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間章 ちょっと合間の話3
間話10.自制するしか
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外崎邸のトイレで腫れた乳首を絆創膏でカバーするつもりだっただけなのに。
偶々乳首を掠めた布地に擦られただけで所謂・発情状態に陥ってしまった晴は、結局最近の執拗な明良の愛撫責めの疲労と寝不足のせいか逆上せてしまい卒倒してしまっていたのだった。気がついた時にはリビングまで担がれて(恐らくは外崎宏太にだろうが、そこら辺の状況は意識のなかった晴にはまるで想像も出来ない。トイレの鍵は閉めていたと思うけど個人宅の鍵には外から開けれるタイプもあるからとか色々考えるけど。)移動させられるなんて、正直言うと結城晴自身だって情けないやら恥ずかしいやらだ。しかも晴がそんな事態をここで起こしたのは、実際には初めてではなく既に二度目。と言うこともあって、リビングのソファーの上で目を覚ました晴は、覗き込む心配顔の外崎了の肩越しに遂に社長の宏太からここで働くのは無理かと率直に問われてしまったのだった。
だよな…………言いたくなるよな、二度もこんな風に卒倒して倒れるようじゃ………………
宏太の言葉に晴は何時もの快活な口振りは何処へやら、宏太に何一つ言い返すことも出来ずにいた。そして戸惑い俯いたまま、完全に言葉を失ってしまっている。未だに逆上せたように熟したトマトみたいな赤い顔のまま、けれど今にも泣き出してしまいそうな顔にも見える晴に、晴の目の前にいた了は宏太がした質問の本当の意図が晴には伝わっていないのに気がつく。
宏太が晴にここで働くのは無理かと問いかけたのは、仕事をするのが無理なのかと言う意味ではない。でも普段なら宏太の発言に軽口で対応も出来て裏にある意図も割合汲み取っている晴なのだが、今はそこまでの思考が逆上せているせいか全く追い付けないでいる。そしてその様子を目の見えない宏太では、見えないのだから察してやることが出来ない。
「晴。」
晴の様子に了が仕方ないなぁと苦笑いしながらポンッと頭に手を乗せていて、でも俯いたままそれを見ていない晴の瞳からは宏太に言われたことが悔しいのか・それとも困惑の余りなのか堪えきれなかった大粒の涙が一粒溢れ落ちて掌にあたる。晴は基本的には快活で楽天家だけれど、仕事に関したは昔から妥協しない面があるのを先輩として指導していた了はよく知っていた。だから、営業として必要な技能を身につける努力を怠らない晴は、あっという間に自分が教え込んだことは身につけた可愛い後輩なのだ。だから、仕事場でこんな風に卒倒して迷惑をかけるなんて晴だって不本意だろうし、それをしたくてしているわけでないのも知っている。それは当然宏太だって既に何ヵ月も晴と接しているのだから、十分に理解しているのだ。
「晴、宏太はここを辞めろって言ってるんじゃない、対処仕切れない事を背負うなって言ってるんだ。」
「…………どういう、意味?」
実際のところ結城晴はコンサルタント業としてかなり有能な社員で、『五十嵐ハル』としての調査関係がなかったとしても社員として十分な働きをしている。今の宏太が聞きたいのは晴がここで働くこと自体が、狭山明良を煽っているのだと晴の方も考えているのかと言う点なのだ。もしそうだとしたら対応策としてここで働くか明良のどちらかを選択になるしかないかもしれないのはあるのだけれど、そうではなく何か他に明良の起爆剤になるスイッチがあるのならそっちを対処できれば有能な社員を失わなくてもいいわけで。大体にしてパソコンをフル活用できる晴なら外崎邸で働くのが無理でも、最低限の事以外はリモートワークで自宅でやっても十分今と同等の仕事はこなせる。それに根本的に晴がここでまだ働きたいのに、今更に無理矢理来るなと切り捨てる程宏太だって非情ではないつもりだ。
「ここで…………働くの……が?」
「お前がここで働くこと自体が、それの…………明良の行動の理由なのか?ん?」
何気なく宏太に指差された胸元に、それが遠回しに酷く腫れ上がった乳首のことなんだと気がつかされて晴は結局二人にバレてるんじゃんと再び真っ赤になってしまう。確かにこれの発端はあの日の『五十嵐ハル』のせいではあるけれど、実際には活動の後でした明良との喧嘩が原因。その喧嘩の結果であの時の騒動に繋がったのは分かっているし、それに関しては晴だってちゃんとこれからは明良との約束を守るつもり。つまりは今回のことは二人の間の喧嘩のせいでこの仕事が理由ではないし、その後こんなに何日も明良が執拗に同じことを何故繰り返しているのかは、晴にも実は理解できていないことだった。
何で…………明良、……こればっかり?
