鮮明な月

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間章 ソノサキの合間の話

間話43.キー3

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「ただいまぁ…………。」

朝とは打って変わってげっそりとした顔で帰宅した庄司陸斗の声に、パタパタと軽い足音が聞こえてヒョコリと奥から結城晴が顔を出す。朝は熱が高くて(と、明良が言うままことを陸斗も納めておくことにした。あのとんでもなく色っぽいとは言え、これって悲鳴か?!と思うような閨の声を一晩中聞いてしまうと、余り深く追求すると晴が再び夜に同じ目にあいそうだからだ。余りにも毎晩あんなにされたら流石に晴が不憫になってしまう。というか染々明良が怖いと思い始めている自分もいる。)まるで起き上がることも出来ないと言われていた晴も、何とか1日休んで元気を取り戻したらしい。が、まだどうにも窶れがみえる色気の漂う顔で笑顔を浮かべる晴に、陸斗も苦い笑顔を向ける。

「おかえりぃ、初バイト何した?書類整理?」

まだかなり気だるげな掠れ声だなと思いつつも、やはり晴の言葉から外崎邸での初仕事は何らかの整理仕事をさせられるのかと陸斗は溜め息をつく。奥のリビングから晴を呼ぶ声がかけられて晴は振り返り笑いながら『大丈夫だよ』と返しているが、どう見ても身体を動かすのがまだ辛そうである。流石に性別的にも受け止める筈の内ものを受け止めているわけだから、腰やら身体にもかなり負担がかかるのだろう。

「晴、まだ身体しんどそうだよ、いいから座ってなよ。」

キッチンで夕飯を作っているらしい狭山明良が、陸斗の最後の言葉にだけは大いに賛同してきて晴は大丈夫なのにと苦笑いしながらゆっくりした動きでソファーに向かいユッタリと定位置らしい場所に凭れるようにして座る。見れば晴の身体に負担がかからないようにと大ぶりのクッションやら何やらを適切に配置してあって、まるで身重の妊婦に夫が気遣っているような気の使いぶりだなと思ってしまう。まぁある意味ではお嫁さんは晴の方で確定なので、その対応も強ち間違いとは言いきれない気もするとは言わない。というかその話を追求すると、また晴が夜中にピイピイと泣かされる羽目になるので、この話は先ずは避けておいて正解だと陸斗だって思う。何しろ仲良く話しているだけで明良の視線が既に棘を持ち始めて、隣に座るなよとドロドロとした黒いオーラを放っているのが肌に突き刺さっている。それにしたってこんなに嫉妬深い明良なんて、見たことがない。他の姉達はこの状況が分かっているのだろうか?それとも他の姉連も甥っ子と同じくプチ明良とか女版明良とかの群れになっていたりするのだとしたら、

正直怖い、怖すぎる。

大体にして狭山家系の顔が日本人形並みに整っているのだから、それでこんな怒りとか嫉妬心を放つと完璧なホラー映画になるのだ。これがもし狭山家の一族郎党同じ反応してるんだとなったら、ハッキリ言って触らぬ神に祟りなしの典型だと思う。長年の陸斗の抱えてきた明良への想い云々はさておいても、祟り神に直に手を出すのは命懸けどころか自殺行為だし、狭山一族に目の敵にされるくらいなら陸斗は申し訳ないが脱兎之勢で逃げさせてもらうつもりだ。いや、本気で言っている。晴には申し訳ないが生け贄として残ってもらって、自分は逃げる。断固逃げる。なんでこんなに切り替えたのかって?そりゃ簡単だ、自分の知っている明良は怒りはすれども執念深くはないし嫉妬もしない存在だったからだ。晴が引き起こした明良の変化は、驚きを通り越してドン引きの世界に入りつつある、あの夜の声を聴いたら当然だろう?祟られて付け回されたら、なんて考えたくもない。何しろ往年の狭山高良の警察官時代の渾名が『蝮』だったと言うのを知っているのは、一緒に働いたことのある祖父をもった陸斗くらいしかいないかもしれないと思う。つまり家系的に怒らせてはいけない、執着されてはいけない家系なのだと今更理解した。
着替えて一先ず明良の怒りに触れない程の距離を保ってソファーに腰掛け、明良を刺激しないように言葉を選ぶ。というかこうなったら陸斗だって実家に帰った方が随分とマシなのだが、そうなると手首の骨折と晴が慌てて飛んできそうなので大人しく帰ってこいと明良から事前に指示されてしまっている有り様だ。

「晴の時は書類だったんだ?初めの仕事。」
「うん、最悪だったよ、段ボールに2つくらい書類があってさ。」

うへぇという顔をして見せる晴だが、それを聞くと自分のあの段ボール1つなら少しマシなのか?とは思う。が、晴の時は書類ということは、紙の時点で既に嵩があるわけで。幾ら箱は1つでも中身がUSBやフロッピーディスクなんかでは、実質のデータ量としては紙の何倍にもなるのではなかろうか。

あれ?どっちが酷い?

