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20代の話 Prodromal
16.常習性の高い飴玉
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『フィ:個室で話さないか?リエ』
周囲の会話を断ち切るように彼が打つ。
オープンチャットではなく二人きりで会話をしたいと言われて嬉しくないはずがなかった。その頃までに何度かオープンチャットで会話は重ねていて彼が関東圏の人間だと8割りがた確信を持ってもいた。離れて住んでいる自分には、それ以上の事が起こり得ないことも安心材利用の1つだった。それを受け入れたとき、音をたてて運命の歯車がはまり、回り出したことを私は気がつくはずもなかった。
それからアキコの日常は少し変わる。
起きて仕事の準備をして仕事に行き、そつなく仕事をこなして帰宅する。帰宅して一番にパソコンの電源を入れ着替えながらSMサイトのメールボックスを確認して、メールがなければ何時から何時まではサイトにいると時間の予定をメールする。返事を待ちながら家事をして食事をして風呂にはいる。時間になると返事があってもなくても、何時ものオープンチャットで時間を潰す。そして、フィが来れば個室に移り雑談という名で会話が始まる。
『フィ:そっか、リエは看護師なのか。凄いね?』
『リエ:あなたの方が凄い。先生になるんでしょ?』
フィは現在大学生だが、アルバイトで塾の講師もしていた。大学生というのもだが、塾で誰かに教えているという事自体にも知的な響きを感じて少し羨望が加わる。
ちょうどその頃アキコは、勤務変更で病棟の移動をしたばかりだった。今まで幼い子供に接した事のないアキコは移動先の師長に「子供に接したことがないので、技術面に不安があります。なので、小児科は何とかしますが新生児室だけは拒否させてください。」と馬鹿正直に申し出た。
小児科は病気の小児とかかわるが、新生児室は新生児の出産前後から関わりが始まる。前後というのは破水前から分娩室に何でも対応できるよう詰めることが殆どだからだ。しかも、元気に産まれてくる子もいれば状態が悪いこともある、完全に病気の状態の事もある。そこからのリカバリーは新生児室の医師と看護師の仕事なのだ。この上更に新生児実の看護師は新生児の育児指導を母親にしないといけない。表面的な育児指導は助産師がしてくれるが、アキコの病院では授乳や沐浴・オムツなどは新生児看護師の仕事だった。しかも、育児相談も24時間体制で受けないといけない。
話の流れで想像がつくだろうが、馬鹿正直に申し出た結果、3年目の4月からアキコは新生児室に移動になっていた。毎日今までとは違う事の繰り返しで、覚えなければいけないことも山のようだった。成人の病人とは全く扱いが違う。壊れ物のような新生児は病気ではないが最新の注意が必要な対象者で、更に神経を使う。
そんな状況で精神的にも疲れていた私の話を適度な相づちで聞いてもらえる。その一時が本当に心地よかった。
『フィ:忙しいんだな、看護師さんって。こんな遅くまで起きてて大丈夫なのか?』
そう会話の中で問いかける彼の言葉は酷く優しいものに聞こえ、まるで自分を気遣ってくれている本当の声のように心に響く。
次第に私はモニター越しの顔も見たこともない言葉の相手に少しずつ好感だけとは言い難い好意を感じ始めている自分に気がつき始めていた。それは不思議な事にまるでテレビ電話でもしているかのようにリアルな感覚に感じられた。
やがて毎日の会話の交換が、まるで隣に居る人との会話のような錯覚を感じさせ、その好意と言う感情は彼女の中で次第に膨らんでいくのを感じ始めていた。次第に2人っきりの会話は自分の身の上すらも語り合うような親密さを少しずつ含み始めていくのを、肌に感じながらも私はそれを止めることをしない。
と言うより、お互いに思うところは違ったとしても、その親密になっていく空気を止める気がなかったというのが正しかったのだろう。
『リエ:いいの、話すと楽しいから。』
そういうと、彼は文字で喜びを表現する。
それに自分も喜びを文字に表現して答えを返す。
それは、まさにバーチャルでお手軽な擬似恋愛のような感覚。
しかし、ネットという匿名性の中でそうする気があれば、直ぐに終わらせることの出来るというような安易な感情もあいまって、私の感情は注がれ続けたコップから堰を切って流れ出すかのようにとどまる事を知らない。
そんな流れを作った感情の中で自分が踏みとどまれない深みへと自分がはまり始めている事に私が気がつくはずもなかった。
『フィ:そう?でも流石にこれ以上話すとお楽しみが減るな。どうする?今日はやめる?』
そして、その感情と相反するように最後にもたらされる背徳感。いけないこと、まともでないことを教え込まれているという自覚がある。
だけど、悪いことをたくさん持っている私はちゃんと罰してもらってご褒美の快楽という飴玉が欲しくて仕方がない。まるで常習化された薬のようにそれが欲しいと体がねだる。
『フィ:どうしたい?ちゃんと自分で言ってごらん。』
こんな時の彼は目に見えて意地悪になってけして自分から始めたりしない。時間がないとわかっていて平気で焦らすのだ。私が折れておねだりを始める淫らな彼の所有物になるのを待っている。
甘く淫靡なモニター越しの自慰にも似た行為。
常習性の高い媚薬のように、これにのめり込んでいく。
何故なら、これは悪い子である私が罰を受けることで得られるご褒美だから。狂った私がまともに生きていくために、必要な行為だから。
