かのじょの物語

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20代の話 Prodromal

24.馬鹿な女

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何が、そこまで自分を惹きつけるのだろう。
ぼんやりと夜の煌びやかなネオンがさざめく街で横を歩く男の姿を見上げた。
確かに見た目は良い方だろう、しかし時間にルーズそうだし、何より自分以外の女がいるであろう男。それにこれだけの時間と金と労力をつぎ込んでいる理由はなんだろう。


男は無言のままの私の気持ちをとりなすように優しい声で話しかけている。
確かに声と言葉は好きだった。
最初は高すぎると思った声も今は心地いいと思うこともある。
言葉も、私が好む種類の言葉を使う。
それに見た目も、嫌いなほうではない。

―――何だか情緒不安定みたい・・・・・。

私は小さく溜息をついた。
その溜息をどう取ったのだろう、彼は優しい仕草で私の腰に手を回す。不意に起こったその行動に私は一瞬驚きながら、その自分と異なる体温を見つめた。
彼は少し背を丸めるようにして、私に顔を寄せる。

「ごめんね、気分悪い思いさせちゃって。今度はしないから、会ってる最中に仕事の話なんてさ。」

そう微笑む彼の表情につられて私も微かに微笑む。
惹かれたのはこの優しさなのだろうか。
ふと私はそんな風に思う。
でも優しさとはなんだろう。
そのまま観覧車のように煌びやかな光で飾り付けられたブティックホテルの入り口をくぐり、手馴れた様子で部屋を選ぶのを見つめる。
私は、その横顔を見つめながら思った。

やっぱり、これはまだゲームのようなもの。恋愛ごっこなんだ……。

どちらかが諦めるか、もしくはがどちらかが全てを与えてごっこではない本当の恋愛の形を作るか。
その過程を楽しむような、恋愛ゲーム。
そう考えてしまえば、何も違和感はないではないか。
そんな風に私は、部屋を選択して当たり前のように自分の財布からお金を引き出し払いながら考える。

私の手札は、心だけでなく彼より多い財力。
でも彼の全ては彼の心。札を切るにもどこまで手札を返すかでゲームの流れが変わる。

自分のしていることは恋愛ゲームと私が心で囁いたのが呪文にでもなったかのように、まさに体を重ね合わせている真っ最中に、酷く場違いなラブソングを声高に携帯電話が奏でた。それは、携帯電話の着信音だということは食事の時で分かっていた。しかし、シュンイチの微かな狼狽した表情に気分が一気に萎えるのが分かり、溜め息をついてその体を突き放す。

「出れば?彼女なんでしょう?」

背中を向けた背後に電話を受けるシュンイチの気配がしてうんざりする。

こんな男に体まで投げ出して一体何になるの?
何がそんなにこの男に惹かれたのかしら。

背中の向こうで何かひそひそと話す声がする。
それを聞きながら私は、自分とフィが交わした言葉を思い返していた。
何がいったい自分を此処までさせたのだろう。

『……君は独りなの?』
『そう、もう18から一人暮らし。』
『そっか、じゃあ殆ど俺と同じだね。』

別に自分も彼も家族と仲が悪いわけではないのだろうけど何故か一線をおいている感じが自分と同じだった。

『独りの家って寂しくない?』
『寂しいね、俺なんかついネット繋ぐしね。』
『私も。』
『リエがいると思うから今はマメにここに来るしね。』
『私も。フィに会いたくて通ってるかな。』
『嬉しいこというね、リエは。』

そして同じように独りの家での虚しさや寂しさを知ってると言う言葉。
誰かに傍にいて欲しいと思った、お互いにそう思っているとフィが言ったから彼との会話は続いたのだ。
だけど、実際はどうだろう。

私は無言で起き上がると、光沢のあるシーツから滑りでて彼を見向きもせずにバスルームに足を向けた。私の不意の行動に背後で微かな動揺を示したシュンイチのことはどうでもいいと思う。もうこれで終わりにして、自分の世界に戻ればいいだけのことなのだ。

―――私は、私の生活をすればいいだけのことだわ。

無言のままシャワーを浴びてドライヤーをかける。
微かに向こうの部屋で電話で言い合う声がしている気がしたが、それもどうでもいい事のような気がした。
私は髪が乾くと何も言わずベットだけが強調された部屋に戻り、さっさと衣類をつけ始め身支度を始める。

「アキ???」

いつの間にか電話を終えたシュンイチが困惑した声をかけるのを、冷ややかに私は見つめた。電話のせいなのか私の行動のせいなのか、微かに頬を上気させたその表情は困惑に満ちて、微かに私の心の中の溜飲を下げるような気がする。私は、にっこりと職業上の業務的な微笑の仮面をつけて彼を見つめた。

