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間章 ソノサキの合間の話
間話53.夏の終わりに君と
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外崎宏太は幼馴染みだけあって、自分の性格や行動を熟知している。ここまでの行動に藤咲信夫が打って出たのはかなり珍しいことなのだけれど、そこから先が動いていないということまで見透かされてしまっていた。幼稚園からの付き合いの幼馴染みなのだけれど、はっきり言えば5人はまるで性格が違う。
優等生で才色兼備・大和撫子だった鳥飼澪。
明るく気っ風のいい勝ち気な任侠娘の四倉梨央。
冷静沈着な文武両道の完全無欠の外崎宏太。
どう見たってヤンキーなのに侠気で人気の遠坂喜一。
そして、寡黙で人と関わらない自分・藤咲信夫。
その5人が常に戯れ一緒に過ごしていて、まぁ表に見えている性格と自分達の仲間内での性格の違いはさておきだ。それぞれがソコソコ以上に見た目も良かったものだから、周囲からは注目されない訳がない。5人が5人とも常に注目の的ではあったけれども、基本的には喜一や梨央が先にコミュニケーションをとりに行き、澪や宏太がその次に対応する。だから信夫は率先して余り表に出なくても良いと言う立ち位置だった。実は信夫が昔から極度のあがり症でもあるのを知っているから、なおのこと4人は上手いことフォローしてくれていたのだろうと思う。まぁいつまでもそのままでは暮らしていけないと高校生の辺りでは自分でも思うから、モデルなんて性格とはそぐわない人前の仕事に飛び込んでみたわけだが。(ついでに言えば空手に関してはあがり症の治療でもなんでもない、あれは家の家業みたいなもので農家が農業をするのと何にも変わらない。信夫にしてみれば稲作農家が稲を植え育てて刈るのと、日々鍛練を重ねるのは何も変わらないことだと思うわけである。そんな感じに捉えていたくらいだから自分は必要以上の努力もしていないし、残念ながら目標にしていた男が消えたことでやる気も失ってしまった。お陰で期待されていた程の実力を身に付ける訳もなく、自分のよりはヤル気満々だった弟が藤咲道場の跡継ぎになったわけだし。)そういうわけで相変わらず大事なところで、引っ込みじあんとなり籠る性格が今も変わらないとバーベキューの最中に宏太から盛大に笑われてしまったのだ。
最近の宏太は表に感情が出やすくなって、喜一や澪みたいに笑う
昔の宏太は常に能面みたいで、全くもって人間味がないと常に梨央から散々にいわれていた。澪は澪で何時も梨央に人間らしくないとこき下ろされる宏太を庇い、宏太は大器晩成で足りない自分のピースを探している真っ最中なんだと何時も笑っていた。喜一の方はそんなもん、男なんだから感情的になることなんかねーよなんて、自分のことを棚に上げて言っていたくらいだ。でもこうしてみれば澪の言葉が一番正しくて、確かに梨央の言うように人間味がない人物でもあったのだし、これまでの生活をしてくるのには喜一の言う通り感情的になんかなっていられなかっただろう。そんなことを考えながらも、その大器晩成の男に『お前、何やってんの?』なんて呆れ混じりに言われるのは、本当に久しぶりの事だった。
前に同じ様に言われたのは、澪が自分達の前から姿をくらませた時のこと
あの時喜一と梨央は血眼になって澪を探していたけれど、自分と宏太は澪を探さない事にしたせいで暫く2人と縁が切れてしまったくらいだ。でもあの時自分は探し歩いて人に聞き歩く喜一達のような行動がまだできない
と宏太に密かに打ち明けたし、宏太は宏太で澪は理由があって消えたのだろうからあえて探さないと話したのだ。
あの時探せていたら違ったかどうかは分からない。
社会に出て様々な経験を重ねて自分に上手く嘘をつく方法も身に付けて、今になればきっと澪を探し歩くことはできるに違いない。それでも澪自身が既に故人となっていて墓に入っていると澪の息子から知らされた今になって、自分の意気地のなさをこうして考える機会が増えたのには笑えてしまう。
