に話しているが、謝礼に関しては一瞬戸惑いで思い返すような気配を浮かべている。謝礼は嘘か?もしくは別な報酬かもしれない。それにしても、この声本気で何処かで聞き覚えがある。
『なんだ………そりゃ?』
『……バイトの依頼主は誰なんだ?素直に話さないと、今度は止めてやれないぞ。』
土志田の呆れ声の他に、雪を引き留めていたらしいもう一人の冷静な声。本当のことをいうかどうかは兎も角、それは確かに興味がある。
『く、倉橋って人だよ。倉橋俊二。』
またか。またここで倉橋俊二か。この名前が繰り返されるのはもう何度目だ?不快感で呻きたくなってしまうが、進藤はなんでこの名前をそんなに出したがるんだ?どう考えたってこの名前を使うのは進藤しかいないし、何だって金子寛二に似た男なんて探しだしたんだ。
溜め息まじりに男を交番に突きだした後の三人に俺は口を開いた。
※※※
男の身元を確認して解放した後、三人は街角で土志田の電話を見下ろすようにして俺の話を聞いている。
『で?何が分かったんだ?』
正確にはトレンチコートを着ていた男は二人存在していた。一人が金子寛二にそっくりだという倉橋依頼の徘徊男で、もう一人が遠坂喜一だ。恐らく二人は全く別な意図で動いていたが、活動範囲か似ていたのと時間帯や姿形で混同されたのだろう。
そして黒髪の女というのが、実際には三浦和希だ。
「トレンチコートの男はダミーで、女の格好してる奴が拉致犯だ。」
俺の言葉に雪が息を飲むのがわかる。
恐らく跡をつけ回す遠坂喜一を、三浦は既に気がついていたに違いない。それで邪魔な喜一を誘き出すのに偶然居合わせたのが、雪の彼女。つまりは最悪な偶然の巡り合わせで、不運としかいいようがない。そうは言っても納得できる筈がなく、雪が戸惑いながら口を開く。
『女の格好って?』
「そいつは男だ。三浦和希だよ。」
『三浦?!』
予想外に電話口で名前も知らない一人が声をあげる。どうやら三人目は三浦のことを知っていたようなのには驚くが、ここら近辺に住んでいるならそれほど歳も違わないから知人の可能性もあるのだろう。
『病院に入っているとばかり思っていたのに……。』
おや、俺が思っている以上に情報通だった様子だ。少なくとも三浦が死んでいない事は知っている人間がここにもいた。病院関係者が家族や恋人にでもいるのかもしれないと考えながら、逃げ出したんだよと簡単に呟く。
『恐らく三浦の屋敷に、遠坂もお嬢さんもいると思う。』
何でかを簡単に説明すると雪は酷く納得したようだった。雪自身、女子高生を抱えて拉致する事がどんなに目立つことか、どんなに難しいことかは考えていたのだろう。自分から入ったと言われれば確かに簡単だし、学校傍で見つけたトートバッグは雪が見つけるまで誰も気がつかなかったのも違和感だったのだ。
「大丈夫か?」
暫く前から俺の傍に立ち俺を見下ろしている了が、電話を切った俺を労るように声をかける。あとは風間に連絡をとらないとならないのだが、不快感のせいで全身から冷や汗が出ているのがわかった。片手は既に了の手を握っているから、この冷や汗も隠しようがない。
「お前が膝に乗ってくれたら、気分がよくなる。」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ、心配してんのに。」
呆れたような声でそんなことをいうのに、了はそっと空いた手で俺の頭を抱き寄せてくる。柔らかい了の匂いに包み込まれて、思わずホッとしてしまう自分に気がつく。安堵するっていう感覚は正直心地よくて癖になりそうだなと、苦笑いしながら俺は風間に電話をかけ始めていた。
※※※
