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悪化
99.★
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一度とり戻したはずの自分らしさを失ったアキコが突然再び物思いに耽るように無口になったのを、両親は見逃しはしなかった。実家とはいえ襖でしか遮られない部屋でアキコが何かをしている風ではないが、日中も見ているわけではないから全てを理解しているとは言いがたい。
実家の夜の闇は関東の家より静かで暗かった。
《愛してるから、戻ってこい》
目を閉じるとその言葉が、呪詛の声になって頭に響く。そしてその後はあの暗く湿った土蔵の中で一人踞っている夢を見る。背後からはギシギシといつまでも畳の下の床板までが軋む音がして、激しく犯されている白無垢の花嫁の喘ぎ声が淫靡に空気を伝わり響く。声が近いのは四つん這いで必要な場所だけを曝して、腰をふってまぐわうから。
ああ。すごい、いい、いい!もっとぉ!奥まで入れてぇ!
自分の声と同じ女の声は艶やかで甘く歓喜に蕩けていって、次第に淫らな単語を繰り返すだけの獣に成り果てていくのだ。獣の交わり。喘ぎ呻き、更なる快楽を化け物に強請る女の声を、アキコは膝に顔を埋めてただ身動ぎもせず踞って聞いている。
ああ!もっとしてぇ、もっとイヤらしいことしてぇ!突いて抉って!中にだしてぇ!!
何でこんな光景を繰り返すのか。この相手がシュンイチなら理解できなくもないが、いつもこの場所での相手は四つ足の人間の顔を持った獣。人間のものとは違う巨大な逸物と蛇の頭に犯されて、もっと犯して狂わせてと泣き叫ぶ白無垢の花嫁は、アキコ自身なんだろうかと考えもする。背後の性交は更に激しさを増して湿った滑る音が闇の中に激しく響き、女の声は尚更甘えを含んだ媚びに変わっていく。
いいー!ご主人さまの、太くて硬いぃ!気持ちいい!おまんこいい!いくぅ!
こんな夢をまた毎夜見るようになって、渇望が舞い戻ったらどうしたらいいのか。これも精神的な病のひとつなのだろうかと思う。こちらに来てからは精神科にはかかっていないがマトモに暮らせていたのに、シュンイチのメール一つで元に戻ってしまった気がする。それでも、この夢を頻繁に見て犯される歓喜の声を聞かせられると、不安で不安で仕方がなくなってしまう。
もし……渇望が来て犯してほしくなったら…………どうしたらいいの?
ここは東北の一市町村の一つで関東とは違い、どこにどんな目があってアキコの行動を観ているか分からない。適当な相手を見つけて渇望を納めるには、以前と違いここは世間が余りにも狭すぎると感じてしまう。下手なことをして看護師同士のネットワークや何かに自分が引っ掛かりでもしたら、家族まで永遠の終わりになりかねない。それにネットをするにも携帯電話では不便すぎるし、この部屋では電話で話もままならないから何も出来ないだろう。
ああ!もっとぉ!もっとやってぇ!凄い!!凄いのぉ!!奥まではいるぅ!
卑猥な淫らな声が何度も歓喜を訴えて更に激しく貫かれるのを強請るのに、アキコは耳を塞ぎたくなりながら闇の中で踞ったまま。それでも背後の光景は頭の中に鮮明に浮かび上がって、何が起きているのかは知りなくなくても理解できた。
白無垢の花嫁は裾をはだけられ、四つん這いで後ろから獣に犯されている。まるで虎か何かのような四つ足のものの長大で銛のような逸物で、深々と膣だけでなく子宮まで犯されてよがり狂わされていた。尻の穴には四つ足の尾である蛇がズリズリと頭をこじ入れて、薄い肉襞を逸物と一緒に擦り合わせる。
あはぁっ!気持ちいいぃ!気持ちいいい!いくぅ!いくぅう!!ご主人様ぁ!いくぅ!