そうこうしている内澪がいなくなって何も変わらなかった筈のものが、澪の息子と自分達が再開したことで緩やかに時を進め始めた気がする。澪が当の昔に死んでいて、澪を一番探し出したがっていた喜一が死に、そして梨央は澪の息子と結婚して子供ができた。そして澪が大器晩成だと言っていた宏太も、まぁ同性というのはひねくれものの宏太らしいが最愛の人を見つけて人間らしく笑うようになる。
俺は……どうなんだろう…………
変わっているのか何も変わらないのか、自分のことを振り返って考えてしまう。そんなことを何時もクヨクヨ考えてしまう自分を、昔から時には鼻で笑い時には激怒して張り合うように追いかけてくるのが江刺家八重子だった。幼い頃に体を壊して自身の道場を畳んだと言う江刺家氏の孫娘、江刺家が指南役として藤咲道場に来ていたのに着いて来たリアル日本人形。それが信夫の持つ最初の八重子の記憶だ。そんな見目麗しく可愛らしい人形めいたお嬢様のイメージだったのに、次にであった時には何故か小型の狩猟犬よろしく全力で噛みつかれ、信夫はコイツは『苦手』な存在と判定したのだ。そうなればなるべく接触を避けるのだし、元々年もかなり違うからもう会わない筈。そう思っていたのに何故かそこから信夫と八重子は、他の幼馴染みとタイを張る程の長い付き合いになるなんて思いもしなかった。男女の大会は同じ会場でも時間が異なるから、鉢合わせなんかする筈がないのに何故か常々鉢合わせる。その大会には出てこない時いていたのに、信夫が行くと必ず鉢合わせてしまう。何でだ?と思うけれども、見事なほどの遭遇率に端から示しあわせているんじゃないかと言われたくらいだ。当時の信夫としたら会うと必ず噛みついて吠えられるものだから、出きるだけ会いたくない相手ナンバーワンだったのは言うまでもない。
そしてそれまで空手の目標にしていた氷室優輝が表舞台からフッツリ姿を消したことで、全く目標どころかやる気まで失った信夫が新しい人生の舞台として選んだのがモデル。これで八重子との縁も切れたと思ったのに、本の数ヵ月もしないうちに八重子は和美人系のエキゾチックさを売りに彗星のようにモデルデビューした訳だ。空手大会での犬猿の仲はモデル業界でも継続されてしまい、誰もが憧れるランウェイの手前で口喧嘩になったことまである。
なんでだろう、なんでこんなに嫌われてんだか?
そう常に思いながら過ごしていたし、同時に他のモデルからのやっかみのせいで信夫自身が表舞台がつくづく嫌になって。そうして実は男らしい外見のわりに『実はオネエ』なんですがと、逃げに入ったのが20年近く前になる。それでも元来の体育会系気質で周囲から頼られると嫌と言えないから、困っている後輩モデル達の受け皿にと芸能会社を立ち上げたらアレヨアレヨとここまで来てしまった。そうしている内に何故か八重子の方は男もののファッションブランドなんてものを立ち上げていて、今度はクライアントとして目の前に立ちはだかったのだ。
でも、流石に互いに年を取ったせいか、昔ほど八重子は噛みついても来ない。
勿論社長になったくらいなのだから、提供するものは品質も価値も上等で渡り合う気質は変わらない。でも以前と違うのは信夫の提供するものはもう自分自身ではなく、他所様の子供やらの他人なわけで。向いていない筈の人前に出る仕事とは形は違うが、他人を商品として提供する立場になってから随分と八重子との関係は変わっていく。
あの子さ?結構苦労してんのね
そんな風に八重子が自ら話しかけてきたのは源川仁聖(榊仁聖に変わったのは知っているが、当時はまだ源川だったから一応。)のことで、親もいなくて服も殆んど持ってない事を聞いた八重子は自分のプロデュースの服を個人的にプレゼントしても言いかとコッソリと問いかけてきたのだ。仁聖自身は今まで被服に興味がなかったのと高校生は制服で大概が済むからだと話していたが、何気なく話していて両親がいないことやら今は恋人と暮らす資金を貯めるためにバイトをしているなんてことをサラッと話したらしい。仁聖自身には別に他意はなくて、そういう暮らしなだけといいたかったのだろうが、八重子の心にはガツンと来たことだったらしい。
