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第十六章 FlashBack2
226.
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胸に張り付けていた心電図を取り外して少し赤くテープの後の残った肌を眺めなから、服の前を整えつつ恭平は目の前の宇佐川義人を見上げる。いう迄もなくここは若瀬クリニックの診察室で目の前には看護師の白衣姿の宇佐川がいて、大人しく恭平は上半身をはだけて昨日からつけていた心電図を外したところ。
恭平にすれば高校の先輩である土志田悌順の従弟で、恭平にら二つ後輩になる宇佐川義人。宇佐川は学内で歴代の頭脳の持ち主で記憶に明るいのだが、高校を卒業したその後の話しは余り耳にしていない。まぁ学年が二つも下だと、そう簡単に情報がはいるわけでもない。それでもこう何年ものあとに若瀬クリニックで看護師として働いている姿をみることになるなんていうのは、なんだか不思議な気もする。それでも昨日の様子からすれば、宇佐川は若瀬医師達にも信頼される看護師なのは聞かなくても分かった。
「検査の結果は一週間で出ます、来週時間の予約しておきますか?」
この検査自体の結果が出るまでが、一週間の期間が必要なのは昨日のうちに簡単に説明されていた。ただ昨日は普通に過ごしているようにと言われて何事もなく過ごせていたから、同時に何も出ないのではとも思ってしまう。宇佐川は症状がなければ診断がつかないと話していたが、これでは何かあっても症状がなかったから何もないとなるのではとも考えてしまう。何も出てほしくないのに何か出ることを期待もしているみたいな、この矛盾した感覚。それを考えてしまうと自分でも戸惑うしかない。
「宇佐川…………。」
恭平の声に何ですかと振り返った宇佐川は昔の様相と余り変わりがなく感じるけれど、恭平と彼が交流があったのは既に十年近く前の事なのだ。それでも宇佐川の記憶がこんな風に恭平の中で鮮明に戻ったのは、最近の恭平が昔の事をよく思い出すからかもしれない。何しろ仁聖と一緒にいるようになって、昔の自分のことを考える機会が増えたようにも思える。それは自分の両親の事だけでなく、過去の自分の行動や身の回りの人々の行動を、改めて今の立場から考えることが増えたのだろう。
母である美弥子だけでなく宮内慶恭のことも、それに鳥飼信哉やそれ以外の関わりに関しても。
誰とも接しないで独りで生きてきたと思っていたのに、何故か奇妙に今になって自分の身の回りに多くの存在があったのにも気がついてしまう。そしてここ最近になって奇妙な程に多くの縁に結びつけられていたのも、ここに来て染々と感じてしまうのだ。
「何ですか?先輩。」
二人きりだとどうしても名前というより先輩と呼ぶ昔の癖の方が先に出てしまう様子の宇佐川は、手早く恭平から外した機械をケースのようなものにしまっている。この機械のデーターを検査センターで読み取って、それを判別してから病院に結果が届くまでが一週間の期間なのだそうだ。その場で答えが出るのかと思っていたが、実は個人経営のクリニックではある程度を越える検査は外注という外部の検査センターに解析を依頼するものなのだそうである。実は総合病院のような大きな規模の病院であっても検査センターに解析を依頼するのが普通で、下手をすると診療科目が多くて検査を行えても解析はほぼ外部ということもあるのだ。血液検査ですら外部に委託しないとでないものもあるなんて普通は考えもしない事だから、説明されて正直恭平も驚いてしまった。
「…………いや、一週間だな?分かった。予約しておいた方がいいのか?」
恭平が問いかけを途中で止めたのに、宇佐川はふと手を止めて恭平の顔をマジマジと見つめる。そうして暫く自分の顔を見つめていた宇佐川は、不意にまたニッと彼にしては意地悪く見える笑顔を浮かべて相変わらずですねと呟く。
「え?」
「ほんと、先輩は変わらないですね。心配性で、その癖思ってることの半分も言わない。」