三浦厚志邸は一見すると平屋家屋だが、実は地下室が三つ・屋根裏が二つというとんでもない建築なのだという。忍び込むなと言っても勝手に忍び込まれて地下室に落ちられるのは、正直三浦厚志としては想定外だったらしい。大体にしてそんな簡単に腐り落ちるようなものではないのに、窓ガラスを割って雨ざらしにしたのは侵入者なわけで。兎も角、キッチンの地下室は約6畳程の広さで、元々はワインセラーだったという。それを知っていたのが電話の後に合流した槙山忠志で、世間は狭いもので槙山は土志田の友人でもあるらしい。子供の時に一緒に入り込んだことがあると、槙山は三浦一家の他に唯一邸内の詳細を知っている人間と言うわけだ。
キッチンに雪達が踏み込んだ時、流しの蛇口は全開で水はシンクから溢れ床に滴り落ちていた。そのまま床に溜まるでもなく落ちていくのに、全員が最悪を予感したらしいが地下室の扉を開けると床は水に浸かっていたが二人は無事だ。偶然の産物なのだが、もし三浦が扉をキチンと閉めていたら、気密性の高い地下室で二人は窒息した可能性か高い。同時に完全に扉を開けて水を流し込んでいたら、恐らく一日もすれば二人は水に浸かって凍死していた筈だ。三浦が中途半端に扉を閉じたことで空気が遮断されることはなかったし、その扉が邪魔をして水の半分以上が床下に向かって流れ地下室には落ちなかった。
遠坂喜一は左の前腕と左の脛の骨折をしていたが、あとの打撲は臓器などの損傷は起こさなかったし、何処も切断されてはいない。巻き込まれた女子高生の方は騒ぎも泣きもしなかったからなのか、ただ地下室に抱き下ろされて鎖で拘束されただけという信じられない幸運の対応だったという。
廃墟に残った槙山忠志の説明で風間と警官で手分けして全ての部屋を捜索したが、既に屋敷の中に三浦和希の姿は影も形も見つからなかった。そういえば三浦和希はみつからなかったが、それ以外の人間があと一人地下室にいたってことで騒動は更に大きくなったようだ。誰かって?まあここでまた出てくるのかと、正直なところ俺も思ったのだが、今年になってパッタリ音沙汰のなかった矢根尾俊一が地下室で発見されたんだ。二ヶ月そこに監禁されていた訳じゃないとは思うが、怪我一つないらしいのは悪運が強い。
それ以外にも部屋の中に誰がいた気配は幾つか残っているが、それが三浦だったかと問われても直ぐには答えはでなさそうだ。少なくとも三浦厚志が侵入者の事故に呆れはてて、更地にするにはもう少し時間がかかりそうだと思う。
そうして、時間はユックリ過ぎていく。
と言ってもこれでは何のことか分からないだろうから、改めて具体的に説明する事にしよう。
全ての発端三浦の事件からは丸三年、俺と杏奈が出逢ってからは既に約一年以上・杉浦のオークション詐欺事件からはおよそ五ヶ月位が経つ。ついでに教えておくと杉浦陽太郎が死んだのは十月末で、竜胆貴理子の起こした母校の爆弾テロは十二月、おまけに年が明けて二月に上原杏奈が死んだという………少なくとも風間祥太にはまさに激動の一年ってやつだ。ああ、倉橋の一家にとってもここ一年ちょっとでで、息子に両親に、最後に娘まで死んだんだから、激動かもな?そんなことは兎も角。
俺の友人の一人に宇野智雪という奴がいるのは、以前も話した筈だ。竜胆貴理子が丹念に調べていた喫茶店経営者の強盗致死と火災事件、これはその宇野の両親に起こった事件のことだった。
