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20.上原秋奈

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ああ、夢に見そう。

正直あんなシーンをマジマジと見る羽目になるなら、さっさとあきちゃんのお家に帰って美味しいものを食べてフカフカのベットで眠るのを選べばよかった。夕方に偶々会いたくない人間に会ってしまって、自分でも無意識に良くない方向にばかり進んでしまったんだと思うんだよね。しかもその後風間と会って奢ってくれるって言うから絆された上に、遠坂が合流して宏太のあの後の様子を聞きたかったのもある。
そうしたら都心で起こったガス爆発だか地盤沈下だかの余波を、まんまと街中で食らってしまった。私がいた店の停電はそれほどでもなかったんだけど、部分的な停電のせいであっという間に交通機関が混乱し始めて。勿論電車も駄目だったらしいけど。目の前の道路ではバスとか自動車の方は信号機が駄目になったりした場所が出来ちゃったもんだから、譲り合うなんて知らない煽られた車や我先に走り去ろうとする車で目茶苦茶だ。
そんな混乱の状況の車道に鼻血を出した男が何を思ったか転がりでたのに、風間の腕に掴まっていた私は思わず危ないって悲鳴をあげていた。走ってくる車のライトに照らし出された男の顔は鼻が腫れてはいたけど見覚えがあって、私も祥太も遠坂も呆気にとられる。そして、相手も私達三人を見た瞬間、何故かその場で立ち尽くし安堵の表情を浮かべたのだ。

そんな顔してないで、さっさと引っ込みなさいよ!

そう思った時には既にそこにいた筈の杉浦陽太郎の姿は、一瞬で煙のように消え去っていた。何が起こったか一瞬分からなかったけど、私はドツンッていう鈍い音で杉浦は走り込んだ車に撥ね飛ばされたのを知る。
その後の私達の目の前は地獄だった。
杉浦が撥ね飛ばされた先は他の車の走るド真ん中で、渋滞の低速走行の車が突然投げ込まれた杉浦の体を何とか避けようとして他の車にぶつかり結局避けきれない杉浦の体に乗り上げる。それでも停まれなくてガードレールにその車は突っ込み、次の車も突然の事態に同じように避けようとしてできないまま杉浦の体の上を走って反対のガードレールに突っ込んでいく。当然最初に跳ねた車も急停車したものだから、背後から別な車に追突されて、更に玉突き事故が起こり出している。歩道に溢れた人間は突っ込んでくる車を避けようとして阿鼻叫喚。たった一人の人間が引き起こした連鎖反応は、あっという間に車十台近くと歩行者を捲き込んでいく。

こんな地獄絵図、生まれてこのかた見たことがない。

私達三人は生身で車を押し止めるわけにもいかないし、これはなんなんだと呆然とする群衆のごく一部でしかなかった。そんな中で人混みの中に私は違和感を感じて、それがなんなのかポカーンとしながら見つめている。

何が……おかしいの?

その女は人波の合間から完全に笑いながら、車道を眺めていた。黒髪に赤い縁の眼鏡で、あきちゃんによく似た女性。本当にあきちゃんかと聞かれると、これくらい離れていると正直なところ断言出来ない。だけど何しろ最初に目に入った時に、あきちゃんだと私が思ったくらいだから。でも、違うと感じたのはその表情だった。
彼女は、離れていてもハッキリ分かる笑顔を浮かべている。
髪型が違うと言いたいけど黒髪の結いかたを変えていれば、そんなのはどうとでもなる。でも目の前の歪に笑うのは本当に彼女なんだろうか。優しくて穏やかなあきちゃんとは違う、邪悪で心底楽しげな笑顔を浮かべて彼女は目の前の阿鼻叫喚の地獄を眺めているのだ。
車がもう動きようがなくなったのに、遠坂と風間が手を上げ警察官らしく車の合間に駆け込んでいく。横にいる見ず知らずの人間が悲鳴を上げ恐怖に泣き出し、失神するものまでいるなかで真正面に見つめる彼女は未だに楽しげに口の端を吊り上げて笑い続けている。