ゴポゴポと深く注ぎ込まれて熱さに絶頂に痙攣しながら、白無垢の花嫁は四つ足の獣に蹂躙され尽くす。しかもそれに花嫁は素直に従って土蔵の中でいつまでもそれに犯されて、歓喜に溺れ狂わされて何時でも尻を差し出し獣に落ちる。腹が膨れても獣はいつまでも花嫁に返しのついた銛のような逸物を入れたまま、花嫁が狂い果てても逸物を抜こうとしない。
ふぁあ!嵌まってるぅ、ご主人様の逸物が、チンポがズッポリ、マンコに刺さって気持ちいいぃれす!
返しのせいで抜けない逸物に延々と股間を引き摺られ、時には犬の交尾のような尻を併せた姿になっても花嫁は四六時中上り詰めて酩酊したドロンと濁った瞳で惚けたように口から涎を垂らしながら絶頂する。何でそこまで犯すのと問い詰めようにも答えはとうに知っていて、アキコは何時までも獣の交尾を続ける花嫁と四つ足の湿った淫靡な音を聞き続けていた。
チンポ気持ちいい!孕むぅ!孕んじゃううぅ!!
そうなのだ。四つ足は花嫁が子供を宿すまで決して止めないし、この暗闇の閨はその為のものなのだとなぜか知っている。そしてやがてそれが叶うこともアキコは今では分かりきっていて、これが過去の事なのか未来の事なのかだけが不安だった。何故なら四つ足の顔はどう見てもシュンイチの顔に今では見えるから、それが酷く恐ろしいのだ。
※※※
一時回復に向かったとみえたアキコの様子が気がついたら変わっていく。ミヨコの前では何でもないふりをするが、ふとした時に暗い地の底でも覗き込んでいるような目で俯き考え込んでいる。最初のうちは我にかえって、仕事も休み実家に籠っている今の現状に悩んでいるのかとも思った。でも、その表情はそれだけではないような気がする。
「母さん、話があるの。」
もうアキコは、薬は何も飲んでいない。自分の考えだけでしっかりと話すアキコの筈なのに、その瞳は昔の輝きは何処にもなく光のないミヨコの実家にある土蔵の暗闇のように見えた。ミヨコの家は土地の旧家で土蔵が二つもあり子供の頃はその中に悪さをすると押し込められることがあって、土蔵の湿った暗闇は恐怖でしかない。お陰でミヨコは今も真っ暗な場所では眠れないから、アキコのように暗がりじゃないと眠れないというのには正直驚く。まるでその土蔵を思わせる暗い瞳をしたアキコは、思いきったように口を開く。
「このままではいられない。もう元気になったから私、……帰ろうと思うの。」
一瞬アキコの言う言葉の意味が分からなかった。あんなに酷い扱いをされていたのに、その場所に自分から帰ろうという意味が分からなかったのだ。それはアツシも同じ思いだったようで、やんわりとまだここにいてはどうかと話す。アキコはやっと艶の戻った髪を揺らしながら頭を降った。
「私、ヤネオに嫁にでたんだもの、帰らないと。」
その言葉に夫婦は反論できなくなってしまった。その時に連れ帰った際に感じていた疑問をアキコに直にぶつけていたら、アキコを引き留めることができたかもしれない。何故あんなに放置されていたのか、何故あんなに痣だらけだったのか、何故すぐ自分で電話をしなかったのか。それをキチンと聞いておけば、不安なまま返すことにはならなかった。そう気がついたのは、アキコがあの男の元に戻ってしまってからだった。
※※※
アキコが戻って暫くの間、全ての状況は一時期もちなおしたかの様な気がした。
アキコは再び仕事に復帰して変わりなく働いていた。