私さぁ、そういうのって小説だけの話かなーって勝手に思っててさ。
そう何故か2人で飲みに行き泣き上戸で鼻水をすする八重子を眺め、信夫は初めて八重子に『案外優しい女なんだな』と感動したのだ。そこから2人は何故か事あるごとに2人で酒を飲みに行き思った以上に互いの好みが似かよっていて、食べ物の嗜好も酒の好みも心地良い位に噛み合うのに気が付く。
信夫ともっと早く飲みに行けばよかったわ。
カラカラと笑いながらそう言う八重子に、信夫も自分もそう思うと心の中で返答しておく。そうしてドンドン2人の関係は親密で気のおける関係に変わって、時には八重子の方から協力を申し出て高橋至の件では世話にもなった。そうこうしている内にふと気が付いたのだ、八重子は良い女でそうそう出会えない存在なんじゃないかと。
と、思ったんだが…………
そう幼馴染みに相談の言葉を持ちかけた信夫に、暫し目の前の外崎宏太は無言になっていて。その後時々見せるあの底意地の悪い口角だけをあげる笑みを作り、(昔はそんな笑い方はしなかったのに、宏太が調教師なんてとんでもないモノを仕事として選択した辺りから覚えたのだ。絶対これは久保田惣一を見て覚えたんだろうと思っているが、惣一は余りそう言う笑い方はしないので謎である。おまけとして話すが久保田惣一とは宏太が云々以前に信夫自身が先に知り合いで、モデル時代に惣一の店に連れていかれた事がある。何度か店に連れていかれたが個人的にはSMに全く興味がなく、奥の部屋には一度しか入ったことがない。連れていかれても表のバーで飲んでいることの方が多くて、逆にバーテン替わりをしていることのあった惣一と話す機会が多かった訳である。)で?と意味ありげに言ったのだ。
で?俺に何をしろって?
いやいや、何かをして貰いたいわけではなく、この相談の答えを返してほしかったんだが。と思ったら恋愛相談なんか俺にする馬鹿がいるかと、至極真っ当な答えで一刀両断されてしまった。何しろ今では過去の話だが、死んだ妻・外崎希和との政略的結婚では、宏太は何一つ相手の事を知らない状態で彼女の社長の女婿という立場を上手く使ってみたらという駆け引きに乗っただけであって、恋愛感情があったわけではない。宏太はそう思っているようだが相手の方はかなり宏太に惚れていたと信夫は思うけれども、それを確認するにも希和は当に故人なので答えは神のみぞ知るだ。それでも宏太から世の中で言う優良物件は、さっさと確保しないと他の男に拐われるぞなんて事を焚き付けられ。そして何でか婚姻届なんてものを、届ける始末だ。
いや、手渡しとかは考えたのだが、日を跨いだらお前やらないだろ?と指摘され反論出来なかったのは事実だ。しかも槙山忠志というこれまでも付き合いのある男を使って八重子が出きるもんならやってみろと言ったからと家に忍び込ませてそれを届けたと報告され、信夫が頭を抱えて悶絶したのは言うまでもない。
宏太に頼むんじゃなかった…………
昔、信夫の幼馴染みの一人がある一部から人間兵器と呼ばれていて、もう一人の幼馴染みがそれを操作している影の黒幕と呼ばれていたことがあったのを完璧に失念していた信夫の大失態だ。なんたってマトモでない基準値で生活している宏太が、マトモなお届けもので気が済む筈もない。それが嫌なら自分でやるのがベストだったのを、物怖じして躊躇い宏太に助力を頼んだ自分が悪いのだ。
しかもそこから八重子にあからさまに避けられ始めたのに気が付いて、信夫は完全に打ちのめされてしまっていた。
それはそうだろう…………家宅侵入で届けられたのが届けられたものだ。
自分でも何であれだったんだとは思う。それでも何とか謝罪なり何なりと思うのに、八重子が悉く信夫の事を避け続け、結局今日まで話らしい話すら出来ていなくて。
何やってんだか。
そう幼馴染みに焚き付けられ信夫は一大決心をして電話をかけたのだけれど、相手である八重子は想定通りにその電話には出なかった。今回は夕方からのバーベキュー大会ではあったが、まだ日暮れになってからそれほどの時間は経っていない。この時間なら八重子の事だ、恐らくはまだ会社で仕事をしているに違いないと踏んで、信夫は真っ直ぐに八重子のブランドビル『multilayered.E』に向かう。いや、正確には真っ直ぐではなく一応途中で了からのLINEに気が付いて、一ヶ所だけは寄り道をしたのだがそれ以外は外崎邸からここまで真っ直ぐに、だ。
