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第十七章 鮮明な月
265.sideB
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あれから暫く経過を見たが目立った副作用もなく、外崎了は無事退院した(というかこれ以上入院させておく外崎宏太が限界そうなのと、この秘匿用クリニックは本来はそれ程長期の対応はしていない)。だけど、帰宅してからの外崎宏太の過保護は途轍もなくなって、日頃の過保護なんて目じゃない。それこそ一時も了の傍を宏太は離れないし、少しでも時間があけば了を膝に抱き上げるし背後から抱き締めてくるし。
「もぉ!離れろって!」
「駄目だ。離さん。」
食事が作れないから離せと了がどんなに訴えても、今回は宏太は腰から手を離すこともなくて一向に離れようとしないのだ。以前火傷を了にさせたからキッチンではこういうことはしないと約束させたのに、それを言っても今回は嫌の一言。しかも普段なら言葉を濁したり話をそらしたりするのに、断固として『離さん』と言いきってくるのだ。
「だーかーら、料理の時は離す約束だろ!危ないっての。」
「危なくないようにしてる。気にするな。」
「気にするしないの問題じゃないだろ、動きにくい。」
腰に巻き付いた両手を離そうとしても、まるで命綱とでも言いたげに確りと絡み付いてはなそうとしない。何とか調理を終わらせて盛り付けても、こんなに捕獲されているとテーブルまで皿を持ってもいけないのだ。
「こぉたぁ…………ほら、飯出来たから。」
「ん…………。」
「これじゃ食べれないだろ?離せって。歩けないし。」
諦め半分に言うと腰に回した手は流石に離しはするが、直ぐに迷子に怯える子供のように了の腰の辺りの服を掴む有り様。
「……離す気本当にないのかよ。」
「ない。」
「何処にも行かないって…………。」
「ん…………。」
そうなのだ。それくらい今回は宏太に心配させたのも分かるし宏太にとっては不安で仕方がなかったのは理解してもいい。が、今はもう元気なんだし傍にいるだろと訴えて、もまるで駄目だ。
2人で食事を終えて了が食器を洗うのにも相変わらず当然みたいについてくるし、終わったら終わったでリビングに戻ってソファーに座った宏太は引き寄せていた了を膝に抱き上げてくる。
「こぉたぁ…………。」
「ん。」
「もぉ……下ろせって。」
抱き上げてグリグリと肌を擦り寄せてくる宏太の頭を思わず撫でつつ、膝から下ろせと懇願してみても嫌だの一言で了は思わず溜め息をついてしまう。流石に目が見えない宏太では即時結城晴を捕獲できないからと、自分が先走って突っ込んでしまったのは事実で。しかもその先で、まさか自分達に悪意がある相手に自分まで拉致されるとは思っていなかった。
邑上誠は宏太に対して強い悪意があったのは、何となくだが了にも感じ取れる。
邑上誠の義理の兄でもあって、宏太の『調教師』の技術の師匠でもあったという邑上祐市という男が関係しているのだろうと宏太は病室では話していたのだ。ある意味では邑上から指導を受けて独り立ちした後邑上の顧客を引き継いだ面もあったし、暫くしてその人物は病で急逝したそうだ。宏太には別段なにも意図した部分はなかったというのだが、邑上誠には何か思うことがあったのだろうという。
俺としては、宏太に惚れてて…………嫉妬されたかと思ったんだけど……
内心では了としてはそう思うけれど、宏太としてはそんなことはあり得ないと思っている様子だ。というのも宏太は邑上誠とショーや仕事では調教したことはあるが、全く個人的な交流がないという。
気がつかないとこで接触してんじゃないの?
