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8.上原秋奈

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室内には何に使うのか一目では分からない巨大な機械の前に座った外崎宏太と、この家には通いなれている私。そして、杉浦陽太郎と三浦和希の同級生の金髪君槙山忠志。そんな中奇妙な組み合わせの中で放った間の抜けた私の質問を宏太は何時もの事って別段気にもしていない。だけど、今日会ったばかりの金髪君の槙山忠志の方は、完全に呆れた視線で目を丸くした。

「あんた最近ここらに来たの?」
「は?」
「二年前あんな大騒ぎだったんだぜ?」

確かになんか二年くらい前にそんな類いの話は聞いたような気はしてるんだけど。関心がないもんだから、大量殺人なんて割りに合わないことよくするなぁ程度にしか覚えてない。殺したいほど恨んでるってこともあるんだろうけど、それにしたって一人ずつ殺す手間とその後の警察なんかの事を考えたら。やっぱり殺人ほど割りに合わない事ってないと思わない?だったら地団駄踏むくらい悔しがらせてやった方が、相手に延々苦々しい思いを与えてやれると私だったら思う。死んじゃったら何せ相手が何をどう感じてるかなんて分かりゃしない。私がそんな考え方をするって分かってる宏太が、擁護する気なのか何気なく口を開いた。

「そいつは、小中高とここら育ちだ。」

何だよ、擁護じゃないし!今度は私の方が目を丸くして、椅子に腰掛けてサングラスを外した宏太を見た。宏太が何時の間に私の育ちを調べあげたのかは疑問だけど、あの時盗聴機越しとはいえ風間の奴が声高らかに私の古い名前を叫んだから仕方がないかもしれない。
あの刑事の風間祥太は実は私の小中高の同級生。その上に、一応高校生のピュアな辺りの所謂元カレだった男なのだ。風間祥太は昔っから正義感の塊みたいな男で、小学生の頃の将来の夢は正義の味方って宣言するのを躊躇わないタイプ。しかも、ご丁寧に本当に既に刑事にまでなっているとは、秋奈が唖然とするほどの実直に型に嵌まった成長過程。世の中にはあんな風に何も問題なく挫折もなく、予定通りの成長をする人間も僅かにはいるわけだ。今の秋奈としてみたらあんな定型人間なんて、皮肉にも程がある。
話は戻るが傷で歪になってしまった瞼のせいで、義眼の収まりが悪いと以前に宏太は話していた。確かにサングラスを外すと、それぞれの義眼がてんで違う方向に向いているのが分かる。歪な瞼と繋がる顔の傷は真一文字に顔を横断していて、何処か槙山忠志の右手の長い傷痕を思わせた。傷痕を真正面にした槙山が溜め息混じりに呟く。

「ひでぇ傷だな。」
「俺ぁましな方だよ。」

槙山が思わず口にした言葉に宏太は苦い笑いを浮かべながら、まるで自分ではない他の人を説明するみたいな口を開く。

「こんななりでも臭いは分かるし耳も聞こえる。一人で物も食えるし、一人で小便も出来る。ありがたい事だな。」

室内に戻って温度差に襟元が暑いのかクイと首元を緩めた宏太は、何時ものように周囲の音に耳を済ましている。首元にチラリと見えた大きな傷跡は、顔のよりもはるかに範囲が大きそうだ。実は服の下にも広範囲に傷になっているのを、私は今更だけど初めて見て気がついた。
もしかして宏太の慣れないと聞き取りにくい掠れ声は、生まれつきじゃなくて、あの大きな傷のせいなのかもしれない。歩く時に足を引きずってるってことは、体にも服の下にまだ傷があるってことかも。それをしたのが三浦和希ってこと?つまり宏太は連続殺人鬼の惨劇の生き残った人間ってこと?
疑問は増えるばかりだけど、少なくとも三浦和希が今は病気で病院にいて、何か二日前に起きたらしいってことはここまでの流れで流石に理解した。でも、何で宏太がその三浦和希の事を今更調べてるんだかは、私にはやっぱり分からないまま。

