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56.外崎宏太

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秋奈が慌てて出ていった後も何となく不快感が纏わりついていて、俺は何かが腑に落ちない。何がとは説明はし難いが、何だか納得出来ていないものがあって落ち着かないでいる。俺がこんな風になるのは滅多になくて、産まれてから四十七年目になろうとする俺としてもほんの数回だけしか経験のない事だ。

何が納得できてない?

自分の中に問いかけてみる。俺は何が気に入らなくて腑に落ちないのか、一つずつ突き詰めていく。
先ずは一番目先に、何故風間祥太を拉致する必要があるのか?風間祥太は現役の刑事で、しかも大卒なのに態々警察学校に入って警察官になった。現役エリートになれる道を蹴って態々交番勤務から経験をつんだ上に、二課なんて知能犯相手専門の刑事になったような人間。それを拉致するリスクがかなり高いのは、進藤側だって十分承知している筈だ。つまりは風間を拉致しないと根底から何かがバレるからなのか、それともこれすらもただのゲームの気まぐれなのか。
次にに上原杏奈を倉橋亜希子の家に長く住まわせている理由。確かに初めは上原が怪我をしていて行く宛のない様子で、倉橋亜希子が見ていて可哀想だったからだったとしよう。だが二度・三度泊める間に上原の身元くらい、進藤なら探り出せたに違いない。しかも山田の件で俺と上原が何らかの交流があったのは、ホテルの画像を見ているのだからわかっていた筈だ。それでも上原を泳がせていた理由は、俺や喜一から真名かおるの情報を聞き出させるためだったのだろうか。そうだとしても月単位で上原を泳がせる程の、大きな利益のあることではなかった。

進藤隆平はゲームの邪魔をするなと口にしていた。

哲学者・ウィトゲンシュタインは、著書でカテゴリ化に関するなかでゲームの定義を議論している。ゲームと呼ばれているものは、ルールや競争を共通の要素として持っているという。しかし、ゲームを定義づけようとしても、必ずその定義から外れてしまうような「ゲーム(とみなされる活動)」があるとも述べてもいるが、しかしそれでもなおゲームと呼ばれるものには一定の類似点によってゆるやかにまとまっていると主張した。
フランス社会学者のカイヨワは著書でゲームの定義を、すなわち楽しみのために行なわれること、時間と場所が区切られていること、勝敗が不確定であること、何かを生産するものではないこと、ルールに支配されること、現実の活動から意識的に切り離されていることをゲームの参加者が知っていることとした。
進藤の言うゲームは、ある意味では進藤の楽しみのためのものだろうし、勝敗が不確定であることは確かだ。ただしどんな共通のルールや競争があるのかどうかは俺には分からない。何よりもその進藤のゲームの参加者は、一体誰なのだろう。

三浦は手駒だと言ったと言うことは、進藤のゲームの参加者ではない。

自分も久保田も邪魔をするなと言われたということは、参加者ではない第三者ということだ。進藤の稼ぎ方からマネーゲームの可能性は無くはないが、それであれば進藤自身がもっと表にゲームの勝者として出てきても良い気がする。高額の資金を獲得して様々な会社の裏側にいる癖に、そのうちのどれにも社長としても取締役としても名前を出していない。まるで日陰者のような生活を、幾ら儲けても変えようとしない進藤隆平。

日陰者………。

その表現は酷く的確な気がした。表立っては世に出られない身の上、それは進藤隆平を的確に表現していると感じてしまう。俺は基本的に仮定の話をする時にはある程度裏付けをする質だが、この想定に関してはやむを得ず裏付け無しの全くの勘だ。何らかの一定の成功を納めている筈の進藤隆平は、そのわりには社会に対して承認欲求が感じられない。勿論これには承認させる対象である他者が、社会全体とみなしての感覚だ。ゲームとしているからには何らかの勝敗が存在して、勝敗を承認する者がいるのではないだろうか。あえて進藤がゲームとするからには、自分達の知らない第三者がいるのかもしれないと考えられもする。

知らない?いや、知ってるんじゃないか?

何故か関係のない筈の倉橋亜希子と接触し、上原には態々倉橋は親戚だと告げた。勿論真名かおるの情報を得るために、進藤は上原を利用したとしよう。それにしても親戚云々は言う必要性があることだろうか?別に倉橋俊二が死んでいるのだから、倉橋亜希子は進藤にとって恋人だろうがなんだろうが構わなくはないだろうか。

それがルールの一つか?もしかして…………倉橋亜希子も手駒か?

ゲームにはあいつなりのルールがある筈だ。ルールがなければ態々あいつは、俺にゲームの存在を臭わせる必要はないし、釘を刺す必要もない。勝手に好きなように無法に動けば良いだけの話なのだ。

まさか……ということは、三浦も親戚とか言うか?

三浦和希の父親・三浦厚志が『茶樹』で喜一達に話した内容は、何分久保田の店だけあって俺の耳にも全て入っている。勿論それくらいは喜一だって分かっててあの店を使っているのは兎も角、三浦和希が三浦厚志の子供でないのは恐らく本当なのだろう。俺がまだ目が見えていた頃に見た三浦和希は華奢で細身の青年だったが、三浦厚志の方はどちらかといえば体格のがっしりとした長身だ。元々母親似かとは考えていたのだが、あの話にはなるほどそう言われれば似てないなと納得する。

とすれば、手駒という辺りから三浦は進藤の血縁ということか?