社屋の半分くらいは電気が落とされ薄暗く沈んでいたが、社長室のある階にはホンノリとした電灯が点っている。それを外壁から見上げて決意したように足を進めると顔見知りの警備員に一瞬目を丸くされ、賑やかに社長室ですのでと通されたのに信夫の緊張感は否応なしに鰻登りし始めていた。
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最近の宏太は表に感情が出やすくなって、喜一や澪みたいに笑う
昔の宏太は常に能面みたいで、全くもって人間味がないと常に梨央から散々にいわれていた。澪は澪で何時も梨央に人間らしくないとこき下ろされる宏太を庇い、宏太は大器晩成で足りない自分のピースを探している真っ最中なんだと何時も笑っていた。喜一の方はそんなもん、男なんだから感情的になることなんかねーよなんて、自分のことを棚に上げて言っていたくらいだ。でもこうしてみれば澪の言葉が一番正しくて、確かに梨央の言うように人間味がない人物でもあったのだし、これまでの生活をしてくるのには喜一の言う通り感情的になんかなっていられなかっただろう。そんなことを考えながらも、その大器晩成の男に『お前、何やってんの?』なんて呆れ混じりに言われるのは、本当に久しぶりの事だった。
前に同じ様に言われたのは、澪が自分達の前から姿をくらませた時のこと
あの時喜一と梨央は血眼になって澪を探していたけれど、自分と宏太は澪を探さない事にしたせいで暫く2人と縁が切れてしまったくらいだ。でもあの時自分は探し歩いて人に聞き歩く喜一達のような行動がまだできない
と宏太に密かに打ち明けたし、宏太は宏太で澪は理由があって消えたのだろうからあえて探さないと話したのだ。
あの時探せていたら違ったかどうかは分からない。
社会に出て様々な経験を重ねて自分に上手く嘘をつく方法も身に付けて、今になればきっと澪を探し歩くことはできるに違いない。それでも澪自身が既に故人となっていて墓に入っていると澪の息子から知らされた今になって、自分の意気地のなさをこうして考える機会が増えたのには笑えてしまう。
そうこうしている内澪がいなくなって何も変わらなかった筈のものが、澪の息子と自分達が再開したことで緩やかに時を進め始めた気がする。澪が当の昔に死んでいて、澪を一番探し出したがっていた喜一が死に、そして梨央は澪の息子と結婚して子供ができた。そして澪が大器晩成だと言っていた宏太も、まぁ同性というのはひねくれものの宏太らしいが最愛の人を見つけて人間らしく笑うようになる。
俺は……どうなんだろう…………
変わっているのか何も変わらないのか、自分のことを振り返って考えてしまう。そんなことを何時もクヨクヨ考えてしまう自分を、昔から時には鼻で笑い時には激怒して張り合うように追いかけてくるのが江刺家八重子だった。幼い頃に体を壊して自身の道場を畳んだと言う江刺家氏の孫娘、江刺家が指南役として藤咲道場に来ていたのに着いて来たリアル日本人形。それが信夫の持つ最初の八重子の記憶だ。そんな見目麗しく可愛らしい人形めいたお嬢様のイメージだったのに、次にであった時には何故か小型の狩猟犬よろしく全力で噛みつかれ、信夫はコイツは『苦手』な存在と判定したのだ。そうなればなるべく接触を避けるのだし、元々年もかなり違うからもう会わない筈。そう思っていたのに何故かそこから信夫と八重子は、他の幼馴染みとタイを張る程の長い付き合いになるなんて思いもしなかった。男女の大会は同じ会場でも時間が異なるから、鉢合わせなんかする筈がないのに何故か常々鉢合わせる。その大会には出てこない時いていたのに、信夫が行くと必ず鉢合わせてしまう。何でだ?と思うけれども、見事なほどの遭遇率に端から示しあわせているんじゃないかと言われたくらいだ。当時の信夫としたら会うと必ず噛みついて吠えられるものだから、出きるだけ会いたくない相手ナンバーワンだったのは言うまでもない。