シュンイチはと言えば、あんなに苦労して始めさせた喫茶店のバイトは本当は他のスタッフと喧嘩になり辞めることになったのを白状した。内容は詳しく聞かされていないが、相手から謂れのない叱責を受けて喧嘩になったと話してアキコはそれに関してはもうなにも言わない。ただシュンイチはそのまま無職生活ではなく、違う塾にバイト講師とはいえ再就職していたので状態は一時表面的には落ち着いたかのようにも感じられる。
だが今までよりも僅かずつだが、状況は次第に悪くなっていた。
アキコが口を開く事は極端に減ったというより、殆ど口を利かなくなっている。何かを言うことでシュンイチの機嫌を損ねるのに怯えるようになったのだ。結局最初に辛いと逃げた時と同じ職業を選んだシュンイチのストレスが、何時かは結果的に酷い暴力に変わるのを予期していたからかもしれない。
新しい職場に通いはじめて、予想通り言葉と行為の暴力は日々程度を増した。
もう殆ど性行為は二人の間に交わされず時折調教という名の暴力を振るわれたが、それもアキコが戻ってから悲鳴を上げないという理由から次第に実は少なくなっていた。シュンイチにとって調教に必要なのは奴隷の《泣いて喘ぐ声》なのだとアキコはやっと気がついた。
泣かない奴隷は彼を楽しませない。
やっと調教をなんとかやり過ごす方法が分かったと安堵して、後は日々の暴力をなんとか避けて生きるだけだった。それなのに、思い出したようにシュンイチは《奴隷誓約書》を持ち出して、サインしろと突きつける。それにはどうしてもサインしたくないアキコを痛め付けて失神させるか、シュンイチが飽きるまで痛みをひたすら我慢するか、それが二人の今のSMに塗り変わっていた。そんな状況でもそのままアキコがそこに必死に居続けたのは『嫁いだ』という事実があっただけなのかもしれない。
「お前がしつこいから、就職してやったのに。」
そう頭をボグンと音を立てて拳骨で殴られ言い放たれても、アキコはもう言い返す事もなく素直に俯き項垂れる。すっかり慣れたものでシュンイチは服に隠れる・白衣に隠れる範囲を熟知してしまった。しかも、あまり強くすると内臓損傷を起こす危険性のある場所まで学んだらしい。最近は肩や髪に隠れる頭を殴る。後は太股や下肢を蹴るのがお気に入りのようで、明日は足を引き摺りそうな予感がする。そういうとこでも酷くすると起きる可能性がある障害をあげ連ねたら止めてくれるかもしれないと一瞬思うが、口にしたら生意気だと殴られそうで恐くて口をつぐむ。
結局痛みをもたらす言葉も拳も逃れる方法もなく、無気力なまま見つめ続けたアキコは、グズグズに崩壊していく自我の中で再び自分すら見失っていた。
※※※
久々に上京して会った娘はまた少し窶れたような気がしたが、それでも笑顔のアキコにミヨコは少し安心する。心の中で窶れてるのではと思いながらみるから、窶れて見えてしまうのかもしれないとすら考えもする位だ。
「調子はどう?」
「…………まあ、そこそこやってる。彼もまたちゃんとしたところに努めたし。」
一度訪れた時アツシは、シュンイチがアキコの身の回りの世話を一つもしていないのをみてとるとその理由を問いただした。それに対し仕事が忙しいとでもいうかと思えば、まともに働いてすらいないと話したという。唖然としながら尚更なぜキチンと小綺麗にして世話をしないのかと、あの台所で詰め寄ったのだと後から聞いた。それにシュンイチはモゴモゴと聞き取れない声で、結局のところアキコがやらないからしないという趣旨の答えを繰り返したらしい。
なんと人らしくない返答だろうと、ミヨコは後から聞き憤慨したものだ。夫婦のありかたとして様々あるのは知っているが、亭主関白とでも言うつりもだろうか?だったら、生計にこまらないようキチンと勤めに出て責任を果たして欲しいものだ。
