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間章 ソノサキの合間の話
間話101.ワンコ系彼氏?
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…………っていうか…………わんこ…………
纏わりつくようにして誠の世話をしているキラキラした瞳の邑上悠生をこうして見ていると、もう邑上誠にはそうとしか思えないようになってきつつある。ほぼ作り込まれた笑顔の仮面しか見せなかった父親の祐市とは全く違い、悠生は感情の起伏が表に出やすくて。怒ったり不満げになったり、幸せそうに笑ったり。本当にクルクルと変わる表情を興味深く眺めていたりする。いや、もしかして祐市も普通の家庭に育てば…………といって悠生が普通の家庭に育っている訳ではないけれども、少なくとも市玄の代用品として育てられるよりは遥かに普通だ…………こんな風に豊かに感情表現したのかもしれない。そんな悠生が恋人同士と宣言してからというものの、完璧に纏わりつきじゃれつく犬のように見え始めたのはここ最近。誠が怒ったり不貞腐れたりするとシュンと萎れた耳が見える気がするし、今は今で…………
「まーこと?ね、寒くない?」
そう言いながら顔を覗き込んでくる悠生の頭には、やはりピンと立ち上がった犬の耳が見えた気がする。当然パタパタと揺れる尾も幻とはいえ見えた気がするのは言うまでもない。それにしてもこれまでの記憶にある絶妙な嫌いオーラと今の大好きオーラの出し方を見ていると、どうにも柴犬とか秋田犬とかのように誠には見えてしまう。基本的に悠生が日本犬種に見えるのは、悠生の友人の榊仁聖がどう見ても少し間の抜けたところのあるゴールデンとかの洋犬の大型犬種に見えてしまうからだ。で、誠がこんなことを考えるのは、2人が勝手に自分を猫だ猫だと『猫科動物』扱いするからに違いない。別に自分は猫のように逃げ回っているつもりじゃないし、慣れない相手だったから少し距離を置いていただけなのだ。でもそう言うと、それが猫っぽいなんて2人で笑うので、誠はその点は相手にしないことに決めた。(でも仁聖の彼氏だという白い虎みたいな彼氏というのは、少し見てみたい。仁聖より年上だというし、もしかしたらプロレスラーみたいな青年と交際しているのかと興味はあるのだ。でももし相手がプロレスラーみたいなガタイだと、どっちがネコなんだろうかとは思う。まぁ体格でどっちがタチでどっちがネコと決まるわけではないけれど。)それなのに相手にしないと決めた誠の行動が、余計猫っぽいとか言われるのは本当は凄く不本意なのだけれども。
「誠ってば?大丈夫?」
無視していたわけではないのだけれど、背後から肩越しにグイグイと身体を乗り出して顔を覗き込んでくる悠生の顔が凄く近い。まるで肩越しに頬にキスでもされてしまいそうだなんて考えてしまうのに、思わず自分は何を考えてしまうんだろうと頬を染めてしまう。何だか誠が思ったことを何もかも包み隠さず話すようになったら……勿論言葉に出来ない部分はあるか、それでもなるべく思ったことは口にするようにしている…………、尚更悠生は誠が『好き』とアピールを重ねるし誠も絆されてしまっている。何しろ悠生は『好き』と誠が返すと、心底幸せそうに笑うし飛び付くようにして抱きついてもくるのだ。そんなのはちょっと……いや、本当は凄く誠としても嬉しいし、誠だけだと悠生から言われるのにはジィンと胸が暖かくなる。
「寒くない?」
「ん。」
必死に覗き込んで問いかけてくる悠生に、少しだけ首元のマフラーに顔を埋めるようにして誠は頬が赤くなるのを隠しながら小さく頷く。恐らく誠の顔が赤いのは、既に悠生には当にバレているのは分かっている。それが熱があるとかでなくて、誠としてはただ単に悠生から恋人として大事にされ過ぎているこの状況が、まだどうにも恥ずかしくて慣れないからで、気がつくと直ぐに顔が赤くなってしまうのだ。
赤面症だった訳じゃないんだけどな…………
そう思うがあっという間に顔に熱が集まって、気がつくと顔だけ熱くて。当然目の前でそれを見ている悠生は、それも気がついているだろうけれど、そこはあえて指摘しないでくれる。フワフワのマフラーに顔を埋めていた誠の顔を見つめて、悠生の手がしなやかに延びてきて誠の襟元を整えて改めて外気に晒されないように前を整えてくれていた。