そしてそれまで空手の目標にしていた氷室優輝が表舞台からフッツリ姿を消したことで、全く目標どころかやる気まで失った信夫が新しい人生の舞台として選んだのがモデル。これで八重子との縁も切れたと思ったのに、本の数ヵ月もしないうちに八重子は和美人系のエキゾチックさを売りに彗星のようにモデルデビューした訳だ。空手大会での犬猿の仲はモデル業界でも継続されてしまい、誰もが憧れるランウェイの手前で口喧嘩になったことまである。
なんでだろう、なんでこんなに嫌われてんだか?
そう常に思いながら過ごしていたし、同時に他のモデルからのやっかみのせいで信夫自身が表舞台がつくづく嫌になって。そうして実は男らしい外見のわりに『実はオネエ』なんですがと、逃げに入ったのが20年近く前になる。それでも元来の体育会系気質で周囲から頼られると嫌と言えないから、困っている後輩モデル達の受け皿にと芸能会社を立ち上げたらアレヨアレヨとここまで来てしまった。そうしている内に何故か八重子の方は男もののファッションブランドなんてものを立ち上げていて、今度はクライアントとして目の前に立ちはだかったのだ。
でも、流石に互いに年を取ったせいか、昔ほど八重子は噛みついても来ない。
勿論社長になったくらいなのだから、提供するものは品質も価値も上等で渡り合う気質は変わらない。でも以前と違うのは信夫の提供するものはもう自分自身ではなく、他所様の子供やらの他人なわけで。向いていない筈の人前に出る仕事とは形は違うが、他人を商品として提供する立場になってから随分と八重子との関係は変わっていく。
あの子さ?結構苦労してんのね
そんな風に八重子が自ら話しかけてきたのは源川仁聖(榊仁聖に変わったのは知っているが、当時はまだ源川だったから一応。)のことで、親もいなくて服も殆んど持ってない事を聞いた八重子は自分のプロデュースの服を個人的にプレゼントしても言いかとコッソリと問いかけてきたのだ。仁聖自身は今まで被服に興味がなかったのと高校生は制服で大概が済むからだと話していたが、何気なく話していて両親がいないことやら今は恋人と暮らす資金を貯めるためにバイトをしているなんてことをサラッと話したらしい。仁聖自身には別に他意はなくて、そういう暮らしなだけといいたかったのだろうが、八重子の心にはガツンと来たことだったらしい。
私さぁ、そういうのって小説だけの話かなーって勝手に思っててさ。
そう何故か2人で飲みに行き泣き上戸で鼻水をすする八重子を眺め、信夫は初めて八重子に『案外優しい女なんだな』と感動したのだ。そこから2人は何故か事あるごとに2人で酒を飲みに行き思った以上に互いの好みが似かよっていて、食べ物の嗜好も酒の好みも心地良い位に噛み合うのに気が付く。
信夫ともっと早く飲みに行けばよかったわ。
カラカラと笑いながらそう言う八重子に、信夫も自分もそう思うと心の中で返答しておく。そうしてドンドン2人の関係は親密で気のおける関係に変わって、時には八重子の方から協力を申し出て高橋至の件では世話にもなった。そうこうしている内にふと気が付いたのだ、八重子は良い女でそうそう出会えない存在なんじゃないかと。
と、思ったんだが…………
そう幼馴染みに相談の言葉を持ちかけた信夫に、暫し目の前の外崎宏太は無言になっていて。その後時々見せるあの底意地の悪い口角だけをあげる笑みを作り、(昔はそんな笑い方はしなかったのに、宏太が調教師なんてとんでもないモノを仕事として選択した辺りから覚えたのだ。絶対これは久保田惣一を見て覚えたんだろうと思っているが、惣一は余りそう言う笑い方はしないので謎である。おまけとして話すが久保田惣一とは宏太が云々以前に信夫自身が先に知り合いで、モデル時代に惣一の店に連れていかれた事がある。何度か店に連れていかれたが個人的にはSMに全く興味がなく、奥の部屋には一度しか入ったことがない。連れていかれても表のバーで飲んでいることの方が多くて、逆にバーテン替わりをしていることのあった惣一と話す機会が多かった訳である。)で?と意味ありげに言ったのだ。
で?俺に何をしろって?
