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47.風間祥太

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「今、四十代でかなり腕のいい?」

顔を会わせて直ぐの唐突な俺の問いかけに、目の前で鳥飼信哉は眉を潜めた。随分とマメに連絡を寄越すんだなとのっけに言われたばかりだが、どうにも信哉の知り得る範囲のような気がして確認しないではいられない。暫し考えた様子の信哉が年末は向こうも忙しいんだがと苦笑いしながら、俺が信哉に連れていかれたのは仰々しい門構えの純日本といった感じの邸宅だった。実は子供の頃から住んでいるのに、ここにこんな大きな家があるとは知らなかった。恐らく近くの寺くらいまでは俺も来ているのだが、寺の前の通り辺り迄が俺の生活圏の境だったのだろう。信哉は迷いもなく石畳を上がり、玄関らしき戸口に向かう。

「お、おい、信哉。」
「いいから来い、別に問題ない。」

よく見れば日本庭園の向こうには大きな建物もあって、どう見ても普通の個人宅とは思えない。ところが信哉はそれを気にするでもなく、戸口を開けて中に向かってこんにちはと声をかける。その声に奥から顔を出した人影が、パタパタと音を立てて玄関に姿を見せた。

「あら、信哉君!」
「杜幾子さん?もう動いても大丈夫なんですか?」
「ええ、大丈夫よ、あら今日は別な方と一緒なのね。」

玄関で迎え入れたおっとりした風の和装の女性と信哉は当然のように会話をしているが、会話からすると信哉はこの家を度々訪れている様子だ。勧められて一緒に上がり込んだはいいが、こんなお屋敷に住んでいるのは一体誰なのだろうと思う。勝手知ったるという風に広い廊下を迷いもなく進む信哉の後をついていくと、日本庭園の見える縁側に出て更に奥の部屋に信哉は向かっていく。

「信哉……ここって……。」
「説明は待て。」

問いかけを遮られたかと思うと信哉は無造作に障子戸を開き、中に足を踏み入れる。

「先生、失礼します。」
「おう、信哉。親父が恋しくなったか。」
「違います。」

目の前で交わされる遠慮の無い会話に呆気にとられた俺に、室内で書き物をしていた壮年の男性が不思議そうに視線をあげ俺の顔を眺める。信哉が俺に中に入るように促し、その男性に向かって同級生の風間ですと簡易に言う。今、信哉の方は先生と言ったが、相手が親父って言ったよなと内心思うと、そういわれれば何処と無くこの二人の顔立ちは似ている気がする。信哉が元々母親に顔がよく似ているのは知っているが、目元は目の前の男性に似ているのだ。この人が信哉の実の父親なのだとしたら、家庭の事情は分からないが二人の関係はそう悪くは無さそうだった。

「で、何だ?」
「門下生じゃないかもしれませんが人を探しに。風間、悪いがどんな男か説明してくれ。」

つまり流石に四十代の合気道をしている人間を問いかけても、表立っては合気道を続けていないという信哉には心当たりを上げられない。それよりは自分の合気道の師匠に聞いた方が、手っ取り早いということだったのだ。
目の前の男性は真見塚という合気道の道場を開いている、真見塚成孝。表立っては公表していないが、鳥飼信哉の実の父親で竜胆貴理子が嗅ぎ回った人物の一人でもあったようだ。

「澪さんと同じ年くらいの…スーツでその動きか……黒髪…長身……。」

澪とは信哉の母親の名前らしい。勿論合気道というものは年齢が高くても始められるものだというから、同時期に修練しているとは限らないのは念頭にある。

「澪さんと同じ時期にやめた人間には、古武術まで行った奴もいたはずだがなぁ…何せ三十年も前で……名前が出てこんなぁ。たさき…だったか、のざきだったか。」
「出てきませんか。」

流石に三十年も前に辞めた人間までは、真見塚の門下生でもないので思い出せないという。そこまでじゃなくても段持ちならどうですかと俺が問いかけると、真見塚は振り返り様に細い路地で動きにくい服装で路面を目掛けて投げられる腕前と考え込む。同時にそれは人を投げるのに躊躇いがないということだと呟く。

「躊躇いがない?」
「風間、合気道はな、人を投げる武術じゃないんだよ。基本は投げ手も受け手も型をこなすものなんだ。」

テレビでよく見るように暴漢をクルクル投げるものなのかと思いきや、信哉が説明するには基本は違うのだという。合気道は柔道や剣道のように試合をして、どちらかに勝ち負けをつけるものではない。基本的には投げられる方も投げる方に乗った息をあわせて動くのだというのだ。つまり、基本的には道場で鍛錬をする人間は、飛び掛かって来る人間を道路に投げるなんて経験は殆どない。しかも、何時もはだだっ広い畳の上で技を掛け合うのだから、両側を塀で囲まれた場所で人を投げるのを迷いもなく出来るわけがないというのだ。それは何度もそういう状況で人を投げたことがあって、尚且つ投げても相手の事を気にもしないということになる。相手の怪我がないように、そんな場所で人を投げるとなると道場の看板を背負うくらいの技術がないとなと真見塚は呟くのに思わず目を丸くした。と言うことは高校の時の信哉は既に道場主の域にいたというのはさておき、問題は進藤がその域なのかということだ。