「お前、杉浦陽太郎を覚えてるか?」
「杉陽?何で杉浦だよ?」

宏太の掠れ声の問いかけに、思わず昔の呼び方らしい名前を口にした彼は目を細めた。そうか、杉浦陽太郎だから杉陽ね、ありがちな名前な上に、どっかの俳優の愛称みたいで自分が呼ばれるのはちょっとごめんだなぁ。風間の奴も苗字からトオルと呼ばれて嫌がってたことがあったし、同級生には男なのに顔が女顔でお嬢さんなんて呼ばれてぶちギレしてた奴もいた。渾名って半分はまあいいかで済むもので、残り半分は不愉快なものなんじゃないかな。私?私の渾名の話は今は関係ないしー。
そう言えば、こんな状況になる前は、私のバイトの内容は杉浦から情報を引き出すんだったっけ。杉浦の変に儲かるお金儲けの方法を聞き出すって。

「……そいつは三浦と仲がいいのか?」
「杉陽と和希が?」

槙山は宏太の言葉に暫く考え込んだ。
杉浦は渾名で、三浦は名前ってところ。そこから、彼と二人の関係性がわかる気がする。槙山は中学校の卒業アルバム写真で見た通り、三浦和希とは仲がよかったんだと思う。と言うことは杉浦とは、ただのクラスメイトって程度かな。順繰りに自分の記憶を思い出した様子の槙山が、ゆっくりと口を開く。

「昔はそんなでもなかった。ただ大学に入ってからの方が多分つるんでたかもしれない。」

予想外の言葉なのか、宏太はフウンと呟くと椅子に腰かけて体を乗り出す。

「何でそう思う?理由があるか?ん?」
「金がかかる遊び場に行ってたろ、それはあんたの方が詳しく知ってる。」

その言葉に今度は宏太の方が黙りこんだ。そっか、怪我をする直前の宏太と三浦は直接関わっているんだった。
段々頭がこんがらがって来そうだけど、槙山は小学生から三浦の事を知っていて、宏太は最近の三浦のことしかしらないってのがいい表現かな。
私は宏太がまだ目が見えてこの部屋に籠る前の姿を知らないから、宏太が三浦和希とどんな風に関わることができるのか想像も出来ない。関係ないけど目が見えて傷もなかったら、宏太って結構男前なんだろうけどな。

「そう言われると、お前は俺の店に来なかったな。」
「俺は丁度その辺りは身内に不幸があって、和希とも会ってなかった。」

お店。なるほど、一つ納得した。宏太は以前お店を経営してて、三浦和希と知り合いになったわけね。そう言えば確かにニュースでもバーがどうとかって言ってたような。まるでその時の事を思い出しているみたいに、槙山は不意に苦々しい表情で吐き捨てるように呟いた。

「久々に会ったら和希は人が変わって、すっかりチンピラ崩れみたいになってたんだよ。」

苦々しい言葉に微かに宏太が顔をあげる。槙山の言葉に何か気になったような宏太のその動きに、私も槙山も訝しげに首を傾げた。

「金髪のやんちゃ坊主で、暴君だったのは何時からだ?」

金髪?卒業アルバムの男の子は艶々の黒髪で、女の子みたいな美少年だった。そんな子がヤンキーみたいな鮮やかな金髪君と肩を組んで笑って写真を撮ってる。だから、見ていた私の目についたんだ。やんちゃ坊主で暴君なんて片鱗もなかったのにと思う私の横で、槙山は溜め息混じりに呟く。

「少なくとも、大学に入った後酒が飲める年ぐらいまでは全く変わらなかった。」

そう言いながらなにか表現しにくいことを思い出すみたいに、槙山は頭をかきながら目を伏せる。

「俺の家の事件があった時何度か心配して見に来てくれたけど、その時も前の和希のままだった。」

その言葉に宏太は唐突に何かに気がついたみたい。何か思い当たるデータでも突然思い出したみたいな動きで、顔を宙に向けて点で違う方を向いたままの義眼が蛍光灯の光を硝子だまみたいに反射する。

「お前、槙山だったな?もしかして、あの事件の槙山か?」
「まあね。」

え?何?って私が見ても、誰も何も答えてくれる訳じゃない。もーいちいち面倒臭い、あの槙山って何よー二人して通じあってるけど。事件って何ー?最初から分かるよう説明してくんないかな?っては声にはしてないけど私の顔に気がついた槙山が、何がおかしいのか苦笑いしている。何だよ、なんか腹立つわー四つも年下の癖に。まあ、この槙山君は何か別の事件の関係者ってことね!分かったわよ、これから近隣の事件くらいは気にかけて聞けばいいんでしょ?!っていう私の不貞腐れ顔に、槙山は遂に吹き出した。