確かに明良の行動の理由が分からないから、何で続くのかも分からない。最初はあの酔っぱらいの男にいいように触られたのが許せなくて、執拗に弄られるのだと思ったのだけれど何日も続く理由までは聞いていないのだ。宏太の質問の答えとしてプルプルと首を横に振った晴の様子に、了はヨシヨシと頭を撫でて違うってと宏太に振り返り答えている。
この場所で働くのが問題じゃないなら、なんでそこまで執拗かね?あいつは。
心の中でそう疑問を呈しながらフゥンと興味深そうに頷いた宏太がノンビリした様子でソファーの上で寛ぐ様子を漂わせたのに、晴は涙の滲む瞳を向けて戸惑いながら俺は仕事辞めなくていいの?と宏太に恐々問いかけた。
「あ?お前、ここ辞めたいか?ん?」
晴の問いかけに何故か何でそんなことを聞くんだと言いたげに、宏太が逆に問い返してきて晴は目を丸くしてしまう。ここまで面倒な状況にいる晴の事を辞めさせるなんて当然で簡単なことなのに宏太はそれを全く考えてもいないし、宏太はそれよりも何か別なことを……明良が何故こんな行動にでるのかの方ばかり気にしている。答えのない晴に改めて宏太が辞めたいのか?ともう一度問いかけてきて、慌てて晴はそれに口を開く。
「…………や、辞めたくない。」
「ならいい。」
平然とそう言われて、しかも宏太は当然みたいに寛ぐ体勢で腹が減ったなと口にして、了の方も何か食べれそうか?と晴に問いかけてくる。自分がここで働きたいならそれでいいなんてアッサリと宏太から言われると晴が思っていなかったのは、以前の宏太はある意味では完璧な現実主義者で利益にならないものは躊躇うことなく切り捨てそうに感じていたからだ。しかも自分は元々押し掛け社員の上に、宏太の大事な了に散々ちょっかいを出したクソガキの間男なのに。
なんだよ…………男前過ぎだろ、くそしゃちょー
ジワッと滲む涙を擦りソファーに座り直した晴に、宏太も了も普段と何ら代わりのない態度で当たり前のように普段と変わらない日常を再開していたのだった。
※※※
最近の榊恭平は少し以前と違う。そう源川仁聖が感じるのは今までだと自分がスキンシップ過多と言われていたのに、最近の恭平は何故か自分から仁聖に手を伸ばして触れてきてくれるのだ。例えばこの間だって夕食の準備をして食器を運んだ仁聖が座った途端、頬に触れてあの優しい指先で撫でたかと思うと自分からキスしてきて
…………悪い…………、……つい
そうキスの後に頬を染めて俯いた恭平の色っぽさ。危うくそのままリビングの床に恭平を押し倒してしまいそうになっていたのを、仁聖が必死の思いで止められたのは殆んど奇跡に近い。しかも、それはその日に限ったことではなくて、大学に向かおうとする仁聖の手を背後から延びてきた恭平のしなやかな指が絡めとって引き寄せてきたり、お強請りしたわけでもないのに恭平から『いってらっしゃい』のキスをしてくれたり、しかもあの恭平から躊躇い勝ちにだけど
「仁聖…………、そろそろ、一緒に…………寝ないか?」
なんて甘い声で仁聖の部屋の入り口から、顔を覗かせて恭平からベットへお誘いしてくれたりする。
「あ……えっと、あと少しレポート書くから、先に休んで?ごめん。」
一緒に横になったら確実に獣になる自信があるからこそ仁聖が謝りながらそう告げると、恭平ときたら少し寂しそうに憂いの表情なんか浮かべてベットで待ってるなんて今までなら言わないことを口にしてくるのだ。
何で?最近の恭平、何でこんな可愛いの?色っぽいの?