いやいや、何かをして貰いたいわけではなく、この相談の答えを返してほしかったんだが。と思ったら恋愛相談なんか俺にする馬鹿がいるかと、至極真っ当な答えで一刀両断されてしまった。何しろ今では過去の話だが、死んだ妻・外崎希和との政略的結婚では、宏太は何一つ相手の事を知らない状態で彼女の社長の女婿という立場を上手く使ってみたらという駆け引きに乗っただけであって、恋愛感情があったわけではない。宏太はそう思っているようだが相手の方はかなり宏太に惚れていたと信夫は思うけれども、それを確認するにも希和は当に故人なので答えは神のみぞ知るだ。それでも宏太から世の中で言う優良物件は、さっさと確保しないと他の男に拐われるぞなんて事を焚き付けられ。そして何でか婚姻届なんてものを、届ける始末だ。
いや、手渡しとかは考えたのだが、日を跨いだらお前やらないだろ?と指摘され反論出来なかったのは事実だ。しかも槙山忠志というこれまでも付き合いのある男を使って八重子が出きるもんならやってみろと言ったからと家に忍び込ませてそれを届けたと報告され、信夫が頭を抱えて悶絶したのは言うまでもない。
宏太に頼むんじゃなかった…………
昔、信夫の幼馴染みの一人がある一部から人間兵器と呼ばれていて、もう一人の幼馴染みがそれを操作している影の黒幕と呼ばれていたことがあったのを完璧に失念していた信夫の大失態だ。なんたってマトモでない基準値で生活している宏太が、マトモなお届けもので気が済む筈もない。それが嫌なら自分でやるのがベストだったのを、物怖じして躊躇い宏太に助力を頼んだ自分が悪いのだ。
しかもそこから八重子にあからさまに避けられ始めたのに気が付いて、信夫は完全に打ちのめされてしまっていた。
それはそうだろう…………家宅侵入で届けられたのが届けられたものだ。
自分でも何であれだったんだとは思う。それでも何とか謝罪なり何なりと思うのに、八重子が悉く信夫の事を避け続け、結局今日まで話らしい話すら出来ていなくて。
何やってんだか。
そう幼馴染みに焚き付けられ信夫は一大決心をして電話をかけたのだけれど、相手である八重子は想定通りにその電話には出なかった。今回は夕方からのバーベキュー大会ではあったが、まだ日暮れになってからそれほどの時間は経っていない。この時間なら八重子の事だ、恐らくはまだ会社で仕事をしているに違いないと踏んで、信夫は真っ直ぐに八重子のブランドビル『multilayered.E』に向かう。いや、正確には真っ直ぐではなく一応途中で了からのLINEに気が付いて、一ヶ所だけは寄り道をしたのだがそれ以外は外崎邸からここまで真っ直ぐに、だ。
社屋の半分くらいは電気が落とされ薄暗く沈んでいたが、社長室のある階にはホンノリとした電灯が点っている。それを外壁から見上げて決意したように足を進めると顔見知りの警備員に一瞬目を丸くされ、賑やかに社長室ですのでと通されたのに信夫の緊張感は否応なしに鰻登りし始めていた。
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