鮮明な月

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第十七章 鮮明な月

248.

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梅雨時の夜の空が少し靄をかけたように霞んでいる。先ほど不意に1度に強く降り始めていた窓を叩く雨脚の音に、一緒に縺れ合うようにして眠っていたベットで源川仁聖だけがふと目を覚ましていた。そうして恭平を抱き締めたまま、ベットの上の逆さまの視界で窓を見上げている。そんな風に何気なく見つめている先でバタバタと打ち付けていた雨脚が突然止んでいき、やがてスゥッと雲の合間に柔らかな月の明かりが弱く差し込む。まるで天上の音楽みたいに流れていた雨脚が遠退き、呼ばれたように月が光る光景に仁聖は目を細める。

後…………数日。

仁聖が二十歳になるまで、もう後10日もない。その腕の中には心地良さそうに眠っている月の光に青みがかるような白い肌をした榊恭平の姿がある。
彼と仁聖が出逢ってからもう16年になるし、そしてこうして傍に居られるようになって(まぁ、心が通じあってと言うことでカウントさせて貰えばということで)から2年。本当に幸せだなと腕の中の暖かさを見つめながら思うし、これからだってずっと恭平と2人で幸せでありたい。

叔父・秋晴には、以前から自分が榊になるからと宣言している。

先日恭平には少し待てと止められてしまったけれど、実は秋晴には仁聖はもう養子縁組宣言をしてしまっていたりする。互いに両親もいない2人。そして榊の家は恭平が最後の一人で、恭平が再三の宮内への養子縁組を断る最も大きな理由の1つはそれだ。榊家は墓のある寺で分かる通り、実はここら辺近郊では古くからある旧家。鳥飼信哉や外崎宏太もそうだし、慶太郎の宮内家や鳥飼の父親の真見塚家、久保田松理の実家・志賀家なんかと同じくらい古くからの家系らしい。勿論だからなんだと言われることかもしれないけれど、恭平が少なくとも榊の名前のままでいたいとずっと思っていたのは事実だ。逆に仁聖の方には言わなくとも分かるだろうがそういう観点が全く無いし、源川には叔父・源川秋晴がいる。そんなわけで仁聖は家名に執着もない上に、籍を抜いても叔父さんは叔父さんだと思うし、それよりは何より恭平の家族になれる方がいい。

名前だけで家族って訳じゃないけど、榊になれば堂々と家族って言える

恭平が家族で大切な人と宣言できてしまうことの方が、仁聖にとっては遥かに薔薇色の幸せ。特別だとずっと思っていてくれた恭平と本当の家族だと言えるのが、正直待ち遠しいとスヤスヤと甘い吐息で眠り続ける恭平を眺めながら思う。

「恭平…………大好き…………、愛してる…………。」

止める隙もないままに口から溢れ落ちていく甘い声。その綺麗な体を抱きしめたまま熱を含んだ甘い吐息で、恭平の耳元に顔を埋めて声を落とす。熱くて仕方がない体を持て余し、その思いの全てを示すことができるなら。きつく抱きしめ何度も何度もその体の感覚を確かめるように、自分の体を擦るように触れ合わせる。

「………俺…っ……好きだ………よ、恭平の事………愛してる。」

ピクン。
微かな体の動きが腕の中に走って、それがあっと言う間に眠っていた筈の腕の中の体を強張らせた。仁聖は首筋に埋めた顔を上げて、目の前の青年の顔を覗き込んだ。夢の中にいた筈の恭平が腕の中で頬を染めて目を伏せているのに、仁聖は思わず微笑みながら綺麗な黒曜石の瞳を覗き込もうとする。

「好きだよ………恭平。愛してるよ。」
「………………寝起き…………に、……刺激強すぎる…………。」

弱々しく囁いて返された言葉に、仁聖はなおのこと幸せそうに微笑みかけながら覗き込む。ポォッと薔薇色に頬を染めた恭平は途轍もなく可愛い顔で、困ったように視線を反らそうとするけれどそれを許すような仁聖でもない。愛の言葉を仁聖が耳元で更に囁くのに、恭平は真っ赤になって恥ずかしいのかモゾモゾと身を捩って逃げ出そうとしていたりする。

「もぉ逃げないで。」
「恥ずかしい…………、バカ……。」

モソモソ暴れる体を押さえ込んで笑いながら言い返しながら、恥ずかしがって隠そうとする顔をまた仁聖が覗き込む。恥じらう鮮やかな感情を浮かべた表情がそこにあって、仁聖は思わず頬に口づけながらダメと繰り返す。