と思うけども、正直宏太の記憶に残るような出来事は本当にないらしい。そんな風には感じなかったと思うのたが、それより何より宏太にはあの時了が何をされたのかの方が途轍もない問題だったようだ。家に帰ってからあの時何をされていたのか徹底的に聞き出されたけれども、了はまだ暫く興奮させないよう安静にと宇佐川義人と若瀬好摩からも厳命されている。お陰で邑上のイヌどもに押さえ込まれて足を舐められたと聞いても、自分の手で丹念に洗ってやるくらいしかしてやれていないのに不満たらたらなのだ。(でも正直言うと宏太の手で丹念に足を洗われるのも、実はかなり気持ち良かったのである。)
「セックス解禁になったら、嫌ってほど全部舐める。」
「止めろってば、そういうの。」
「いいや、駄目だ。許せない。」
「許すとか言う問題と、舐めるのは切り離せよ。嫌だから、それ。」
思わず了としては拒絶の言葉を吐くけれど、宏太は1度やるといったら絶対にやると思う。それにあの不気味な邑上誠とかその飼いイヌ男にされるのとは違って、それをする相手は宏太なのだ。そうなると了としても、半分は悲鳴ものだろうけれども散々に快感に泣かされるのも容易く想定できてしまう。
「嫌でもやる。消毒がわりだ。」
「洗ったろ。」
「それとこれは別。」
別モノ扱いするなら切り離してくれ。そういっても自分のモノに手を出されたのが、どうしても腹立たしいのは事実らしい。抱きかかえたままスルリと手の指を絡められて、手を唇に引き寄せられ口付けてくる仕草は躊躇いもなく様になるのが少し狡い。熱い手に腰を抱かれ肉感的な唇を指に触れさせられるのに、思わずゾクリと背筋が震えてしまう。
「俺が舐めれば…………気持ちいいだろ?違うか?ん?」
こういうことを全部分かっててやってるのも知っているし、これが全て自分にだけというのも少し優越感になってしまう。
「もぉ…………そういうとこ狡い…………、こぉたは。」
「諦めろ。そういう男に惚れられてるんだ。」
「もぉいいけど…………、失神とか、なしだぞ?」
やりかねないので一応は釘をさしておくけれど、宏太はそこにはあえて答えてこないから手加減する気はないのだ。苦笑いしながら抱き上げられたまま了が宏太の唇に指先を滑らせると、当然みたいに唇が寄せられ了のモノに重ねられてくる。
「こら…………ん…………。」
迷惑をかけたのは事実だと挨拶をしようと結城晴が外崎邸に顔を出した時点でも、2人はまだそんな調子だった訳で。その日は晴の付き添いと言う名目で一緒にやって来ていた狭山明良も呆れて言葉を失っている。
「こら、こぉた!おろせ。」
リビングのソファーで宏太の膝に抱き上げられたままイチャつく姿を見られてしまったのに、了は驚きに頬を染めて下ろせとジタバタしている。了を相変わらず抱き締めたまま離そうとしない宏太は、恐らくは2人が来たのに気がついていて止めるつもりもないのだ。
何だろうこの2人の安定のイチャイチャ感と、晴達も思わずにはいられないのだけれども。何だかなぁと謝るのも忘れて脱力としている晴に向かって、宏太が思い出したように声をかける。
「晴。」
「ん、なに?しゃちょー?」
相変わらずの光景に気が抜けたのか言葉に力のない晴に向かって、宏太がちょっと来いと手招き素直に傍に晴が近寄ってくる。
「んギャっ!!」
直ぐ傍に来た気配に向かって不意にその額にズビシッと音を立てて、宏太の全力のデコピンが飛んできていた。目が見えてないわりには晴の額ど真ん中クリーンヒットのデコピンの的確さに、晴は抗議の言葉を発することも出来ずに悶絶して屈み込んでいる。それに宏太は呆れ半分の声で、何も見えない筈の顔を向けていた。
「次同じことしやがったら本気で半年位減給してやるからな。クソガキ。」
その言葉に晴が、額を押さえながら目を丸くする。それは今回の行動には宏太も怒ってはいる、けれど同じことはしなければ今回のことは許すとも言っているのだ。
「しゃ、…………ちょぉ。」
「後勝手に独りで訳わかんねぇ行動に出んじゃねぇ、分かったな。あ?」