仁聖が必死で自制して穏やかに日々を過ごし少しでも恭平に体力をつけてなんて色々考えていても、こんなに誘いかけて来る恭平の変化に嬉しい反面頭を抱えてしまう。恭平は仁聖が自分の事を見ていてくれたら大丈夫なんて微笑んでくれるけれど、件のスポーツ心臓って言うものがよく分からない仁聖は一先ずそう言うことに詳しそうな相手に頭を下げて理解できるよう説明してもらうしかなかった。
※※※
「へぇ、スポーツ心臓って信哉とおんなじだな。」
そう口にしたのは言う迄もない鳥飼信哉の妻・梨央で、彼女が都立総合病院の救急病棟で看護師として勤務していたのは7月の事件の時に恭平が入院した際に便宜を図ってくれたから知っていた。それに何時でも連絡の取れる医療従事経験者は梨央くらいしか頭に浮かばないし、宇佐川義人も看護師ではあるが彼と仁聖には大きな接点がない。
スポーツ心臓あるいはスポーツ心臓症候群とは、スポーツ選手に見られる心拡大と、それによる安静時心拍数の低下といった一過性変化のこと。いずれも日常の運動が少ない人では心疾患とみなされるが、スポーツ選手では強度の運動に耐えるための適応とみなされ取り立てて治療は必要ない症状だ。
「でも、気を失ったりしてて。」
「それって最近か?源川。」
キッチンからそう声をかけて来たのは、勿論言うまでもなくこちらも同じ症状を持っているのだという鳥飼信哉。正直仁聖はまだ全面的に信哉を受け入れる気持ちではなくて余り親密に接するのは苦手だが、向こうの方は何故か仁聖に馴れ馴れしく接してくるのだ。
「倒れたのは……ここ最近。」
仁聖らしくないぶっきらぼうな返答を信哉はまるで気にかける様子でもなく、なるほどなと何か思い当たる様子で口を開く。
それは多分あの榊恭平の性格からして、これから合気道を再開するための準備を始めたのが理由なのではないかと二人はいうのだ。というのも恐らくは恭平は元々子供の頃から、スポーツ心臓の症状を持っていた筈なのだという。何故それを断言できるのかと言うと、鳥飼信哉や恭平の身に付けている合気道や古武術では著しく心肺機能に負荷がかかるそうなのだ。
「俺だけでなく、孝もそうだからな。多分宮内慶太郎もある筈だ。」
でも、信哉の言う真見塚孝も仁聖の幼馴染み慶太郎も倒れたこともなければ失神もしないと仁聖が口にしたら、あいつらは二歳とか三歳からずっと鍛練をし続けているし症状はそんなにない筈だからなと信哉が笑う。つまり恭平は一度合気道を辞めていてスポーツ心臓の症状が緩和されていたのだが、再開したことで一気に負荷をかけすぎてしまっていると言うことらしい。
「あいつは技能の桁が違うからな、身体が追い付かないんだ。」
初めて聞くが慶太郎がずっと言っていた通り榊恭平は実は途轍もない才能の持ち主で、目の前の鳥飼信哉ですら天才だと口にする。ただ現状では恭平は才能は破格でも身体が全然追い付かないのに、過剰な鍛練をしてしまっていて心臓が追い付けないのだ。
「それって……俺はどうしたら…………?」