高校の時には何度も何度も宇佐川に心配性ですねと呆れられたけれど、思っていることの半分も言わないなんて事は始めていわれた。宇佐川が自分のことをそんな風に考えていた事すら知らなかったのに、それに恭平が目を丸くする。宇佐川はその様子に穏やかな声で、心配かけてる人がいるんでしょうけどせめて半分くらいは言った方がいいですよと笑う。
「……半分って…………。」
「自分の事も心配だけど、その人の事が心配なんでしょ?先輩。」
自分の身体の事も不安はあるけれど、確かにそれ以上に気にしているのは自分の事ではなかった。確かに恭平自身は自分が病気ならと不安にも感じていたけれど、それは病だという原因が分かれば何かしらの対処が出きる事ではないかと思う。それよりもずっと今の恭平に気にかかるのは、不安そうに自分を抱き締める仁聖の事なのだ。
「どうせ、先輩の事だから結果が出るまでなにも話さないとかしてそうですもんね。」
何だそれはと言い返そうとして宇佐川に左手の薬指にはめた指輪をコツンと叩かれ、ふと脳裏に再び不安げな顔をしていた仁聖の様子が浮かぶ。それで恭平は今回の事に関してはちゃんと二十四時間の心電図検査の事も、検査が必要な理由も仁聖に説明している。以前なら確かに仁聖にも話さなかったかもしれないが、これに関しては言葉を濁しもしなかった。それでも検査の結果が出るまでは仁聖の不安を拭うことはできないのか、ずっと不安そうな顔をしたままでいるのが気になってもいるのだ。
「説明したけど…………結果が出るまで、多分不安なんだと思う…………あいつも。」
「まぁそうですね。それは誰しも同じですけど…………、もしかして相手の方は先輩のお母様のこと知ってるんですか?」
宇佐川には問診の時に美弥子の事は話したが、自分の母親の心臓が弱かった話は確かに仁聖にも話してあるから既に知っている。それでかと今更ながら気がついたように恭平は、俯きながら溜め息をついて手元を見つめた。恐らく自分と同じくらい仁聖も、恭平が母親と同じように心臓の病がある可能性に気がついてしまっている。それであんな風に不安げにしているのだと、宇佐川に言われてやっと改めて気がついたのだ。
「知ってる…………だから心配してるんだ…………あいつ。」
幾つかの疾患には、家族歴が重要な要因になることがある。有名なものであれば遺伝病なんかがそれにあたるが、癌や糖尿病なども家族に罹患者がいる場合罹患率は上がるのだ。勿論例外もあるが榊美弥子の心臓の病は先天性であり、次第に悪化していったのは言うまでもないし、自分を出産することが出来なない可能性を指摘されていた。先天性とは通常は生物の特定の性質が『生まれたときに備わっているということ』『生まれつきにそうであること』であって、美弥子の心臓の疾患は生まれつきのものであったのだ。
「先輩、今まで心電図に引っ掛かってはいないんですよね?」
「…………そうだ。」
「先天性心疾患なら、中隔欠損とか?」
「病名迄は…………聞いたことがない…………。」
その言葉に宇佐川はならと呟く。
「遺伝していないから、知らないんじゃないですか?お母様は自分の疾患を知っているんだから、子供が産まれたら確実に検査はするし、同じ疾患があれば話していると思いますけど?」
急死だったからと言おうとしたが、初めてそういわれて母としての美弥子の立場を考えていた。美弥子が心臓が悪かったと知ったのは故人になっての日記帳からで、直に自分の心臓の話をしたことはなかったし、もしそれが遺伝する可能性があるのなら確かに母なら話していそうな気もする。大体にして心臓の病気が生まれつきの問題なら生まれつき子供が作れない可能性はハッキリしていて、美弥子は宮内家に嫁になんて話は出てこないのでは。
「……小さな頃に手術受けてたんじゃないですかね?それ。」
「そうなのか?」
「手術侵襲で大人になってから、肺に負担がかかる症状が出てくる可能性も幾つかあるんですよ、先天性の心疾患って。」
よく知ってるなと思わず呟くと、元は医師志望でしたからねと宇佐川は笑う。可能性の話でしかないが、確かに先天性心疾患で手術を受けていても、その後に心機能に障害をおこすことはありうるのだという。だが、それは治療の結果起きることであって遺伝はしないから、美弥子は詳細を恭平に話さなかったのではないか。それに母親に心臓病やもし遺伝するような可能性のある奇形や疾患を持っているという前提があれば、子供が産まれたら確実に検査は行われるとも宇佐川は言う。