白鞘千佳云々のことも勿論だが、自分の身の危険を省みないような勝手な行動はとるなと言う。そう言われて、晴はなおのこと目を丸くしていた。
白鞘のことだって放置していた訳ではなく宏太達は捜索していてくれて、晴を発見して了が駆けつけたとほぼ同時に場所の特定はできていたそうなのだ。(流石に和希程の速度では無理だったが、実際に場所の特定ができていたから了達の拉致後の行動が素早かったのはそのお陰だった。そうでなければ即日で了は救出出来なかった可能性があったのだ。それに後半晴の捜索にも人員を割くことになったから、それがなかったら実はもっと早く現場に乗り込めたかもしれない。)
宏太達が自分が勝手な行動をとっていた間にも、必死で自分の事を探してくれていたのは明良からも聞いている。晴の頼ったのが三浦和希でなければもう少し早く見つかっていたろうけれど、流石に和希が危険性を示さずに誰かと行動するとは宏太は思っていなかったのだ。それでも了のことは勿論だが宏太が晴のことも心配したのだと分かって、少し泣きそうになってしまう。
「晴、デコ大丈夫?」
余りにも立ち上がれないでいる晴に明良が歩み寄り、やっと膝から下ろしてもらった了も歩み寄り心配そうな顔で覗き込む。デコピンと言えばそれ程でもなさそうな気がするのだが、何分宏太が手加減なしでやっているのだ。宏太の言葉で泣きべそをかいていたのだけど、まるでデコピンの痛みで泣き出したみたいになって。
「あーぁ、やりすぎだって宏太。泣いちゃったよ?晴。」
「あ?」
「すごい音だった…………腫れてるよ、晴。」
「冷やそうか?もぉ宏太、少し手加減しろって。」
なんでか宏太の方が悪者扱いになって、ワヤワヤしながら晴の額を冷やす話で了達が騒ぎ始めている。それに本気で泣き出してしまった晴に、何でか宏太は少し困った様子を浮かべながらも、知らんとそっぽを向いていたのだった。
※※※
「何処に行ってたんですか?皆、探してたんですよ?」
教授室の何時もと変わらない書類の山の奥に向かって問いかける躑躅森雪の声に、その書類の山を崩さないよう苦心している勅使河原叡は結局最大級の書類の雪崩にすっとんきょうな悲鳴をあげている。
暫し消息不明になっていた勅使河原がフラフラしながら学食に現れて、久々の食事と言いたげにどんぶり飯を掻き込んでいるのを躑躅森が見つけたのは正につい昨日のこと。そこからこの教授室に真っ直ぐ戻ってきた勅使河原は、糸が切れたように書籍を払い落としてソファーに倒れ大鼾で先ほどまで爆睡していた。やっと目を覚ました勅使河原は不在の間に少しずつ躑躅森が整理していた筈の空間をらほんの30分程で元に戻し、そして相変わらずの書類の大雪崩を引き起こしたのだ。
「いやぁ……わわ、崩れたぁ!」
「折角片付けたの積むからですよ。リリアちゃんが来日して探してたんですよ?」
連絡もとれない消息不明だった期間の内、勅使河原のフィールドワークの対象の一人であるリリアーヌ・オフェリア・フラウンフォーファーがワザワザ来日してまで捜索に加わったのは説明するまでもない。勅使河原は文学部の教授なのだが、その研究は実は少しマニアックで都市伝説というような説話という類いの伝播に関して調査研究を主体にしている。元々は勅使河原は童話や寓話に関して調査研究をしていたのだ。でも調査していく内に、世の中に何故か地域も時期も関係なく同じような伝説やら寓話が単発的に発生しているのに興味を持った勅使河原は、人伝で広がっていく奇妙な話を収集し始めた。なるべく数多くの話を収集し統計をとって、その伝播経路を調べようとしてみたのだ。それは最初は国内だけに限定していたのだが、収集し始めると国外からも情報が舞い込むようになっていく。そしてそれは多岐にわたるようになると、今度はインターネットという媒体を利用して更に大きい世界の情報が流れ込むように変わっていった。
リリアとは以前から知り合いになっている躑躅森にそういわれて、勅使河原は崩れた書類を拾い上げ同じところに積み重ねながら言う。