アツシは、最初にアキコを連れていく時に我々に向かって自分がした身を立てて幸せにする約束を守ってもらいたい。出来ないのなら、娘を返してもらう。そう言ったと話していた。
後から聞いたからだが、ミヨコとしてはもう充分不合格だと思う。
うちの娘を返してもらう気でいったのだから。
でも、元気になって元の娘に戻り、理知的なミヨコの娘は嫁に出たんだから関東に戻りますと告げたのだ。東京駅の喧騒の中のアキコは、元気はないが何か心に据えたものがあるように穏やかに見える。その据えたものががなにかは分からないが少しは状況は改善したのだろうかと考えながら、身支度もキチンとできているアキコの姿にホッとする。
「何か美味しいもの食べよう!何食べたい?奢るから。」
ミヨコの暢気な声にアキコも少しほっとしたように笑う。もしかしたら、ミヨコが来るからといいところを見せないとって緊張でもしてるのかしらと心の中で思いながら、二人で和食のレストランに入りあれやこれやと楽しく食事をして過ごす。
帰途につくミヨコを見送ってくれる娘を何度も振り返りながら、ミヨコはホームを進む。そして、もうアキコの姿が人波に飲まれそうな時、ミヨコの娘が何気なく手を振るために左手を挙げた。
一瞬、何か違和感を感じた。
手を挙げた娘はスッと人混みに消えてしまったけど、ミヨコはその場に立ち尽くし違和感がなんだったか記憶を振り絞る。何かがミヨコの得意な勘に障って違和感を訴えているのに、ミヨコは都会の異様な人混みを見つめ考え込む。
私が見えなくなるまでその場を動かなかった私の娘。
何を言うでもなく立ち尽くし見送り続ける私の娘。
何気なく振ろうと手を挙げた私の娘。
そうだ、手。
何気なく振ろうと挙げた袖口から見えていたのは、血の滲んだ絆創膏まみれの腕ではなかったか。
食事中もアキコは腕を捲り見せるようなことはなくて、手首までしっかりと隠したままだった。ミヨコは立ち尽くしたまま、そう見えたものを考える。二人の距離が遠くて娘の中に着ていた服の色がそう見えただけかもしれない。そう思いたいが、やっぱり胸がざわつく。家に帰ったら電話をしてみようと心に誓って、ミヨコは渋々と歩き出していた。
実家の夜の闇は関東の家より静かで暗かった。
《愛してるから、戻ってこい》
目を閉じるとその言葉が、呪詛の声になって頭に響く。そしてその後はあの暗く湿った土蔵の中で一人踞っている夢を見る。背後からはギシギシといつまでも畳の下の床板までが軋む音がして、激しく犯されている白無垢の花嫁の喘ぎ声が淫靡に空気を伝わり響く。声が近いのは四つん這いで必要な場所だけを曝して、腰をふってまぐわうから。
ああ。すごい、いい、いい!もっとぉ!奥まで入れてぇ!
自分の声と同じ女の声は艶やかで甘く歓喜に蕩けていって、次第に淫らな単語を繰り返すだけの獣に成り果てていくのだ。獣の交わり。喘ぎ呻き、更なる快楽を化け物に強請る女の声を、アキコは膝に顔を埋めてただ身動ぎもせず踞って聞いている。
ああ!もっとしてぇ、もっとイヤらしいことしてぇ!突いて抉って!中にだしてぇ!!
何でこんな光景を繰り返すのか。この相手がシュンイチなら理解できなくもないが、いつもこの場所での相手は四つ足の人間の顔を持った獣。人間のものとは違う巨大な逸物と蛇の頭に犯されて、もっと犯して狂わせてと泣き叫ぶ白無垢の花嫁は、アキコ自身なんだろうかと考えもする。背後の性交は更に激しさを増して湿った滑る音が闇の中に激しく響き、女の声は尚更甘えを含んだ媚びに変わっていく。
いいー!ご主人さまの、太くて硬いぃ!気持ちいい!おまんこいい!いくぅ!
