鮮明な月

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第十六章 FlashBack2

222.

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金子美乃利に関しては……まあ、こんなもんか…………

結城晴が何時もの五十嵐ハルになって久世博久から様々な話を聞き出し、それ以外に金子物流の情報や徳田高徳なんかの情報も網羅した。金子物流に関しては一族郎党のことも情報はまとめあげてあるが、一応は会社の内部のことも調査は進められてもいる。何しろ密かに新規開拓事業とやらのコンサルティングの件で、金子物流と一部販路拡大のコンサルティングで契約を交わした訳でこれに関しては表立っての仕事だから言う迄もない。ちなみに以前比護耕作が持ち込むネタに使おうとした飲食店経営はやはり作り話で、正確には飲食店への直接販路を作りたい商品の新規の物流販路を作る計画だったようだ。これに関しては詳細は言えないが、金子美乃利がエキリブレを騒ぎの場所に選ぶ理由のひとつが、その新たな商品でもあって実は今迄産地としては知られていないワインが関わっていたという事なのだった。そのためエキリブレには金子がアピールしたい人間が足繁く訪れていて、あえて金子はエキリブレを豪遊に利用したということなのだと考えられる。
それは兎も角、金子の娘の想定できる範囲のことは全て盛り込んで情報を繋いでいった筈だ。
結果的にもたらされたのは金子の娘が源川仁聖に絡み続けた最も大きな理由は、仁聖が最も適した場所に暮らす逸材だったからというのが外崎宏太の結論。

「…………えー、そんな理由にして絡まれんの、俺やだなぁ。」
「安心しろ、お前に絡んだら明良に瞬殺される。」
「何それ?明良は優しいよ?了。」

呑気なその会話に癒されもするが、一先ずは話を戻そう。その理由には恐らくは過去の源川仁聖の人物評価というものも加味されていて、過去に仁聖が誰彼構わず遊び歩いていたというものも金子の目的に適していた訳だ。それが現状の仁聖としては汚点とすら考えているとも知らないだろうし、金子自身が余り人の話をマトモに聞くタイプでないのも災いしてズルズルと続く攻防に変わったに違いない。もしここに仁聖と同等の学力とかの揃ったチャラいイケメンがいて、金子の取り巻きに加わっていたら恐らくは仁聖は絡まれずに済んだ。不運だったのは仁聖が近年の同級の中では、特に目立つ男だということなのだろう。

「目立つねぇ。確かに他の同じ年の奴らと比較したら目立つな、仁聖は。」
「まぁね、残念イケメンだって知らない方が多いもんね。」

残念イケメンとは何故か晴の仁聖の評価の最も使われる言葉で、確かにハイスペックなのに何故か大事なところでヘタレというか上手く立ち回れないというか、まぁ言いたいことは分かるけれど人間誰しもひとつくらいはそういう面がないと可愛げがないと了は言う。兎も角仁聖は本音をみせるのは数少ない人間だけで、後は外面を仮面のように取り繕うことが出来るので知らない人間は仁聖の本質を知らないと言いたいわけだ。しかし、ここまで調べあげても宏太や誰かが金子に何も手が出せないのは、実のところ仁聖の立場が大きく関わってもいる。

「そっか、ノブさんとこで働いてるの自体秘密だから、表だってこっちから仕掛けらんないわけか。」

そう呆れ半分で口にしたのは言うまでもなく晴で、金子の件で宏太達が何も手出しできないのは言うまでもなく仁聖がバイトの件を秘匿して活動しているからだった。既にモデルとしてのウィルの地位はかなり大きくて、江刺家のブランドの専属モデルとして確固たる地位もある。それでも一応身元は秘匿のままで活動しているわけで、それだから事務所からの圧力なんてもので金子の動きを牽制することができないのだ。しかもこれで迷惑を被っているというにも事務所的には何も迷惑がかかっていないし、事前に煤払いをしようにも仁聖と事務所の関係は表に出てこない。つまりは事務所側の依頼で動いてきた宏太達にも、逆にこのままでは手が出せない事態に陥ることになる。

「それで、どうする?何かする?」

確かに金子に困っていると仁聖は藤咲にも話している。けれど、藤咲にも調べあげたことは報告しているが、表立って動けないのは藤咲も同じ事。それに面倒な行動を起こしてはいるが、仁聖の不快感以外には周囲への騒音程度と実害も少ないのも事実だったりもするのだ。何しろエキリブレでの集団での豪遊も煩くはあるが、基本的に金銭面では支払いも適切なので店舗側としては問題にならない。五条は毎回大丈夫なのかと心配はしているけれど、収入としてはありがたい限りでもある。
となるとせめて仁聖に絡まないでくれれば、問題は全て丸く収まるなんて話でもあって。