「うん、リリア君とは先日あったよ。元気そうだったね。」
「あら、そうなんですか?叡センセ。」
どうやらキャンパスに戻ってくる前に、勅使河原は既に何処かでリリアとは顔をあわせていたらしい。それにしてもフィールドワークに出るのは良いが電波圏内にいてほしいと躑躅森が不貞腐れるのは、結局想定通り勅使河原は携帯の電波の届かない場所に紛れ込んだのに気がついて一端スマホの電源を落としたまま忘れていたのだというのだ。
「どんな山奥ですか……、全く。」
「いやぁ、直ぐそこの駅前なのに電波入らなくてねぇ。」
地下なのか何なのか分からないが突然電波が入らず、しかもちょっと簡単には出てこれなかったそうで、何をしてたんだか説明してくれない勅使河原に不満顔の躑躅森なのである。とは言え無傷で戻ってきてはいるから良いのだが、勅使河原の様子は少し気にならない訳ではない。文学部の教授の仕事もなげうってフィールドワークに集中されるのは困りますと呟くと、勅使河原は苦笑いしながら気を付けるよと顔も見えないまま書類の向こうから答えてくる。
「もぉ!離れろって!」
「駄目だ。離さん。」
食事が作れないから離せと了がどんなに訴えても、今回は宏太は腰から手を離すこともなくて一向に離れようとしないのだ。以前火傷を了にさせたからキッチンではこういうことはしないと約束させたのに、それを言っても今回は嫌の一言。しかも普段なら言葉を濁したり話をそらしたりするのに、断固として『離さん』と言いきってくるのだ。
「だーかーら、料理の時は離す約束だろ!危ないっての。」
「危なくないようにしてる。気にするな。」
「気にするしないの問題じゃないだろ、動きにくい。」
腰に巻き付いた両手を離そうとしても、まるで命綱とでも言いたげに確りと絡み付いてはなそうとしない。何とか調理を終わらせて盛り付けても、こんなに捕獲されているとテーブルまで皿を持ってもいけないのだ。
「こぉたぁ…………ほら、飯出来たから。」
「ん…………。」
「これじゃ食べれないだろ?離せって。歩けないし。」
諦め半分に言うと腰に回した手は流石に離しはするが、直ぐに迷子に怯える子供のように了の腰の辺りの服を掴む有り様。
「……離す気本当にないのかよ。」
「ない。」
「何処にも行かないって…………。」
「ん…………。」
そうなのだ。それくらい今回は宏太に心配させたのも分かるし宏太にとっては不安で仕方がなかったのは理解してもいい。が、今はもう元気なんだし傍にいるだろと訴えて、もまるで駄目だ。
2人で食事を終えて了が食器を洗うのにも相変わらず当然みたいについてくるし、終わったら終わったでリビングに戻ってソファーに座った宏太は引き寄せていた了を膝に抱き上げてくる。
「こぉたぁ…………。」
「ん。」
「もぉ……下ろせって。」
抱き上げてグリグリと肌を擦り寄せてくる宏太の頭を思わず撫でつつ、膝から下ろせと懇願してみても嫌だの一言で了は思わず溜め息をついてしまう。流石に目が見えない宏太では即時結城晴を捕獲できないからと、自分が先走って突っ込んでしまったのは事実で。しかもその先で、まさか自分達に悪意がある相手に自分まで拉致されるとは思っていなかった。
邑上誠は宏太に対して強い悪意があったのは、何となくだが了にも感じ取れる。
邑上誠の義理の兄でもあって、宏太の『調教師』の技術の師匠でもあったという邑上祐市という男が関係しているのだろうと宏太は病室では話していたのだ。ある意味では邑上から指導を受けて独り立ちした後邑上の顧客を引き継いだ面もあったし、暫くしてその人物は病で急逝したそうだ。宏太には別段なにも意図した部分はなかったというのだが、邑上誠には何か思うことがあったのだろうという。
俺としては、宏太に惚れてて…………嫉妬されたかと思ったんだけど……
内心では了としてはそう思うけれど、宏太としてはそんなことはあり得ないと思っている様子だ。というのも宏太は邑上誠とショーや仕事では調教したことはあるが、全く個人的な交流がないという。
気がつかないとこで接触してんじゃないの?