こんな夢をまた毎夜見るようになって、渇望が舞い戻ったらどうしたらいいのか。これも精神的な病のひとつなのだろうかと思う。こちらに来てからは精神科にはかかっていないがマトモに暮らせていたのに、シュンイチのメール一つで元に戻ってしまった気がする。それでも、この夢を頻繁に見て犯される歓喜の声を聞かせられると、不安で不安で仕方がなくなってしまう。
もし……渇望が来て犯してほしくなったら…………どうしたらいいの?
ここは東北の一市町村の一つで関東とは違い、どこにどんな目があってアキコの行動を観ているか分からない。適当な相手を見つけて渇望を納めるには、以前と違いここは世間が余りにも狭すぎると感じてしまう。下手なことをして看護師同士のネットワークや何かに自分が引っ掛かりでもしたら、家族まで永遠の終わりになりかねない。それにネットをするにも携帯電話では不便すぎるし、この部屋では電話で話もままならないから何も出来ないだろう。
ああ!もっとぉ!もっとやってぇ!凄い!!凄いのぉ!!奥まではいるぅ!
卑猥な淫らな声が何度も歓喜を訴えて更に激しく貫かれるのを強請るのに、アキコは耳を塞ぎたくなりながら闇の中で踞ったまま。それでも背後の光景は頭の中に鮮明に浮かび上がって、何が起きているのかは知りなくなくても理解できた。
白無垢の花嫁は裾をはだけられ、四つん這いで後ろから獣に犯されている。まるで虎か何かのような四つ足のものの長大で銛のような逸物で、深々と膣だけでなく子宮まで犯されてよがり狂わされていた。尻の穴には四つ足の尾である蛇がズリズリと頭をこじ入れて、薄い肉襞を逸物と一緒に擦り合わせる。
あはぁっ!気持ちいいぃ!気持ちいいい!いくぅ!いくぅう!!ご主人様ぁ!いくぅ!
ゴポゴポと深く注ぎ込まれて熱さに絶頂に痙攣しながら、白無垢の花嫁は四つ足の獣に蹂躙され尽くす。しかもそれに花嫁は素直に従って土蔵の中でいつまでもそれに犯されて、歓喜に溺れ狂わされて何時でも尻を差し出し獣に落ちる。腹が膨れても獣はいつまでも花嫁に返しのついた銛のような逸物を入れたまま、花嫁が狂い果てても逸物を抜こうとしない。
ふぁあ!嵌まってるぅ、ご主人様の逸物が、チンポがズッポリ、マンコに刺さって気持ちいいぃれす!
返しのせいで抜けない逸物に延々と股間を引き摺られ、時には犬の交尾のような尻を併せた姿になっても花嫁は四六時中上り詰めて酩酊したドロンと濁った瞳で惚けたように口から涎を垂らしながら絶頂する。何でそこまで犯すのと問い詰めようにも答えはとうに知っていて、アキコは何時までも獣の交尾を続ける花嫁と四つ足の湿った淫靡な音を聞き続けていた。
チンポ気持ちいい!孕むぅ!孕んじゃううぅ!!