血縁となると、話はまた変わる。三浦和希は確か今年二十五になる筈だ。進藤隆平は直に顔を見た風間の言うには、四十半ばくらいじゃないかと話していた。仮に進藤を俺と同じ年だとすれば、三浦が産まれる辺りは二十か二十一辺り。父親になるには十分な年頃だし、その頃既に進藤は久保田の弟子だ。
三浦夫婦は体外受精を行って子供を授かったというから、人工受精の精子をすり替えられる可能性はあるだろうか?それにだ、もしも進藤がすり替えられるような立場にいたとしたら、これは突飛な話になるのだが進藤自身と倉橋健吾もしくは俊二に関係がある可能性はないだろうか。そういえば進藤の母親は看護師だったと言うが、そうなると医者だった倉橋健吾と何らかで繋がりはしないだろうか。

看護師、医者、寝たきりの息子

無意識に指で机を叩きながら、悶々とそんなことを考え続ける。それにしてもどれも答えを出そうにも歳月が経ちすぎていて、ここから調べるには並大抵の労力ではない。せめて倉橋一家に進藤隆平が何か関わっているとか、そんな証拠が残ってでもいれば話も違うだろうが。

喜一の方でそこら辺の情報が入ってねぇかな………?

目下・風間祥太の奪還に向かっている喜一に、後で確認をしてみる必要はありそうだ。何しろ昔からそうなのだが、今は更に刑事だけあって情報を簡単には喜一も開示しない。たまに後からそれを先にお互いに話していれば手間がなかったと言うことが無いわけでも無いのだが、そこはお互いの仕事の立場というやつだ。
何しろ喜一が何で一課でもないのに三浦和希に関して未だに捜索しているのか、喜一のやつはきっと相棒の風間にすら話してはいないだろう。

そう言う俺も、喜一から直接聞いたわけではないのだが。

遠坂喜一は高校を卒業して直ぐ警察学校に入っていた。警察学校は八ヶ月程の期間で卒業してから、交番勤務の警官になるわけだ。
高校時代はヤンチャで不良だった喜一にしては、随分全うな進路だと俺をはじめ幼馴染みは誰しも思ったものだった。ところが更に驚きだったのはガキの頃から鳥飼澪に惚れていて他の女には目もくれなかった喜一が、警官になって三年程で嫁ができたことだ。

ガキが出来たんだよ。

喜一は苦笑いしながら、入籍したという嫁を俺に紹介した。交番の巡視中に何度も出会ったらしくて、純和風の大和撫子と言えた鳥飼澪とは全く違うタイプの女だった。正直とんでもなく驚いたもんだが、数年前に姿を消した澪を喜一が忘れるためには、そうするしかなかったんだろうなと俺は思ったものだ。
その結婚生活は長くは続かなかった。喜一が交番勤務から次第に刑事になるために仕事が忙しくなっていくのと比例して、夫婦中も上手くいかなくなったのだ。産まれた子供がまだ三つになるかならないかで、喜一は相手に請われて離婚した。その後どんな風に喜一がその元妻と関わっていたかは知らないが、少なくとも相手はさっさと再婚したし子供にも喜一は直に会うことはなかったようだ。
その話と三浦和希が、なんの関係があるのかって?
俺だって正直なところ自分の店《random face》に来ていた客の全部を把握している訳じゃない。勿論中には必要になりそうだと身辺を探っておいた人間も何人かはいるのは事実だが、あの時分はここまで自分が情報で食っていくようになるとはチラッとも思っていたなかった。常連客は何人かいたし、そう言う意味では三浦が殺した仲間四人の方がずっと前から店には通っていた訳だ。

その中に実は名字も変わった、喜一の息子がいた。

勿論この事はあの事件の後も、何一つ公にされた訳じゃない。何しろ喜一はそのガキが三歳の時点で離婚していて、養育費は支払っていたものの元妻は直ぐ別な男と結婚したのだ。喜一はその後どんな風に息子が育てられたかも知らないし、二十歳を過ぎた自分の息子がまさか性的暴行のグループにいるなんて知りもしなかった。しかも、その息子は事件の中で自宅の煮える風呂の中で、鶏肉よろしく捌かれて死体として発見されたのだ。それを俺が何故知っているのかって?そりゃ俺自身巻き込まれてはいるし、三浦の殺した人間の身元くらい、被害者仲間として知りたくなる程度の興味だ。まさか、その一人が喜一の息子だなんて、ちっとも思っても見なかったさ。
事実は公にはならなかったが、喜一はやがて一課から二課に移されることになり、二課の新人・風間祥太と組むことになった。理由は定かではないが、長く一課で刑事をやっていた喜一を移すってことは、どこかから喜一の息子だと課内にはバレたんじゃないかと思う。それに関して喜一は何も俺には話さないままなのだが、以降密かに俺とは別に三浦和希の動向を四倉梨央に確認するようになっている様子だ。喜一が何をする気なのかは知らないし、喜一が腹のそこで何を考えているかは俺にも流石に分かりはしない。何しろ俺は妻はいたが愛情も知らないし、子供が出来たことすらないから、そこにどんな感情が存在するのか想像も出来ないのだ。