「医学はそういうのに敏感ですよ?出生前に調べることもあるくらいですからね。」
リスクはなるべく早期に回避するものですなんていうし、目に見えた疾患があるなら母子手帳なんかにも書いてある筈と言われてもそんなものはみたことがないと思う。母子手帳自体の存在は日記と一緒に手元にあるのだが、子供の成長に関する数字ばかりが記入されていたのしかみたことがない。
「…まぁですね……………僕は余り忠志みたいに楽観主義じゃないんですけど。」
宇佐川義人は基本的には現実主義で堅実なタイプなのは知っているし、友人である槙山忠志の方は基本的には楽観主義なのだという。まるで正反対の考え方で時々口論になるのだと宇佐川は笑っているのだが、確かに恭平が知る過去の宇佐川だったら槙山みたいな人物と進んで友人になるとは思えない。宇佐川自身も自分でもそう考えているのだろう、宇佐川は苦笑いで忠志だったらと口にする。
「まだ結果も出てないのに怖がってもしかたないし、調べといたらこれから一緒に心配も対処もできるんだからいいじゃん。」
って言われますよと笑いながら宇佐川に言われて、思わず恭平も頬を緩めてしまう。確かにまだ検査の結果も出てないのだし、言われた通りこれから対処できることだって沢山ある筈だ。そう考えながら恭平は、服のボタンをかけ直し始めていた。
※※※
「ねぇ、源川君。」
何故か今迄とは少し違う様子で神妙な顔で話しかけてきたのは言うまでもない金子美乃利なのだが、何が違うかというと取り巻きが居ないし、服装が何故か地味というか大人しいというか。ベンチに腰かけてティーブレイクしていた仁聖と翔悟を偶々見つけたという感じて話しかけてくるまで、相手が美乃利だと気がつかなかったくらい普段とは違う。
「…………先輩?」
「何よ?」
「別な人かと思った…………。」
こうしてみると今迄の服装がどれだけ派手に装っていたのかまる分かりだし、この大人しい楚々とした服装とメイクの方が美乃利には似合ってもいる。ただし金切り声も取り巻きも居ない、地味な美乃利では誰も気がついていないのか振り返りもしないのだ。それを気にするでもなく美乃利は二人の前に立つと、気楽な笑顔を浮かべて取り繕うの止めたのよと笑う。
「もう止めたの、目的は達したし。」
「目的?」
「糞ジジイに孫娘は思う通りにならないと痛感したし、表舞台から叩き落としてやったのよ。」
言うことが物騒だけれど、つまりは美乃利のあの騒動の種みたいな行動は、やはり美乃利の中に密かにとは言え計画があっての事だったのかと納得してしまう。それが満たされたから無理をして自分に合わない行動は止めたのだということらしいのに、翔悟はならもう絡まなくても良いってことと首を傾げている。
「色々迷惑かけて悪かったと思うんだけど、一つ聞いても良い?」
「はぁ、なんです?」
正直恭平のことが心配で余り美乃利に関わっている余裕はないと思うが、こうして問いかけられてしまうと無下にも出来ない。それを知っているのか美乃利は神妙な顔で仁聖に声を落として問いかけてくる。
「…………源川君、外崎さんって知ってるのよね?」
「はい?」
何でここで外崎?と思わず眉を潜めてしまうが、恐らく藤咲に金子美乃利の事は散々文句を言ったし南尾昭義の件もあるから、藤咲が影で何らかの行動をおこしていた可能性があるのに気がつく。となれば美乃利の行動を調べる依頼が外崎にわたった可能性は十分あるし、外崎が密かに何か行動を起こしている気もする。しかし、その結果美乃利がこうして外崎の事を聞き出しているのは、どうとらえたら良いのか。
「あの、それが……?」
なんとなく嫌な予感がするのは何故だろう。というかこれは嫌な予感なのか、何なのかと思うのは美乃利の様子からなのだが、当人は今迄みたことのない神妙な顔で仁聖の前に立っているのだ。それが何を示しているのか、言われなくても分かる気がするのどけれど。