そうなのだ。四つ足は花嫁が子供を宿すまで決して止めないし、この暗闇の閨はその為のものなのだとなぜか知っている。そしてやがてそれが叶うこともアキコは今では分かりきっていて、これが過去の事なのか未来の事なのかだけが不安だった。何故なら四つ足の顔はどう見てもシュンイチの顔に今では見えるから、それが酷く恐ろしいのだ。
※※※
一時回復に向かったとみえたアキコの様子が気がついたら変わっていく。ミヨコの前では何でもないふりをするが、ふとした時に暗い地の底でも覗き込んでいるような目で俯き考え込んでいる。最初のうちは我にかえって、仕事も休み実家に籠っている今の現状に悩んでいるのかとも思った。でも、その表情はそれだけではないような気がする。
「母さん、話があるの。」
もうアキコは、薬は何も飲んでいない。自分の考えだけでしっかりと話すアキコの筈なのに、その瞳は昔の輝きは何処にもなく光のないミヨコの実家にある土蔵の暗闇のように見えた。ミヨコの家は土地の旧家で土蔵が二つもあり子供の頃はその中に悪さをすると押し込められることがあって、土蔵の湿った暗闇は恐怖でしかない。お陰でミヨコは今も真っ暗な場所では眠れないから、アキコのように暗がりじゃないと眠れないというのには正直驚く。まるでその土蔵を思わせる暗い瞳をしたアキコは、思いきったように口を開く。
「このままではいられない。もう元気になったから私、……帰ろうと思うの。」
一瞬アキコの言う言葉の意味が分からなかった。あんなに酷い扱いをされていたのに、その場所に自分から帰ろうという意味が分からなかったのだ。それはアツシも同じ思いだったようで、やんわりとまだここにいてはどうかと話す。アキコはやっと艶の戻った髪を揺らしながら頭を降った。
「私、ヤネオに嫁にでたんだもの、帰らないと。」
その言葉に夫婦は反論できなくなってしまった。その時に連れ帰った際に感じていた疑問をアキコに直にぶつけていたら、アキコを引き留めることができたかもしれない。何故あんなに放置されていたのか、何故あんなに痣だらけだったのか、何故すぐ自分で電話をしなかったのか。それをキチンと聞いておけば、不安なまま返すことにはならなかった。そう気がついたのは、アキコがあの男の元に戻ってしまってからだった。
※※※
アキコが戻って暫くの間、全ての状況は一時期もちなおしたかの様な気がした。
アキコは再び仕事に復帰して変わりなく働いていた。
シュンイチはと言えば、あんなに苦労して始めさせた喫茶店のバイトは本当は他のスタッフと喧嘩になり辞めることになったのを白状した。内容は詳しく聞かされていないが、相手から謂れのない叱責を受けて喧嘩になったと話してアキコはそれに関してはもうなにも言わない。ただシュンイチはそのまま無職生活ではなく、違う塾にバイト講師とはいえ再就職していたので状態は一時表面的には落ち着いたかのようにも感じられる。
だが今までよりも僅かずつだが、状況は次第に悪くなっていた。
アキコが口を開く事は極端に減ったというより、殆ど口を利かなくなっている。何かを言うことでシュンイチの機嫌を損ねるのに怯えるようになったのだ。結局最初に辛いと逃げた時と同じ職業を選んだシュンイチのストレスが、何時かは結果的に酷い暴力に変わるのを予期していたからかもしれない。
新しい職場に通いはじめて、予想通り言葉と行為の暴力は日々程度を増した。
もう殆ど性行為は二人の間に交わされず時折調教という名の暴力を振るわれたが、それもアキコが戻ってから悲鳴を上げないという理由から次第に実は少なくなっていた。シュンイチにとって調教に必要なのは奴隷の《泣いて喘ぐ声》なのだとアキコはやっと気がついた。
泣かない奴隷は彼を楽しませない。
やっと調教をなんとかやり過ごす方法が分かったと安堵して、後は日々の暴力をなんとか避けて生きるだけだった。それなのに、思い出したようにシュンイチは《奴隷誓約書》を持ち出して、サインしろと突きつける。それにはどうしてもサインしたくないアキコを痛め付けて失神させるか、シュンイチが飽きるまで痛みをひたすら我慢するか、それが二人の今のSMに塗り変わっていた。そんな状況でもそのままアキコがそこに必死に居続けたのは『嫁いだ』という事実があっただけなのかもしれない。
