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17.遠坂喜一

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上原秋奈を外崎宏太が言いくるめて帰して二人きりになると、気を抜いたように俺ははネクタイを緩めた。宏太が盗聴が本職だからというわけではないが、ここでは相手が相手だし会話に気兼ねがなく心配がない。案外携帯電話や外での会話ってやつは聞く気になれば聞けてしまうもので、例え警察署内でも気が抜けないものなのだ。

人間ってヤツは一皮剥くと、どこで何を企んでいるか分かりはしない。

一見清廉潔白だと思われていても、裏では何をやってるか分からなくて当然なのがこの世の中なのだ。そういう意味では幼馴染みの外崎宏太は、昔からの裏表がない人間とは思っていたが裏にドップリ浸かってからというものの思考が全て裏側。しかも信頼さえ築ければ、外崎宏太は相手に全部話さないなんて事はままあるが絶対嘘はつかない。
三浦事件の余波で時々貧血で卒倒することのある宏太は、まだ復旧仕切れずにソファーの上でマグロと化している。

「大丈夫かよ?頭打ってねぇか?」
「あー………打った、お陰で天才になった。」

へぇへぇと答えてやると溜め息をつきながら、宏太は胸の上で手を組むと天井をサングラス越しに見えない目で眺めながら呟く。

「あいつは逃げ出しでもしたか?喜一。」

宏太の言うアイツは三浦和希の事だとは、あえて名前を言わなくても分かっている。
こういう情報のやり取りの発端は、以前まだ宏太が五体満足であの店を経営していた頃からだった。あの時まだ一課にいた自分が二課の奴と合同で調べていた企業犯罪・増収罪・脱税の情報源というべき人間とのパイプになったのが幼馴染みでもある宏太で、宏太はその会社側の中枢にいる人間の手伝いをしてやっていた。何でそんなことが可能だったのかと普通なら思うだろうが、何しろその会社は元宏太の勤め先で元妻の父親の会社で、内通者が義理の弟だと言ったら納得してもらえるだろう。
残念だったのは宏太の義理の弟・片倉右京が内通者だったのがギリギリでバレて、父親の片倉雄蔵の逆上に曝され殺されたことぐらいだ。それに表には出さないがショックを受けた宏太は、その後みすみすこいつらしくもなく三浦事件に自分から捲き込まれて、気がついたらこの姿になってしまったのだ。それなのにその後も情報収集をやめないのは、今度は自分がショックでおかしくなっているのを引き留めるための手段なのだろうと自分は思っている。

怖いから、何時でも逃げられるよう情報を確保しておきたい。

その考え方は昔からのこいつの性格を知ってれば、簡単に理解できる。外崎宏太という人間はガキの頃から計画先行派、そのための情報収集に余念のない人間だ。だからこそ金融関係の会社で社長の娘と結婚するようなエリートだったが、何分女心ってやつは計画じゃ計り知れないのを知らなかったのが痛手だった。そんな昔の事はさておき、溜め息混じりに問いかけられた言葉に素直に返事を返してやる。

「…………看守一人を殺ってな、………目下行方不明だ。」

重々しい言葉に、宏太は更に不快そうに呻き声を上げる。その呻きは半分そうじゃないかと考えていたと言いたげに聞こえるのは、強ち間違いではないと思う。お互い長き付き合いで慣れているからこそ声だけで分かるし、短い単語で察してしまうものは多い。
頭がおかしくなって隔離されている筈の三浦和希が、看守を殺して脱走してる。だから病院では看護師達に戒厳令がしかれ、面会に行った槙村忠志は面会できなかった。何しろ当人は既にそこに居ないのだから、会える筈もない。

「頭は?」
「逃げ出す数日前は呑気にボール遊びしてたがな、………本当のとこは分からん。」
「何で逃げられた?」
「看守が性行為の最中、返り討ち。」

最悪だな、どうりでニュースにもしないかと呟く。実はニュースにならない理由は上層部からの指令でもあるから、他に何かまだ秘密がありそうだがそこはこっちでも掴みきれていない。癒着なのか何なのかは目下コッソリ探っている最中。だが、本来なら看守を惨殺して平然と逃げる三浦のようなサイコパスを、野放しにする訳にはいかないのは事実だ。しかも杉浦の詐欺事件にも三浦和希は関わりがある可能性もあって、お陰でこっちの事件迄表だって捜査活動がしにくい制限がかかっている。

