GATEKEEPERS  四神奇譚

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第一部

第一幕 淀みの底

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それは深い深い闇の底に存在していた。
漆黒の闇の底のヘドロの様な淀みの更に奥底に、それは密やかに呼吸のような脈動を打ちながら存在している。頭上には天球のように、煌めく天の川のようなものが網目のように繋がって循環していた。それは命を持つ暖かい生き物には見えない。何故見えないのかは生き物には分からないし、そこに宿るもの達にも分からない。そこに宿るものの中にはあれは生き物の中に流れる命の流れだから、自分に命があるものには見えないのだと呟いていた。その流れよりもはるかに上に、時折異世界の眩い光を垣間見せる穴が開くことがある。その異世界の光は地の底まで届き、それらに臭いを届け激しく本能を疼かせた。

涎がこぼれ落ちそうな、臭い。熱さ。

それを貪り喰いたいと本能的に感じさせる光に、それらは群がるようにして光を食い入るように見上げる。だが、それがそのまま開いたままでいることは、殆ど無いことだった。吹き出す地の天の川の勢いで、放置すれば穴は次第に淵を押し広げ巨大に変わる。しかし、大概はほんの小窓のような穴は、小窓のままやつらの手で閉じられるのだ。

忌々しい生き物の中に産まれた奴らめ

そいつらは随分と過去に地上でそれらが闇を闊歩出来た時代に、何らかの方法でそれらの中でも巨大な力を持っていたものを淘汰した者の末裔達だ。自分達を闇の底に押し込め、この淀みの中での生活を強いた元凶でもある。たが、ここに蠢く矮小な自分達では、あいつらと戦っても勝ち目がなかった。
過去の栄華を謳歌した大妖はあいつらの手で粉々に粉砕されて、この淀みの底に欠片になって沈みこんでいる。欠片と同化した矮小なモノも幾つかいるようだが、それを一つに戻すには時間が足りないのだ。
そんなことを考えながら、それは地表に開かれたほんの小さな窓のような穴が一つ閉じらたのを忌々しげに見上げていた。膿のような闇の淀みの中から見上げる綻びに開く小さな窓は、眩い輝きで溢れる様々なモノを地の底に感じさせる。

遥か昔はるかに巨大に口を開けた扉は、この地の底まで心地好い光と共に風を感じさせた。闇から這い出して目の前に偶然佇んでいたモノに食らい付く、あのえもいわれぬ快感を忘れることはない。全身に痺れるように快感が走り、神経が張り巡らされ力が満ちる。手当たり次第に目に入ったモノを喰らう中で、より旨い餌があるのに気がついた。

どれだ?どれが旨い?

それは二本の足で歩き、他の生き物とは違っていた。何が違うのか最初は分からなかったが、やがて違いが分かるようになった。二本足のモノは闇を怖がり、闇に怯えるのだ。そして、愚かなことに闇を避けようと火を燃やし、より深い闇を作り出す。作り出された闇の中で二本足を喰らうために、更に深い闇から腕を伸ばすのは容易かった。

もっとたくさん食いたい。

そう考えた末に気がついた。闇の中からではなく二本足の姿を真似て二本足に紛れ込めば、簡単に口を開けて堂々と待っていられるではないか。同じことに気がついた同類もいたようだが、近くには寄らないからお互い気にもしなかった。

やがてそれは同じような姿をした二本足を何体か食い荒らし、二本足に化ける事を身につける。擬態し二本足を何度も食っているうちに、その姿や体の動きは簡単に理解できた。二本足の事を人間と呼ぶのも学んだ。そうして、数多く喰ったうちで一番気に入った人間の姿を真似てみる。上手く擬態して暗がりから歩き出して見たが、誰もそれが化けた姿とは気がつかない。それどころか、化けた姿に惹かれて近よりすらしてくるのには笑いが止まらなかった。暫しの時の間、好きなように貪り肥えていく。すると人間の中にも実は味の差があることを知る。

人間は怯える者の方が旨い。

闇に怯え、死に怯える者の血の方がドロリと口に甘い。それに気がついて食らう前には必ず我の本性を見せて、心底怯えさせながら足からジワジワと貪る。死が近づくのに怯えた人間が上手いと気がついてからは、他にも旨い者があるかと模索し始めた。
やがて、もう1つ気がついた。

