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間章 ソノサキの合間の話
間話91.悲しい恋の結末
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邑上誠の体内に怒張のを埋め込んでしまってから、もう邑上悠生の頭の中は理性の欠片すらなくただの獣に成り下がってしまっていた。まだ病み上がりで本来の体力もないのが分かっていた筈なのに、うねり絡み付く体内の熱さと心地よさに無理矢理に怒張を根本まで埋め込んでいる。本来ならそこに埋め込む筈の器官ではないのも、誠がどんなに義理の父や兄にそれを強いられて嫌々受け止めてきたかもちゃんと理解していたつもりだったのに。
凄い……どうしよう、気持ちいい
包み込まれ先端に吸い付くような快感に、腰が一向に止まらない。しかも先端が奥の肉を掻き分けて、深々と嵌まり込んだ感覚がした途端に嵌められている誠の反応がガラリと変わったのだ。さっきまで指で絶頂に押し上げられたのとは雲泥の差の艶やかさに、快感に薔薇色に頬を染め息も出来ないと言うように喘ぐ。まるでそこが気持ちいい場所なのだと全身で示すみたいに、ハクハクと喘ぎながら下折たつ陰茎から蜜を溢れださせていく。
「あ、ひ……あぁ、あ、あぁ!!あ!」
グポッグポッと体内で何かに引っ掛かりながら出入りする感覚。それがなんと表現したらいいのか分からない程気持ちいいし、そこを擦る度に誠が快感に蜜を吹き出している。
ヤバい……止まらない……可愛いっ……
自分に組み敷かれ喘ぎ続ける誠は、繊細な硝子みたいに脆くて、花のように綺麗で可愛い。堪らなく愛おしくて何度も何度も口から可愛いと溢れだす言葉に、誠は眉をしかめて快感に堪えようとするみたいに震えていて。まるで言われるのが気持ちいいと全身で示しているみたいに見えて、悠生は満ち足りた幸せに包まれてしまう。どんなに誠が祐市に心を傾けていても、今ここで誠を自分の物にしているのは悠生だ。そしてその悠生の言葉に誠は反応して、強い快感に身悶え震えている。
「誠、好き、可愛い。ほんと、凄い好き。」
囁く声に誠はフルフルと頭を振って、恥ずかしいのか必死に声を堪えようと手で口を塞ごうとする。そんなことをされたら仕草がとっても可愛い上に、誠の細い腕を悠生が掴んで押さえ込み覆い被さる口実になるだけだ。身体を押し潰す勢いで腰をズンッと押し付けて、覆い被さる耳元にわざと唇を押し当ててやる。
「好き……誠、もう、いきそう。いっていい?」
奥深く捩じ込みながら腰を回す動きで、誠がガクガクと全身を奮わせているのが感じられる。ここが気持ちいいところなんだと確かめるみたいに悠生が前後に腰を動かすのにあわせて、誠は何度も何度も水にしか見えない体液を吹き溢す。もう言葉にならない声で掠れた悲鳴を上げる誠の奥深くに、悠生が歓喜の白濁を注ぎ込んだのはそれからほんの数回突き上げた後の事。
流石にズルリと中から陰茎を抜き取った後、溢れだしてきた自分の精液と淫らに開ききった誠の穴を目にやりすぎたとは悠生も思った。何しろ初めて同性でのセックスに及んだ訳で手加減も何も分からないし、誠は経験があるとは言え記憶もなくしている上に入院の数ヵ月は全く性行為自体がない。それでも達しきってクタッと弛緩している誠の姿に、悠生は自分がそうしたのだと言う優越感に満たされてもいる。
「誠……大丈夫?」
そっと抱き寄せ耳元で問いかける声に、ボンヤリしていた誠がボォッと頬を染めて顔を背ける。それがなんともいじらしくて可愛く見えて、思わず悠生は動けないでいる誠を抱き締めてしまう。
「可愛い……そんな、恥ずかしい?誠…………。」
こんなに相手が可愛いくて愛しいなんて、これまでなかったと思う。一応何人かセックスした女性はいるけれど、誠は比較にならないくらい色っぽくて凄く淫らだ。しかもまるで初めてみたいな恥じらいが垣間見えて、それが途轍もなく可愛いなんて。思わず耳元でキスしていい?といつもの癖で問いかけるのに、誠は驚いたように目を見張り悠生の顔を真正面から見つめていた。
あれ?