「仁聖に絡まないでって頼んでみる?」
「こっちから関係者ですって説明するつもりか?」

だよねーと笑う晴に了は呆れ顔で腕を組んで、宏太の方を眺める。想定があっているのだとすれば金子の目的はとある人物に、自分の自堕落な生活態度を見せつけたかったのだと宏太は考えていた。ミッションスクールに通ってきた生粋のお嬢様が、突然大学生の半年ほどを境に夜な夜な遊び歩く手のつけられない娘に変わった。しかも二十歳になってからは突然ワインバーで豪遊を始めている。そのワインバーには自分の親の経営する会社の人間が、新しい仕事上の販路拡大のための市場調査のために足繁く客として通っている。そして同時に金子美乃利はただ目立つだけでなく、頭のいい非常に目立つ男を連れて歩きたがっていた訳だ。家庭の中の事情までは理解できないが、あえて男を引き連れて歩き、あえて仁聖のような存在を連れ歩きたがっていた。

「…………そうだな…………。」

暫し考え込んでいた宏太が何故か何処と無く腹黒い笑みを浮かべて名案を思い付いたと言いたげに口角をあげたのに、何故か晴と了は金子も運が悪かったなと思わずにはいられないのだった。



※※※



金子美乃利が祖父から産まれて初めてそれを言われたのは、大学進学が決まった辺りの事で正直いうと戦後じゃあるまいしと叫びたかった。箱入り娘で女子しかいないミッション系スクールに通い続けた美乃利が初めて共学に通えるとなった途端、祖父が言い出したのは『結婚』の二文字。しかも自分は会ったこともない年上の人間が許嫁にいるなんて、馬鹿馬鹿しいにもほどがある。当然のように差し出された許嫁とやらの写真は、どうみたって自分が選んで連れ歩いていた取り巻きにも満たない白い大福餅みたいな男。

せめてこれで許嫁が源川仁聖みたいなのだったら、美乃利だって少しは考えただろうけど。

両親だって流石に今時そんなと思ったろうしけど拒絶できないのは金子の家の中が、まだ封建社会の縮図で祖父に誰も栄えない状況だからだ。相手は婿に入ってくれて、頭もよくて金子物流を継ぐのだと祖父は言い張っているけれど、正直美乃利は家業を継ぐつもりがなかったし、今時世襲しなくても会社の継続は可能なんだけどと言ってやりたい。

糞ジジイ

心の中でそうは言えても、口に出せないのはそのため。嫌だと両親には言えても状況は変わらない。折角大学に通えそうだったのだけは死守できたのは、相手が海外にいるとか言うのと美乃利がどうしても大学に通うのだけは譲らなかったからだ。そして、期限はもうけられたけれど相手が今年になって日本に戻ってくるとか言い出したから、話が変わってきたのは去年の今頃の話だ。
祖父は大学なんか辞めてしまえ、結婚して家庭にはいる女には学力は必要ないと予想通り騒ぎだしたし、美乃利は結婚なんかしたくないと相手が言い出すような娘を演じる羽目になった。それだけでは足りないかも知れないから、頭のいい目立つ彼氏を作りたかったがそこは上手くいかないまま。

こんな切迫感の中で、恋愛なんか無理

それでも日々の豪遊は少しずつだけど祖父の耳に入って、花街での騒動もやっと祖父の耳にはいったらしくて。こんなアバズレじゃ嫁になれないと激昂して卒倒してくれたのは、ほんの数日前の事だ。祖父から病床に呼び出されても無視を続けている美乃利に、ハラハラしている両親や祖母には気がついているけれど、助けてもらえないのは分かっているから放置している。少なくとも自分は祖父の操り人形ではないのだけはハッキリさせた訳で、お陰で意にそぐわない馬鹿なお嬢様だけは演じなくて済むようにはなれる。
そんな矢先、またあの口論の相手である徳田高徳に電話で呼び出されたのだ。

