鮮明な月

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間章 ちょっと合間の話3

間話36.デレ投下

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不機嫌そうな声で外崎了に何時までそうしてるんだと指摘されて、自分が室内の音をまるで聞き取れていなかったのに外崎宏太も気がつく。ゲストルームに籠って既に了はベットに入っていると宏太は思っていたのに、一人ここで立ち尽くして考え事をしているうちにベットから出ていたのだ。しかも扉の傍に了が来ているどころか、扉を開く音がするまで自分の事を了が気がついているとも考えていなかった。扉を開けてくれたのに、それでも不機嫌そうなままの声に何をどうしたらいいのかまるで分からない。

「了………………。」

ただ単に了に矢根尾俊一の話をしたくなくて一人で勝手に事を進めようとして、結局はこうしてバレて激怒されている。そうなる可能性があるのを知っていて風間祥太の依頼を宏太が受けたのは、風間が矢根尾を殺したのは三浦和希ではないかと疑っていたからだった。だからこそ風間は宏太に助力を頼んだのだが、それもまんまとバレてしまったのだから了が激怒するのは当然だ。何しろ宏太が三浦に関わると冷や汗をかいたりして体調を崩したり倒れたりするのを、了は何度も見ているし了が抱き締めてくれたら治るなんて事も何度も口にしている。それでも最近では三浦の関係だけなら、了にはキチンと説明してくれるようになっていたのに

………………矢根尾は倉橋亜希子の殺害容疑者で、今の三浦は倉橋に固執している。

以前は別な『真名かおる』という女を探していたというのに、一時的に数ヵ月の行方不明の後この街に戻ってきた三浦和希は倉橋亜希子を探しているとハッキリと告げたのだ。それを知ったからこそ、過去だけでなく現在進行形で倉橋亜希子を害してきた矢根尾に、三浦は復讐をする可能性があると考えたのだ。しかも矢根尾が隔離されていた場所から、唯一逃げ出した経験を有しているのも三浦だから忍び込むこともかのうかもしれない。そして三浦のこれまでの殺害方法の頻度が最も高いのは、宏太の傷痕の話を持ち出すまでもなくナイフによる刺傷なのだ。その上三浦は遺伝子学上の父親である進藤隆平という男から、外崎宏太や久保田惣一に匹敵する程の電子機器類の技能を指南され受け継いでもいるとされている。
だからこそ矢根尾俊一を殺したのは三浦和希ではないかと風間は密かに考えているのだし、その殺人に必要と思われる技能や経験を全て持ち合わせているのは三浦なのだ。

「………………俺は…………。」

それでも実際のところ今の宏太は三浦のことをどうこうしたい訳ではないし、関わらなくていいことなら関わらないでしまいたいのだった。進藤隆平の画策に踊らされて三浦と関わったと知ってしまって、自分のトラウマになっている《random face》で死にかけた時に聴いた声の正体を知った。その後に三浦と接近遭遇したが、三浦は自分を地獄に落とした宏太の事を断片にすら記憶していないのも知っている。怯えていたものの正体を知って、しかももう1つの怯えていたものの方は自分の事なんか歯牙にもかけていないという真実。

つまり……俺は何もない影に怯えていただけに過ぎない…………

それでも同時に過去に矢根尾俊一と交際を始め、やがて苦しんでいく多賀亜希子のことを知っていて助けなかった事を密かにずっと悔いてもいた。宏太は彼女の顔を知らない友人として長く多賀と交流し、矢根尾の危険性に充分に気がついていて何度か助言はしてたが、その男から逃げる術を知りながら教えもしなかったのだ。その結果彼女は次第に疲弊し壊れ何度も自殺未遂を繰り返し、顔も知らない友人は彼女を助けられなかった罪悪感を抱く。

了へ抱いた恋愛感情とは全く違う、だけど………自分は多賀亜希子を幼馴染みと同等に好んでいた

だからこそ助けてやれなかった彼女の事を悔いた。そうしてその後も宏太は様々な後悔に苛まれて、更に新たな後悔にまみれて、結局は何も出来ずにこうして足掻き続ける。それは矢根尾に性根は変わらないと感じたのと何も変わらず、自分は変えたくてもこれを変えられない愚鈍な男なのだ。