「そりゃ、慣れるまで待つしかないだろ?信哉も慣れるまではよく倒れたらしいぞ?」
平然とそう口にする妻に、それを余りバラすなよと呑気に信哉は笑う。慣れるなんてあるのかと問う仁聖に信哉は、基準ラインが自分や周囲の人間に理解して貰えるようになれば別に問題ないと話す。つまりは自分で自分の限界を知っていれば倒れなくてもいいし、体力がついて身体が動きに馴染めば限界を判断するのも容易い。
※※※
見ていてもこれはよくてこれは駄目なんて診断できないし、何処までが駄目かなんてまだ仁聖にも分からないから、少しずつ少しずつ恭平の事を見つめながらラインを作るしかない。それにはなおのこと今までのように目茶苦茶なことをしていたら、恭平の身体に負担をかけるばかりなのだ。
だから…………今は自制してんのにぃ
それなのに今の仁聖への恭平のアプローチは激しくて、まるで恭平は日々別人みたいに可愛く色っぽく、しかもウットリするほど綺麗。なんで今と思うくらいに柔らかく甘い声で、一緒に寝ようなんてお誘いしてくれるのに理性は綱渡りばかりしている。出来るなら今すぐに押し倒して、キスして撫でて舐めて。メロメロに蕩けさせて、組み敷いて怒張を捩じ込みグチャグチャに掻き回したい。獣のように激しく腰を突き立てて奥まで満たしながら、深いところに熱い仁聖の欲望の白濁を全て注ぎ込みたいと思うくらいに。
馬鹿………………何、考てるんだか………俺
先日恥ずかしい思いをしたので、これに関してはある程度は自制心が効くようになったのがなによりだけれど、少なくとも恭平の身体になるべく負担をかけない方法を考え付くまでは仁聖自身がコントロールして自制するしかないと決心したのだった。
偶々乳首を掠めた布地に擦られただけで所謂・発情状態に陥ってしまった晴は、結局最近の執拗な明良の愛撫責めの疲労と寝不足のせいか逆上せてしまい卒倒してしまっていたのだった。気がついた時にはリビングまで担がれて(恐らくは外崎宏太にだろうが、そこら辺の状況は意識のなかった晴にはまるで想像も出来ない。トイレの鍵は閉めていたと思うけど個人宅の鍵には外から開けれるタイプもあるからとか色々考えるけど。)移動させられるなんて、正直言うと結城晴自身だって情けないやら恥ずかしいやらだ。しかも晴がそんな事態をここで起こしたのは、実際には初めてではなく既に二度目。と言うこともあって、リビングのソファーの上で目を覚ました晴は、覗き込む心配顔の外崎了の肩越しに遂に社長の宏太からここで働くのは無理かと率直に問われてしまったのだった。
だよな…………言いたくなるよな、二度もこんな風に卒倒して倒れるようじゃ………………
宏太の言葉に晴は何時もの快活な口振りは何処へやら、宏太に何一つ言い返すことも出来ずにいた。そして戸惑い俯いたまま、完全に言葉を失ってしまっている。未だに逆上せたように熟したトマトみたいな赤い顔のまま、けれど今にも泣き出してしまいそうな顔にも見える晴に、晴の目の前にいた了は宏太がした質問の本当の意図が晴には伝わっていないのに気がつく。