「ごっこは終わりにしましょ。彼女が居るんなら、彼女とこういうとこに着たら?」

その言葉は痛烈な皮肉となって目の前の男に向かって放たれ、その表情が微かに変わったのに私は気がついた。困惑とそして怒り。様々な感情が綯い交ぜになったような表情がそこにあって、私は微かな恐怖を感じていた。
先にその不穏な空気を破ったのは、シュンイチの方だった。彼は私に歩み寄り、そっと私を抱きしめると耳元で「ごめんね」と囁く。
何に謝るつもりなのかは私自身にも分からないが、その腕の中は酷く暖かく私は戸惑った。
終わりにしようとした決心が、体温で揺らぐ。
揺らいではいけないと思っているのに、分かっているのに、その一言と体温だけで全てが挫けてしまう。

そんな瞬間が世の中に本当に存在することが、私には信じられなかった。終わりにして振り切ろうという決心が一度揺らいでしまったら、心の陥落はひどく早いものだった。
 そのまま腕に抱かれて無造作にベットに押し倒され、今までになく乱暴に体を開かされる。それは本来なら屈辱にも値する行為の筈なのに、既に陥落してしまった心が全てを受け入れてしまう。自分の中で渦巻く感情と理性の矛盾に気がつきながらも、私は全てを受け入れるしかなかった。

 乱暴に組み敷かれ突き刺すような挿入を四つん這いで背後から受け入れてシュンイチが満足するような声を出す。激しく音をあげながら後ろから揺さぶられ、恥じらいもなくあられのない声をあげて腰を突き上げる。
酩酊するような、それでいて心の何処かは酷く冷静にその自分を嘲笑っていた。

―――馬鹿な女。感情に踊らされて、都合のいいダッチワイフになる馬鹿な女。

そう理性が囁く。
私は行為に感じているかのように眼を閉じて、無理やり理性を感情の向こうへと押しやった。そうして甘えるようにねだり、後背位から体位を変える。正常位から突き入れられる感触を味わいながら、自分より体温の高い別な人間という存在の背に腹いせの様に爪を立て赤い筋を残す。その痕が何時かどんな結果を生むかを想像しながら、一夜の内に何度も何度もしがみつく様にして自分との秘め事を証明する爪を立てていた。

※※※

うつらうつらとした霞む記憶の影に電話をするシュンイチの姿をアキコは見つめている。
彼は自分に背を向けて、その背に幾つもの赤い爪痕を残しながら携帯電話と語り合っていた。微かな猫なで声にも聞こえる声に時折言い訳がましい声が重なる。

邪魔をしようか?今一声上げれば良いだけ。

そう考えながら、私は止めた。
彼らの関係と自分と彼の関係に結論を出すのは、結局はシュンイチだ。自分が選ばれないのなら諦めて、自分の人生に戻ればいいだけに過ぎないのだと半分眠った理性が囁く。私は微かにクスリと笑い声をこぼし、彼は驚いたように振り返り私を見る。

その背中の傷は治るのにだいぶかかりそうよ?

私は声に出さないままにそう心の中で呟き、彼が慌てて電話の相手に切ると言うのを聞きながら苦笑した。
私に彼が優しく声をかけるのを聞きながら私はまた眠りに落ちる。彼が何をどう選ぶのかは、何だかもうどうでもいい様な気がその時の私にはしていた。

一時でも心の空白を貴方が埋めたのは事実だから。

だから、それで十分。
後はあなたが決めて、好きにしてくれればいい事。
私は自分が、そう夢うつつに呟いたような気がする。
それに彼が何と答えたかは聴こえなかったが、その答えは何時か出る事だろう。
そんな風に考えながら私は短く深い眠りに落ちた。

次の日、前回とは違って彼は、彼の帰る路線とは別の私鉄の改札に入る私を見送ると言った。実際に言った通り改札の入り口で、人目をはばかるように軽く私を一瞬抱きしめて恥ずかしそうに離す。
こんな事は余りした事が無いと言いながら照れたように笑い、彼はまるで昨日の電話の事など無かったかのように、池袋駅の構内の喧騒の中で30センチも身長の差のある私を見おろした。

ただ一度のハグ。

それでも、以前とは全然違う不思議な行為のような気がする。聞きたい事は沢山あるけどそれは彼自身が話すまで聞かない事にしよう、ふとそんな事を思いながら私は、彼の顔を見上げた。

「また・・・・逢いに来てくれる?アキ。」

そう問いかける彼の表情はやはり、私の心を惹きつける。誰かに自分を理解して欲しいというような何かを訴えているかのような表情。その表情がそんな感情を持っているような気が私にはした。そんな共鳴するような感情がどこかに存在している気がするから彼に惹かれたのかもしれない。そう思いながら、私はふと呟くように答えていた。

「あなたがそうして欲しいなら、来る。」
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