誠と悠生が2人で暮らし初めて1ヶ月が過ぎ。
本当なら警察としては誠が、こうして外に出るのは喜ばれないのは分かっている。けど、それに関して悠生が一生家に籠れって言うのかと刑事の風間祥太に唐突に噛みついたのは先日の事だ。誠としては別段無理をしてとは思わなかったのだが、既に事件の公判が終わり責任能力がないとされた上に、まだこの状態になる前の誠が可能な限りの保証をあの事件の時の被害者にはしていた。まぁそれ以外にも何人も被害者はいるのかもしれないが、少なくともあの店で見つかった数人には見たこともない桁の金銭が保証として渡されたらしい。誠自身の手元に残ったのは、殆ど何もない。誠は恐らくは本気で自分はこれでおしまいなのだと線引きしていて、死ぬつもりでやっていたんだと今更ながらに気がつく。何しろ誠は自分の銀行口座は殆ど解約していて、賠償に当てられるための巨額の金銭をいれた口座1つと自分が持つ不動産資産も売却し賠償に当てるように指示を出していた。それに自分には延命治療は何も行わないようにとも残していたのだ(それを覆して延命治療をさせたのは、実は悠生ではない。何しろ悠生はあの時はまだ誠が、こんな大事な人になるとは思っていなかった。これは表には出せないが、誠の証言を欲しがった警察の方が密かに動いて、これは延命ではなくただの治療と無理を通したのだ。生き残ってみて誠がまるで証言が出来なくなってしまって、警察としては腹を立てたくなるのが分からないでもない部分はここだ)。その癖実は誠は知らない間に悠生名義で幾つか口座を作っていて、正直いうとちょっと引くくらいの貯蓄を悠生には残していたりする。それが弁護士経由で悠生の手元に届いて、悠生が唖然としたのはここだけの話だ。まぁ少しほとぼりが覚めるまでは動かさないでおくが、少なくとも誠を養って2人で暮らすのに何にも問題はない。
そんな話しはさておき、自分は無一文の障害者になり、しかもこれからの誠は他者に何か被害を起こせる能力もない。それは裁判でも認められた事なのに誠を何時までも、家の中にいろと軟禁し続けているのに悠生の方が我慢がきかなくなった。
というか本当は調子がいい時でいいから、俺は誠とデートしたい。
なんて事を密かに耳元で囁かれた誠が、一瞬で茹であげられてしまったのは言うまでもないが。次第に体力を取り戻して何か出来るようにならないかと指を必死に動かし続けている誠を、籠の鳥よろしく家の中だけに閉じ込めておくのに憤ったのは悠生なのだ。何しろ誠は1人で逃亡することもないし今はもう自分に素直に従う天使みたいな人だと警察に向けて宣言されたのには、流石にそれはお前が違うと誠は辿々しく訴えたが。お陰で絶妙に何を言っているんだコイツはという憐れみの視線で、悠生は刑事の風間祥太に眺められていた。
あの刑事…………なんか…………あった気がする…………けど。
残念ながら外崎宏太のことのようには記憶されなかった部分。どうやら警察が欲しがっている失われてしまった方の記憶の中で、風間という男に関する何かがあった気がする。もしかして風間が執拗に今の自分の元に脚繁く通い記憶を確認するのは、それが理由の中にあるのかもしれない。とはいえ思い出せないということは事実なので、過去に自分と風間が何があったかなんてこちらから問いかけるのも不粋だろう。もしかしたらもう一人の辞めてしまったらしい刑事の身内みたいに、自分が過去に知り合いだという可能性もなくはない。かといってそれを指摘しても誠の方が、痛い思いをするだけの状況なのだ。
それにしても…………この身体の人間とデートって何をするんだろう…………
と、誠が悠生の言葉を思い返し、密かに首を傾げてしまったのはここだけの話だ。現代っ子というか最近の若者というか、たまに悠生が考えていることとかやることには誠は歳なのかついていけないでいる。この間の『舐めたい』にも本当に慌ててしまったし……。それに、今こうして駅前の大通りまで散歩がてらと連れ出されたのにも誠としては少し戸惑う。
「だって、誠がショーケース見てみたいって言ったから。」