これ迄と違う誠の視線に、悠生は戸惑いを覚える。これまでなら祐市は何を言ってるんだろうと言う戸惑いの顔はしたけれど、こんな風にあからさまな驚きの視線ではなかった筈だからだ。何かあったんだっけ?もしかして、セックスしたのになんでまだ聞くの?ってことなのだろうか?それなら聞かなくてもこれからはキスしても許して貰えるだろうか?そんな都合のいい事を考えた悠生に向けて、誠の口から出たのは想定外の一言。
「お前………………誰?」
※※※
違和感。それは気がついてしまえば、どうにもならないものだ。と言うよりもなぜこれまで気がつかなかったのかと問われれば、簡単だ。顔は祐市そのものと言っていいほど、目の前の青年の顔は『邑上祐市』と瓜二つなのだから。でも、身体は偽れない……と言うよりも年月は偽れない。
たって…………祐市は、僕より歳上だ…………
気がついてしまえば、その現実から目は背けられない。頭の中の声が口にしていた噛み合わないだろうと言う言葉の意味は、簡単なことだった。何しろあの女が死んだ事をちゃんと誠は記憶していた。
噛み合わないのは時系列
幾ら記憶をなくしていても、あの辺りの記憶は繋げていけば思い出せる。祐市の惚れた女が死んだのは、祐市より後の事。そう、自分が全てを捧げてもいいと思った筈の邑上祐市は、あの女よりも憎らしくおぞましい市玄よりも遥かに以前の事なのだ。だからどんなに誠が祐市と暮らしたくても、それは不可能なのは言われなくても分かることだった。
なら、この青年は誰だ?
祐市に他に親戚がいたのかどうかは知らない。祐市があの男と養子縁組をする羽目になった経緯を、誠は祐市から何一つ聞かされていないからだ。それに祐市が市玄の息子になったのは、自分より遥かに押さない頃だとも言う。だから、生き別れの弟とか親戚の可能性と言われれば、無いとは言えない。でも、こんな風に自分の世話をするような必然性はないはずなのに、この青年はまるで家族のように自分の混乱した呼び掛けも受け入れて世話をしていた。
まるでそれでも仕方ないと言うみたいに
値踏みするような視線を向けられて、目の前の青年は可哀想な位に青ざめていた。誰だと問いかけられたのが、そんなに衝撃だったのかとは思う。それでも祐市のふりをして世話をしていたのも、こんな風にあっという間に激しい快楽に押し上げられてしまったのも含めて、素性も分からない青年とは一緒にいられ…………。
「え………………。」
思わず誠がそんな珍妙な声を溢してしまったのは、目の前に座っている青年が唐突に大粒の涙を溢し始めたからで、その涙は泣き声を伴わない誠がよく知る泣き方だった。ハラハラ、ホロホロと大粒の涙が音を立てて頬を伝い、逞しくて整った太股やその上に握りしめられた拳に落ちていく。見惚れてしまうほど綺麗な涙が溢れていくのに、誠は戸惑いなんと声をかけたらいいのかとみっともない程に慌てている自分に気がつく。
なんだ、これ、これは…………
確りしなくてはと自分の頭の中で繰り返すのに、目の前の青年の泣き顔が祐市の顔だからなのか戸惑ってしまう。いや、そうじゃない。祐市は自分の前でこんな風に泣くことはなかったし、祐市が泣いたのを見たのは後にも先にも一度きり。それは祐市の最愛の女性が、言葉にすることも出来ない状態で市玄に弄ばれているのを知った時の事。それに祐市は誠に泣いているのを見られたことすら知らない筈だ。それなのに目の前の泣き顔は、何故か何度も何度も繰り返し誠が見ていたものだった。
なんで、なにが?なんで?