事件が起きたのは十一年前で、被害者は宮井浩一と宮井アリシア夫妻。当時よくある店舗と自宅が一体になったタイプの喫茶店で、犯人は表側の店舗ではなく裏側の自宅の窓を破って侵入。店は定休日だったが在宅していた妻・アリシアを自宅側で一端拘束、夫・浩一を店舗の包丁で刺した上で拘束した。それだけで犯人が逃げればよかったのだが、拘束から逃げたアリシアが店舗に姿を見せたらしく、犯人はアリシアに激しい暴行を加え、その後証拠隠滅のため放火して逃走した。息子の宮井智雪は丁度その日、高校の宿泊の課外研修で自宅に戻らなかったため難を逃れたが、両親は共に死亡した。暴行や刺傷での死亡ではなく、死因は焼死だ。
実際この話は宇野智雪という人間の人となりを調べるのに、俺が以前密かに調べた話で宇野智雪から直接聞いたことではない。宮井から宇野になったのは大学卒業後婿養子に入ったからで、今では妻の連れ子と一緒に暮らしている所謂苦労人だ。苦労人なのだが雪……まあ愛称でそう呼んでいるのだが、雪はちょっと一風変わった人間で、まあ半分俺達側の人間みたいな奴だ。半分っていうのは当然子供もいるし出版社勤めという表側の顔がある反面、稀に雪の行動の端々で情報を流用して事を運ぶのが垣間見える。例えば政治家取材のアポの取り方とか、どっかから情報を仕入れる方法を知っていてそのやり方が俺や久保田によく似ているのだ。
まぁそれは兎も角俺が了に全力でかまけている真っ最中の、三月中旬というのが俺のいう数日間というやつだ。勿論合間に三浦の尻尾を掴みもしたのだが、俺自身にはとんでもなく大きな変化のあった数日だった。何しろ了を全力でたらしこんで、俺のものにしたところだったのだ。で、噂の雪から突然電話がかかってきたのだ。
雪にはずっと以前から溺愛している従妹がいて、その宮井麻希子が三月十四日の夕方に姿を消してしまったというのだ。高校二年生の多感な年頃じゃ家出かと思うだろうが、雪に言わせると麻希子に限ってそんなことはあり得ないのだという。雪が言うからには自分で探せない状況ということで俺の力を借りたいと言うわけだが、俺自身にも何か引っ掛かるものがあって雪に力を貸すことにした。
了がいるから宮井という女子高生の防犯カメラ映像を調べるのは手早いが広範囲だと流石に一人では難しいし、その犯人の可能性がある男が『茶樹』に居たと聞いて惣一にも助力を頼んだ途端電話の向こうが目の色を変える。偶然というかなんというか、その女子高生は『茶樹』の常連客でスタッフの隠れアイドルだという。
人間、誰がどこで繋がってるか分かったもんじゃねぇな。
内心そうは思うが惣一が全力で協力するものだから、情報収集の速度は半端なかった。お陰で『茶樹』にいた男の顔写真が、惣一の友人や俺の知り合いの街の顔役に一斉送信される始末。了と惣一の二人で公共機関の利用はあっという間に潰されるし、他の移動方法まであっという間に惣一の知り合いが網羅して潰していく。オービスやらなにやらまで潰した上に、新しく車を手に入れようとすれば一発で見つかるなんて、本気の惣一には正直喧嘩を売らないほうがいい。しかしそれ以上に、俺の背後で苛立ちながら情報を聞いている宇野智雪には、もっと喧嘩を売らない方がいいだろう。
『結論としては、街からトレンチコートもハムちゃんも出てない。』
ああ、言い忘れていたが、ハムちゃんとは宮井麻希子の『茶樹』での愛称だそうだ。ハムスターのハムちゃんだというが、今時の女子高生の愛称にしちゃ随分と愛くるしいもんだ。
「悪いな、じゃ何かわかったら、また頼む。」
電話を終えた時点で既にそろそろ日付が変わろうとしている。十四日の夕方に行方が分からなくなって、既に丸二日が過ぎていて雪の苛立ちは嫌でも増すばかりだ。女子高生を拉致してトレンチコートの男が歩き回るなんて目立つことこの上ないのに、これといった目撃情報が入らない。そんな矢先に花街のキャバ嬢の一人から電話が入った。