「何がおかしいのよ!」
「あんた、本当に世の中の事件とかに無関心なのな。」
「何ですってぇ?!年下の癖に生意気!」

私の言葉に、文字通り槙山は目を丸くした。何だよ、人が年上なのがそんなに驚きか?ってことは私は槙山には若く見えてるのか、ラッキー…じゃなかった。四つも年下の若造に、世間知らず呼ばわりされるのは流石の私だって納得できない。

「四つも年上なのかよ!絶対年下だと思ってた!」
「そいつは化けるからな、騙されるぞ?」
「私のターゲットはイケメンのお金持ちなんですぅ!お子ちゃまは相手にしませーん!」

なんて完全に脱線した話を建て直すついでに私が槙山に事件て何と問いかけると、彼はまた少しだけ悲しそうな顔に変わった。あ、聞かない方がよかったのかな。って思ったけど、その後に彼は素直に放火だよと呟いた。

「強盗か何か原因は知らねぇ。けど、家に火をつけられて全部燃えたんだ。」
「そっか、大変だったんだ。家族は?怪我しなかった?」
「俺以外、皆。」

短い一瞬の躊躇いの後に、彼はどうせすぐ分かるとでも言いたげに諦めたように口を開く。

「皆、家族は焼け死んだ。丁度家に来てた親戚も一緒に。」

え?って思わず私が言葉を失う。それって槙山は、悲惨な事故のせいで天涯孤独ってことなの?私が驚きに言葉を失っているのに、溜め息混じりに槙山は苦笑を浮かべている。それなのに宏太は椅子に腰かけたまま、見えない筈の顔を彼に向けて口を開く。

「あん時ゃぁ、十人焼死一人行方不明。たった一人息子だけ生き残ったって大ニュースだったな。そろそろ二年になるか?」
「二年と少し。」

宏太は彼の衝撃的な発言なんて気にもしないで、そんなことを問いかける。まあ大ニュースってことは槙山自身何度もマスコミとかに追い回されていたんだろうから、こんな質問は慣れっこなのかもしれない。それに大概の人は、その火事の事を知っている訳だろうしって、あれ?一人行方不明ってなに?その行方不明が放火の犯人じゃないの?

「行方不明って誰?」

思わず私の口をついて出た言葉に、横で宏太が流石にそれはっていう風な表情で顔色を変えたのが分かった。あれ?なに?なんか地雷踏んでるの?目の前の槙山は私がニュースを全く知らないってのが分かったからか、苦笑いのままポリポリと頭を掻いている。

「俺の妹。現場から骨が見つけれなかったんだ、別に生きてる訳じゃない。」
「…………ごめん。」

流石に宏太も苦い表情を浮かべてるっていうことは、皆ニュースを知ってれば周知の事実ってやつなのか。間の悪い私は聞いちゃいけないとこばかり聞いてしまったのが分かって、思わず謝るしか出来なくなった。槙山はもう諦めてるように別にいいと言うけど、その顔はどう見てもいいとは思ってない。私は彼になんていってあげたらいいのか分からないし、何を言っても無駄なような気がして大人しくすることにした。二人の話に耳を傾けることに決めたってこと。知りたがりで下手に口を挟むと、都合の悪いことばかり選んで問いかけてしまいそうだから。大人しくして、わかんないのは後でググる、それに限る。
それにしても三浦和希の金髪姿なんて知らないから、私の頭の中は中学の卒業アルバムの女の子みたいな黒髪の少年しか浮かばない。

「ってことは二年前迄くらいは、あいつはあんなんじゃなかったのか。」

宏太の方も、やっぱり金髪の暴君な三浦の方しか知らない様子だ。それにしても経営してるお店に来る金髪の暴君って凄い表現だけど、お店でやりたい放題だったとか?バーでやりたい放題っていったら、高級なお酒飲み放題とか?お金持ちなのかな、三浦って。それにしてもそう言う暴君が、何が起きて何を思って突然に人殺しに変わったのか疑問。好き放題できるから暴君なんじゃないの?そうしたら暴君でいる限り、人を殺すほどのストレスって貯まらなさそうじゃないと思うのは私だけなのかな?暴君過ぎて家臣に裏切られたとか?でも、そんなもんで人殺しにまでの考えになんのかな?大体にして店の客から友人になってたのかもしれないけど、店の人間が怪我をさせられる理由ってなに?宏太も裏切りに加担したとか?なんか、話が伝わんないな。
宏太は考え込んだ様子で、ふうと溜め息を吐いて囁く。