快感にのまれる指示の先で、ほんの僅かな闇の色が見えた気がしたが、それは以前より遥かに遠く離れた場所にいる気がした。
周囲の会話を断ち切るように彼が打つ。
オープンチャットではなく二人きりで会話をしたいと言われて嬉しくないはずがなかった。その頃までに何度かオープンチャットで会話は重ねていて彼が関東圏の人間だと8割りがた確信を持ってもいた。離れて住んでいる自分には、それ以上の事が起こり得ないことも安心材利用の1つだった。それを受け入れたとき、音をたてて運命の歯車がはまり、回り出したことを私は気がつくはずもなかった。
それからアキコの日常は少し変わる。
起きて仕事の準備をして仕事に行き、そつなく仕事をこなして帰宅する。帰宅して一番にパソコンの電源を入れ着替えながらSMサイトのメールボックスを確認して、メールがなければ何時から何時まではサイトにいると時間の予定をメールする。返事を待ちながら家事をして食事をして風呂にはいる。時間になると返事があってもなくても、何時ものオープンチャットで時間を潰す。そして、フィが来れば個室に移り雑談という名で会話が始まる。
『フィ:そっか、リエは看護師なのか。凄いね?』
『リエ:あなたの方が凄い。先生になるんでしょ?』
フィは現在大学生だが、アルバイトで塾の講師もしていた。大学生というのもだが、塾で誰かに教えているという事自体にも知的な響きを感じて少し羨望が加わる。
ちょうどその頃アキコは、勤務変更で病棟の移動をしたばかりだった。今まで幼い子供に接した事のないアキコは移動先の師長に「子供に接したことがないので、技術面に不安があります。なので、小児科は何とかしますが新生児室だけは拒否させてください。」と馬鹿正直に申し出た。
小児科は病気の小児とかかわるが、新生児室は新生児の出産前後から関わりが始まる。前後というのは破水前から分娩室に何でも対応できるよう詰めることが殆どだからだ。しかも、元気に産まれてくる子もいれば状態が悪いこともある、完全に病気の状態の事もある。そこからのリカバリーは新生児室の医師と看護師の仕事なのだ。この上更に新生児実の看護師は新生児の育児指導を母親にしないといけない。表面的な育児指導は助産師がしてくれるが、アキコの病院では授乳や沐浴・オムツなどは新生児看護師の仕事だった。しかも、育児相談も24時間体制で受けないといけない。
話の流れで想像がつくだろうが、馬鹿正直に申し出た結果、3年目の4月からアキコは新生児室に移動になっていた。毎日今までとは違う事の繰り返しで、覚えなければいけないことも山のようだった。成人の病人とは全く扱いが違う。壊れ物のような新生児は病気ではないが最新の注意が必要な対象者で、更に神経を使う。
そんな状況で精神的にも疲れていた私の話を適度な相づちで聞いてもらえる。その一時が本当に心地よかった。
『フィ:忙しいんだな、看護師さんって。こんな遅くまで起きてて大丈夫なのか?』
そう会話の中で問いかける彼の言葉は酷く優しいものに聞こえ、まるで自分を気遣ってくれている本当の声のように心に響く。
次第に私はモニター越しの顔も見たこともない言葉の相手に少しずつ好感だけとは言い難い好意を感じ始めている自分に気がつき始めていた。それは不思議な事にまるでテレビ電話でもしているかのようにリアルな感覚に感じられた。
やがて毎日の会話の交換が、まるで隣に居る人との会話のような錯覚を感じさせ、その好意と言う感情は彼女の中で次第に膨らんでいくのを感じ始めていた。次第に2人っきりの会話は自分の身の上すらも語り合うような親密さを少しずつ含み始めていくのを、肌に感じながらも私はそれを止めることをしない。
と言うより、お互いに思うところは違ったとしても、その親密になっていく空気を止める気がなかったというのが正しかったのだろう。
『リエ:いいの、話すと楽しいから。』
そういうと、彼は文字で喜びを表現する。
それに自分も喜びを文字に表現して答えを返す。
それは、まさにバーチャルでお手軽な擬似恋愛のような感覚。
しかし、ネットという匿名性の中でそうする気があれば、直ぐに終わらせることの出来るというような安易な感情もあいまって、私の感情は注がれ続けたコップから堰を切って流れ出すかのようにとどまる事を知らない。
そんな流れを作った感情の中で自分が踏みとどまれない深みへと自分がはまり始めている事に私が気がつくはずもなかった。
『フィ:そう?でも流石にこれ以上話すとお楽しみが減るな。どうする?今日はやめる?』
そして、その感情と相反するように最後にもたらされる背徳感。いけないこと、まともでないことを教え込まれているという自覚がある。
だけど、悪いことをたくさん持っている私はちゃんと罰してもらってご褒美の快楽という飴玉が欲しくて仕方がない。まるで常習化された薬のようにそれが欲しいと体がねだる。
『フィ:どうしたい?ちゃんと自分で言ってごらん。』
こんな時の彼は目に見えて意地悪になってけして自分から始めたりしない。時間がないとわかっていて平気で焦らすのだ。私が折れておねだりを始める淫らな彼の所有物になるのを待っている。
甘く淫靡なモニター越しの自慰にも似た行為。
常習性の高い媚薬のように、これにのめり込んでいく。
何故なら、これは悪い子である私が罰を受けることで得られるご褒美だから。狂った私がまともに生きていくために、必要な行為だから。
快感にのまれる指示の先で、ほんの僅かな闇の色が見えた気がしたが、それは以前より遥かに遠く離れた場所にいる気がした。
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