結局陸斗は朝から夕方まで段ボールの中身とにらめっこをしながらあぁでもないこうでもないと取っ替え引っ替えしてみたものの、彼らの言う『分類』らしい分類には何も辿り着けなかった。最初の指示の時に中身を見るものに関しては何もなかったから、てっきり中身は関係なく分類可能なのかと思ったのだ。ところが個数的にどれくらいあるのかと中を何気なく探ったら、底からフロッピーディスクを読み込む機械と映像データを見るためのものなのかプレーヤーが出てきたのだった。

なんてこった?!!

それにわざとなのか部屋から外崎宏太が席を外して、室内には自由に使えそうなパソコンが2台も放置されていて。これはそれらを使えと言うことか?中を全て確認しろということなのか?でも中を確認し始めたら、それは結局は全て中を確認しないとならないと言うことにはなるまいか?そんなのこの個数で可能なのだろうか?いや不可能ではないが、それならそれで最初の説明の仕方があったようにも思う。それにしても中身を全部確認して、それが無駄足だとしたら?あぁもうせめてもう少し指示とかヒントをよこせよ!そう独りにされて陸斗は頭をかきむしった訳なのだが、結果的に初日は何も実りがないままタイムアップ……就業時刻と言い渡されたのだ。

「晴の時は書類整理だったんだ?中身は関係した?」
「んー、中身毎にちょっとね。それがヒントみたいなことあったし。」

晴としてはもうあの時の悪夢を余り思い出したくもないのだが、実は晴の分類しろと言われた書類というやつはある意味で最初から整って揃っていたのだ。これは後から気がついたのだが、箱から出した端から書類をかき混ぜたのは自分であって、実は書類は纏める順番の逆さまに箱に入れられていたのだ。手をつけてなかった箱二つ目の残り半分を出して、それを知った時はここまでの数日の努力が無駄骨だったと知ったあの脱力。しかも何よりも一番最初に当たり、そして2箱目の一番下に入っていた書類の端に、目がみえないくせに腹立たしい程に綺麗な直筆で『気づくのがおせーよ、ばーか。』と書いてあったのには晴だって唖然とした。それに思わず『このくそったれー!!』と思い切り叫んでしまったのはここだけの話。

「しゃちょー、性格悪いから普通のこと考えない方がいいよー?」

晴が可愛らしいシロクマの冷感クッションを抱き締めながら苦笑いして言うのに、陸斗は普通に考えないと何度も言い聞かせるように口の中で繰り返す。USBや何やらは記録媒体だから、その中身で分類するのが普通……なんて考えない方がいい。媒体毎の種類で分けてしまおうか?記録媒体……記録媒体……中に入っているものを見る方法は目の前にぶら下げられてあるが、そんな当たり前のことをして分類するのか?それなら最初から記録媒体を見るための方法は外に出して置くべきで、あんな風に隠していたこは何故か。見る術に関してはそれぞれ隠しておいたのに、記録媒体だとあえてアピールしているのには何か理由があるのだろうか?鍵になるのは?中身?それとも媒体の種類?後考えられるのは何があるのか?

「記録媒体?それぞれの容量はどれくらいだ?」

夕食を作り終えてテーブルを拭き整え出した明良が横から聞いていて気になったのか声をかけてきて、晴は小首を傾げて色々種類があるみたいだってと聞いた話で返している。そういわれればザックリとデータ量としては膨大になるのだろうとは思ったが、それぞれの個別の容量までは陸斗も確認しなかった。それでもそういうものは大概容量は同じなのだろう?というと、明良と晴が驚いたように目を丸くする。