いや、あいつは別に俺が怪我をしても気にしなかった筈だ。

ブロック塀に当たるように投げると、俺が塀に助けられ立ったままになる可能性があったから路面に完全に落としただけ。俺が昏倒しようと怪我しようと、自分の逃げ道が出来れば構わなかった。そうとしか思えないのはあの一瞬の視線だ。俺を見たのは感情の無い、まるで爬虫類みたいな冷たい目だった。

「それはうちの門下ではいないなぁ、ちと待てるかね?風間くんとやら。」

何か思い出した様子で立ち上がった真見塚が、電話を片手にしたのに気がつく。それを眺めていると電話口にでた相手に真見塚が、風間の伝えた人物について丁寧に説明するのを見つめる。どうやら同じくらいの情報がある人物に、電話を掛けて確認してくれている様子だ。

「おお、そうだな、そいつかもしれん。後は師匠のところにも澪さんと、同級くらいのがいただろ?覚えてるか?」

その話の横で信哉が、元は自分の家でも道場をやっていたんだと小さな声で話す。鳥飼家は元は大きな道場をやっていたが、信哉の祖父母の代で事情があって道場を畳んだのだそうだ。その跡地があのマンションなんだよと小さく呟くのに、成る程元々地主だったのかと納得する。公にしないのはまだ信哉が二十代だし、若いオーナーが住んでてマスターキーを持っているのは兎も角、自分が以前余り素行がよくなかったからだという。

素行に関して自覚はあったのか……。

それが俺の顔にでたのか信哉が、不貞腐れたようにちゃんと自覚はあったぞと呟く。グレたくもなる時期だったんだと言う辺りは、兎も角。

「何処の門下だ?ああ、あすこのか。有望株だった奴だろ?確か。」

和やかな会話の先で電話を切った真見塚が、座り直して二人の顔を眺めると電話口で確認した事を話し出す。電話先は近郊の宮内道場の道場の主・宮内恭慶という男で真見塚とは合気道の兄弟弟子に当たるという。
信哉の母親・鳥飼澪と一緒に鍛練していた男に関しては、随分子供の頃から鳥飼道場に通ってはいたが当人が高校にはいって直ぐにやめてしまって二人とも関わりが少なく名前を思い出せないと言う。
電話で確認した二人の記憶にもう一人浮かんだのは、別な合気道道場に同年代に通っていた男でかなり将来有望視されていた男だと言う。その男が二人の記憶に残っているのは、もう一人と違って頑なに大会や表舞台に出ることを拒否していたからだ。
その男は高校生になって道場に通い始め、直ぐに頭角を現し熱心に鍛錬を重ね技を身につけたのだという。話した通り合気道には試合は存在しないが、一通りの型を行って見せる大会というものがある。かなりの腕前になったからとその大会に出ることを勧めても段位をとるよう促しても、男は全て拒否し続けたのだという。

「段位もですか?何のために通ってたんです?」
「分からんな。そこの師範も困りきっててなぁ、よく話してたんだ。」

大会に出る門下生を見て新たな門下生が入ることもあるから、腕のいい門下生なら可能な限り表に出て欲しい。ところがその男は全くもって表にでたがらなかったという。最終的には師範ですら凌ぐほどに技を身に付け、ある日突然姿を消したのだという。

「姿を消した?」
「まあ来なくなったんだ、プッツリと鍛練にな。」
「師範並の腕になった途端にですか?」

飽きたり勝てなかったり事情があって来なくなることは、別段珍しい事ではない。ところが、この男は師範並みの技術をもったのだ。一応進退を確認しようと連絡をとろうとしたのだが、道場に提出した住所も電話も全くの出鱈目で結局探しようがなかったらしい。

「名前は覚えてますか?」
「倉橋俊二と言っていたらしいが、本物かどうか。」
「倉橋俊二?」

思わず驚いた俺がその名前を口にすると、二人は少し驚いたように俺の顔を見つめる。
またここで倉橋だ。
いい加減倉橋と進藤が、何も関係がないとは俺だって思えない。それにしても倉橋俊二はその時点で恐らく寝たきりになっているはずだが、首を括る前に通っていたのだろうか。いや、直前の人物像で高校生くらいと話があった。つまりは進藤が倉橋俊二の名を語ったという方が分かりやすい。

「その男は、何年くらい通っていたんですか?」
「三年か四年かな。随分熱心に毎日のように通っていたと話していた筈だが。」

真見塚成孝に礼をいって場を辞してから、並んで歩き出した信哉が訝しげに問いかけてくる。流石に礼状もなく密かに調べ続けているのには、信哉もおかしいと思い続けていたのだろう。いい加減少し説明しろと言いたげに信哉が口を開く。

「一体何を調べてるんだ?風間。まだ竜胆絡みなのか?」
「正直なところよく分からんところは多々あるんだ。ただ、竜胆貴理子が調べあげたファイルに、ある男と倉橋って家族がわんさか出てくるんだよ。」