『はぁーい?トノ、三島のコンビニで写真の男を見たってうちの店長が言ってるよ。』
その電話連絡が来たのは、宮井麻希子が消えて丸二日と八時間後。日付が十七日に変わっていて、既に半日近くも延々と防犯カメラの映像を解析して確認する了が流石に悲鳴をあげ始めた頃のことだった。
学校とは線路を完全に挟んだ色町紛いの街角のコンビニでキャバクラの店長が男を見たと、その店の女が連絡をくれたのだ。ここ暫く毎日姿を見せてるという情報に、我慢の限界だった雪が駆け出していってしまったのには正直驚いた。人のことは言えないが、宇野智雪という人間は二面性が高く、通常は感情を表に出さないように猫を被っている。一見人当たりのいいノンビリした青年に見えるが、本来は案外短気で好き嫌いのかなり激しい男なのだ。その雪が猫を被るのを忘れて駆け出すなんて
「都立第三の強面の兄ちゃんと連絡とらんとな。確か……。」
思わず溜め息をつきながら口にするが、都立第三高校には一人昔懐かしいタイプの夜回りを今の時代に実行するような体育教師がいる。その体育教師が実は、雪の幼馴染みで以前に顔を会わせたことがあるのだ。
「都立第三?」
俺の呟く声に了が訝しげに口を開き振り返ったのに、なんだ知り合いでもいんのか?と声をかけていた。
※※※
「手配写真?」
都立第三高校の体育教師・土志田悌順と連絡を取って雪の向かった先を伝えている矢先、もう一人雪の幼馴染みが合流した。そちらでは宮井麻希子の同級生でもトレンチコートの顔を確り覚えている奴がいたらしく、その男とおぼしき人間を見つけ出したのだという。こっちに送れるかと問いかけると、やがて送られてきた写真を了が覗きこむ。
「写真は若いけど、確かに似てる。」
「そうか。」
「でも、これってあれだよな?証明写真っていうか……。」
了が写真を眺めながらそんなことをいう。真正面を向いた藪睨みしたような人相の悪い写真が何処から出てきたのかは、メールに書き込まれていると了が読み上げてくれる。
「なんだ、やっぱりそうじゃん、手配写真だと。十一年前の強盗だってよ、金子寛二。」
「ああ?!」
読み上げられた名前に、思わず俺はそんな声をあげてしまう。想像がつくだろ?ここまでくると。そう金子寛二は、十一年前に宮井夫妻の喫茶店に強盗に入った容疑で捕まった男なんだ。ただし金子寛二は強盗では捕まったが、実は夫妻の殺害では罪に問われなかった。当時殺害方法と殺害の時間、そして出火の時間が、金子寛二が強盗に入ったという時間と全く合わなかったんだ。しかも出火の時間に金子が別な場所で目撃されていたのもあって、検察の方は最後まで立証できなかった。お陰で強盗罪だけで金子は有罪となり、僅か十三年程の判決を控訴もせず受け入れている。あれから十一年だから、模範囚なら仮釈放されてもおかしくはない。とは言え何か酷い違和感があって、俺はその情報に眉を潜めていた。何だか上手く乗せられた感じが否めないのだ。こんなにも簡単に映像が見つかって、しかも、その顔が雪の親の事件の犯人?そんな馬鹿な偶然があるものだろうか。しっくり来ないと以前も感じていたが、これまた納得出来ない。
「了、お前どう思う?」
思わずそう問いかけると振り返る風でもなく了は、写真を眺めながら当然のように口を開く。
「親の事件の犯人が出所して、投獄原因に復讐?嘘くせぇ。」
「だよな、俺もそう思う。」
確かに俺もそう思う。まるで取って付けたかのように情報の見つかり方がスムーズ過ぎて、余りにも話が出来すぎていると感じるのは俺だけではなかったようだ。大体にして雪の従妹・正式には雪の彼女だと当の雪から聞いたが、女子高生を拉致する意図はなんだ?