「……あきちゃん?」

呟くように漏れた声は車線と事故車の喧騒に遮られ、笑い続ける彼女には届くはずもない。彼女はやがて笑い飽きたというように唐突に無表情に変わると、人混みの中に踵を返し縫うようにスルスルと歩き始めた。思わず対岸で私もその姿を目で追いながら、人混みを掻き分け歩き始める。別に本人だからと言って彼女が何かしたわけではないのかもしれないし、笑っていたのは別なことなのかも。そうも思うけど、そんなのあり得ないとも分かっている。群衆のヒステリーでもなく、あの地獄絵図の中でたった一人楽しげに笑っていたのは、彼女ただ一人だ。

あきちゃん?あきちゃんがあいつを突き飛ばしたの?

そんな人間の筈がない。倉橋亜希子は宿無しの怪我をした私を可哀想にって思わず助けて家に入れちゃうような馬鹿のつくほどのお人好しで、クズDV彼氏に必死に尽くして男が苦手になって…………そこまで考えて私はあることに気がついてしまった。それ以上は彼女のことを、私は何も知らないのだ。あきちゃんが何処で生まれ育って、家族がいるのかも、何の仕事をしているのかも、何せ彼女の歳すらも知らない。

自分も聞かれたくないから、何一つ聞かなかった。

黒髪の後ろ姿を追いながら私はその事に気がついて、同時に知らなくても過ごせていたんだものと言い訳する。彼女が何時でも優しくしてくれるから、そんなの気にしなくてよかったけれど、それがどんなに奇妙なのか今更気がついてしまう。思わず一瞬立ち止まった私の視線の先に見えていた黒髪の後ろ姿が、スッと人混みに紛れ込んでしまった。でも、それ以上追いかけることができなくて、私はそのまま立ち尽くす。

もし、本当にさっきのがあきちゃんだったとしたら?

自分は何をどうするつもりなのだろう。自分の事を差し置いて、倉橋亜希子が杉浦陽太郎を突き飛ばしたかもしれないと風間達に言う?ただあの阿鼻叫喚の最中楽しそうに笑っていたからと、彼女の事を密告する?
自分が自分を密かに庇い続けているのに、そんなことありえるだろうか。不意に鞄の中のスマホの着信音が響いたのに、私は思わず飛び上がってしまう。遠坂が不通だといったから見ようともしていなかったが、様々なものが次第に復旧しつつあるのかもしれない。取り出して見ると、幾つかの着信が既にあったのに気がつかされる。喧騒と彼女を追うのに遮られ、全く気がつかないでいたのだ。

宏太に…母さん…に、あきちゃん……。

安否を確認するためなのだろう。何気なく倉橋の着信を見下ろすと、再び手の中でスマホが鳴り出す。

「……はい。」
『あ!秋奈ちゃん?!今何処?大丈夫?!怪我してない?!』

普段と変わりのない倉橋亜希子の声に答えるより先に、私は思わずあきちゃんは何処にいるのと問いかけてしまった。彼女は仕事のお付き合いで丁度会食してたのと声を潜めて話し、家にいないから秋奈ちゃんどうしたか心配でと言う。

家にいない、外にいる。でも、会食中。

会食って何処で?都心?と聞くと、彼女は不思議そうに北口から車で十分位のとこだよと話し、大丈夫?と聞き返してくる。北口、駅の北口のロータリーで大きな事故だから車、暫く動かないと思うよと呟くと、やだ!怪我してるの?!と電話口の彼女は心配そうに言う。喧騒がここのものなのか、電話の向こうでもあるものなのか、私の普通の聴覚では全く判別できない。だけど知ってどうするのだろう。また、同じ問いを繰り返す。知ってどうなるのか、もし彼女が杉浦を突き飛ばした人間だとしても、私は知ったからといってどうしようというのか。