「逃げちゃダメ。恭平ぇ好き。愛してる。」
「も、もう恥ずかしいから、やめ。」
「やめないよー?恭平が、逃げるのやめて?」

腕の下で暴れるしなやかな身体が、微かな熱を持って朱に染まっていく。そんな艶めかしい変化を眺めながらも、力をこめてずり上がって逃げようとする恭平の体を自分の腕の中に引き摺り下ろす。その仁聖の動きに恥ずかしがって闇雲に暴れる恭平が、本気で逃げようとしていないのはもう分かっている。恭平が本気で逃げる気なら、仁聖なんか相手にならない。何しろどんなに体格で仁聖が勝っていても、恭平は無敵師範で人間兵器なんて呼ばれている鳥飼信哉にも一目置かれる存在だ。

「もぉ、駄目だって、じんせ、こら。」

恭平が仁聖にだけ甘えてくれているとちゃんと知っているし、抱き締めた腕をいやがっているわけでもない。恭平が仁聖を心から愛してくれるし大事にしてくれるから、自分も恭平にそうしてあげたいと思うし恭平の家族になりたい。

「大好きだよ、恭平。I love you more than anyone else in the world.」

グリグリと身を寄せられ熱っぽく耳元で愛の言葉を言われるのに、腕の中の恭平の顔がカッと朱に染まったかと思うと、流石に今度は本気で逃れようと身を捩りだしている。恥ずかしさに仁聖の視線から必死に顔を背けベットに顔を伏せようと身じろぐ恭平がとっても可愛い。

「まっ………待って!もぉ恭平!待ってったらぁ!」
「お前、そういうの平気で言い過ぎっ……もぉ!」
「えー?本音しか言ってないよ?」

恭平が最後の抵抗と言わんばかりに顔を背け、綺麗で鮮やかに肌を染めながら腕で顔を覆う。久々のその仕草を目の当たりにしながら、抱きすくめた体を縫いとめる様に柔らかい夜具の上に押し付けて全身で圧し掛かかり体をしっかりと逃さないように抱きこんで仁聖は躊躇いがちにその耳元に唇を押し当てる。

「恭平……I'm all yours.」

室内で囁きかけられる息に、熱を含んだ肌の下で抱きすくめられて身動きもできないでいる。それに気がついた恭平が小さく息を呑んだのを感じた。自分の吐息もその目の中に入る全ての恭平の仕草に、熱を持って跳ね上がる。仁聖は、緩慢にも感じられる動作でそっと耳元に唇を触れさせ顔を埋めながら、甘く溶ける様な漂う恭平の香りを感じた。腕の中でしなやかな四肢が震えて、顔を覆ったままの恭平の微かに覗く横顔が微かに短く鋭い息をつく。それを知りながら仁聖が、そっともう一度耳に吐息を吹き込み名前を囁く。囁かれる熱にまるで怯える様に、ヒクンと一度大きく体が震える。仁聖は狂おしいほどの欲望を感じながら繰り返すように、もう一度彼の名前を囁いた。

「恭平………。」
「じんせぇ………………。」

思わずこぼれ落ちた擦れる恭平の声が、甘い音色に染まっている。仁聖はうっとりと眼を細めながら、絡みつくような低く甘く擽る様な声でまた名前を囁く。その耳を擽る様に熱を持った擦れた自分を呼ぶ声の響きに、恭平は覆った筈の腕の下で自分の頬が酷く熱を持って恭平の体がジワリと奥から熱を生みだしていく。

「………恭平………?ね…こっち見て?」

優しくまるであやす様な囁き声に、無意識に体が震える。きつく抱きしめていた筈の仁聖の腕が、いつの間にか僅かに力を緩め、そっと片手を腰のあたりにまわされながら自分の様子を見下ろしている。

「恭平………ね、お願い………顔見せて?」

必死に頭を振るその仕草に思わず寄せた唇で耳に甘い音をさせてキスをすると、その体は身を竦ませた様に震えている。前にもこんな風に恥ずかしがって顔を覆う恭平の名前を、何度も何度も呼んだことがあった。フワリと誘う低い声に恭平の体が、無意識のうちに震えて更に熱を増す。

「恭平………ね?可愛い……顔………見せて。」

躊躇う息を飲む音の後、戸惑いながら下ろした腕の向こうに浮かぶ瞳の光。そして、直に伝わる薄い毛布越しの体に起きた変化に仁聖は陶然と微笑む。その目にした腕の中にいる綺麗な月の様な瞳に浮かぶ光に、想いの端を掴んだ様な気がしていた。微笑みながら仁聖は、もう一度音を立てて恭平の耳朶にキスを振り落とし強く立ち昇る香りに酔う。

「恭平、………俺の事………好き………?」

仄かに揺らぐ差し込む光源を受けながら、蒼褪めている肌にフワリと微かな朱を走らせた。恭平の綺麗な表情を眺めながら仁聖は耳元から頬へと唇を滑らせて甘く疼く熱を落としながら疼いて弾けてしまいそうな衝動を自分の中に感じ、薄く肌を隔てる毛布越しの変化にそっと自分の体を押し付ける。