「ああ、くそ…嫌な予感がしたんだ……、杉浦の話の時によ。」
「どっから耳に入ったんだよ?杉浦の詐欺。」

そうだった、そこは宏太に先ず聞いておきたいところだった。こっちではオークション詐欺を調べ初めて半月係りでやっと杉浦に辿り着いたのに、街の方で噂が流れてるんじゃ活動の制限なんて無意味にも程がある。

「本人がワインバーで吹聴しやがったってよ。いつものラブホやらとは毛色が違う噂だから嫌な予感がしたんだ……。」

そう何故か三浦関係の噂は、定期的に街に都市伝説として流行する事があるのだ。まあ、いつもの噂というのは三浦が金で相手とセックス目的の男をラブホテルで惨殺したって言うのから派生した、俗に言うラブホの都市伝説みたいなものだ。多くはラブホテル周辺に出没とか、殺人現場に出没とか、男を誘ったとかいう基本は根も葉もないものばかりなんだが。何しろ今まではご当人は隔離されてたんだから、全て都合のいい嘘でしかなかったのだ。その色気紛いを臭わせないオークション詐欺の主導者という噂は、確かに今までのものとは毛色が違う。それにしたって、宏太の話に豪遊先で吹聴してたのかよと呆れ半分で呟く。

馬鹿だとは思っていたが………そりゃ足がつきすぎだ。

そう考えたら、その話に強い違和感を感じている宏太に気がつく。相手がまだ病院に隔離されてると知ってたから?いや、それにしたって態々吹聴して歩くような話ではない。それ以上に保釈される前に病院から逃げ出したのを既に知っていて、わざわざ昨日の夜あんな騒動を起こした小心者の杉浦陽太郎。態々三浦の神経を逆撫でするような噂の吹聴を、酔ったからと自分からするだろうか。そう宏太が考えているのが目に見える。

「やっぱ………妙だよな。この話はよ。」
「だろうな。」

杉浦の奇妙な行動や発言は、酔ったふりでワザと話したと考えた方がずっとシックリくる。豪遊は兎も角、そう目につくところで言うようにと、誰かに言われていたみたいにみえてしまう。

「そうしろ、言えと命令されてる………か。」
「……三浦だと思うか?喜一。」
「お前はどう考えてんだよ?」

それを命令したのが三浦だと思うかと問われたが、逆に問い返されて宏太は暫く黙りこんだ。正直なところ自分は元の三浦がどんな人間だったか元を知らないから、その点では判断がつきかねる。宏太は宏太で、やがて呻くように低く半々だと呟いた。半分は三浦がそうしろと命令していると言われて納得もするが、半分は全く違う事を想定していると言うことだ。

「その半分を説明しろよ、宏太。」

こっちがそう言うと宏太は、杉浦の詐欺事件の全容を自分に説明してくれと呟く。
杉浦のオークション詐欺は計画は全く他の誰かが発起人で、杉浦は末端の売人。商品も方法も全て準備されて、言われた通りに実践していれば恐らく後数ヵ月か年単位は逃げ回れた筈の計画だ。残念ながら一ヶ月しかもたなかったのは杉浦が馬鹿で面倒臭がりで足がつかない為の手順を省いたから。だが、同時に首謀者の方はそれしかもたないと、最初から見越していた節もある。だから、釣り餌で百五十万を倍以上の四百万の収益で返してみせ、更に千八百五十万を振り込ませた。それをなんとまあ早々に電子マネーにしてしかも架空の口座に送金して、更にもう二つの口座を経由して、結局金銭はあっという間に分割されて既に消え去っていた。あまり詳しく話す訳にはいかないが、振り込まれた金の行き先はそう簡単には割り出せそうにもない。つまりは杉浦の振り込んだ大金は、まんまと持ち去られそうだということ。同系統の詐欺は何度も繰り返し実行されることで粗を探し出され末端を掴めることが多いが、こんな風にたった一人しか狙わないこの詐欺犯の検挙は困難を極めそうだ。それを聞いてやっぱりなと宏太は呟き、ユックリと口を開く。