止まらない。どうにかして泣き止ませてやりたいのに。それになんで声を出さない?もう声を出して泣いてもいいのに。いや簡単だ、声を出して泣くと煩いと誠が何度も怒鳴り付けてしまったからだ。子供なんて育てたことがない誠には、泣いている子供を泣き止ませる方法なんて分からない。だから『煩い』と怒鳴り付けるしか出来なかったから。
そんな………………
自分は一体何を考えているんだろう。いや、でもこの泣き顔を何度も何度も見て、そして何度も後悔もした。もっとちゃんと自分が親として育ててやれたらと。何とかしてもっと幸せにしてやれないのだろうかと。でもあれはほんの子供で、誠がその気になれば腕に抱き締めて抱き上げてやることだって簡単なことだった。でも、目の前にはどう見ても痩せ衰えた誠より、均整がとれた見事な筋肉をした若々しい肉体の…………
「ゆ、…………ぅ……き?」
パチリと目の前で驚きに瞬く瞳から、パタパタと涙が降り落ちていく。あぁ、どうしよう、その名前を口にしたら、彼の事はもうそうとしか見えない。困惑する誠の事を穴が空く程に真っ直ぐに見詰めて、均整のとれた見事な身体をした祐市の顔の青年の顔がクシャリと歪む。
「も、いっかい、…………誠。」
何を彼が強請っているのかは、もう言われなくても分かってしまう。誠が混乱で誤解して呼び続けた自分の父親の名前でなく、ちゃんと自分の名前を呼んでと濡れた瞳が訴えている。そしてその願いを叶えてしまったら自分が今何をしてしまったか認めてしまうことになるのに、それを拒絶する力が誠にはもうない。
「ゆう、き。」
悠生。自分が引き取った祐市の息子。大事な祐市の忘れ形見で、誠がずっと育ててきた大切な子供。悠生には一向に伝わらなかったけれど、誠が大事だと思っていて守りたくて。それなのにその悠生にあんな風に激しく抱かれて、自分はどうしたら
「まことぉ!!!」
考えようとしたのに、尚更涙を溢れさせて悠生が力強く抱き締めてきたのに息が詰まってしまう。何しろどう見ても誠の方が貧弱な貧相な身体をしている訳で、若く瑞々しい筋肉で生命力に溢れた悠生の腕力に抵抗のしようがない。必死に踠き腕の主に何とか言おうとするのだけれど、逆に自分にしがみついて声を殺している悠生に誠は気がついてしまう。こうして昔と変わらず声を出さずに泣き続ける悠生は、子供の頃から何一つ変わらないまま。もうお前はそうしなくていいんだと伝えなくてはと、成長していく悠生に誠は何度も言おうとしていたのに。
「…………ゆ、ぅき。」
しかも今の自分ときたら言葉も自由にならなくなって、子供の悠生…………記憶が曖昧だけれと彼が本当に成長した悠生なのだとしたら、自分は一体幾つになっているのだろうか。これまた計算の能力まで落ちていて気が滅入るけれど、結果的に自分は逆に悠生の世話がないと生きていけない状態なのだ。そんな情けない状態になるなんて、そう思うけれど、それより何より今言わないと。
「ないて、いいから、声だして泣いてもいい、んだ。」
本当はそう言って泣かせてやるべきだったのだと思う。子供の頃もそう言って泣かせてやるべきで、それ以外に出来たのは今悠生がしているみたいに抱き締めてやればよかったのだ。そう思うと伝えてやりたいけれど、言葉が上手く紡げない。だから出来る事だけをするしか今の誠にはなくて、拙い言葉で伝えて上手く動かない手で抱き締め返す。その仕草に突然悠生はビクリと大きく身体を奮わせたかと思うと、悠生を育ててから初めて聞く大きな嗚咽を溢して泣き始めていた。