宏太が晴にここで働くのは無理かと問いかけたのは、仕事をするのが無理なのかと言う意味ではない。でも普段なら宏太の発言に軽口で対応も出来て裏にある意図も割合汲み取っている晴なのだが、今はそこまでの思考が逆上せているせいか全く追い付けないでいる。そしてその様子を目の見えない宏太では、見えないのだから察してやることが出来ない。
「晴。」
晴の様子に了が仕方ないなぁと苦笑いしながらポンッと頭に手を乗せていて、でも俯いたままそれを見ていない晴の瞳からは宏太に言われたことが悔しいのか・それとも困惑の余りなのか堪えきれなかった大粒の涙が一粒溢れ落ちて掌にあたる。晴は基本的には快活で楽天家だけれど、仕事に関したは昔から妥協しない面があるのを先輩として指導していた了はよく知っていた。だから、営業として必要な技能を身につける努力を怠らない晴は、あっという間に自分が教え込んだことは身につけた可愛い後輩なのだ。だから、仕事場でこんな風に卒倒して迷惑をかけるなんて晴だって不本意だろうし、それをしたくてしているわけでないのも知っている。それは当然宏太だって既に何ヵ月も晴と接しているのだから、十分に理解しているのだ。
「晴、宏太はここを辞めろって言ってるんじゃない、対処仕切れない事を背負うなって言ってるんだ。」
「…………どういう、意味?」
実際のところ結城晴はコンサルタント業としてかなり有能な社員で、『五十嵐ハル』としての調査関係がなかったとしても社員として十分な働きをしている。今の宏太が聞きたいのは晴がここで働くこと自体が、狭山明良を煽っているのだと晴の方も考えているのかと言う点なのだ。もしそうだとしたら対応策としてここで働くか明良のどちらかを選択になるしかないかもしれないのはあるのだけれど、そうではなく何か他に明良の起爆剤になるスイッチがあるのならそっちを対処できれば有能な社員を失わなくてもいいわけで。大体にしてパソコンをフル活用できる晴なら外崎邸で働くのが無理でも、最低限の事以外はリモートワークで自宅でやっても十分今と同等の仕事はこなせる。それに根本的に晴がここでまだ働きたいのに、今更に無理矢理来るなと切り捨てる程宏太だって非情ではないつもりだ。
「ここで…………働くの……が?」
「お前がここで働くこと自体が、それの…………明良の行動の理由なのか?ん?」
何気なく宏太に指差された胸元に、それが遠回しに酷く腫れ上がった乳首のことなんだと気がつかされて晴は結局二人にバレてるんじゃんと再び真っ赤になってしまう。確かにこれの発端はあの日の『五十嵐ハル』のせいではあるけれど、実際には活動の後でした明良との喧嘩が原因。その喧嘩の結果であの時の騒動に繋がったのは分かっているし、それに関しては晴だってちゃんとこれからは明良との約束を守るつもり。つまりは今回のことは二人の間の喧嘩のせいでこの仕事が理由ではないし、その後こんなに何日も明良が執拗に同じことを何故繰り返しているのかは、晴にも実は理解できていないことだった。
何で…………明良、……こればっかり?