確かに仁聖が差し入れてくれたケーキが、とても美味しかったと言ったのは自分だ。それを素直に告げたら悠生も食材を買い物に出た後に、様々なケーキを買って帰ってきてくれるようになった。実は誠自身が、子供の頃から余り菓子というものを食べた経験がない。育ちのことは余り話したくはないが、誠はそういうものを与えられる環境にいなかったし、甘いものどころか普通の食べ物だって録に与えられなかった。それに大人になってからは食べる機会がなかったわけではないけれど、味わうこともなく興味無さそうにつつき回したりはした記憶はあるけれど。だからこうして改めて目の前に自分の物だよと差し出されオズオズと口にしたら、その鮮明な甘さに驚いたのだ。それが余りにも種類が豊富でどれも綺麗だったからショーケースに並んだのを見たら凄いだろうなと思ったのも確かに口にした。そして素直にそれを口にしたら、何故か今日になってお出かけの準備だよと防寒具を着せられて、外用の車椅子に初めて乗せられたわけで。そしてユッタリとした街の喧騒を聞きながら車椅子を押してくれるワンコのような千切れんばかりに尾を振りまくっている悠生と一緒に、こうして駅前までやって来たのである。
「でも、悠生。おみせ車いす、へいき?」
仁聖が以前に飲食スペースもある店舗のケーキだと聞いたし、その店は人気の店なんだよとも話していたのはおぼえている。だから、車椅子の自分が急に訪れたら店の迷惑になるのではと思って肩越しに見上げ問いかけてみるが、悠生は賑やかに大丈夫だよと微笑みかけてきた。どうやらもう既に事前に仁聖が、店に誠が行っても大丈夫なのか聞いてくれているらしい。
そう言う手回しの良さってのは、慣れてるのかなぁ
なんて事をふと考えてしまうが、端と気がつけば仁聖のしたのは社会的弱者である障害者への気遣いというやつに慣れも何もあったもんでもない。それにしても悠生の友達とはいえ、そんなことまでしてくれる仁聖は親切というか、気がいいというか。そんなことを考えていたら、人通りの多い大通りから小道を折れてしまう。どうやら目的の店は大通りに面した店ではなくて、通りを避けた場所だったらしい。そう気がついた視線の先に木製の深い碧色のドアが見えて、扉には滑らかな文字で『茶樹』と書かれているのが見える。
「…………………………ちゃ、のき…………。」
「あれ、読めちゃうの?誠。」
悠生は自分は1度では読めなかったと笑うけれど、誠には何だか少しだけイヤーな予感がするのは何故だろうか。いや、正直に言うと嫌な予感というよりも、これはもう嫌な事態になる確信と言うかなんと言うか。何度も言っているが、今の誠の言葉が拙いのは脳の障害だから仕方がないことなのだ。でもかと言って頭の動きまでは完全に落ちたわけではないと思うし、ある程度には関連付ける記憶はハッキリしていて思い出せる訳である。そして『茶樹』という名前を知っているのはここが特定の人間の身近な場所と関連付けられる場所だったからで、その人間の記憶は前にも言ったが残念なことに誠の頭から全く消えなかったと以前も話した。
「ゆ、ぅき、かえる。」
「え?」
慌ててそう告げた時には既に遅くて悠生は深碧のドアを開いているし、軽やかなドアベルは涼やかな音を立てて鳴り響いている。もっと早くさっさと帰ると言えば良かった。今や猫系彼氏と称された自分の気まぐれと完璧なワンコ系彼氏になった悠生なら、何とか誠が具合が悪いとか訴えていれば即時で撤退してくれた筈なのに。
「いらっしゃいませー。」
「あ、誠さん。来た!」
店内のカウンターに常連らしい仁聖がいて、カウンターの中の少し年上のピンとしたコックコートの青年と談笑していたい。クルリとスチールを回して立ち上がり歩み寄ってくる仁聖の身体で奥は遮られて見えないけれど、なんでかどっと冷や汗染みた汗が溢れているのが感じられる。
「あれ、誠さん、顔色悪い?」
「ええ?誠、大丈夫?」
「え?大丈夫?奥のソファ-なら横になれるよ?」
三者から歩み寄られ問いかけられるが、誠は奥には行かないとプルプル首を振る。辿々しい言葉で具合は何ともないと訴えて光の加減だと誤魔化しているけれど、実は仁聖で見えないカウンターの先から何となく肌を刺すような視線が存在していて。店内には他には客が居なさそうなのに、人気店なんじゃなかったか?せめてもう少し人が居たら、この肌に突き刺さる視線から隠れられそうなのに。それでも悠生が少し車椅子を動かしカウンターが上手く見えなく動かしてくれたから、少しだけ安堵する。