※※※
誠に『誰?』と冷たい声で聞かれた瞬間、世界が真っ暗になった気がした。
誠が切羽詰まっていたのをいいことに、調子に乗って乱暴に誠を組み敷き好き勝手に抱いた罸が当たったのだと思った。抱いたことで誠は記憶がなく訳が分からない状態でも、これで全部自分の物にしたのだと優越感に勝ち誇ってしまった罸なのだ。その罰が誠からの断罪で、しかも今の誠は悠生の事を記憶していない。
誠を…………失っちゃう…………
幼い頃から育ててくれたのに自分の事を思い出してくれない誠に、本当は戸惑っていた。他の被害者の記憶障害の事を聞きていても、実は悠生はどんなに誠が記憶を無くしても絶対に自分の事だけは忘れない筈だと勝手に考えていたのだ。目覚めて幾分悪事の事は記憶がなくても、自分の事だけは記憶していて『連れて帰れ』と命令するに違いないと密かに思っていた。それなのに目覚めた誠は他の被害者より遥かに長い期間の記憶を失っていて、完全に混乱して子供のように泣きじゃくり出して。
にぃさん!!どこ?!いやだ!!たすけて!!!
その悲鳴を初めて聞いた時、これは誰なんだろうと正直思った。目覚めて暴君宜しく自分に向かって命令する筈の誠は?こんな風に子供みたいに混乱して怯えるのは誰なんだ?それなのに自分が部屋に脚を踏み入れた途端に誠は、やっと見つけたと言わんばかりにパァッと安堵の花を咲かせるような微笑みを泣き顔に浮かべて必死に手を伸ばして来たのだ。そんな無垢で儚く見える誠に初めて出逢って、悠生は意図も容易く胸を恋の矢に貫かれてしまった。
にぃさん!!
それなのに誠が真っ先に呼んだのは『悠生』じゃなくて、別の男の名前……しかも既に故人の『祐市』の名前。それでも結果論として誠にはもう自分しか居ないのだから、誠は自分の傍に居るしかない。そう何故か悠生には誠だけは永遠に傍に居てくれるのだと、勝手に思い込んでいた。それなのに調子に乗って誠に我慢できずに触れてしまったら、一番壊してはいけないものを自らの手で粉々にしてしまったのだ。
凄い……どうしよう、気持ちいい
包み込まれ先端に吸い付くような快感に、腰が一向に止まらない。しかも先端が奥の肉を掻き分けて、深々と嵌まり込んだ感覚がした途端に嵌められている誠の反応がガラリと変わったのだ。さっきまで指で絶頂に押し上げられたのとは雲泥の差の艶やかさに、快感に薔薇色に頬を染め息も出来ないと言うように喘ぐ。まるでそこが気持ちいい場所なのだと全身で示すみたいに、ハクハクと喘ぎながら下折たつ陰茎から蜜を溢れださせていく。
「あ、ひ……あぁ、あ、あぁ!!あ!」
グポッグポッと体内で何かに引っ掛かりながら出入りする感覚。それがなんと表現したらいいのか分からない程気持ちいいし、そこを擦る度に誠が快感に蜜を吹き出している。
ヤバい……止まらない……可愛いっ……
自分に組み敷かれ喘ぎ続ける誠は、繊細な硝子みたいに脆くて、花のように綺麗で可愛い。堪らなく愛おしくて何度も何度も口から可愛いと溢れだす言葉に、誠は眉をしかめて快感に堪えようとするみたいに震えていて。まるで言われるのが気持ちいいと全身で示しているみたいに見えて、悠生は満ち足りた幸せに包まれてしまう。どんなに誠が祐市に心を傾けていても、今ここで誠を自分の物にしているのは悠生だ。そしてその悠生の言葉に誠は反応して、強い快感に身悶え震えている。
「誠、好き、可愛い。ほんと、凄い好き。」