泣きたい…………思い切り泣きたい………………

以前はこんな風に感じたことなんかなかったのに、こうして目を潰され完全に泣けなくなってしまってから、なおのことこんなことを繰り返し考えるようになってしまう。思い切り泣けたらどんなにこの胸の重みは軽くなるだろうと、何度も何度も宏太は繰り返し思うのだ。

澪の事だって、喜一も、右京も希和も…………

しかもこうして誰よりも大事で必要な筈の了を守ろうとして、逆に何度も怒らせて繰り返したくてしているわけでもないのに繰り返してしまう。自分は子供の頃からずっと要領も良くて何事も上手くこなしてきた筈の人間なのに、何故かここに来て何もかもが上手くいかずに途轍もなく不器用な男になってしまった気がする。

「………………もぉ、なんだよ………………。」

深い溜め息混じりの了の声に、戸惑いと胸の痛みが増していく。呆れられ嫌われてしまったらと不安で仕方がないし、見えない宏太には何もかもが不安だなんて口にしたら了は驚くに違いない。了の事を目で見て判断できたらどんなに気持ちが楽だろうか、後悔でギシギシと軋んで砕けて壊れてしまいそうな痛みに飲まれていく。それを一体どうしたらいいのか分からないでいる宏太に、スルリと暖かな手が伸びてきて手をとられ引き寄せて来るのにされるがままになる。

「こぉた……ほら、もぉ…………。」

優しい声で引き寄せられ手を繋がれて、しかも直前まで閉ざされていた筈の扉から室内に引き入れられても何も言葉にならないまま、大人しく従う宏太を了がベットに音を立てて座らせる。そして黙り込んだままの宏太の血の気の引いた頬に、暖かな指を滑らせた。
慣れてしまったせいか最近では自宅ではサングラスはかけることもなくなったから、晒された醜く大きな顔の傷痕は隠しようがない。傷でひきつれて歪んだ瞼のせいで嵌め込む義眼が常に覗き、そして収まりが悪いから左右に視点がズレる。それでもその顔を醜いなんて一度も思ったことはないし、大事な了の宏太の顔を両手で包む。

「そんな泣きそうな顔するくらいなら、怒らせることすんなよ……バカ。」

優しい声で口付けられ、そっと抱き締められる。自分の顔にそんな感情が浮かぶのを読み取れるのは恐らくこの世の中には了ただ一人で、この顔を真っ先に見ても怯みもしなかった。それどころか以前の自分と何一つ変わりなく、いや、それ以上に自分をこんな風に大事に引き寄せて。

「…………こぉた。」

優しく名前を呼ばれ我慢が出来なくなって、思わず目の前のしなやかな腰を引き寄せ抱き締め返すと了はまるで子供にするみたいにポンポンと背中を優しく叩く。産まれてこの方こんな風にあやされる何てされたことがないのに、了にされると酷く心地よくて大人しくなすがまま受け入れてしまう。

「怒ってんだからな…………、俺は。」

それでも了が抱き締めて背をポンポンと叩くのが止まないのに少しだけ安堵して、了の胸元に押し付けた頭を擦り寄せる。どうしたら以前のように上手く了を怒らせなくて済むのかと何度も思うのだけど、というより以前は怒らせても歯牙にも止めていなかったのだと気がついてしまう。恐らく以前の宏太は周囲にどう思われようがどうでも良くて、言うなれば矢根尾と同じ傍若無人な存在だったのだ。

「了に嫌われるのも、泣かせるのも、怒らせるのも………………嫌だ…………。」

正直に言えばそうなのだ。誰々ではない、未だにどう思われても気にしない面はあるが、了にだけは嫌われたくないし泣かせたり怒らせたりもしたくない。その感情を自覚してから宏太はドンドンと変化し続けて、自分でも訳が分からない事をしたりしているのだ。それでもポツリとそんなことを呟いた宏太に、了は驚いたように少しだけ手を止めていた。

「嫌なら…………すんなよ。もぉ。」
「しないようにしてるつもりなのに…………上手く出来ない。」

それは宏太の心の底からの本音で、上手くやろうとか上手くやれると思ってやったことが悉く裏目に出てしまうのだ。

「矢根尾の事も……お前に近づけたらお前が苦しむと思って………………でも、上手く出来なかった……。」
「………………はぁ…………だからさぁ?もういいんだってば…………。」