「ほら、誠、ショーケース見える?」
纏わりつくようにして誠の世話をしているキラキラした瞳の邑上悠生をこうして見ていると、もう邑上誠にはそうとしか思えないようになってきつつある。ほぼ作り込まれた笑顔の仮面しか見せなかった父親の祐市とは全く違い、悠生は感情の起伏が表に出やすくて。怒ったり不満げになったり、幸せそうに笑ったり。本当にクルクルと変わる表情を興味深く眺めていたりする。いや、もしかして祐市も普通の家庭に育てば…………といって悠生が普通の家庭に育っている訳ではないけれども、少なくとも市玄の代用品として育てられるよりは遥かに普通だ…………こんな風に豊かに感情表現したのかもしれない。そんな悠生が恋人同士と宣言してからというものの、完璧に纏わりつきじゃれつく犬のように見え始めたのはここ最近。誠が怒ったり不貞腐れたりするとシュンと萎れた耳が見える気がするし、今は今で…………
「まーこと?ね、寒くない?」
そう言いながら顔を覗き込んでくる悠生の頭には、やはりピンと立ち上がった犬の耳が見えた気がする。当然パタパタと揺れる尾も幻とはいえ見えた気がするのは言うまでもない。それにしてもこれまでの記憶にある絶妙な嫌いオーラと今の大好きオーラの出し方を見ていると、どうにも柴犬とか秋田犬とかのように誠には見えてしまう。基本的に悠生が日本犬種に見えるのは、悠生の友人の榊仁聖がどう見ても少し間の抜けたところのあるゴールデンとかの洋犬の大型犬種に見えてしまうからだ。で、誠がこんなことを考えるのは、2人が勝手に自分を猫だ猫だと『猫科動物』扱いするからに違いない。別に自分は猫のように逃げ回っているつもりじゃないし、慣れない相手だったから少し距離を置いていただけなのだ。でもそう言うと、それが猫っぽいなんて2人で笑うので、誠はその点は相手にしないことに決めた。(でも仁聖の彼氏だという白い虎みたいな彼氏というのは、少し見てみたい。仁聖より年上だというし、もしかしたらプロレスラーみたいな青年と交際しているのかと興味はあるのだ。でももし相手がプロレスラーみたいなガタイだと、どっちがネコなんだろうかとは思う。まぁ体格でどっちがタチでどっちがネコと決まるわけではないけれど。)それなのに相手にしないと決めた誠の行動が、余計猫っぽいとか言われるのは本当は凄く不本意なのだけれども。
「誠ってば?大丈夫?」
無視していたわけではないのだけれど、背後から肩越しにグイグイと身体を乗り出して顔を覗き込んでくる悠生の顔が凄く近い。まるで肩越しに頬にキスでもされてしまいそうだなんて考えてしまうのに、思わず自分は何を考えてしまうんだろうと頬を染めてしまう。何だか誠が思ったことを何もかも包み隠さず話すようになったら……勿論言葉に出来ない部分はあるか、それでもなるべく思ったことは口にするようにしている…………、尚更悠生は誠が『好き』とアピールを重ねるし誠も絆されてしまっている。何しろ悠生は『好き』と誠が返すと、心底幸せそうに笑うし飛び付くようにして抱きついてもくるのだ。そんなのはちょっと……いや、本当は凄く誠としても嬉しいし、誠だけだと悠生から言われるのにはジィンと胸が暖かくなる。
「寒くない?」
「ん。」
必死に覗き込んで問いかけてくる悠生に、少しだけ首元のマフラーに顔を埋めるようにして誠は頬が赤くなるのを隠しながら小さく頷く。恐らく誠の顔が赤いのは、既に悠生には当にバレているのは分かっている。それが熱があるとかでなくて、誠としてはただ単に悠生から恋人として大事にされ過ぎているこの状況が、まだどうにも恥ずかしくて慣れないからで、気がつくと直ぐに顔が赤くなってしまうのだ。
赤面症だった訳じゃないんだけどな…………
そう思うがあっという間に顔に熱が集まって、気がつくと顔だけ熱くて。当然目の前でそれを見ている悠生は、それも気がついているだろうけれど、そこはあえて指摘しないでくれる。フワフワのマフラーに顔を埋めていた誠の顔を見つめて、悠生の手がしなやかに延びてきて誠の襟元を整えて改めて外気に晒されないように前を整えてくれていた。
誠と悠生が2人で暮らし初めて1ヶ月が過ぎ。