「なんで、雪の彼女かね?知ってて拉致ったかな?」
「拉致んのはいいけどよ?夕方なんだよな?学校傍じゃオッサンに抱かれた女子高生なんて、目立つんじゃね?」
そう言われれば、行方が分からなくなったのはまだ夕方だったというのなら、目撃情報は直ぐ耳に入りそうなものだ。真夜中なら兎も角、学校傍の土手で拉致なんかあり得るだろうか。冗談めかして試しに了にお前ならどうする?と問いかけると、了は平然とこんなことを言う。
「拉致るんなら近くで拉致って、荷物は遠くに投げる。」
「経験あるみたいに言うな?お前。」
「野郎が野郎を拉致るのにも、ほんの数百メートル抱えて歩くので限界だっつーの。目立つしよ、直ぐバレんぞ?あれ。最短数時間で乗り込まれんだ。」
何だと?お前本気でやったのか?と呆れ半分で言うと、偶然と結果そうなったと了が思い出したくないと言いたげに不貞腐れながら呟く。いや、人のことは言えないが、誰を何処で何のために拉致したんだ?因みにたらしこむ最中に了がほんの一週間ほど前に、何でか野郎を手込めにしようと目論んだが失敗して手痛い失恋をしたのは聞き出した。聞き出したが、まさか本気で拉致監禁か?ちょっと待て、お前そいつにまだ惚れてるんじゃあるまいな?流石にそれは容認できない話だからな?後でしっかりと話をつけさせてもらうと呟いて俺は納得出来ないことを確認に電話を取り上げた。ところが何度電話をかけても喜一が反応しないのに俺は眉を潜め、雪が話していたトレンチコートのことを思い出す。
草臥れたベージュのトレンチコート……バーバリーのトレンチコートは大分草臥れて来ているんじゃないだろうか。遠坂喜一は刑事になって直ぐに、買ったバーバリーのトレンチコートをずっと愛用している。
まさか………。
女子大生風の綺麗な女とトレンチコートの草臥れたオヤジ。奇妙な偶然かもしれないが、立場が逆なら?女を付け狙ってる変態じゃなく、トレンチコートが喜一で相手がもしも。咄嗟に風間に電話を掛けると、風間の方はワンコールだけで電話を受ける。
「わりいな、風間。喜一と連絡がとれねぇんだがよ?あいつ今何処で何やってんだ?」
『こっちでも遠坂さんを探してる真っ最中。あんたは何か聞いてないのか?この間、奴の情報くれたんだろ?』
「あの後、結果だけ連絡寄越したけどな。今音信不通か?」
『何でわかった?目下約二日だ。』
舌打ちしたくなるが、どうやら答えは一つに絞り込めそうだ。風間には詳細が分かったらもう一度電話すると口にして、別な糸から刑務所の中に詳しい人間を繋ぐ。結論は金子寛二はまだ仮出所してなかった。可能性は高いが刑期が早まる事はなさそうだというから、少なくともあと二年は出てこない。なら、なんでこんなに瓜二つの人間が、ワザワザここに顔を出す事が起きる?