「………嫌い?」
「ば………馬鹿言うな…………っあ…。」

ゴリ……と肌に擦れる仁聖の硬い股間の感触にボォッと更に赤面した恭平を見つめ、仁聖は歓喜の想いを抱きながら熱く滴る様な吐息で何度もその名前を耳元に囁く。グイと押しつけられた体に思わず甘く震わせた恭平の声に、仁聖がまた微笑むと困惑した瞳がまるで睨みつけるように光を放ちながら彼を見据えた。

「……バカ…………スケベ…………。」
「えぇ?恭平が好きだからエッチしたくなるのに………恭平の事…好きだから触りたいんだけど…………。」

好きなんだもんと躊躇いもなくストンと落ちてくるような、ハッキリとした想いを綴る。言葉に反論しょうがない恭平が絶句するのに笑ってしまう。自分を上目遣いに見つめるの恭平を、仁聖は嬉しそうな笑顔を鮮やかに浮かべてむかえる。そして、仁聖はそっとその耳元にもう一度顔を寄せていく。

「ん…っ…仁……せ………、やめ……。」

その何を予期して肌を寄せる行為に、恭平が鮮やかに反応する。その様子に仁聖は体の奥で更にうねる欲望の衝動を感じながら、また幸せそうに微笑んでしまう。こうして受け入れてくれる恭平が、愛しくて仕方がない。

「ねぇ……………俺ね?………俺、ほんと幸せ。」
「え……っ………?」

恭平がいてくれて。そう囁きかけてくる仁聖に何時になく真っ赤な熟れたトマトのようになってしまう恭平に、仁聖はトロリと幸せに満ちた微笑みを浮かべて見せる。ギシと微かに軋む音をさせて月の仄かな光の中に浮かぶ身体。ベットの上には見事な身体に育ち、しなやかな四肢をした仁聖がいる。栗毛の髪をした青年に覆いかぶさられながら、白々とした陶器の様な滑らかな肌をした艶やかな黒髪を夜具に散らす恭平は思わずその見事な体躯に見とれてしまう。

「どうして欲しい?……恭平、教えて……?」

以前もこんな風に問いかけられたことがあったと頭のどこかで思う。でもあの時の仁聖はどこか悲しげで、切羽詰まった顔をしていた気がする。それから何度もここで抱き合ったし、お互いの中にあった様々な苦悩を共有もしてきた。

俺が…望む……事?

そんなの決まっている。柔らかな幸せにそうな微笑みで問いかける仁聖に向かって、恭平がソッと手を伸ばすと仁聖はそれに嬉しそうに笑う。

「どうする?恭平が、ダメっていうなら、その通りにする、けど。」

呟く様な仁聖の少しだけ悲しげな口調に、吸い寄せられたように視線が止まる。分かっている癖にそんな風に拗ねた顔をして見せる仁聖に、そんなの狡いだろと恭平が少しだけ思う。そんな顔をされたら恭平がどう答えるかなんて、聞かなくてももう分かっている筈だ。暫しの間息をつめるようにして真っ直ぐに恭平を見つめていた仁聖は、その姿にふっと淡く微笑みを浮かべた。かと思うと、優しく柔らかい撫でる様な仕草でスイッとその頬に指を滑らせた。

「言わないの?……………恭平。じゃぁ……俺・好きにしちゃうよ?」
「言ってもする癖に…………。」
「ふふ、………俺、恭平を愛してる…………。」

あやす様に諭す様に柔らかい声が低く囁く。それは恭平の耳を擽りながら、肌に沁み込み溶けていく。滑らされた指先が毛布の下の肌に潜り込んで、直に触れるのに恭平は身を強張らせたが、仁聖の手はただ恭平の体を抱き寄せただけでその動きを止めている。ただ抱き寄せられ、きつく抱き締められたまま、夜具の上で相手の重みを直に感じる。戸惑うような視線で恭平は、首筋に顔を埋めたままの仁聖の顔を覗き込むように視線を巡らせる。その視線に気がついて間近にある瞳にニッコリと微笑みかけた仁聖は、まるで摺り寄せる様に顔を寄せる。

「………俺、恭平がいてくれたら・何もいらない。」
「……仁聖……。」
「好きだよ、恭平。何回でも言う…………愛してる。」

真っ直ぐで淀みのない感情を素でぶつけられて言葉を失う。恭平の顔を覗き込みながら、しっとりと濡れるような恭平の唇に触れる。小さく音を立て柔らかく丹念に愛撫するように自分の唇と舌とで恭平の唇をなぞりあげ、次第にその行為に恭平の体の強張りが解けて仁聖の腕の中に再び収まっていくのを感じていた。
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