本当なら警察としては誠が、こうして外に出るのは喜ばれないのは分かっている。けど、それに関して悠生が一生家に籠れって言うのかと刑事の風間祥太に唐突に噛みついたのは先日の事だ。誠としては別段無理をしてとは思わなかったのだが、既に事件の公判が終わり責任能力がないとされた上に、まだこの状態になる前の誠が可能な限りの保証をあの事件の時の被害者にはしていた。まぁそれ以外にも何人も被害者はいるのかもしれないが、少なくともあの店で見つかった数人には見たこともない桁の金銭が保証として渡されたらしい。誠自身の手元に残ったのは、殆ど何もない。誠は恐らくは本気で自分はこれでおしまいなのだと線引きしていて、死ぬつもりでやっていたんだと今更ながらに気がつく。何しろ誠は自分の銀行口座は殆ど解約していて、賠償に当てられるための巨額の金銭をいれた口座1つと自分が持つ不動産資産も売却し賠償に当てるように指示を出していた。それに自分には延命治療は何も行わないようにとも残していたのだ(それを覆して延命治療をさせたのは、実は悠生ではない。何しろ悠生はあの時はまだ誠が、こんな大事な人になるとは思っていなかった。これは表には出せないが、誠の証言を欲しがった警察の方が密かに動いて、これは延命ではなくただの治療と無理を通したのだ。生き残ってみて誠がまるで証言が出来なくなってしまって、警察としては腹を立てたくなるのが分からないでもない部分はここだ)。その癖実は誠は知らない間に悠生名義で幾つか口座を作っていて、正直いうとちょっと引くくらいの貯蓄を悠生には残していたりする。それが弁護士経由で悠生の手元に届いて、悠生が唖然としたのはここだけの話だ。まぁ少しほとぼりが覚めるまでは動かさないでおくが、少なくとも誠を養って2人で暮らすのに何にも問題はない。
そんな話しはさておき、自分は無一文の障害者になり、しかもこれからの誠は他者に何か被害を起こせる能力もない。それは裁判でも認められた事なのに誠を何時までも、家の中にいろと軟禁し続けているのに悠生の方が我慢がきかなくなった。
というか本当は調子がいい時でいいから、俺は誠とデートしたい。
なんて事を密かに耳元で囁かれた誠が、一瞬で茹であげられてしまったのは言うまでもないが。次第に体力を取り戻して何か出来るようにならないかと指を必死に動かし続けている誠を、籠の鳥よろしく家の中だけに閉じ込めておくのに憤ったのは悠生なのだ。何しろ誠は1人で逃亡することもないし今はもう自分に素直に従う天使みたいな人だと警察に向けて宣言されたのには、流石にそれはお前が違うと誠は辿々しく訴えたが。お陰で絶妙に何を言っているんだコイツはという憐れみの視線で、悠生は刑事の風間祥太に眺められていた。
あの刑事…………なんか…………あった気がする…………けど。
残念ながら外崎宏太のことのようには記憶されなかった部分。どうやら警察が欲しがっている失われてしまった方の記憶の中で、風間という男に関する何かがあった気がする。もしかして風間が執拗に今の自分の元に脚繁く通い記憶を確認するのは、それが理由の中にあるのかもしれない。とはいえ思い出せないということは事実なので、過去に自分と風間が何があったかなんてこちらから問いかけるのも不粋だろう。もしかしたらもう一人の辞めてしまったらしい刑事の身内みたいに、自分が過去に知り合いだという可能性もなくはない。かといってそれを指摘しても誠の方が、痛い思いをするだけの状況なのだ。
それにしても…………この身体の人間とデートって何をするんだろう…………
と、誠が悠生の言葉を思い返し、密かに首を傾げてしまったのはここだけの話だ。現代っ子というか最近の若者というか、たまに悠生が考えていることとかやることには誠は歳なのかついていけないでいる。この間の『舐めたい』にも本当に慌ててしまったし……。それに、今こうして駅前の大通りまで散歩がてらと連れ出されたのにも誠としては少し戸惑う。
「だって、誠がショーケース見てみたいって言ったから。」