「最近のはパソコンのデータ並みにはいるのもあるぞ?」
「は?」
「USBはまぁ1ギガからあるけど、今は最大だと1テラもあるからね?」

2人からそう教えられ、陸斗はポカンとしてしまう。簡単に小さい容量だなんて思い込んでいたのだけれど、ことはもっと大きかった。
USBメモリの容量は1GBや2GB、4GBなどの容量が少ないものから、128GB、256GBなどの大容量のものまである。近年では1TBや2TBなHDD並みの容量を誇るものまで登場している。とはいえ、持ち運んで使用するデータの大きさを考えれば、日常的に使うにはそほど大容量のものが必要になる機会はそうそうない。パソコン内のデータをコピーして保存し持ち歩くなどの一般的な使用の範囲内なら、保存するデータにもよるが8~64GB程度の容量があれば十分なのである。とはいえ大きさだけを上げてもピンと来ないだろうから、例として上げれば容量16GBのUSBメモリで約2時間30分の動画が保存できる。これを基本として考えれば、必要なら大きさの媒体を選択することが出きると言うわけだ。それを説明されて陸斗はポカンとしながら、あれの中にそのなんとかバイトというヤツが書いてあったのかと記憶を思い起こす。

「基本として書いてあるよ、小さくだけど。」
「見覚えがない…………。」
「まぁあんまり古いと擦れてみえなくなっているかもな?」
「いや、どれもそんなに古そうではなかったけど…………。」

何でか夕飯を囲みながら3人で頭を付き合わせて、陸斗の初仕事の解決の鍵を探りだそうと知恵をだしあっている。元になる記録媒体、記録を見る手筈は揃っているが、それに関して外崎宏太も外崎了も使えとも使うなとも言わない。晴の時は元になったのは紙媒体の書類で、その書類は3種類の内容に大まかに分けられそうだと判断したらしい。陸斗の場合は見た目で分類するなら媒体の種類で分けることも可能では?と明良が言う。

「だって、外崎さんは中身に関しては何も言わなかったんだろ?」
「分類ね……USBの他には?何があったの?」
「フロッピーディスクとDVDだと思う……。」

ふむと晴達が考え込む。何しろ2人とも少なくとも陸斗よりはパソコンに詳しいし、晴の方が明良より更にパソコンには詳しいという。直に晴が仕事場で見て判断したら、もっと別な見方が出きるだろうが、そうするのは何となくズルをした気分になるのは陸斗の性格というところだろうか。それにしてもUSBだけでなく、フロッピーディスクとDVD。

「フロッピーって64KBていどしかないんだよね?晴。」
「ううん、今は128ギガのヤツもあるよ。」
「え?!そうなの?」

昔懐かしいフロッピーディスクなんて馬鹿にしていたが、昨今では容量を増やすことに成功していたらしい。明良としては高齢のクライアントから話を聞いたことがある程度のフロッピーディスクだったので、そんな大容量が出現しているというのは知らなかった。

「128…………ギガ……。」

ふと気がついたように晴が呟く。自分のようにパソコンに触れる機会が多い人間だとそれほど特別に珍しい情報ではないが、DVDにも記録容量が存在する。DVDは直径12cm、厚さ1.5mm とCDと同じ大きさの記録媒体だ。因みにCDは記録できる容量が最大で700MBであるのに対し、DVDは 4.7GB(片面 1層記録の場合)であり、CDのおよそ7倍の容量を記録することができる。そして勿論昨今の世の中ではDVDよりも大容量の記録媒体が、もう1つ存在しているのは言うまでもない。つまりDVD系統の記録媒体にも同じ容量のものが、今は存在するのである。

「Blu-ray?」
「そ、今なら4層って言うので、最大128ギガのヤツがあるんだ。」

知っている人間には、いとも容易い指摘。でも陸斗のようにパソコンに明るくないと全く知らないし想像もできない話でもある。あの大量の記録媒体の中に種類が違っても、同じ容量の記録媒体が何個かあるかもしれないという。そう聞いたら俄然、あの無意味な記録媒体の山も見え方もかわってくる気がしてしまう。

「明日、その方向で探してみるよ、ありがとう。」

素直に微笑みながら礼を言った陸斗に晴は満面の笑顔で『うん』と応じ、明良の方は少し居心地悪そうに無表情に変わる。恐らく助け船をだすつもりはなかったのに、結局話に盛り上がって一緒になって話していたのがバツが悪いのだろう。それにしてもあのUSBの量と来たらと呆れたように陸斗が話を切り替えたのに、晴が笑いながらどれくらいの数?と聞いてくる。

「段ボール一杯のUSBだよ?想像できる?あんなの、証拠品の保管庫にだってみたことないよ。」
「確かに、その量は見たことないなー。」

晴がそ応じると晴が見たことないなら、あれは自分のためだけに準備されたヤツ?!と陸斗が目を丸くして言う。まぁ仕事柄普通の職場よりはUSBは飛び交うが、わりとそれほど晴自身は使わないし、大概のことはいすをまわして振り返って話せばその場で終れる。データを欲しがるクライアントもいなくはないが、紙面媒体で提出を希望されたり、それと一緒にディスク希望というのが時々というくらいか。
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