鮮明な月

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第十七章 鮮明な月

262.

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あの部屋で発見された白鞘千佳は、そのまま病院に運ばれ入院することになった。後から聞いたけれど去年の夏頃に騒動になったあの薬が、まだあの建物の中で作られていたのだと言う。しかも三浦和希が吸い込まない方がいいと結城晴に告げたのは、その薬を香のように気化させていたものだったそうだ。晴は和希が窓や何かを壊しながら進んでくれたお陰で殆どその被害は受けなかったが、何故か同じ建物に拉致されていたらしい外崎了はかなりそれを吸い込むような状況だったらしい。お陰で白鞘を発見した直後に意識を失った了を抱えて運び出す血相を変えた外崎宏太を見る事態になってしまった。同じく何でか拉致されていたらしい源川仁聖も、幾分ヨロヨロしながら肩を貸されて榊恭平と一緒に出て来たのには流石に驚いた。

何でここにいるの?

思わずそう問いかけようとして、晴は流石に槙山忠志に止められた。考えれば十中八九自分が行方を眩ませていたから、仁聖は兎も角了と宏太は自分の捜索に動いていたのは言われなくても想像ができる。狭山明良が一緒に居なかったのは少しだけ意外な気がするが、この面々に明良が加わったらどうなるか想像も出来ない。
そうして面倒に巻き込まれたくない面々を先に移動させて、警察がくるまで待つことにしたのは晴と槙山忠志だった。

「…………和希……元気だったか?どこも、怪我とかなかったか?」

二人きり……といっても周囲には酩酊してボンヤリした有象無象がいるのだけれと、忠志が晴に問いかけてくる。元気だったし今度ケーキ食べる約束したよと晴が話すと、忠志は呆れたような溜め息をついて何でケーキだよ?と呟く。都市伝説の存在のように扱われつつある三浦和希が、人命救助に協力して対価はケーキを奢るだけなんて珍妙にもほどがある。でも2人は警察が来ても示し会わせたわけでもないのに、一言も三浦和希がここに居たということは口にしなかった。

「酷いな…………これは。」

酒池肉林状態ではなかったけれど、そこにボンヤリと座り込んでいたそれぞれが何とも説明しようがない状態だった。勿論白鞘の身体もスナッフで見せられていたのと変わらないが、もっと酷い状態にされている人間もいる。女性だと思っていたら乳房を手術でもされた男性だったり、痣やピアスだらけになっている人間もいたのだ。その一人一人を救急車に乗せて見送る。
それが正しいことだったのかどうなのかは、結城晴にも全く分からない。この先を考えてしまうと見つからない方がよかったのかも知れないとは思うけれど、もしかしたら後遺症には苦しむかもしれないけれど少しは元に戻る面もあるかもしれないとも思う。どちらが正しかったか…………でも見つけなければあそこで死ぬまで…………

「晴。」

槙山忠志と一緒に現場に残り白鞘を救急車に乗せて見送った後、刑事の風間祥太に話を聞かれてから帰途につこうとした晴を駆け寄ってきて抱き締めたのは言うまでもなく狭山明良だった。
数日だけだったとはいえ晴の方も和希のお陰で(因みに槙山忠志は三浦の幼馴染みで、和希のことを未だに探しているのだという。だが、何故か和希という人間は記憶障害の癖に、自分のことを完全に記憶している忠志のことだけは上手いこと避け続けているらしくてここまでニアミスしかけても何故か忠志とは出会わない。今回も声を聞いて逃げ出したらしいと聞いて、忠志が『あのやろう、また逃げたか』と舌打ち混じりにいったのはここだけの話だ。)連絡もせずに行方を眩ますことになってしまったから、明良にはとんでもなく心配をかけてしまったのも分かっている。それでも明良はあの後お説教は全くしなかったし、今までと変わることもなく晴のことを呼ぶ。

「明良、お帰り。」

家にいる晴の姿を見てほんの少しだけ安堵の気配を伺わせる明良の姿に、晴も強く罪悪感を感じてしまう。こんな風にしたかった訳じゃないのに、と思うけれど、結局は自分がしたことの対価でもあるのだ。明良がこんなことばかり起き続ける晴との交際にウンザリして、もう別れようと切り出す可能性は日に日に高まっている気がしてしまう。