「今の三浦は杉浦にメールができそうか?」
「…スマホなんて絶対渡されない。ゴムボールくらいなもんだよ、アイツが遊び道具に出来んのは。」

ゴムボール??ちょっと待ってよ、三浦和希は槙山忠志の同級生で目下二十四歳。ゴムボールだなんて、何処のガキの話に振り替えたのって私は頭の中で考える。

「だが、実際杉浦は三浦から連絡を貰ったと話してる。」

槙山が宏太の言葉に険しく表情を変えたが、やがて三浦和希の今の姿を思い浮かべるような視線で吐き捨てるように呟いた。

「出来るわけねぇよ。」

今迄で一番キッパリと断言した槙山の言葉に、宏太が低く何故言い切れるんだと問いかける。槙山は鋭い目を細めて宏太の事を見つめたまま、静かに口を開く。

「和希はガキに戻ってる。鏡見ても自分だって分かんなくて暢気にニコニコ笑いかけてる状態が一年以上続いてる。」
「………そんなにいっちまってるのか?電話は?」

第ニュースになった殺人鬼の今が、鏡を見ても自分が誰か分からないなんて何だか少し憐れな気がするけど、本人にとってはその方が幸せなんだろうか。殺された人達には悪いけど、何にも分からないで病院に、隔離されたまま毎日を過ごしていくだけ。

「事件の時の怪我で声を出せない。出せるかもしれないけど、あの頭じゃ電話なんか出来ない。」

何だか知りたいことは知れたのかもしれないけど、ひどく重苦し雰囲気で話を終えて槙山は帰っていった。
その後、私は半分不貞腐れた顔で宏太を上目遣いに睨む。その気配を感じ取ったみたいに宏太が眉を上げて、なんだよと私に声をかける。私はソファーの上で胡座をかいて膝に肘をつく、女の子とは思えない格好で宏太の胡散臭い顔を眺めた。

「ちょっとぉ、どこまで調べたの?あたしのこと。」
「ああ、たいしたこたぁない。上原杏奈、可愛い名前じゃねぇか、何で秋奈なんて言ってんだ?」

可愛いなんて言われたって誤魔化されやしない。何せ私はその名前が大嫌いでそれ捨てて、記憶に残りにくいいい名前を探してる位なのだ。

「だからぁ。」
「んー、母親は健在、父親は小学生の頃病死。兄弟なし。三年後母親は義父と再婚したが義父は現在所在不明。母親は現在は駅西側でスナック経営中。」

何気なく話し出した宏太の言葉に、唖然とする。何せ宏太が話し出したのは本気で私の家庭のこと。

「学歴は、おっと学校名は度忘れだな。都立系の小中学校卒業、高校は都立第三。同級生には風間祥太、宮井智雪、土志田悌順等。大学は大西文化大の英文科中退。」

更に呆れたように目を見張る。今までみたいに女の子らしく猫被ってるのも、馬鹿馬鹿しい。

「なんだ、殆ど調べてんじゃん。しかも何で高校の同級生迄調べてんのさ。なんか必要あんの?」
「んー、そこら辺は企業秘密だな。その話し方の方が素か?」
「関係ない。で、その調べた事はどうすんの?何かすんの?」

その言葉に初めて宏太は考え込んだみたいだ。そこまで調べたら私が名前を捨てたい理由くらい、宏太なら気がついていそうな気がする。そうなると私としても宏太との関係はちょっと面倒にな事になりそうだ。

「従業員の履歴書。」
「あ?履歴書ぉ?」

なんじゃそりゃと言ってやりたくなる私に、宏太は納得したみたいにそれだなと呟いてる。何か?宏太が調べたのはアルバイトの私の履歴書がわりってことかよ。何か気が抜ける、社会の裏側で生きてる宏太らしいっちゃらしい。

「履歴書ってのは一応事業主以外には見せないのが基本じゃないのぉ?」
「あー、さっきつい口に出たな。」
「バイト代上乗せ。」
「へいへい、一言千円な。」
「やっす!万だろ普通~。」

ぼったくりだなとノンビリ言う宏太の背中を眺めながら、やっぱり戸崎宏太はよく分かんない奴だなと私は染々考えていた。
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