確かに明良の行動の理由が分からないから、何で続くのかも分からない。最初はあの酔っぱらいの男にいいように触られたのが許せなくて、執拗に弄られるのだと思ったのだけれど何日も続く理由までは聞いていないのだ。宏太の質問の答えとしてプルプルと首を横に振った晴の様子に、了はヨシヨシと頭を撫でて違うってと宏太に振り返り答えている。
この場所で働くのが問題じゃないなら、なんでそこまで執拗かね?あいつは。
心の中でそう疑問を呈しながらフゥンと興味深そうに頷いた宏太がノンビリした様子でソファーの上で寛ぐ様子を漂わせたのに、晴は涙の滲む瞳を向けて戸惑いながら俺は仕事辞めなくていいの?と宏太に恐々問いかけた。
「あ?お前、ここ辞めたいか?ん?」
晴の問いかけに何故か何でそんなことを聞くんだと言いたげに、宏太が逆に問い返してきて晴は目を丸くしてしまう。ここまで面倒な状況にいる晴の事を辞めさせるなんて当然で簡単なことなのに宏太はそれを全く考えてもいないし、宏太はそれよりも何か別なことを……明良が何故こんな行動にでるのかの方ばかり気にしている。答えのない晴に改めて宏太が辞めたいのか?ともう一度問いかけてきて、慌てて晴はそれに口を開く。
「…………や、辞めたくない。」
「ならいい。」
平然とそう言われて、しかも宏太は当然みたいに寛ぐ体勢で腹が減ったなと口にして、了の方も何か食べれそうか?と晴に問いかけてくる。自分がここで働きたいならそれでいいなんてアッサリと宏太から言われると晴が思っていなかったのは、以前の宏太はある意味では完璧な現実主義者で利益にならないものは躊躇うことなく切り捨てそうに感じていたからだ。しかも自分は元々押し掛け社員の上に、宏太の大事な了に散々ちょっかいを出したクソガキの間男なのに。
なんだよ…………男前過ぎだろ、くそしゃちょー
ジワッと滲む涙を擦りソファーに座り直した晴に、宏太も了も普段と何ら代わりのない態度で当たり前のように普段と変わらない日常を再開していたのだった。
※※※
最近の榊恭平は少し以前と違う。そう源川仁聖が感じるのは今までだと自分がスキンシップ過多と言われていたのに、最近の恭平は何故か自分から仁聖に手を伸ばして触れてきてくれるのだ。例えばこの間だって夕食の準備をして食器を運んだ仁聖が座った途端、頬に触れてあの優しい指先で撫でたかと思うと自分からキスしてきて
…………悪い…………、……つい
そうキスの後に頬を染めて俯いた恭平の色っぽさ。危うくそのままリビングの床に恭平を押し倒してしまいそうになっていたのを、仁聖が必死の思いで止められたのは殆んど奇跡に近い。しかも、それはその日に限ったことではなくて、大学に向かおうとする仁聖の手を背後から延びてきた恭平のしなやかな指が絡めとって引き寄せてきたり、お強請りしたわけでもないのに恭平から『いってらっしゃい』のキスをしてくれたり、しかもあの恭平から躊躇い勝ちにだけど
「仁聖…………、そろそろ、一緒に…………寝ないか?」
なんて甘い声で仁聖の部屋の入り口から、顔を覗かせて恭平からベットへお誘いしてくれたりする。
「あ……えっと、あと少しレポート書くから、先に休んで?ごめん。」
一緒に横になったら確実に獣になる自信があるからこそ仁聖が謝りながらそう告げると、恭平ときたら少し寂しそうに憂いの表情なんか浮かべてベットで待ってるなんて今までなら言わないことを口にしてくるのだ。
何で?最近の恭平、何でこんな可愛いの?色っぽいの?
仁聖が必死で自制して穏やかに日々を過ごし少しでも恭平に体力をつけてなんて色々考えていても、こんなに誘いかけて来る恭平の変化に嬉しい反面頭を抱えてしまう。恭平は仁聖が自分の事を見ていてくれたら大丈夫なんて微笑んでくれるけれど、件のスポーツ心臓って言うものがよく分からない仁聖は一先ずそう言うことに詳しそうな相手に頭を下げて理解できるよう説明してもらうしかなかった。
※※※
「へぇ、スポーツ心臓って信哉とおんなじだな。」