と思うけども、正直宏太の記憶に残るような出来事は本当にないらしい。そんな風には感じなかったと思うのたが、それより何より宏太にはあの時了が何をされたのかの方が途轍もない問題だったようだ。家に帰ってからあの時何をされていたのか徹底的に聞き出されたけれども、了はまだ暫く興奮させないよう安静にと宇佐川義人と若瀬好摩からも厳命されている。お陰で邑上のイヌどもに押さえ込まれて足を舐められたと聞いても、自分の手で丹念に洗ってやるくらいしかしてやれていないのに不満たらたらなのだ。(でも正直言うと宏太の手で丹念に足を洗われるのも、実はかなり気持ち良かったのである。)
「セックス解禁になったら、嫌ってほど全部舐める。」
「止めろってば、そういうの。」
「いいや、駄目だ。許せない。」
「許すとか言う問題と、舐めるのは切り離せよ。嫌だから、それ。」
思わず了としては拒絶の言葉を吐くけれど、宏太は1度やるといったら絶対にやると思う。それにあの不気味な邑上誠とかその飼いイヌ男にされるのとは違って、それをする相手は宏太なのだ。そうなると了としても、半分は悲鳴ものだろうけれども散々に快感に泣かされるのも容易く想定できてしまう。
「嫌でもやる。消毒がわりだ。」
「洗ったろ。」
「それとこれは別。」
別モノ扱いするなら切り離してくれ。そういっても自分のモノに手を出されたのが、どうしても腹立たしいのは事実らしい。抱きかかえたままスルリと手の指を絡められて、手を唇に引き寄せられ口付けてくる仕草は躊躇いもなく様になるのが少し狡い。熱い手に腰を抱かれ肉感的な唇を指に触れさせられるのに、思わずゾクリと背筋が震えてしまう。
「俺が舐めれば…………気持ちいいだろ?違うか?ん?」
こういうことを全部分かっててやってるのも知っているし、これが全て自分にだけというのも少し優越感になってしまう。
「もぉ…………そういうとこ狡い…………、こぉたは。」
「諦めろ。そういう男に惚れられてるんだ。」
「もぉいいけど…………、失神とか、なしだぞ?」
やりかねないので一応は釘をさしておくけれど、宏太はそこにはあえて答えてこないから手加減する気はないのだ。苦笑いしながら抱き上げられたまま了が宏太の唇に指先を滑らせると、当然みたいに唇が寄せられ了のモノに重ねられてくる。
「こら…………ん…………。」
迷惑をかけたのは事実だと挨拶をしようと結城晴が外崎邸に顔を出した時点でも、2人はまだそんな調子だった訳で。その日は晴の付き添いと言う名目で一緒にやって来ていた狭山明良も呆れて言葉を失っている。
「こら、こぉた!おろせ。」
リビングのソファーで宏太の膝に抱き上げられたままイチャつく姿を見られてしまったのに、了は驚きに頬を染めて下ろせとジタバタしている。了を相変わらず抱き締めたまま離そうとしない宏太は、恐らくは2人が来たのに気がついていて止めるつもりもないのだ。
何だろうこの2人の安定のイチャイチャ感と、晴達も思わずにはいられないのだけれども。何だかなぁと謝るのも忘れて脱力としている晴に向かって、宏太が思い出したように声をかける。
「晴。」
「ん、なに?しゃちょー?」
相変わらずの光景に気が抜けたのか言葉に力のない晴に向かって、宏太がちょっと来いと手招き素直に傍に晴が近寄ってくる。
「んギャっ!!」
直ぐ傍に来た気配に向かって不意にその額にズビシッと音を立てて、宏太の全力のデコピンが飛んできていた。目が見えてないわりには晴の額ど真ん中クリーンヒットのデコピンの的確さに、晴は抗議の言葉を発することも出来ずに悶絶して屈み込んでいる。それに宏太は呆れ半分の声で、何も見えない筈の顔を向けていた。
「次同じことしやがったら本気で半年位減給してやるからな。クソガキ。」
その言葉に晴が、額を押さえながら目を丸くする。それは今回の行動には宏太も怒ってはいる、けれど同じことはしなければ今回のことは許すとも言っているのだ。
「しゃ、…………ちょぉ。」
「後勝手に独りで訳わかんねぇ行動に出んじゃねぇ、分かったな。あ?」
白鞘千佳云々のことも勿論だが、自分の身の危険を省みないような勝手な行動はとるなと言う。そう言われて、晴はなおのこと目を丸くしていた。
白鞘のことだって放置していた訳ではなく宏太達は捜索していてくれて、晴を発見して了が駆けつけたとほぼ同時に場所の特定はできていたそうなのだ。(流石に和希程の速度では無理だったが、実際に場所の特定ができていたから了達の拉致後の行動が素早かったのはそのお陰だった。そうでなければ即日で了は救出出来なかった可能性があったのだ。それに後半晴の捜索にも人員を割くことになったから、それがなかったら実はもっと早く現場に乗り込めたかもしれない。)