ここまで巻き込んでいて何も説明なしは、流石に信哉だって納得できない筈だ。三浦の件も既に信哉には漏れているし、大体にして竜胆の件では何故か信哉の方が先に竜胆を知っている有り様。そう考えた瞬間、俺の方も疑問が口をついた。

「信哉、竜胆は何の事件に絡んで合気道関係者を調べてたんだ?」

それは前々から凄く気にかかっていたことだった。竜胆ファイルの中には、合気道に関連した記載のあるものは今のところ存在していない。それでも合気道関係者を調べているようだと、何処からか信哉は情報を得た様子だった。信哉は俺の問いかけに暫し困った様子を浮かべはしたものの、仕方がないと言いたげに溜め息を一つつく。

「正確には合気道関係者を調べてた訳じゃない、偶々結果として合気道関係者がが狙われてると気がついたっていうところだと思う。」
「どういうことだ?」
「彼女は彼女の知人を捜索していて、その知人が俺の知っている人間だった。」

詳細はこれ以上は話せないといいながらも、理解できる範疇までは信哉は説明をしてくれる気になったらしい。
竜胆貴理子は長年知人を捜索していて、その際に手がかりの他に幾つか疑問に感じることを発見して調査の手を広げていったのだ。ファイルの調査記録の年月日からすると最初に調べていたのは船舶事故かと思っていたが、ホテル火災に関しては恐らくもっと前から調査していた筈だという。

「そこで何か裏で暗躍しているモノに気がついたんだと思う。」
「それはなんだ?」
「俺も知らない。」

裏で暗躍する。既に俺には進藤か倉橋しか思い浮かばないが、信哉の方はこれに関しては何も知らない風だ。確かに竜胆ファイルを読んでいなければ、全く想像が出来るようなものではない。つまり竜胆は自分が本来調べていた事件に、裏があると気がついてあれだけのモノを調べあげたというわけだ。

「ほんとに人間場馴れしてるな……。」

俺の言葉に何故か信哉は苦く微笑んだかと思うと、そうかもしれないなと呟く。

「彼女にとっては大事な人を探すためだから、必死だったんだろうな。」

大事な人とは信哉の知人ということだろうか。そう考えるの同時に、信哉は思い出したように更に話を続ける。竜胆貴理子は同じように気にかかっている事件を調べていて、近郊で行方不明者が増加しているのに気がついたらしい。全部がその事件に関係しているのかは分からないが、行方不明者に共通していたのが合気道経験者だったという訳だ。

「俺の母親も俺も合気道をやってて今は表にはでない人間だからな。」
「表にでない?」
「経験があってある程度段位を取れる確率があったり、段位を持ってても既に引退していたり。まあ、そんな類いの人間の所在を調べはしていたみたいだ。そういうのには元は俺の実家の道場に通ってたって人間も多いんだ。」

成る程。信哉の祖父母の年代に教わっていたのなら、確かに現在は四十代以上になるし、他の道場に通ったり真見塚のように道場を開く世代というわけだ。弟子だけでなく孫弟子なんて遡って考えていけば、結果的に鳥飼道場に至るのなら話は分からなくもない。しかも真見塚の話を聞いていれば、道場に通った経歴があれば、道場主同士には門下生の情報が回る。だとすれば進藤の可能性のある人物が、道場に通うのに偽名を名乗る必要も考えられなくはない。なくはないが進藤がその時高校生だとしたら、正直なところ何があったのかと思わずにはいられない。
だが、偽名を名乗った人物がいたところまで突き止めたなら、信哉の周りを調べたのも理解できる。同時にその偽名が倉橋俊二なら、宮井の父親に関して調べたのも納得だ。

倉橋俊二は宮井の父親を殺した男で、その名前を語って合気道を習った進藤は、その後宮井の両親を殺した犯人を捕まえるのを手助けしている。

それは進藤と倉橋俊二に何か関係があるからかもしれない。そうなると本来なら宮井にも確認するべきなのかもしれないが、もし宮井が実の父親の話を知らなかったらと思うと躊躇せずにはいられない。ふともしかして、長年竜胆の探していた知人というのは、進藤隆平ではないだろうかと頭の中が囁く。

「信哉。」
「なんだ?」
「お前の知人って人の名前は教えてもらえるのか?」

その言葉に一瞬信哉は躊躇する様子を浮かべる。もしかして、信哉も進藤隆平を知っているのかと頭の中で考えた瞬間、信哉は溜め息混じりに口を開いた。

「五代武って人だ。もう今は故人だけどな。」

信哉の口から出た全く違う名前に、何故か俺は安堵している。ここでもし信哉が進藤隆平と告げたら、網の目のような糸がこんな直ぐ傍に張り巡らされているのかと感じたからだろう。その様子を見咎めるように信哉は、僅かに表情を曇らせて口を開く。

「風間。」
「ん?」
「あんまり首を突っ込みすぎるなよ?竜胆の件は余り深く入り込むと出られなくなるぞ。」

何もこれ以上は知らない筈の信哉の奇妙な忠告だが、俺は何故か至極納得して分かっていると答えていた。
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