『秋奈ちゃん?怪我してるの?』
「ううん、大丈夫、タイミングよく避けられたから。」
『ああ、よかったぁ!』

優しい何時もの倉橋亜希子の声。私は本当のことは一体どれなんだろうと心の中で考えながら、彼女はここには居なかったと頭の中で言い聞かせるように呟く。ここに倉橋亜希子がいないのなら、あの笑っていた女性は別人なのだ。そう考えながら何気なくまた当てもなく歩き出す。自分が何を考えているのかよく分からないけど無意識に歩いてたものだから、スーツ姿の男にぶつかって奥歯を噛むような顔で舌打ちされる。何やってんだよとその男に突き飛ばされ、私は反射的にその男を睨み付けてしまう。私が睨んだせいで、その男は僅かにたじろいだ様子で口ごもる。

「何だよ、ぼおっと歩いてるそっちが悪いんだろ。」
「矢根尾さん、いいから行こうぜ、あっちが騒ぎになってる!」

この状況で、野次馬かよ。最悪な奴らと頭の中が吐き捨てるのを聞きながら、私は頭上に飛行機か何かが彗星のように光の尾を牽いて夜空を切り裂くのを見つける。頭上の光の美しさなんて気がつきもせず、こうして足元をみるしかできない。

何も変わらない。

世の中には人の不幸を楽しむ下衆な人間が、掃いて棄てるほど大勢いるのはよく分かっていた。吐き気を催すような行動を嬉々としてするような人間は、割合自分のすぐ傍に潜んでいるものなのだ。男達が三人で連れだって事故の方に人を掻き分けているのを見据え、お前が杉浦の変わりに轢かれてれば良かったんだよと心の中で吐き捨ててやる。

あの男みたいになればいいんだ

そう心が醜く囁くのに、私は思わず立ち尽くしてしまう。



※※※



「杏奈ちゃん、風間くんと付き合っているのかい?」

その言葉に私は訝しげに振り返り、そこにある義父のひきつった笑顔に気がついた。
風間祥太は子供の時からずっと一緒に過ごしてきて、当然のように寄り添ってきた私の幼馴染みだ。実際のところ目の前の義父よりも祥太との付き合いの方が遥かに長いし、祥太がどんな人物なのかはよく分かっている。そんな祥太と私がバレンタインをきっかけに付き合い始めたのは、まだ八ヵ月前の高校二年の冬から。同級生からは今更?!と驚かれたくらいで、やっと恋人らしくなり始めたのはつい最近だ。何しろ八ヶ月も経って、やっとの事で手を繋いでキスまで辿り着いた初々しさだったのだから。生徒会長になった祥太の日々の仕事が終わるのを待っていると、目下会計監査に精力を注いでいる同級生の宮井智雪から祥太に彼女を待たせるなよと笑われる日々。そんな毎日を平凡に過ごしてきて、先日帰り道でキスをしているのをこの義父に見つかったらしい。祥太との事を隠すつもりはないが、義理の父親に態々彼氏が出来ました!付き合ってますでもないしと、皮肉めいてしまうのは思春期だからかもしれない。

「えっと……まぁ、はい。」

義父が私の父親になってから実際には丸五年しか経っていないし、反面祥太とは赤ちゃんの時から十八年にもなる長い関係性。信頼する幼馴染みが恋に発展して遂に恋人になったのに、私にも祥太にもそれほど躊躇いもなかった。だけどその時母は既に仕事に出ていて義父と二人きりの家が急に怖くなったのは、私の答えに義父の顔が怒りを浮かべたからだ。

「どこまで………やったんだ?」
「は?」

義父の問いかけの意味が理解できないのは、私がその質問を全く想定もしていなかったからだ。母と再婚した男は義父でしかないし、今まで完全に自分の子供として私に接してきた。その義父の口からどこまでやったのかと聞かれても、何のことと思わずにはいられない。そう思った私の何気ない返答の仕方は、義父の怒りに油を注いだらしかった。
突然目の前で大きな手が振りかぶられ、勢いよく私に向かって飛んでくる。バチンという音と同時に目の前がチカチカと眩んで、私は気がついたら床に吹き飛んでいた。平手で殴られたと気がつく前に、義父の筈の男は私の腹の上にドッカリと重く馬乗りになっている。また手を振り上げる男の黒い大きな影に私は目を見開き、両腕で顔を庇うように覆う。