どちらかと言えば、今はこっちの方が面倒…………

こちらもスルーしたいが、こっちを無視すると尚更面倒なことに繋がりそうだった。そのせいでここまでやってきた事が無駄になるのは嫌だったし、自分の裁量で(つまりは金銭でということだけど)解決できるならそれに越したことがないと考えてもいたのだ。徳田に呼び出されたのは個室居酒屋の伊呂波という店で完全個室の居酒屋だといわれ、徳田と二人で完全個室は嫌だけれど先を考えるとケリをつける必要はある。

「先ず入れよ、話にならないだろ。」

入り口で立ったまま見下ろした美乃利に、中からそう言った徳田は既にだいぶ酒が回っているのが臭いで分かる。直前に少し用が出来たから先に飲んでいてと伝えたし、伊呂波の店員に一番強い酒を部屋に出しておいてと頼んでもあるのだ。それを殆んど一人で開けていた徳田に促されて、美乃利は渋々ながらに対面に腰を下ろす。
最初は話の分かる学部の先輩と思ったけれど、こんな金銭が絡むようになってからこの男は見る間に煩わしい面が増えていた。サクラ一人に二万円でと言うのは兎も角勝手にその人数を増やしたりして、今は三人に減らしたけれど一時は五人にまで増えたのだ。流石に五人も内情を知っているのは止めて欲しいと訴えたら、二人には全て説明してやってもらっていたわけではない、その二人を止めさせるから残り三人はそのままときた。そんな風に紆余曲折しながら今の三人にして金銭を支払ってこの計画を続けてきたのだけれど、それも必要なくなった訳で。

「呼び出しても、もう取り巻きは終わりよ?必要ないの。」
「それは分かったけど、この関係はつづけてもらいたいんだよなぁ。」
「は?」

この関係って何のことと眉を潜めた美乃利に徳田はニヤニヤと笑いながら、俺とお前の関係なんて訳の分からない事を言い出す。関係も何も美乃利にしたら徳田との関係なんてものは何もないのに、徳田は二人の間に何か特別な関係があるみたいに言う。

「だから、この関係。もし、お前がいいならこれからちゃんと付き合ってもいいし。」
「は?何言ってるの?」

付き合う?これからちゃんと?全く徳田の言う言葉の意味が分からない。だが、これはつまり自分と徳田が、今後恋人として付き合っていくのが僅かでも可能性があると思っているのかと呆れるしかない。金を無心され搾取される恋人なんて、世の中どんなに相手が制限されるとしても欲しいと思える筈がないとは思わないのだろうか。流石に美乃利が自分との交際には不本意なのを察しても徳田は悪びれもせずにニヤニヤしながら、バラされたらここまでの計画おじゃんになるのは困るだろなんて事を言い出したのだ。

「それって…………バラされたくなかったら、付き合えって言ってるの?徳田さん。」
「いや、別に嫌ならいいんだ。こういうこと計画して動いてましたって俺は話すだけだし、美乃利はそうすると予定どおりになるたけだろ?まぁ、俺としては楽しい生活が終わるのは残念だけど。」

待ち合わせに遅れるから先に飲んでいてと連絡していただけあって、既に大分酒が回っているせいか呂律は回っていないし、しかも言っているのは完全に脅迫でこのままの関係を続けないとこれまでの一年の苦労の作戦を祖父や家族に曝露するというわけだ。確かに祖父にそれをバラされて、予定を繰り上げて大学を中退して結婚なんて話は御免被りたいが、正直名前を呼び捨てにされるのですら不快感がある。

「…………バラされたくなかったら、大人しくこのまま金を払ってこの関係を続けろってことよね?」
「まぁ、そうとも言うかな。今まで通り支援してくれればいいだけってことだよ、美乃利。」

少なくともこちらの第一の目的である祖父の耳に入るという点は達成しているのに、今後も同じ行動をしろと言われても御免だ。結局は金を払い続けないと祖父に美乃利が何を画策していたかバラすという訳だが、ここにきて幾つか徳田が知らないこともある。祖父の耳に美乃利の噂が入っただけでなく祖父が卒倒したことは、この男には話していない。だから徳田はまだ計画の継続の必要性しか知らないのだ。だけど祖父が倒れてくれた事で即日で計画が頓挫する可能性は下がったし、策戦の再考の余地があったのを知らないのは幸いだ。それに徳田が知らないことはもう一つあって、美乃利はここに来る前にとある人物と話をしてきたのだ。

「徳田さん…………と付き合うと何か利点がある?」

その問いかけに徳田は一瞬戸惑いに満ちた視線を浮かべて、目の前の金子美乃利の顔をマジマジと眺めたのだった。




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