「晴?!焦げてる!!」
「え?あっ!!わぁ!!」

ボンヤリしながら調理していたから、フライパンの上が焦げ付来はじめていたのに晴は慌てて火を止めてハァと溜め息を付く。焦げの部分を避ければ食べるのに問題はなさそうだけれど、既に何回目の失敗で自分でもうんざりしてしまう。

「晴……。」
「ごめん。焦げてないとこ食べるんでいい?」
「…………晴、白鞘の見舞いに行こうか?2人で。」

思わずガチャンと音を立てて火を止めてフライパンを置いてしまってから、晴は戸惑いながら明良の顔を見つめる。まだ入院した白鞘千佳の状況は知らされていないし、身内でもない自分には会わせてもらえるかどうかも分からない。何しろ白鞘の両親にすら晴は会っていないし、あの悲惨な状況の説明は警察に全て任せたのだ。

「直ぐじゃなくて…………もう少し落ち着いたら。2人で。」

明良がここまで何も言わないのは、晴が親友だった白鞘を探した気持ちが十分に理解できているからだと気がついた。高々友達に対する捜索としては熱が入りすぎていると思うかもしれないが、親友が変わり果てた姿で写っている映像を見て放置するほど晴は薄情ではない。それに探す術を知らないなら兎も角、晴は宏太達のような探す方法を知り尽くした人間の傍にいた。そして偶々探す能力のある人間に、直に依頼が出来てしまったのだ。
本当は連絡もしないで心配させてと怒りたいだろうし沢山言いたいこともあるのだろうけれど、それでも晴の気持ちを理解して今はこうして我慢してくれているのだ。それに気がついたら思わず晴はトコトコと歩み寄って、その明良の膝の上に座り明良にギュッと抱き付いている。

「晴…………。」

優しくて大事な明良。その明良に心配をかけたのは反省してるし、でも見つけたけれ白鞘があれでみつけられたからこそ、ここからまた違う苦しみに追い込まれたと言えるのかもと思うと苦しい。

「あぎ……らぁ…………ふぇ…………。」

不意に決壊したように泣き出した晴に明良は目を丸くするけれど、ここまで帰宅してから晴が怒るでもなく泣くでもなくて無表情いたのに気がついていた。吐き出したい感情を必死に抑えるのに、晴は表情を殺しがちになっていたのだ。しがみついてウエウエと泣き声をあげ始めた晴の頭を撫でながら、明良はまた少し安堵していたのだった。



※※※



傷のために短くした部分にあわせて、栗毛の髪の毛を揃えてカットした髪型。所謂ツーブロックを眺めてこういう髪型初めてだねと笑う源川仁聖は何処かサッパリとした顔をしていて、榊恭平もそれに僅かに微笑む。

致命的とまではいかないだろうが、傷が安定するまではモデルは休止

それがあの時仁聖と藤咲信夫のだした結論で、顔に傷跡か残るとしてどれくらいの傷跡になるか、またメイクでごまかせる程度のものなのかは治ってみないと分からないということなのだ。髪の毛なんかはウィックで簡単に誤魔化せても、傷跡の腫れとかは印象も変わる。そしてその代打は、全て三科悠生に任せると言うものだった。悠生はその提案に呆気に取られ、自分では仁聖のかわりは無理だとかなり抵抗した。が『無理じゃなくて、死に物狂いでやれ。』と仁聖に怖い笑顔で言葉を投げつけられて、信夫からは代打で仕事が切れたら賠償な?と黒い笑顔で言われて。

お前シェアハウス預かりな。毎日空いてるとこはタダでレッスンしてやるから。

と賑やかに藤咲地獄の特訓を命令されていた。そうして経過観察のために一晩あの秘密のクリニックに入院した後、信夫の行き着けのサロンで髪をカットして貰ってきたのだ。仁聖は助け出された直後一時ふらつきはあったが、あのとんでもない香の後遺症もなく(一応同じく吸ったと思われる恭平も問題はなさそうで)今のところは頭にも問題がない。とんでもないと言うのはあれが何か後から鳥飼信哉達から聞かされたからであって、確かにホンノリ甘ったるい臭いがあったのは分かっていた。でもてっきり男物の香水の残り香かな、程度にしか思っていなかったのだ。

「何か異常があったら、即連絡ね。」

そう賑やかに若瀬医師の変わりに来て、半日程仁聖の様子を見ていた看護師の宇佐川義人にそう説明されてから仁聖は恭平と連れだって帰途につく。気がつけばもうあの騒動から1日半近くが経とうとしていて、外崎了もやっと数時間前に目を覚ましたと義人経由で知らされている。了の方も後遺症がないか確認するためまだ今夜は入院が必要だと言うことだが、今のところは大きな問題はなさそうだ。