「外崎さんにもう一度会いたいの!」
「外崎さん結婚してますよ?!」
いや、正確には養子縁組だけど、あれは結婚だから。食いぎみに言った筈の言葉は、それでも会いたいのの美乃利の強い一言で意図も容易く粉砕されたのだった。
恭平にすれば高校の先輩である土志田悌順の従弟で、恭平にら二つ後輩になる宇佐川義人。宇佐川は学内で歴代の頭脳の持ち主で記憶に明るいのだが、高校を卒業したその後の話しは余り耳にしていない。まぁ学年が二つも下だと、そう簡単に情報がはいるわけでもない。それでもこう何年ものあとに若瀬クリニックで看護師として働いている姿をみることになるなんていうのは、なんだか不思議な気もする。それでも昨日の様子からすれば、宇佐川は若瀬医師達にも信頼される看護師なのは聞かなくても分かった。
「検査の結果は一週間で出ます、来週時間の予約しておきますか?」
この検査自体の結果が出るまでが、一週間の期間が必要なのは昨日のうちに簡単に説明されていた。ただ昨日は普通に過ごしているようにと言われて何事もなく過ごせていたから、同時に何も出ないのではとも思ってしまう。宇佐川は症状がなければ診断がつかないと話していたが、これでは何かあっても症状がなかったから何もないとなるのではとも考えてしまう。何も出てほしくないのに何か出ることを期待もしているみたいな、この矛盾した感覚。それを考えてしまうと自分でも戸惑うしかない。
「宇佐川…………。」
恭平の声に何ですかと振り返った宇佐川は昔の様相と余り変わりがなく感じるけれど、恭平と彼が交流があったのは既に十年近く前の事なのだ。それでも宇佐川の記憶がこんな風に恭平の中で鮮明に戻ったのは、最近の恭平が昔の事をよく思い出すからかもしれない。何しろ仁聖と一緒にいるようになって、昔の自分のことを考える機会が増えたようにも思える。それは自分の両親の事だけでなく、過去の自分の行動や身の回りの人々の行動を、改めて今の立場から考えることが増えたのだろう。
母である美弥子だけでなく宮内慶恭のことも、それに鳥飼信哉やそれ以外の関わりに関しても。
誰とも接しないで独りで生きてきたと思っていたのに、何故か奇妙に今になって自分の身の回りに多くの存在があったのにも気がついてしまう。そしてここ最近になって奇妙な程に多くの縁に結びつけられていたのも、ここに来て染々と感じてしまうのだ。
「何ですか?先輩。」
二人きりだとどうしても名前というより先輩と呼ぶ昔の癖の方が先に出てしまう様子の宇佐川は、手早く恭平から外した機械をケースのようなものにしまっている。この機械のデーターを検査センターで読み取って、それを判別してから病院に結果が届くまでが一週間の期間なのだそうだ。その場で答えが出るのかと思っていたが、実は個人経営のクリニックではある程度を越える検査は外注という外部の検査センターに解析を依頼するものなのだそうである。実は総合病院のような大きな規模の病院であっても検査センターに解析を依頼するのが普通で、下手をすると診療科目が多くて検査を行えても解析はほぼ外部ということもあるのだ。血液検査ですら外部に委託しないとでないものもあるなんて普通は考えもしない事だから、説明されて正直恭平も驚いてしまった。
「…………いや、一週間だな?分かった。予約しておいた方がいいのか?」
恭平が問いかけを途中で止めたのに、宇佐川はふと手を止めて恭平の顔をマジマジと見つめる。そうして暫く自分の顔を見つめていた宇佐川は、不意にまたニッと彼にしては意地悪く見える笑顔を浮かべて相変わらずですねと呟く。
「え?」
「ほんと、先輩は変わらないですね。心配性で、その癖思ってることの半分も言わない。」
高校の時には何度も何度も宇佐川に心配性ですねと呆れられたけれど、思っていることの半分も言わないなんて事は始めていわれた。宇佐川が自分のことをそんな風に考えていた事すら知らなかったのに、それに恭平が目を丸くする。宇佐川はその様子に穏やかな声で、心配かけてる人がいるんでしょうけどせめて半分くらいは言った方がいいですよと笑う。
「……半分って…………。」
「自分の事も心配だけど、その人の事が心配なんでしょ?先輩。」