そう口にしたのは言う迄もない鳥飼信哉の妻・梨央で、彼女が都立総合病院の救急病棟で看護師として勤務していたのは7月の事件の時に恭平が入院した際に便宜を図ってくれたから知っていた。それに何時でも連絡の取れる医療従事経験者は梨央くらいしか頭に浮かばないし、宇佐川義人も看護師ではあるが彼と仁聖には大きな接点がない。
スポーツ心臓あるいはスポーツ心臓症候群とは、スポーツ選手に見られる心拡大と、それによる安静時心拍数の低下といった一過性変化のこと。いずれも日常の運動が少ない人では心疾患とみなされるが、スポーツ選手では強度の運動に耐えるための適応とみなされ取り立てて治療は必要ない症状だ。
「でも、気を失ったりしてて。」
「それって最近か?源川。」
キッチンからそう声をかけて来たのは、勿論言うまでもなくこちらも同じ症状を持っているのだという鳥飼信哉。正直仁聖はまだ全面的に信哉を受け入れる気持ちではなくて余り親密に接するのは苦手だが、向こうの方は何故か仁聖に馴れ馴れしく接してくるのだ。
「倒れたのは……ここ最近。」
仁聖らしくないぶっきらぼうな返答を信哉はまるで気にかける様子でもなく、なるほどなと何か思い当たる様子で口を開く。
それは多分あの榊恭平の性格からして、これから合気道を再開するための準備を始めたのが理由なのではないかと二人はいうのだ。というのも恐らくは恭平は元々子供の頃から、スポーツ心臓の症状を持っていた筈なのだという。何故それを断言できるのかと言うと、鳥飼信哉や恭平の身に付けている合気道や古武術では著しく心肺機能に負荷がかかるそうなのだ。
「俺だけでなく、孝もそうだからな。多分宮内慶太郎もある筈だ。」
でも、信哉の言う真見塚孝も仁聖の幼馴染み慶太郎も倒れたこともなければ失神もしないと仁聖が口にしたら、あいつらは二歳とか三歳からずっと鍛練をし続けているし症状はそんなにない筈だからなと信哉が笑う。つまり恭平は一度合気道を辞めていてスポーツ心臓の症状が緩和されていたのだが、再開したことで一気に負荷をかけすぎてしまっていると言うことらしい。
「あいつは技能の桁が違うからな、身体が追い付かないんだ。」
初めて聞くが慶太郎がずっと言っていた通り榊恭平は実は途轍もない才能の持ち主で、目の前の鳥飼信哉ですら天才だと口にする。ただ現状では恭平は才能は破格でも身体が全然追い付かないのに、過剰な鍛練をしてしまっていて心臓が追い付けないのだ。
「それって……俺はどうしたら…………?」
「そりゃ、慣れるまで待つしかないだろ?信哉も慣れるまではよく倒れたらしいぞ?」
平然とそう口にする妻に、それを余りバラすなよと呑気に信哉は笑う。慣れるなんてあるのかと問う仁聖に信哉は、基準ラインが自分や周囲の人間に理解して貰えるようになれば別に問題ないと話す。つまりは自分で自分の限界を知っていれば倒れなくてもいいし、体力がついて身体が動きに馴染めば限界を判断するのも容易い。
※※※
見ていてもこれはよくてこれは駄目なんて診断できないし、何処までが駄目かなんてまだ仁聖にも分からないから、少しずつ少しずつ恭平の事を見つめながらラインを作るしかない。それにはなおのこと今までのように目茶苦茶なことをしていたら、恭平の身体に負担をかけるばかりなのだ。
だから…………今は自制してんのにぃ
それなのに今の仁聖への恭平のアプローチは激しくて、まるで恭平は日々別人みたいに可愛く色っぽく、しかもウットリするほど綺麗。なんで今と思うくらいに柔らかく甘い声で、一緒に寝ようなんてお誘いしてくれるのに理性は綱渡りばかりしている。出来るなら今すぐに押し倒して、キスして撫でて舐めて。メロメロに蕩けさせて、組み敷いて怒張を捩じ込みグチャグチャに掻き回したい。獣のように激しく腰を突き立てて奥まで満たしながら、深いところに熱い仁聖の欲望の白濁を全て注ぎ込みたいと思うくらいに。
馬鹿………………何、考てるんだか………俺
先日恥ずかしい思いをしたので、これに関してはある程度は自制心が効くようになったのがなによりだけれど、少なくとも恭平の身体になるべく負担をかけない方法を考え付くまでは仁聖自身がコントロールして自制するしかないと決心したのだった。
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