囁く声に誠はフルフルと頭を振って、恥ずかしいのか必死に声を堪えようと手で口を塞ごうとする。そんなことをされたら仕草がとっても可愛い上に、誠の細い腕を悠生が掴んで押さえ込み覆い被さる口実になるだけだ。身体を押し潰す勢いで腰をズンッと押し付けて、覆い被さる耳元にわざと唇を押し当ててやる。
「好き……誠、もう、いきそう。いっていい?」
奥深く捩じ込みながら腰を回す動きで、誠がガクガクと全身を奮わせているのが感じられる。ここが気持ちいいところなんだと確かめるみたいに悠生が前後に腰を動かすのにあわせて、誠は何度も何度も水にしか見えない体液を吹き溢す。もう言葉にならない声で掠れた悲鳴を上げる誠の奥深くに、悠生が歓喜の白濁を注ぎ込んだのはそれからほんの数回突き上げた後の事。
流石にズルリと中から陰茎を抜き取った後、溢れだしてきた自分の精液と淫らに開ききった誠の穴を目にやりすぎたとは悠生も思った。何しろ初めて同性でのセックスに及んだ訳で手加減も何も分からないし、誠は経験があるとは言え記憶もなくしている上に入院の数ヵ月は全く性行為自体がない。それでも達しきってクタッと弛緩している誠の姿に、悠生は自分がそうしたのだと言う優越感に満たされてもいる。
「誠……大丈夫?」
そっと抱き寄せ耳元で問いかける声に、ボンヤリしていた誠がボォッと頬を染めて顔を背ける。それがなんともいじらしくて可愛く見えて、思わず悠生は動けないでいる誠を抱き締めてしまう。
「可愛い……そんな、恥ずかしい?誠…………。」
こんなに相手が可愛いくて愛しいなんて、これまでなかったと思う。一応何人かセックスした女性はいるけれど、誠は比較にならないくらい色っぽくて凄く淫らだ。しかもまるで初めてみたいな恥じらいが垣間見えて、それが途轍もなく可愛いなんて。思わず耳元でキスしていい?といつもの癖で問いかけるのに、誠は驚いたように目を見張り悠生の顔を真正面から見つめていた。
あれ?
これ迄と違う誠の視線に、悠生は戸惑いを覚える。これまでなら祐市は何を言ってるんだろうと言う戸惑いの顔はしたけれど、こんな風にあからさまな驚きの視線ではなかった筈だからだ。何かあったんだっけ?もしかして、セックスしたのになんでまだ聞くの?ってことなのだろうか?それなら聞かなくてもこれからはキスしても許して貰えるだろうか?そんな都合のいい事を考えた悠生に向けて、誠の口から出たのは想定外の一言。
「お前………………誰?」
※※※
違和感。それは気がついてしまえば、どうにもならないものだ。と言うよりもなぜこれまで気がつかなかったのかと問われれば、簡単だ。顔は祐市そのものと言っていいほど、目の前の青年の顔は『邑上祐市』と瓜二つなのだから。でも、身体は偽れない……と言うよりも年月は偽れない。
たって…………祐市は、僕より歳上だ…………
気がついてしまえば、その現実から目は背けられない。頭の中の声が口にしていた噛み合わないだろうと言う言葉の意味は、簡単なことだった。何しろあの女が死んだ事をちゃんと誠は記憶していた。
噛み合わないのは時系列
幾ら記憶をなくしていても、あの辺りの記憶は繋げていけば思い出せる。祐市の惚れた女が死んだのは、祐市より後の事。そう、自分が全てを捧げてもいいと思った筈の邑上祐市は、あの女よりも憎らしくおぞましい市玄よりも遥かに以前の事なのだ。だからどんなに誠が祐市と暮らしたくても、それは不可能なのは言われなくても分かることだった。
なら、この青年は誰だ?