「三浦は表で動けないでいるから、杉浦の餌を準備をする人間がいた筈だ。それも全て三浦が画策した可能性は一応あるが、少なくとも一人は以前から外部で動いてるヤツがいると思う。」
「同感だな。」

入院中だった三浦には、杉浦の実行する詐欺の手筈を整えられない。それに杉浦自身はそんな準備をする方法がないしそんな知恵もない訳で、外でそれを準備した人間が他にもいないと辻褄が合わなくなる。全部の計画を三浦がしたとしても、実動部隊にもう一人の人間が介在している可能性が高い。それが別な首謀者だけなのか他にも手足がいるのかは謎だが、少なくとも杉浦を操った三浦を名乗る人間は社会の中に存在する筈だ。

「まわりくどい方法だがよ?秋奈が何気なく言ったんだが、詐欺が本命じゃねえとしたら納得だ。」
「詐欺がスケープゴート?」

それは予想外だ。このくらいの面倒な手間をかけた方法が囮だとしたら、本命は何だと言いたい。

「面倒臭いと思うだろ?考える奴は直ぐ様第三者に気がつくし、三浦を巻き込んだら警察の目の色だって変わるしな。」

少なくとも看守つきで二十四時間体制の管理下の人間を態々捲き込んだ計画なんて、面倒臭いことこの上ない。しかも、こうして考えたら第三者がいることも直ぐ考え付いてしまうのに、更にワザとらしく吹聴しろなんて馬鹿な手下に命令するなんてバレるのを期待しているみたいだ。

「そうだろうよ、バレるのを待ってて動いてるんだ。そうなるようにワザと誘導してやがるとしか思えねぇよ。」
「誰かそんなことする人間がいるかよ?宏太。」

そこまでの話に初めて眉を潜めて問いかけると、杉浦に三浦はどうやって連絡してきたんだと宏太が問い返す。奇妙なスマホの宅急便の話を始め、それが終わると宏太は改めて深い溜め息をつく。首謀者ってヤツは三浦が口もきかねぇ状況になったのを知ってて監視付きなのも分かってる人間だよなと呟く。そんな人間は数えるほどしかいないだろと言うと、そんな訳ないだろと宏太が否定する。

「お前が思うほど少なくねぇ、知ってるだけの人間は山ほどいるんだよ。喜一。」
「何でだよ、事件の関係者と警察くらいだろ?」
「医療従事者の口は塞げてねぇぞ……。」

あ、とそれに気がついて目を丸くする。そう言われてしまえば病院に勤務する医者や看護師達は戒厳令をしかれた程だったが、医療関係者だって情報源にはなる。宏太が先に逃げ出したのかと聞いたのは、既に誰か看護師から情報を得ていたと言うことだ。マスコミに情報が流れないのは、ただ単に共謀して流さないようにしているだけで、実際には知っている人間は割合そこら中にいる。何せあの病院には二人が共通して知っている看護師・四倉梨央だって当然のように勤務しているのだ。

「梨央かよ?情報源は。」
「まぁな、他にも噂は早いんだ。」
「……看護師が全ての首謀者だっていいたいか?」

そうじゃないと宏太は低く呟く。そう言いきるほどのものはないが、他の事に繋がる何かがあるというわけだ。

「あの女は………医療の知識もあったんじゃねぇかって、今になって時々考えるんだよ。」
「あの女?」
「……真名かおるだ。」

更に予想外の名前が飛び出してきて目を見開く。宏太がこの体になった大本の原因・三浦を狂わせる元凶になった得体の知れない女。その女が何らかの医療の知識を持っていたと考える理由は何なのかと、問いかけると洞察力だよと呟く。

「どう言うことだ?」
「………稀によ?医療従事者の中にはとんでもねぇ観察力がある奴がいんだよな、………梨央も割合よく見てるがあんなもんじゃなくよ。」

医療ってものは親切なだけじゃ、たいしてそこらの人間と変わらないと宏太は言う。だが時に病院に受診すると異様な観察力を持った人間が、一人か二人いるのに目の見えない宏太は気がついたらしい。会話・歩幅・匂い・仕草、そんな何気ないものだけで相手の病状や状況を見抜く人間が稀にいる。何でそれが分かると聞くと大概は曖昧に微笑んで答えないが、年齢を経た経験値だけでは答えにならないことがある。そんな中に一人だけ宏太の問いかけに答えた男の看護師がいたのだ。他の小さなクリニックに勤めているその若い男の看護師は、異様な観察眼で本人すら気がつかない病気を察してみせる。その看護師は統計を頭でとるんですと、宏太に更に予想外の答えを返したのだ。