欲深い者ほど味が濃い。

生きることに欲深く、色々なものを欲する者ほど味が濃い。欲深い者を怯えさせて食うのか旨いとそれは気がついて、欲深い者を誘うことに長けた艶やかな姿を纏う。争い合う者を好んで喰らうモノもいたし、力を誇示するものを喰うのを好むモノもいる。それらは自分との狩り場が、かち合わなければお互いに気にもしなかった。
そう、かち合いさえしなければ。
欲深く命に汚く争いを好み力を誇示したがる者を喰らうために奪い合ったのを発端に、お互いの餌に手を出したと互いに争いが始まった。
一度始まってしまえば止まることなど、考えもつかない事だ。互いに全力で潰しあい、手駒を使って叩き合う。やがて、直接にお互いの喉笛を狙って牙を向く。その我らの争いの隙をついて、アレが背後に忍び寄っていた。
忌々しいあいつらは我らと同じ生まれな筈なのに、人間を栄えさせるつもりなのだと我らは知らなかった。自分達が争いお互いに喰らいあったが故に、傷だらけで体の多くが砕けて細かい欠片に変わり力を失っていく。しかも、生まれ落ちたこの底に落とされる時に、あいつらは我らから多くの気を奪いとった。奪われた多くのものは一塊になって、餌である筈の人間の体を器に宿った。しかも、アレは次から次へ我らを地の底に落とした上に、我らが通る扉をあっという間に塞いだのだ。

この底に追い落とされたのは一体どれ位過去になり果てたのだろう。以前は闇に開いた窓からは松明の脂の燃える臭いが、ここまでもしたものだが、今の小さな扉からはその臭いはもうしない。それでも少し前は少し大きな穴が開いて体の一部を向こうに這い出させ、思う存分血を啜りながら火薬のはぜる音と臭いを楽しんだ。ところがやはりあいつらが戻ってきて、自分達を再び地の底においこんだのだ。

ここ暫くはあいつらがほんの少しでも窓が開く端から閉じていくせいで、見えるのは眩い光と旨そうな血を満たした人間の影ばかりだ。己の力を削り取り地の底に落とした、あの忌々しき者どもの力は未だ地表にあり生き蠢いて自分の這い出すのを邪魔し続ける。

忌々しきモノどもめ。

一番太い地脈が他の大陸に向けて水底に潜る前の要と呼ぶモノを長く暖める地に、人間を喰らう人外として太古に産声を上げた。多くの血を啜るうちに知恵を得て人間を操ることまで可能になった筈なのに、己は今や血を啜る事もできずにいる。こうして悠久にも感じる時の中で、地の底で身動きも許されず、ムクムクと肥え太る餌をただ指を咥えていた。

たった、一啜りでいい、あの暖かい血を啜るだけで、力を取り戻せるというのに。

己は地脈と餌の唯一の天敵であるはずなのにと、ギチギチ音をたてて歯のない巨大な虚のような口で噛みする。しかし、同時にそれは長い間地表の餌を見つめ、眺める事で多くの知識を今までより理解することもできた。

世に広がった餌どもは、本当に無知だ。

土地開発とかいうものの為に、自分達で平気で地脈を抉り穴を開け簡単に窓を開く。餌どもは今や殆ど本能を失うか・それを信じないかのどちらかで、自分の首に縄をかけた事も・自分の足元の踏み台がいかに脆く崩れかけているかも理解していない。地脈が何度も開けられる傷のせいで癒されることもなく、次第に痩せ細り要自体が崩壊し始めている。あの忌々しいモノ達も地脈がどれだけ痩せ細り始めているかまでは、理解することはできないようだ。

当然だ、我らは地脈の毒から産まれたモノ。地脈は母のようなもの故に地脈をこうして頭上に眺め過ごしているが、あの忌々しいモノ達は同じ生まれの癖に地に潜ることも出来ない半端モノ故。

細く窶れていく地脈に気がつかず必死に小窓を閉じ僅かに地脈の流れを反らしたとて、やがては必要な流れを保てなくなり要が崩壊するのは時間の問題だろう。それを早めるのは誰でもない、地脈を堀続ける人間達当人なのだ。

なんと愉快なことだろう、奴らが守る己の餌が、今度は己のために働くとは奇異な事よ。

そして何より餌どもが本能を信じない事で忌々しいモノどもの手先がどんどん減り、何より代替わりでもしたのか忌々しいモノども自体の力が微かに弱まっている。
それは闇の中でほくそ笑むと、一部が欠け落ちているのに気がつかない愚かなモノ達を眺める。
それはクツクツとその考えに邪気をはらんだ笑い声を立てる。どれだけ塞ごうとも穴は増え続けて新たな傷となる。傷は何時までも傷だ。癒せなければ何時までも、傷は傷のままそこにあり続ける。そして傷は増え続け、全てが病んでいく。

しかし、奴らはそれに気が付いていない

それは時が来るのを待っていた。
今まで長く深い月日を待ったのだ、あとほんの少しくらい何のことでもあるまい。力を取り戻したら先ずはあの忌々しいモノどもの骨を噛み砕き血を啜り肉を喰らう事にしよう。はるか太古にあの忌々しいモノに削り取られ奪われた自分自身の一部を、再び取り込んで完全なモノに成る事を見ながら、それはまた闇の底で微睡んだ。

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