祐市に他に親戚がいたのかどうかは知らない。祐市があの男と養子縁組をする羽目になった経緯を、誠は祐市から何一つ聞かされていないからだ。それに祐市が市玄の息子になったのは、自分より遥かに押さない頃だとも言う。だから、生き別れの弟とか親戚の可能性と言われれば、無いとは言えない。でも、こんな風に自分の世話をするような必然性はないはずなのに、この青年はまるで家族のように自分の混乱した呼び掛けも受け入れて世話をしていた。
まるでそれでも仕方ないと言うみたいに
値踏みするような視線を向けられて、目の前の青年は可哀想な位に青ざめていた。誰だと問いかけられたのが、そんなに衝撃だったのかとは思う。それでも祐市のふりをして世話をしていたのも、こんな風にあっという間に激しい快楽に押し上げられてしまったのも含めて、素性も分からない青年とは一緒にいられ…………。
「え………………。」
思わず誠がそんな珍妙な声を溢してしまったのは、目の前に座っている青年が唐突に大粒の涙を溢し始めたからで、その涙は泣き声を伴わない誠がよく知る泣き方だった。ハラハラ、ホロホロと大粒の涙が音を立てて頬を伝い、逞しくて整った太股やその上に握りしめられた拳に落ちていく。見惚れてしまうほど綺麗な涙が溢れていくのに、誠は戸惑いなんと声をかけたらいいのかとみっともない程に慌てている自分に気がつく。
なんだ、これ、これは…………
確りしなくてはと自分の頭の中で繰り返すのに、目の前の青年の泣き顔が祐市の顔だからなのか戸惑ってしまう。いや、そうじゃない。祐市は自分の前でこんな風に泣くことはなかったし、祐市が泣いたのを見たのは後にも先にも一度きり。それは祐市の最愛の女性が、言葉にすることも出来ない状態で市玄に弄ばれているのを知った時の事。それに祐市は誠に泣いているのを見られたことすら知らない筈だ。それなのに目の前の泣き顔は、何故か何度も何度も繰り返し誠が見ていたものだった。
なんで、なにが?なんで?
止まらない。どうにかして泣き止ませてやりたいのに。それになんで声を出さない?もう声を出して泣いてもいいのに。いや簡単だ、声を出して泣くと煩いと誠が何度も怒鳴り付けてしまったからだ。子供なんて育てたことがない誠には、泣いている子供を泣き止ませる方法なんて分からない。だから『煩い』と怒鳴り付けるしか出来なかったから。
そんな………………
自分は一体何を考えているんだろう。いや、でもこの泣き顔を何度も何度も見て、そして何度も後悔もした。もっとちゃんと自分が親として育ててやれたらと。何とかしてもっと幸せにしてやれないのだろうかと。でもあれはほんの子供で、誠がその気になれば腕に抱き締めて抱き上げてやることだって簡単なことだった。でも、目の前にはどう見ても痩せ衰えた誠より、均整がとれた見事な筋肉をした若々しい肉体の…………
「ゆ、…………ぅ……き?」
パチリと目の前で驚きに瞬く瞳から、パタパタと涙が降り落ちていく。あぁ、どうしよう、その名前を口にしたら、彼の事はもうそうとしか見えない。困惑する誠の事を穴が空く程に真っ直ぐに見詰めて、均整のとれた見事な身体をした祐市の顔の青年の顔がクシャリと歪む。
「も、いっかい、…………誠。」
何を彼が強請っているのかは、もう言われなくても分かってしまう。誠が混乱で誤解して呼び続けた自分の父親の名前でなく、ちゃんと自分の名前を呼んでと濡れた瞳が訴えている。そしてその願いを叶えてしまったら自分が今何をしてしまったか認めてしまうことになるのに、それを拒絶する力が誠にはもうない。
「ゆう、き。」
悠生。自分が引き取った祐市の息子。大事な祐市の忘れ形見で、誠がずっと育ててきた大切な子供。悠生には一向に伝わらなかったけれど、誠が大事だと思っていて守りたくて。それなのにその悠生にあんな風に激しく抱かれて、自分はどうしたら