頭の中には無数の視覚や聴覚・嗅覚等の情報があります、それで見たものを統計学的に全て分類するんですよ、医療っていうものは。

統計学的に?と問い返すと、偶然ではない必然をみて瞬時に判断するよう訓練するんですと看護師は言った。だから、経験年数で積み重ねた看護師が死を予見する事は多いし、一目で病気や不調判別できるようになるのだという。大袈裟だと思うだろうが、人体相手で生死を何百と観る立場だからこそ、それを分類するのだと言われたら納得できる。

勿論この癖は日常的にも役に立ちますけどね。

統計をとるための情報収集は医療を学ぶ時に身に付けていくんですとその看護師は穏やかに答えた。それは言語的でも視覚的でも何でも情報化していく癖をつけるのだという。

女性が多かったのは集団で生活する術を身につける女性の方が言語的情報に敏感だからかもしれませんね。今ではどちらが有利かといわれると難しいですけど。

その看護師はそれ故の洞察力と判断力だと理解している人間は、そこが特化していくんでしょうとも言った。あの女が持っていた異様な洞察力はそこから発揮されて、何かを基準にあの店の奥を判断していたのかもしれない。建物の大きさ・客層・客の出入り・匂い、そんなもので判断できていたのだとしたら、実際に恐るべき能力だ。女の直感って奴もそんなものから来ているのかもしれない。
まあここら辺は宏太の想像でしかないが、兎も角金銭は二の次で先ず本命は警察の目を集めることだったら?そう呟く宏太に改めて考え込む。

「三浦に警察の目を集めるのが狙いだった?」
「まだ仮定だけどな。」
「それに何か意味があるか?」
「あったろ?今てんてこ舞いしてんだろ?」

その指摘は確かにその通りだ。目下一課は看守を殺害して逃走中の三浦を探し回っているし、二課は杉浦の詐欺を水面下で必死に捜査中。三課と四課は通常とさほどかわりないが、一課は三課から数人駆り出しているようだ。そこにまだ何か狙いがあるとしたら、三浦の脱走は序の口なのかもしれない。それにしても上層部が未だに三浦の脱走を表に出さないのは、何故なのか疑問は強く残るが。てんてこ舞いの先にまだ狙いがあるのか、てんてこ舞いしているのを嗤っているのかは微妙な線だとは宏太は言う。

「先……やな話だな、あったら。」
「無いことを祈るけどな、無いわけないと思うぞ。」
「まあ、そうだろうな。」

三浦は実際に脱走していて、この先何を狙っているかは微妙だ。三浦を外に出す事で何をしたいのか、何をさせたいのか想像もつかない。

「それにしても千八百五十万パクられたとはね。」

唐突に宏太が乾いた声で笑いだしたのに、こっちは思い出したように呆れ顔だ。金をパクられてると教えてやった時の杉浦の顔を出来ることなら宏太に見せてやりたいし、おまけに数日前の大騒動を見せてやりたいものだ。

「……騒動?」
「杉浦の家に金髪のにぃちゃんが突然姿を見せたもんだから、杉浦が殺されるって夜中に泣きついて来たんだよ。」
「はは!槙山が顔、見に行ったのか?」

何で分かったと思った瞬間、槙山忠志がなぜ急に杉浦のところに現れたのか理由が分かった気がした。目の前の幼馴染みが何かしらで槙山と接触した結果義理人情に厚いという話の槙山は、親しい友人の家の傍に住んでいると知っていた杉浦の顔をバイト帰りについでに見に行ったに違いない。目の前の男は具合が悪かったことも忘れて、腹を抱えて掠れ声で笑いこけている。

「お前、このくそ忙しい最中制服と私服四人も時間とられたんだぞ!」
「はは!悪かった!まさか槙山が即行動するとは思わんかった!」
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