子供……か。

俺と希和との間に子供がいたら違ったかもしれないが、それは俺にも今更どうこうしょうがない話。それにしたって上原杏奈だって子供が産まれた後に密かに何か腹の奥底で考えたから、あんな突拍子もない計画を数年かかりでやっている。ガキが出来て誰かの親になるってのは、愛ってものすらわからない俺には想像も出来ない世界な訳だ。
そんな最中久保田がフラリと家に姿を表して、一つ新しいことが分かったと告げてきた。

「新しいこと?何だ?」
「進藤君のお母さん・進藤佳那子さんの元仕事仲間が見つかってね。」

老人介護施設で看護師として働いている元同僚を見つけ出したのだと久保田が言う。どうやって探したんだと聞くと、実は同年代の看護師というやつは案外横の繋がりが強いのだそうだ。同じ病院に就職した看護師同士が何時までも連絡を取り合っていることは、割合多いらしく近郊で勤めた事があると分かっている看護師だったからその線で探してみたのだという。つまりは同じ年と思われる看護師に、知り合いに進藤という人がいないかと聞いてみたらしい。そこから何人かの看護師仲間に問い合わせ、ああ・そういえば昔一緒に働いてた進藤さんかしらと答えた人物がいたという訳だ。進藤佳那子は今から三十年も前、三十代の若さで死んだのだという。

「病気か?」
「縊死。」
「自殺?」

進藤佳那子は息子を独りで育てていたが、三十代の若さで生活苦に縊死したらしい。それを見つけたのは息子だと言うから、進藤隆平は母親の遺体の第一発見者という訳か。自殺とされたということは遺書があったか、息子がそう思われる理由を知っていたか。

「彼女が勤めていたのは、倉橋総合病院の産婦人科だったそうだよ。」
「倉橋健吾の部下だったわけだ?」
「それに、彼女ちょっと特殊な人だったって。」

元同僚が三十年も前の同僚である進藤佳那子を覚えていたのは、二つ理由があったという。一つは彼女が病院を数年で辞めたのは、誰かと道ならぬ恋をしていると騒ぎになったからだ。そして、もう一つは彼女がある時お茶をしていて会話の中で、自分はシスなのと話していたのをおぼえていたのだという。

「シス?」
「シスAB型って特殊な血液型の一つ。香川とか石川とか徳島に多いらしいね。宏太もAB型だろ?調べたらシスかもしれないよ?」

四種類の筈の血液型には亜種が最近では当然のように存在して、シスAB型と言うのもその内の一つらしい。そう言えば三浦和希もAB型だと、父親の三浦厚志が話していた筈だ。

「シスABの母親とO型の父親だとね、AB型なんかが産まれる事があるんだよ。」
「あ?なんだそりゃ。」

生物学には俺は明るくはないが、一般的な生物の遺伝の法則くらいは知っている。AB型とO型の両親からは、AかBの子供しか産まれない。ところが久保田の説明では、このシスAB型というやつは特殊で、他のABが遺伝子としてA遺伝子とB遺伝子を持つところが、遺伝子としてAB遺伝子と他のAかBかO、はたまたABの遺伝子を持つらしい。つまり相手がO型で、Oの遺伝子しか持たなくても子供はAB型になることが十分あると言うわけだ。

母親がシスAB………進藤もシスとやらの可能性があるって訳か。

シスAB型が広く知られたのはここ二十年程だが、実際には1960年代には論文として発表されたものもあるという。つまりは医療従事で遺伝子に関わる看護師なら、恐らくそこは理解していたに違いない。シスAB型というやつは普通の採血では分からず、遺伝子検査が必要で進藤佳那子はその必要があって調べたんだなぁと元同僚の看護師は考えたらしい。

「どう言うことだ?」
「ABの母親とじゃ絶対に産まれない血液型の子供が生まれたから、認知の問題があったんじゃないかなぁってことさ。」

成る程、それでさっき久保田の言葉はO型の父親って表現だったわけか。つまり進藤隆平は、さっきの話からするとO型の父親から産まれたAB型の息子というわけだ。倉橋健吾が相手なら不倫の上に血液型がそれでは恐らく認知はされなかった筈だから、産まれた時から日陰者として進藤隆平は育ったと言うことになる。

「父親の可能性は倉橋健吾か?」
「かもとは思うんだけど、倉橋健吾もその頃はまだ三十後半だしね。でも、二十歳前の息子二人と高校生の娘がいるんだよねぇ。」

学生結婚だったという愛妻家の倉橋健吾。子煩悩でもあったと言うが、四十前で不倫の可能性がないとは言えない。それなのに何故久保田は煮えきらないのか。

「他に誰が父親の可能性があると思ってるんだ?惣一は。」
「倉橋俊二。」

俺はその言葉に思わず眉を潜めていた。
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