自分の身体の事も不安はあるけれど、確かにそれ以上に気にしているのは自分の事ではなかった。確かに恭平自身は自分が病気ならと不安にも感じていたけれど、それは病だという原因が分かれば何かしらの対処が出きる事ではないかと思う。それよりもずっと今の恭平に気にかかるのは、不安そうに自分を抱き締める仁聖の事なのだ。
「どうせ、先輩の事だから結果が出るまでなにも話さないとかしてそうですもんね。」
何だそれはと言い返そうとして宇佐川に左手の薬指にはめた指輪をコツンと叩かれ、ふと脳裏に再び不安げな顔をしていた仁聖の様子が浮かぶ。それで恭平は今回の事に関してはちゃんと二十四時間の心電図検査の事も、検査が必要な理由も仁聖に説明している。以前なら確かに仁聖にも話さなかったかもしれないが、これに関しては言葉を濁しもしなかった。それでも検査の結果が出るまでは仁聖の不安を拭うことはできないのか、ずっと不安そうな顔をしたままでいるのが気になってもいるのだ。
「説明したけど…………結果が出るまで、多分不安なんだと思う…………あいつも。」
「まぁそうですね。それは誰しも同じですけど…………、もしかして相手の方は先輩のお母様のこと知ってるんですか?」
宇佐川には問診の時に美弥子の事は話したが、自分の母親の心臓が弱かった話は確かに仁聖にも話してあるから既に知っている。それでかと今更ながら気がついたように恭平は、俯きながら溜め息をついて手元を見つめた。恐らく自分と同じくらい仁聖も、恭平が母親と同じように心臓の病がある可能性に気がついてしまっている。それであんな風に不安げにしているのだと、宇佐川に言われてやっと改めて気がついたのだ。
「知ってる…………だから心配してるんだ…………あいつ。」
幾つかの疾患には、家族歴が重要な要因になることがある。有名なものであれば遺伝病なんかがそれにあたるが、癌や糖尿病なども家族に罹患者がいる場合罹患率は上がるのだ。勿論例外もあるが榊美弥子の心臓の病は先天性であり、次第に悪化していったのは言うまでもないし、自分を出産することが出来なない可能性を指摘されていた。先天性とは通常は生物の特定の性質が『生まれたときに備わっているということ』『生まれつきにそうであること』であって、美弥子の心臓の疾患は生まれつきのものであったのだ。
「先輩、今まで心電図に引っ掛かってはいないんですよね?」
「…………そうだ。」
「先天性心疾患なら、中隔欠損とか?」
「病名迄は…………聞いたことがない…………。」
その言葉に宇佐川はならと呟く。
「遺伝していないから、知らないんじゃないですか?お母様は自分の疾患を知っているんだから、子供が産まれたら確実に検査はするし、同じ疾患があれば話していると思いますけど?」
急死だったからと言おうとしたが、初めてそういわれて母としての美弥子の立場を考えていた。美弥子が心臓が悪かったと知ったのは故人になっての日記帳からで、直に自分の心臓の話をしたことはなかったし、もしそれが遺伝する可能性があるのなら確かに母なら話していそうな気もする。大体にして心臓の病気が生まれつきの問題なら生まれつき子供が作れない可能性はハッキリしていて、美弥子は宮内家に嫁になんて話は出てこないのでは。
「……小さな頃に手術受けてたんじゃないですかね?それ。」
「そうなのか?」
「手術侵襲で大人になってから、肺に負担がかかる症状が出てくる可能性も幾つかあるんですよ、先天性の心疾患って。」
よく知ってるなと思わず呟くと、元は医師志望でしたからねと宇佐川は笑う。可能性の話でしかないが、確かに先天性心疾患で手術を受けていても、その後に心機能に障害をおこすことはありうるのだという。だが、それは治療の結果起きることであって遺伝はしないから、美弥子は詳細を恭平に話さなかったのではないか。それに母親に心臓病やもし遺伝するような可能性のある奇形や疾患を持っているという前提があれば、子供が産まれたら確実に検査は行われるとも宇佐川は言う。
「医学はそういうのに敏感ですよ?出生前に調べることもあるくらいですからね。」