「何のつもりだ!!ここまで!」

訳が分からない。何のつもりも何も、ただ私は祥太と恋をして告白して付き合っただけ。何も悪いことなんてしていないのに、私は何で義父に馬乗りになられて打たれているの。

「ここまで!育ててやったのに!!」

育ててくれたのは分かってる。でも、あんたは母さんと結婚してて、婿に入って上原になったから、私の義理の父になったんだ。そう言いたいのに殴られるのが痛くて怖くて、私は甲高い悲鳴を上げた。しかも悲鳴ってのは逆に相手を逆上させるって、私は産まれて始めて痛感させられる。
義父は私を何度も力一杯殴り付け半分失神させて抵抗を奪うと、髪の毛を掴み床をズルズルと引き摺り始めていた。何が起きるのか分からない高校生の小娘に、四十路の男の暴力を防ぐ術なんてある訳がない。既に頬は腫れて唇が切れて血の味がするのが信じられないまま私は、おぞましい場所に向かって引き摺られていく。

「と、ぉ……さん?」

義父とはいえ私はちゃんと『とうさん』と呼んでいる男に、力ずくで夫婦の寝室に引き摺り込まれていた。カビ臭い押し入れの臭いのする和室の中に突き飛ばされ、畳の上から夕焼けの赤い光の中で仁王立ちしている義父を呆然と見上げる。男は音を立てて駆け寄り私を組み敷くと再び手を振り上げて、私は逆上させるとわかっていても思わず悲鳴を上げて身を捩った。

「いやぁ!!」
「この!親不孝娘が!!」

何が親不孝だったのか、私にはちっとも分からない。そりゃそうでしょ?恋をした相手と付き合って、手を繋いでキスしたら親不孝なんてあり得ないでしょ?なのに義父は私の制服を突然鷲掴みにして、素肌から引き剥がしにかかっていた。訳が分からないまま制服のボタンが引きちぎられ畳に飛び散って、スカートのホックが弾ける。

「やめてぇ!!とぉさん!いやぁ!!!」
「黙れ!この売女!淫乱が!!」

言いがかりにも程がある罵声を浴びせられ黙れと怒鳴られ、下着迄引きちぎられた私は恐怖に悲鳴をあげていた。暮れていく窓の外にはいつの間にかどす黒い雲が垂れ込めて、窓を軋らせる程の強い風が吹き付け始めている。何度も殴られ悲鳴を上げないように命令され我慢させられながら、私は義父に大事なものを奪われ股から血を滴らせていた。義父は滴り落ちた鮮血に、突然猫なで声で笑い出す。

「何だ……まだ、あいつとセックスしてないのか?」

そんなことを残酷に言いながら、獣になった男がギシギシと軋む股に怒張を打ち付け続ける。泣きながら突き込まれ呻いているのに、男は止めようともしないで激しく腰を叩きつけた。

「はは、杏奈の初めては父さんだな、杏奈は父さんのものだな。」

母さんが帰ってくるまで後何時間あるのだろうと、暗闇に雨のしぶきが立ち始める窓を涙の溢れる瞳で見つめる。あまりにも帰り道の雨風が強くなると、母は義父に迎えの電話を入れることが多かった。つまりは電話が来るまで私は、この残酷な現実に犯され続けるのだろうかと泣きながら考える。男はそれから何時間も私を散々蹂躙して、当然のように生のまま中に大量に何度も射精した。私は逆らうことも出来ず犯し尽くされて、男が母の迎えに出た間に必死に股間から血を滴らせながら男の吐き出した体液を自分の指で掻き出したのだ。