上手いこと乗せられてる……なら、何処なら目立たねぇか……
その時唐突にフッと俺の頭に浮かんだのは、公園までの間にある1つの建物だった。今は誰もそう簡単には近づかない状態で、住宅街のど真ん中にある一軒家。そう考えた瞬間何かが噛み合う気がした。何も抱えて運ばなくても、全員が人目を避けて自分で入れば目につかない。しかも、餌が雪の彼女でなくても一般人ならあいつが連れているのを、喜一が放置する事は出来ない。
咄嗟に俺は土志田悌順に電話をかけ始めていた。
まるで雪を犯罪者にしたがっているみたいだ。
俺にはそう感じたのだが、そう考えると進藤隆平が倉橋一族の名前に落とせない汚名という泥を塗る気だったのを思い出す。自分の不運を相手にも、それが何でか雪にも降りかかっている気がするのだ。雪は進藤と何の関係もない筈だが、何でかそんな気がしてしかたがない。
『どうした?外崎さん。』
「土志田、雪を止めろ。雪が追い詰めてんのは顔は似てるが、恐らく全くの別人だ。金子はまだ出所してない。」
俺の言葉に相手は意図を察したのか、微かな舌打ちをして階段をかけ降りる。どうやら既に追い詰めている状況だったらしく、微かな怒号が背後から聞こえ始めていた
『し、してない!!俺はしてない!俺はなんにもしてない!』
何処かで聞いたことがあるような男の声が悲鳴をあげながら泣き叫び、床を這いずる音が微かに聞こえる。雪は実は昔知り合いに足技中心にカポエラを習ったとは聞いたことがあるが、かなり威力があるようだ。相手がどう聞いても失禁寸前で、腰を向かしているのが分かる。
『雪!金子って男は、まだ出所してない!そいつは別人だ!』
電話口に響く土志田の声に雪の不審げな息が溢れ、次に男を見下ろしているのだろう無言が落ちた。
『お、俺は頼まれて、毎日決まった場所を、彷徨いてっ。』
マトモだったら意図が掴めない。高額の謝礼を渡され男はこの姿で顔を隠すようにして、同じ服装で指定の日に同じ場所を同じ時間帯で歩き回っていただけなのだと泣きながら言う。時には他にも何ヵ所か行くように言われ喫茶店にも数回行った。ここ数日は昼の徘徊はなしで、言われたコンビニで何か食べ物を購入してこのビルの地下まで降りて深夜過ぎに人目を避けて帰る。それだけで5万なんだよと男は泣きじゃくりながら言う。だがその声の中に、俺は僅かだが嘘を見抜いていた。この男は行動に関しては正直に話しているが、謝礼に関しては一瞬戸惑いで思い返すような気配を浮かべている。謝礼は嘘か?もしくは別な報酬かもしれない。それにしても、この声本気で何処かで聞き覚えがある。
『なんだ………そりゃ?』
『……バイトの依頼主は誰なんだ?素直に話さないと、今度は止めてやれないぞ。』
土志田の呆れ声の他に、雪を引き留めていたらしいもう一人の冷静な声。本当のことをいうかどうかは兎も角、それは確かに興味がある。
『く、倉橋って人だよ。倉橋俊二。』
またか。またここで倉橋俊二か。この名前が繰り返されるのはもう何度目だ?不快感で呻きたくなってしまうが、進藤はなんでこの名前をそんなに出したがるんだ?どう考えたってこの名前を使うのは進藤しかいないし、何だって金子寛二に似た男なんて探しだしたんだ。
溜め息まじりに男を交番に突きだした後の三人に俺は口を開いた。
※※※
男の身元を確認して解放した後、三人は街角で土志田の電話を見下ろすようにして俺の話を聞いている。
『で?何が分かったんだ?』
正確にはトレンチコートを着ていた男は二人存在していた。一人が金子寛二にそっくりだという倉橋依頼の徘徊男で、もう一人が遠坂喜一だ。恐らく二人は全く別な意図で動いていたが、活動範囲か似ていたのと時間帯や姿形で混同されたのだろう。
そして黒髪の女というのが、実際には三浦和希だ。
「トレンチコートの男はダミーで、女の格好してる奴が拉致犯だ。」
俺の言葉に雪が息を飲むのがわかる。
恐らく跡をつけ回す遠坂喜一を、三浦は既に気がついていたに違いない。それで邪魔な喜一を誘き出すのに偶然居合わせたのが、雪の彼女。つまりは最悪な偶然の巡り合わせで、不運としかいいようがない。そうは言っても納得できる筈がなく、雪が戸惑いながら口を開く。
『女の格好って?』
「そいつは男だ。三浦和希だよ。」
『三浦?!』