リスクはなるべく早期に回避するものですなんていうし、目に見えた疾患があるなら母子手帳なんかにも書いてある筈と言われてもそんなものはみたことがないと思う。母子手帳自体の存在は日記と一緒に手元にあるのだが、子供の成長に関する数字ばかりが記入されていたのしかみたことがない。
「…まぁですね……………僕は余り忠志みたいに楽観主義じゃないんですけど。」
宇佐川義人は基本的には現実主義で堅実なタイプなのは知っているし、友人である槙山忠志の方は基本的には楽観主義なのだという。まるで正反対の考え方で時々口論になるのだと宇佐川は笑っているのだが、確かに恭平が知る過去の宇佐川だったら槙山みたいな人物と進んで友人になるとは思えない。宇佐川自身も自分でもそう考えているのだろう、宇佐川は苦笑いで忠志だったらと口にする。
「まだ結果も出てないのに怖がってもしかたないし、調べといたらこれから一緒に心配も対処もできるんだからいいじゃん。」
って言われますよと笑いながら宇佐川に言われて、思わず恭平も頬を緩めてしまう。確かにまだ検査の結果も出てないのだし、言われた通りこれから対処できることだって沢山ある筈だ。そう考えながら恭平は、服のボタンをかけ直し始めていた。
※※※
「ねぇ、源川君。」
何故か今迄とは少し違う様子で神妙な顔で話しかけてきたのは言うまでもない金子美乃利なのだが、何が違うかというと取り巻きが居ないし、服装が何故か地味というか大人しいというか。ベンチに腰かけてティーブレイクしていた仁聖と翔悟を偶々見つけたという感じて話しかけてくるまで、相手が美乃利だと気がつかなかったくらい普段とは違う。
「…………先輩?」
「何よ?」
「別な人かと思った…………。」
こうしてみると今迄の服装がどれだけ派手に装っていたのかまる分かりだし、この大人しい楚々とした服装とメイクの方が美乃利には似合ってもいる。ただし金切り声も取り巻きも居ない、地味な美乃利では誰も気がついていないのか振り返りもしないのだ。それを気にするでもなく美乃利は二人の前に立つと、気楽な笑顔を浮かべて取り繕うの止めたのよと笑う。
「もう止めたの、目的は達したし。」
「目的?」
「糞ジジイに孫娘は思う通りにならないと痛感したし、表舞台から叩き落としてやったのよ。」
言うことが物騒だけれど、つまりは美乃利のあの騒動の種みたいな行動は、やはり美乃利の中に密かにとは言え計画があっての事だったのかと納得してしまう。それが満たされたから無理をして自分に合わない行動は止めたのだということらしいのに、翔悟はならもう絡まなくても良いってことと首を傾げている。
「色々迷惑かけて悪かったと思うんだけど、一つ聞いても良い?」
「はぁ、なんです?」
正直恭平のことが心配で余り美乃利に関わっている余裕はないと思うが、こうして問いかけられてしまうと無下にも出来ない。それを知っているのか美乃利は神妙な顔で仁聖に声を落として問いかけてくる。
「…………源川君、外崎さんって知ってるのよね?」
「はい?」
何でここで外崎?と思わず眉を潜めてしまうが、恐らく藤咲に金子美乃利の事は散々文句を言ったし南尾昭義の件もあるから、藤咲が影で何らかの行動をおこしていた可能性があるのに気がつく。となれば美乃利の行動を調べる依頼が外崎にわたった可能性は十分あるし、外崎が密かに何か行動を起こしている気もする。しかし、その結果美乃利がこうして外崎の事を聞き出しているのは、どうとらえたら良いのか。
「あの、それが……?」
なんとなく嫌な予感がするのは何故だろう。というかこれは嫌な予感なのか、何なのかと思うのは美乃利の様子からなのだが、当人は今迄みたことのない神妙な顔で仁聖の前に立っているのだ。それが何を示しているのか、言われなくても分かる気がするのどけれど。
「外崎さんにもう一度会いたいの!」
「外崎さん結婚してますよ?!」
いや、正確には養子縁組だけど、あれは結婚だから。食いぎみに言った筈の言葉は、それでも会いたいのの美乃利の強い一言で意図も容易く粉砕されたのだった。
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