それが今から十年前の丁度十月の事。
既に自分の進学は近隣に決まっていて、恋人の祥太が第一希望の大学が他県だと知るのは後数ヵ月後の話し。この夜の事を母親にも誰にも打ち明けることも出来ず、悪夢のように行為を重ねる日々が続く。何度やめてと懇願しても何故かあの男は雨風が強い晩になると豹変して、私を夫婦の寝室に引き摺りこみ獣に変わって乱暴に私を犯す。恐らく隣家に声が漏れない嵐の晩を待っているのだと気がつくと、私の最大の願いは月の出る静かな夜を待つことになってしまった。そうして、また風の強い夜が訪れると裸になって、部屋にこいと命令され大人しく従う。
逃げればいいのにって?まだものの分別もつかなかったし、痛みが恐怖に繋がっていたのに?世の中にはされる方も悪いとか言う人間がいるのは知ってるよ。でも、その場に立った人間にしか分かんないことがあるんだって、少しは理解してほしい。少なくともあの時の私には、逃げ道は見えなかったんだよ。

「まだ、風間くんとはしてないよな?杏奈。」
「して、ませんっ……ああっ!いやぁっ!許して!!」

四つん這いでグチグチと穴に指を突っ込まれて、懇願したって何も変わらない。獣には言葉は通じないし、下折立った怒張が萎えるまで満足させるしか私には方法がなかった。押し当てられ乱暴に怒張で貫かれるしか、方法がなかったんだ。

「杏奈は父さんの女だぞ?いいな?ほら、いれてやる。」
「いやぁ!!」

執拗に犯され組み敷かれるうち私の体は防衛本能で濡れ、男を受け入れるようにドンドン変えられていく。そうなると祥太との純粋な関係は私の心に荊のように罪悪感になって突き刺さって、男との関係は爛れた体だけの快感を深く刻みつけていく。やがて、祥太が進学で傍にいなくなると知って私は愕然とした。

祥太がここから居なくなったら……

私は逃げ場を失っていく。祥太が傍から居なくなったら、私はその先何を拠り所にしたらいいのか分からない。そう考えていても誰にも告げられず犯され続けて行く現実に、せめてもの抵抗で大学に入ると同時に独り暮らしをすると実家から逃げ出した。逃げ出した筈だったんだ…

「杏奈、ほら、しゃぶってくれ。」

逃げ出した筈の男は、当然のように私のアパートに現れた。更に当然のように、私を蹂躙するために頻度を上げて姿を表す。父さんやめてと懇願する私の言葉をスパイスに、箍の外れたような爛れた淫らな性行為を強いられる日々。ほんの半年前まで処女だった私は、まるで娼婦のように義父の逸物を舐め四つん這いで股に咥えんでいる。獣の交尾のように激しく腰を振る男が、義父であったことなんか忘れてしまっていた。

「おお!おおっ!出すぞ!!杏奈!」

抵抗することすら許されず男の望むままに、当然のように全て従っている自分は何なのだろう。母親とも性行為をしている男の逸物に喘ぎながら全身で奉仕するのは、母への親不孝ではないのだろうか。そんな苦悩の中で遂に破綻の時が訪れようとしていた。



※※※



冷たい風が頬に吹き付けたのに、私は我に返った。視界の中にある光景は寸前と何も変わりなく、野次馬に向かう男達の頭が人波の中に紛れていくのが見える。ほんの数十秒の間の走馬灯のような激しい記憶の本流に、酷く気分が悪かった。

人間なんて誰も一皮剥けば獣と同じ。

人の不幸を楽しむために向かう男達が何をみるかは分からないけど、どうせならトラウマになるほど酷いものでもみればいいと皮肉めいた気分で考える。同時に倉橋亜希子と先ほどの女性がたとえ同一人物でも別に構わないじゃないと呟く自分に気がつく。杉浦を突き飛ばしたからって轢いたのは別な人間だし、彼女が言わなければ聞かなきゃいい。自分が聞かれなければ話さないのと一緒じゃない、そう考えると私は迷わず事故現場から離れ始めていた。
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