確かに矢根尾と接触して倒れたのは事実だし、多分了には今も直接面と向かっては話す事も出来ないに違いない。それでもこうして今のように傍に宏太がいてくれれば、もしもの時は必ず宏太が自分を抱き止めてくれるし守ってもらえるのは分かっている。

「だから、いいんだって。宏太がいるから、大丈夫なんだよ。」

事前に全てを回避しなくとも、宏太が傍で守ってくれるのを了は信じていると告げた。宏太はその言葉に不思議そうに眉を潜めて戸惑う様子で顔をあげていて、了はその膝にストンと腰を下ろしている。

「前みたいに一人きりで堪えなくていいの分かってるし、宏太が受け止めてくれんの分かったからさ。」

だから俺はもう平気だよと膝の上に座って首元に腕を回した了が言うのに、宏太は僅かに眉をあげてその腰を抱き寄せ方に顔を埋める。その仕草に了は少しだけ笑って再びポンポンと宏太の背中を撫でながら、あやすように叩くのを繰り返して。

「…………こぉただって、隠されて後から聴かされるほうがヤだろ?」
「…………ん…………。」

珍しく素直に同意した宏太に内心では少し驚きはしたけれど、少しは分かったか?と問いかけられるのに素直に頷く宏太がいる、こんなに嫌がるなら少し考えればいいのにと思いもするけれど、今まで自由にやってきたことを変えろと言うのは難しいことなのかもしれないと思う。産まれてこの方自分が思うとおりにしかやっていなかった男が、突然自分のために行動を大きく変えろといわれても流石に難しいのだろうけれど。

でも、今変えてもらわないと

そう思うのは宏太が今急激に変わり始めていて、それに惹き寄せられる人間もおおいと思うからだ。元々だって充分すぎる程に人を惹き付ける男だったと了は思うし、変わり始めた宏太は正直なおのこと人を惹き付ける。人の良い奴らばかりなら良いけど、その中にこの傷をつけた三浦みたいな奴らも混じっている可能性は高い。

「反省したか?」
「…………ん…………悪かった…………。」
「よし、じゃ。」

大人しく頷いた宏太に納得したように口にした了が立ち上がろうとしたのに、宏太は慌てて腰を抱き寄せ引き留めてくる。許してくれたんじゃないのかと言う顔に、あのなぁと了は冷ややかに視線を変えてそれとこれとは別だって言ってんだろという有り様。

「許してくれたんなら、一緒に寝てもいいだろうが。」
「あのな、お前いつも俺が絆されると確信してるだろ?だから、繰り返すんだろ?嫌なことしたら嫌なことされるの。いい加減、一回痛感しろ!」

何だと?!許したんなら一緒に寝ても良い筈だと宏太が必死に食い下がっても、今晩は一人で寝ろと賑やかに微笑みながら了は折れようともしない。こうなったら

「一人で寝るのは嫌だ。」
「知るか。」
「了…………。」

不意に強請るような甘い声で名前を呼んで、離れようとする腰を抱き寄せたまま頼むと囁く。自分でもこんな風に意図して強請るなんてことはしたことがないが、それでも背に腹は変えられないのだからやるしかない。

「了、せめて…………横にいたい。同じ部屋にいさせてくれ…………。」

世にも珍しい宏太のお強請りに、グッと了が言葉につまるのが分かる。流石に自分でも四十路の親父のお強請りなんてと思うのだが、今はそんなことどうでも良い。少なくても閉め出しだけは回避したいのだから、宏太は必死に了と一緒にいたいと甘く低く響く声で繰り返す。

「頼む、一緒にいたい………………了。」
「だ、…………ダメ………………。」
「了………………頼む………………。」

了の声が揺らいでいるのに、後一推しと宏太は必死に繰り返し腰を抱き寄せる力を強めて引き寄せる。悩殺ものの低く甘い響きを漂わせる声で、繰り返し一緒にいさせてなんて頼まれて、しかもいつになく甘えるように肌を寄せられて。こういうのをギャップがどうとか言うのだと知っているけれど、だから何だと言うのだ。一先ず了と一緒の部屋に寝させてもらえるのだけは、どうしたって死守したい。

「了………………。」

こうなったら恥も外聞もあったものかと、宏太は普段ならする筈もない発言を爆弾として投下する。

「ただ………………一緒にいたいだけなんだ………………駄目…………なのか?」



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