宏太達が自分が勝手な行動をとっていた間にも、必死で自分の事を探してくれていたのは明良からも聞いている。晴の頼ったのが三浦和希でなければもう少し早く見つかっていたろうけれど、流石に和希が危険性を示さずに誰かと行動するとは宏太は思っていなかったのだ。それでも了のことは勿論だが宏太が晴のことも心配したのだと分かって、少し泣きそうになってしまう。
「晴、デコ大丈夫?」
余りにも立ち上がれないでいる晴に明良が歩み寄り、やっと膝から下ろしてもらった了も歩み寄り心配そうな顔で覗き込む。デコピンと言えばそれ程でもなさそうな気がするのだが、何分宏太が手加減なしでやっているのだ。宏太の言葉で泣きべそをかいていたのだけど、まるでデコピンの痛みで泣き出したみたいになって。
「あーぁ、やりすぎだって宏太。泣いちゃったよ?晴。」
「あ?」
「すごい音だった…………腫れてるよ、晴。」
「冷やそうか?もぉ宏太、少し手加減しろって。」
なんでか宏太の方が悪者扱いになって、ワヤワヤしながら晴の額を冷やす話で了達が騒ぎ始めている。それに本気で泣き出してしまった晴に、何でか宏太は少し困った様子を浮かべながらも、知らんとそっぽを向いていたのだった。
※※※
「何処に行ってたんですか?皆、探してたんですよ?」
教授室の何時もと変わらない書類の山の奥に向かって問いかける躑躅森雪の声に、その書類の山を崩さないよう苦心している勅使河原叡は結局最大級の書類の雪崩にすっとんきょうな悲鳴をあげている。
暫し消息不明になっていた勅使河原がフラフラしながら学食に現れて、久々の食事と言いたげにどんぶり飯を掻き込んでいるのを躑躅森が見つけたのは正につい昨日のこと。そこからこの教授室に真っ直ぐ戻ってきた勅使河原は、糸が切れたように書籍を払い落としてソファーに倒れ大鼾で先ほどまで爆睡していた。やっと目を覚ました勅使河原は不在の間に少しずつ躑躅森が整理していた筈の空間をらほんの30分程で元に戻し、そして相変わらずの書類の大雪崩を引き起こしたのだ。
「いやぁ……わわ、崩れたぁ!」
「折角片付けたの積むからですよ。リリアちゃんが来日して探してたんですよ?」
連絡もとれない消息不明だった期間の内、勅使河原のフィールドワークの対象の一人であるリリアーヌ・オフェリア・フラウンフォーファーがワザワザ来日してまで捜索に加わったのは説明するまでもない。勅使河原は文学部の教授なのだが、その研究は実は少しマニアックで都市伝説というような説話という類いの伝播に関して調査研究を主体にしている。元々は勅使河原は童話や寓話に関して調査研究をしていたのだ。でも調査していく内に、世の中に何故か地域も時期も関係なく同じような伝説やら寓話が単発的に発生しているのに興味を持った勅使河原は、人伝で広がっていく奇妙な話を収集し始めた。なるべく数多くの話を収集し統計をとって、その伝播経路を調べようとしてみたのだ。それは最初は国内だけに限定していたのだが、収集し始めると国外からも情報が舞い込むようになっていく。そしてそれは多岐にわたるようになると、今度はインターネットという媒体を利用して更に大きい世界の情報が流れ込むように変わっていった。
リリアとは以前から知り合いになっている躑躅森にそういわれて、勅使河原は崩れた書類を拾い上げ同じところに積み重ねながら言う。
「うん、リリア君とは先日あったよ。元気そうだったね。」
「あら、そうなんですか?叡センセ。」
どうやらキャンパスに戻ってくる前に、勅使河原は既に何処かでリリアとは顔をあわせていたらしい。それにしてもフィールドワークに出るのは良いが電波圏内にいてほしいと躑躅森が不貞腐れるのは、結局想定通り勅使河原は携帯の電波の届かない場所に紛れ込んだのに気がついて一端スマホの電源を落としたまま忘れていたのだというのだ。
「どんな山奥ですか……、全く。」
「いやぁ、直ぐそこの駅前なのに電波入らなくてねぇ。」
地下なのか何なのか分からないが突然電波が入らず、しかもちょっと簡単には出てこれなかったそうで、何をしてたんだか説明してくれない勅使河原に不満顔の躑躅森なのである。とは言え無傷で戻ってきてはいるから良いのだが、勅使河原の様子は少し気にならない訳ではない。文学部の教授の仕事もなげうってフィールドワークに集中されるのは困りますと呟くと、勅使河原は苦笑いしながら気を付けるよと顔も見えないまま書類の向こうから答えてくる。
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