「あー、もぉゴタゴタだったねぇ。」
「そうだな…………。」

ことの発端になった結城晴は、狭山明良に捕獲されて帰宅した。そう槙山忠志から連絡が来たからと義人から聞いているし、一先ずあのとんでもない施設は警察に押さえられ隅々まで調べられているという。晴が探していたという晴の友人とか言う人も同じ建物から見つかったとは聞いたし、そちらに関しては大きな病院に入院になったとも聞いた。晴が一緒に歩いていた青年に関しては慌ただしくて詳しくは聞けなかったが、晴が無事ならその青年も無事なのだろう。

「恭平?」

恭平には夜の内に何でこんなことになったかはちゃんと納得して貰えるよう説明したし、恭平に病院のベットの上だと言うのに抱っこされて昨夜は寝た訳で。それでもまだ少し恭平の顔色は優れない。

「大丈夫?…………調子悪い?」

あの香は、以前恭平が飲んで副作用を起こしたモノと同じ成分なのだと聞いていた。効果の出方としては濃度が関係していると言うし、了が居た部屋以外はそれ程濃度が高くはないから一先ず副作用を起こすほどの問題はないと言われた。錠剤としての薬剤より廊下やそこかしこに充満していたものは、遥かに濃度は薄くて気分が高揚する程度だろうと言う。そういわれれば恭平だけでなく外崎宏太の方も我を忘れてという状態だったそうで、宏太のストッパー役だった鳥飼信哉は大変だったらしい。それでも自覚はあるとは言え少し我を忘れて狂乱しかけていた気がする恭平は、人気のある病院のベットだと言うのに仁聖から一時も離れたがらなかった。恐らく自分が以前前後不覚になって救急で搬送されたことがあるから、自分のことだけでなく仁聖のことも心配していたのだ。

「いや…………。」

思い詰めたような恭平の俯く顔に、仁聖果てを繋ぎながら心配そうに覗き込む。濃度がどうこうと言われても空気の中に混じったものの濃度なんて正確には分からない訳だし、濃度が濃い場所を通過したとかいう可能性だってない訳じゃない。

「恭平…………?」

覗き込む仁聖の瞳を見つめ返すようにして恭平が少し考え込んだ後に、不意にソッと自ら口づけてきたのに仁聖は目を丸くしてしまう。人前では余りこういう行為に至らない恭平から、率先してこんなことをして貰えるのは中々ない。そっと柔らかな唇を重ねられて唇を甘く噛み、ソロリと舌で唇を舐められてしまっていた。ジワジワと頭の芯まで甘くトロトロに蕩けてしまいそうな心地よい感覚に、仁聖は思わずされるままにウットリとしてしまう。そして暫く仁聖の唇を堪能した恭平が、少しだけ上目遣いに可愛く仁聖のことを見つめている。

「………………仁聖。早く……帰ろ…………。」

ホンノリと薔薇色に頬を染めて恥じらうようにそう粒やく恭平が、余りにも可愛くて仁聖も悶絶しそうになってしまう。出来ることならこのまま傍のラブホテルでも構わないからベットに雪崩こんで身体中に愛撫して、グズグズに恭平を蕩けさせてしまいたい。そう素直に願いを呟いた仁聖に、頬を更に赤く染めながら恭平が何を言っているんだと言いたげに呟く。

「…………ダメだぞ…………暫く駄目って言われてるんだからな…………。」
「は?……え?」
「頭の怪我だから、…………暫くはエッチは無し。」
「嘘でしょ?」
「…………興奮したら駄目だって言われてるだろ……。」

ええ?!と思わず叫んでしまったけれども、確かに暫くは興奮するような行動は禁止ねと帰途に付く時に義人から厳命されていたのだ。それをすっかり失念していたのは事実だったけれど、ここに来て駄目だなんてそんなの無理と仁聖が大きな声で悲鳴をあげている。それに恭平は苦笑いしながら、駄目だからなと可笑しそうに繰り返す。

「そんなぁ!そんなの無理!絶対無理ぃ!」
「無理でも我慢。」
「そんなの無理だよ!俺破裂しちゃうってばぁ!」

破裂ってお前は何を言っているんだかと笑う恭平と連れだって、仁聖は甘えるように恭平にすりより手を繋ぐと再び歩きだしていた。
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