確かに仁聖が差し入れてくれたケーキが、とても美味しかったと言ったのは自分だ。それを素直に告げたら悠生も食材を買い物に出た後に、様々なケーキを買って帰ってきてくれるようになった。実は誠自身が、子供の頃から余り菓子というものを食べた経験がない。育ちのことは余り話したくはないが、誠はそういうものを与えられる環境にいなかったし、甘いものどころか普通の食べ物だって録に与えられなかった。それに大人になってからは食べる機会がなかったわけではないけれど、味わうこともなく興味無さそうにつつき回したりはした記憶はあるけれど。だからこうして改めて目の前に自分の物だよと差し出されオズオズと口にしたら、その鮮明な甘さに驚いたのだ。それが余りにも種類が豊富でどれも綺麗だったからショーケースに並んだのを見たら凄いだろうなと思ったのも確かに口にした。そして素直にそれを口にしたら、何故か今日になってお出かけの準備だよと防寒具を着せられて、外用の車椅子に初めて乗せられたわけで。そしてユッタリとした街の喧騒を聞きながら車椅子を押してくれるワンコのような千切れんばかりに尾を振りまくっている悠生と一緒に、こうして駅前までやって来たのである。
「でも、悠生。おみせ車いす、へいき?」
仁聖が以前に飲食スペースもある店舗のケーキだと聞いたし、その店は人気の店なんだよとも話していたのはおぼえている。だから、車椅子の自分が急に訪れたら店の迷惑になるのではと思って肩越しに見上げ問いかけてみるが、悠生は賑やかに大丈夫だよと微笑みかけてきた。どうやらもう既に事前に仁聖が、店に誠が行っても大丈夫なのか聞いてくれているらしい。
そう言う手回しの良さってのは、慣れてるのかなぁ
なんて事をふと考えてしまうが、端と気がつけば仁聖のしたのは社会的弱者である障害者への気遣いというやつに慣れも何もあったもんでもない。それにしても悠生の友達とはいえ、そんなことまでしてくれる仁聖は親切というか、気がいいというか。そんなことを考えていたら、人通りの多い大通りから小道を折れてしまう。どうやら目的の店は大通りに面した店ではなくて、通りを避けた場所だったらしい。そう気がついた視線の先に木製の深い碧色のドアが見えて、扉には滑らかな文字で『茶樹』と書かれているのが見える。
「…………………………ちゃ、のき…………。」
「あれ、読めちゃうの?誠。」
悠生は自分は1度では読めなかったと笑うけれど、誠には何だか少しだけイヤーな予感がするのは何故だろうか。いや、正直に言うと嫌な予感というよりも、これはもう嫌な事態になる確信と言うかなんと言うか。何度も言っているが、今の誠の言葉が拙いのは脳の障害だから仕方がないことなのだ。でもかと言って頭の動きまでは完全に落ちたわけではないと思うし、ある程度には関連付ける記憶はハッキリしていて思い出せる訳である。そして『茶樹』という名前を知っているのはここが特定の人間の身近な場所と関連付けられる場所だったからで、その人間の記憶は前にも言ったが残念なことに誠の頭から全く消えなかったと以前も話した。
「ゆ、ぅき、かえる。」
「え?」
慌ててそう告げた時には既に遅くて悠生は深碧のドアを開いているし、軽やかなドアベルは涼やかな音を立てて鳴り響いている。もっと早くさっさと帰ると言えば良かった。今や猫系彼氏と称された自分の気まぐれと完璧なワンコ系彼氏になった悠生なら、何とか誠が具合が悪いとか訴えていれば即時で撤退してくれた筈なのに。
「いらっしゃいませー。」
「あ、誠さん。来た!」
店内のカウンターに常連らしい仁聖がいて、カウンターの中の少し年上のピンとしたコックコートの青年と談笑していたい。クルリとスチールを回して立ち上がり歩み寄ってくる仁聖の身体で奥は遮られて見えないけれど、なんでかどっと冷や汗染みた汗が溢れているのが感じられる。
「あれ、誠さん、顔色悪い?」
「ええ?誠、大丈夫?」
「え?大丈夫?奥のソファ-なら横になれるよ?」
三者から歩み寄られ問いかけられるが、誠は奥には行かないとプルプル首を振る。辿々しい言葉で具合は何ともないと訴えて光の加減だと誤魔化しているけれど、実は仁聖で見えないカウンターの先から何となく肌を刺すような視線が存在していて。店内には他には客が居なさそうなのに、人気店なんじゃなかったか?せめてもう少し人が居たら、この肌に突き刺さる視線から隠れられそうなのに。それでも悠生が少し車椅子を動かしカウンターが上手く見えなく動かしてくれたから、少しだけ安堵する。
「ほら、誠、ショーケース見える?」
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