「お前がしつこいから、就職してやったのに。」
そう頭をボグンと音を立てて拳骨で殴られ言い放たれても、アキコはもう言い返す事もなく素直に俯き項垂れる。すっかり慣れたものでシュンイチは服に隠れる・白衣に隠れる範囲を熟知してしまった。しかも、あまり強くすると内臓損傷を起こす危険性のある場所まで学んだらしい。最近は肩や髪に隠れる頭を殴る。後は太股や下肢を蹴るのがお気に入りのようで、明日は足を引き摺りそうな予感がする。そういうとこでも酷くすると起きる可能性がある障害をあげ連ねたら止めてくれるかもしれないと一瞬思うが、口にしたら生意気だと殴られそうで恐くて口をつぐむ。
結局痛みをもたらす言葉も拳も逃れる方法もなく、無気力なまま見つめ続けたアキコは、グズグズに崩壊していく自我の中で再び自分すら見失っていた。
※※※
久々に上京して会った娘はまた少し窶れたような気がしたが、それでも笑顔のアキコにミヨコは少し安心する。心の中で窶れてるのではと思いながらみるから、窶れて見えてしまうのかもしれないとすら考えもする位だ。
「調子はどう?」
「…………まあ、そこそこやってる。彼もまたちゃんとしたところに努めたし。」
一度訪れた時アツシは、シュンイチがアキコの身の回りの世話を一つもしていないのをみてとるとその理由を問いただした。それに対し仕事が忙しいとでもいうかと思えば、まともに働いてすらいないと話したという。唖然としながら尚更なぜキチンと小綺麗にして世話をしないのかと、あの台所で詰め寄ったのだと後から聞いた。それにシュンイチはモゴモゴと聞き取れない声で、結局のところアキコがやらないからしないという趣旨の答えを繰り返したらしい。
なんと人らしくない返答だろうと、ミヨコは後から聞き憤慨したものだ。夫婦のありかたとして様々あるのは知っているが、亭主関白とでも言うつりもだろうか?だったら、生計にこまらないようキチンと勤めに出て責任を果たして欲しいものだ。
アツシは、最初にアキコを連れていく時に我々に向かって自分がした身を立てて幸せにする約束を守ってもらいたい。出来ないのなら、娘を返してもらう。そう言ったと話していた。
後から聞いたからだが、ミヨコとしてはもう充分不合格だと思う。
うちの娘を返してもらう気でいったのだから。
でも、元気になって元の娘に戻り、理知的なミヨコの娘は嫁に出たんだから関東に戻りますと告げたのだ。東京駅の喧騒の中のアキコは、元気はないが何か心に据えたものがあるように穏やかに見える。その据えたものががなにかは分からないが少しは状況は改善したのだろうかと考えながら、身支度もキチンとできているアキコの姿にホッとする。
「何か美味しいもの食べよう!何食べたい?奢るから。」
ミヨコの暢気な声にアキコも少しほっとしたように笑う。もしかしたら、ミヨコが来るからといいところを見せないとって緊張でもしてるのかしらと心の中で思いながら、二人で和食のレストランに入りあれやこれやと楽しく食事をして過ごす。
帰途につくミヨコを見送ってくれる娘を何度も振り返りながら、ミヨコはホームを進む。そして、もうアキコの姿が人波に飲まれそうな時、ミヨコの娘が何気なく手を振るために左手を挙げた。
一瞬、何か違和感を感じた。
手を挙げた娘はスッと人混みに消えてしまったけど、ミヨコはその場に立ち尽くし違和感がなんだったか記憶を振り絞る。何かがミヨコの得意な勘に障って違和感を訴えているのに、ミヨコは都会の異様な人混みを見つめ考え込む。
私が見えなくなるまでその場を動かなかった私の娘。
何を言うでもなく立ち尽くし見送り続ける私の娘。
何気なく振ろうと手を挙げた私の娘。
そうだ、手。
何気なく振ろうと挙げた袖口から見えていたのは、血の滲んだ絆創膏まみれの腕ではなかったか。
食事中もアキコは腕を捲り見せるようなことはなくて、手首までしっかりと隠したままだった。ミヨコは立ち尽くしたまま、そう見えたものを考える。二人の距離が遠くて娘の中に着ていた服の色がそう見えただけかもしれない。そう思いたいが、やっぱり胸がざわつく。家に帰ったら電話をしてみようと心に誓って、ミヨコは渋々と歩き出していた。
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