「まことぉ!!!」
考えようとしたのに、尚更涙を溢れさせて悠生が力強く抱き締めてきたのに息が詰まってしまう。何しろどう見ても誠の方が貧弱な貧相な身体をしている訳で、若く瑞々しい筋肉で生命力に溢れた悠生の腕力に抵抗のしようがない。必死に踠き腕の主に何とか言おうとするのだけれど、逆に自分にしがみついて声を殺している悠生に誠は気がついてしまう。こうして昔と変わらず声を出さずに泣き続ける悠生は、子供の頃から何一つ変わらないまま。もうお前はそうしなくていいんだと伝えなくてはと、成長していく悠生に誠は何度も言おうとしていたのに。
「…………ゆ、ぅき。」
しかも今の自分ときたら言葉も自由にならなくなって、子供の悠生…………記憶が曖昧だけれと彼が本当に成長した悠生なのだとしたら、自分は一体幾つになっているのだろうか。これまた計算の能力まで落ちていて気が滅入るけれど、結果的に自分は逆に悠生の世話がないと生きていけない状態なのだ。そんな情けない状態になるなんて、そう思うけれど、それより何より今言わないと。
「ないて、いいから、声だして泣いてもいい、んだ。」
本当はそう言って泣かせてやるべきだったのだと思う。子供の頃もそう言って泣かせてやるべきで、それ以外に出来たのは今悠生がしているみたいに抱き締めてやればよかったのだ。そう思うと伝えてやりたいけれど、言葉が上手く紡げない。だから出来る事だけをするしか今の誠にはなくて、拙い言葉で伝えて上手く動かない手で抱き締め返す。その仕草に突然悠生はビクリと大きく身体を奮わせたかと思うと、悠生を育ててから初めて聞く大きな嗚咽を溢して泣き始めていた。
※※※
誠に『誰?』と冷たい声で聞かれた瞬間、世界が真っ暗になった気がした。
誠が切羽詰まっていたのをいいことに、調子に乗って乱暴に誠を組み敷き好き勝手に抱いた罸が当たったのだと思った。抱いたことで誠は記憶がなく訳が分からない状態でも、これで全部自分の物にしたのだと優越感に勝ち誇ってしまった罸なのだ。その罰が誠からの断罪で、しかも今の誠は悠生の事を記憶していない。
誠を…………失っちゃう…………
幼い頃から育ててくれたのに自分の事を思い出してくれない誠に、本当は戸惑っていた。他の被害者の記憶障害の事を聞きていても、実は悠生はどんなに誠が記憶を無くしても絶対に自分の事だけは忘れない筈だと勝手に考えていたのだ。目覚めて幾分悪事の事は記憶がなくても、自分の事だけは記憶していて『連れて帰れ』と命令するに違いないと密かに思っていた。それなのに目覚めた誠は他の被害者より遥かに長い期間の記憶を失っていて、完全に混乱して子供のように泣きじゃくり出して。
にぃさん!!どこ?!いやだ!!たすけて!!!
その悲鳴を初めて聞いた時、これは誰なんだろうと正直思った。目覚めて暴君宜しく自分に向かって命令する筈の誠は?こんな風に子供みたいに混乱して怯えるのは誰なんだ?それなのに自分が部屋に脚を踏み入れた途端に誠は、やっと見つけたと言わんばかりにパァッと安堵の花を咲かせるような微笑みを泣き顔に浮かべて必死に手を伸ばして来たのだ。そんな無垢で儚く見える誠に初めて出逢って、悠生は意図も容易く胸を恋の矢に貫かれてしまった。
にぃさん!!
それなのに誠が真っ先に呼んだのは『悠生』じゃなくて、別の男の名前……しかも既に故人の『祐市』の名前。それでも結果論として誠にはもう自分しか居ないのだから、誠は自分の傍に居るしかない。そう何故か悠生には誠だけは永遠に傍に居てくれるのだと、勝手に思い込んでいた。それなのに調子に乗って誠に我慢できずに触れてしまったら、一番壊してはいけないものを自らの手で粉々にしてしまったのだ。
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