予想外に電話口で名前も知らない一人が声をあげる。どうやら三人目は三浦のことを知っていたようなのには驚くが、ここら近辺に住んでいるならそれほど歳も違わないから知人の可能性もあるのだろう。
『病院に入っているとばかり思っていたのに……。』
おや、俺が思っている以上に情報通だった様子だ。少なくとも三浦が死んでいない事は知っている人間がここにもいた。病院関係者が家族や恋人にでもいるのかもしれないと考えながら、逃げ出したんだよと簡単に呟く。
『恐らく三浦の屋敷に、遠坂もお嬢さんもいると思う。』
何でかを簡単に説明すると雪は酷く納得したようだった。雪自身、女子高生を抱えて拉致する事がどんなに目立つことか、どんなに難しいことかは考えていたのだろう。自分から入ったと言われれば確かに簡単だし、学校傍で見つけたトートバッグは雪が見つけるまで誰も気がつかなかったのも違和感だったのだ。
「大丈夫か?」
暫く前から俺の傍に立ち俺を見下ろしている了が、電話を切った俺を労るように声をかける。あとは風間に連絡をとらないとならないのだが、不快感のせいで全身から冷や汗が出ているのがわかった。片手は既に了の手を握っているから、この冷や汗も隠しようがない。
「お前が膝に乗ってくれたら、気分がよくなる。」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ、心配してんのに。」
呆れたような声でそんなことをいうのに、了はそっと空いた手で俺の頭を抱き寄せてくる。柔らかい了の匂いに包み込まれて、思わずホッとしてしまう自分に気がつく。安堵するっていう感覚は正直心地よくて癖になりそうだなと、苦笑いしながら俺は風間に電話をかけ始めていた。
※※※
三浦厚志邸は一見すると平屋家屋だが、実は地下室が三つ・屋根裏が二つというとんでもない建築なのだという。忍び込むなと言っても勝手に忍び込まれて地下室に落ちられるのは、正直三浦厚志としては想定外だったらしい。大体にしてそんな簡単に腐り落ちるようなものではないのに、窓ガラスを割って雨ざらしにしたのは侵入者なわけで。兎も角、キッチンの地下室は約6畳程の広さで、元々はワインセラーだったという。それを知っていたのが電話の後に合流した槙山忠志で、世間は狭いもので槙山は土志田の友人でもあるらしい。子供の時に一緒に入り込んだことがあると、槙山は三浦一家の他に唯一邸内の詳細を知っている人間と言うわけだ。
キッチンに雪達が踏み込んだ時、流しの蛇口は全開で水はシンクから溢れ床に滴り落ちていた。そのまま床に溜まるでもなく落ちていくのに、全員が最悪を予感したらしいが地下室の扉を開けると床は水に浸かっていたが二人は無事だ。偶然の産物なのだが、もし三浦が扉をキチンと閉めていたら、気密性の高い地下室で二人は窒息した可能性か高い。同時に完全に扉を開けて水を流し込んでいたら、恐らく一日もすれば二人は水に浸かって凍死していた筈だ。三浦が中途半端に扉を閉じたことで空気が遮断されることはなかったし、その扉が邪魔をして水の半分以上が床下に向かって流れ地下室には落ちなかった。
遠坂喜一は左の前腕と左の脛の骨折をしていたが、あとの打撲は臓器などの損傷は起こさなかったし、何処も切断されてはいない。巻き込まれた女子高生の方は騒ぎも泣きもしなかったからなのか、ただ地下室に抱き下ろされて鎖で拘束されただけという信じられない幸運の対応だったという。
廃墟に残った槙山忠志の説明で風間と警官で手分けして全ての部屋を捜索したが、既に屋敷の中に三浦和希の姿は影も形も見つからなかった。そういえば三浦和希はみつからなかったが、それ以外の人間があと一人地下室にいたってことで騒動は更に大きくなったようだ。誰かって?まあここでまた出てくるのかと、正直なところ俺も思ったのだが、今年になってパッタリ音沙汰のなかった矢根尾俊一が地下室で発見されたんだ。二ヶ月そこに監禁されていた訳じゃないとは思うが、怪我一つないらしいのは悪運が強い。
それ以外にも部屋の中に誰がいた気配は幾つか残っているが、それが三浦だったかと問われても直ぐには答えはでなさそうだ。少なくとも三浦厚志が侵入者の事故に呆れはてて、更地にするにはもう少し時間がかかりそうだと思う。
そうして、時間はユックリ過ぎていく。
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