鮮明な月

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間章 アンノウン

間話41.おまけ 定番デートは垂涎の期待2

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高級宿の離れに宿泊中で、しかも閨の行為に雪崩れ込もうとした寸前に突然客室に現れた人物。互いに面食らっているのは了とその人物で、宏太の方は若女将と挨拶した時とかわりなく平然としたままだ。当然のように浴衣を着せ直された了は何時ものように抱きかかえられ、しかも膝の上に乗せられてしまっていて

「こ、うた、下ろせって。」

人前での膝の上は流石に恥ずかしくて必死になってジタバタともがく了に、不満そうな顔の宏太が渋々と言いたげな様子で膝から下ろす。それでも了が少しでも離れようとすると宏太の手が延びてきて手を握って離れるのを阻止しているのに、目の前に座っている不意の来客はポカーンとした顔でその様子を眺めている。

「……あ、の、…………こ、宏太。」

それに気がついている了が戸惑いながら声をかけても、宏太の方は目の前の男性のことなんか気にもならないと平然として了のことばかりこうして気にしているのだ。
整った顔立ちに切れ長の涼しげな瞳。艶やかな黒髪は短く整えられていて、了よりは体格も良く身長も高い。何処かであったような気がするけれど「ヒデ」と当然のように宏太の呼んだ名前は、了にはどう考えても記憶になくて、しかも相手は了を構い倒している宏太に唖然としているのだ。

「ちょ、やめろ!宏太ってば!!」
「あ?」
「もぉ!ちゃんと、紹介しろってば!」

いい加減にしろと怒鳴り付けられ、眺めていた相手の方も我に返った様子でパチパチと瞬きしながら世にも珍しいものを見たと言いたげに深々と溜め息をつく。やがて呆れたように、低い声で口を開いた。

「何も言わずに、ここまで連れてきたのか?」

事実その通り。了は朝から何一つ説明なしに新幹線に乗ってここまでつれてこられて来たし、何で宏太がここを選んで了を連れてきたのかも知らない。それに気がついた様子の目の前の相手は、了の様子に更に苦笑いを浮かべた。

「あんたは…………本当に、相変わらずだな。」

端で聞いていると親しげに聞こえる言葉なのに、言われた宏太の方はまるで相手の言葉なんてどうでもいいと言いたげ。それよりは了の方が気になると言わんばかりの態度に、相手はまた深い溜め息をついてテーブルに肘をつき宏太を眺める。その視線はやはり何処かで見たことのある眼差しで、了は思わず戸惑いながら黙りこんだ。

「…………了。」
「え……あ?何?」

何処で出会ったのかを考え込んでいた了にかけた宏太の声が、ほんの少しだけ不安を滲ませているのに気が付いて了はふと宏太の顔を見上げた。どことなく不安を感じていると滲ませる顔色なのは了だから気がつくもので、それでも宏太が何でそんな顔をするのかは分からない。何故か自分が記憶をなくした時みたいに不安そうな顔で、了の事を見ている宏太に了の方が戸惑ってしまう。

「…………似てるか?ヒデと俺は?」
「は?」

唐突すぎる問いかけにポカーンとしたのは了だけではないし、了はその意味がまるで分からない。似てる?なんで?誰と?と問い返した了に、宏太は呆れたように弟だと呟く。

おとうと?

あれ?弟って…………片倉右京は義理の弟だと、宏太は以前話していたが、確か血の繋がった実の弟がいると話していた記憶が。その言葉に今度は了の方が、目の前に座った男性の顔をマジマジと眺める。

そういわれれば確かに

まだ怪我のない以前の宏太の顔立ちと、目の前の人物の目元は確かに似ている。見覚えがあって当然だったのは彼が以前の宏太に目元や顔の造形が似ているからで、口元が違わなければもっと似ていたに違いない。

「え…………?弟……?」
「本当になにも説明しないで、突然連れてきたんだな、兄貴は。」

溜め息混じりの低い声に、確かにその声が以前の宏太の声によく似ているのに気がつく。今の宏太の声は喉の傷のせいで掠れて変質してしまったけれど、以前の宏太は目の前の人物みたいな低くて響く声だった。
そう、目の前にいるのは宏太の言う通り外崎宏太の実弟なのだ。

「外崎秀隆です。」

そう低い声で自己紹介されたが、実は外崎秀隆は十年以上前に本州から引っ越してきて、それからこの宿を経営しているのだと話す。しかもこの宿は元々は外崎達の母方の祖父母が経営していた宿で、潰れる寸前だったのを立て直したのだと言う。外崎家は一族郎党外交官や政府高官のことが多い家系で、殆どの親戚は政府に関連した仕事をしている。だが秀隆と宏太の兄弟だけは、何故かそちらの方向に興味をまるで示さなかった異端児。そこは兎も角、宿を立て直した秀隆の妻・綾が言うまでもなくあの若女将で、つまり彼女は宏太の義理の妹と言うことなのだ。だから結婚当初を知っている彼女はお久しぶりと口にした訳で、一応は客として部屋をとったのだからあの場では余計なことは問いかけなかったのだろう。

「…………なんで、……説明しないんだよ…………。」
「説明……してなかったか?ん?」

しらを切るつもりで宏太がそんなことを言うが、この宿は宏太にとって母方の祖父母の家だったと言うこと。そのくらいのことなら何で説明しないんだと不思議そうに繰り返す了に、宏太は何とも言いがたい様子のままだ。

「傷…………随分と酷いな…………宏太。」

妻から聞いて驚いてと呟く秀隆の言葉に、了は宏太があの事件の時に一度も家族を呼び寄せていないのだと気がついた。



※※※



片倉希和と結婚したところまでは、別段普通と人間と大差のない暮らしだったのだと外崎秀隆は思う。宏太と希和は両家の家族の総意で結婚して、当然のように宏太のマンションに二人で暮らし始めて、やがて秀隆も綾と結婚してそれぞれに家庭を持ったのだ。残念なことに希和の方は子供が出来なかったが、秀隆と綾には二人の子供もできている。少なくとも何も起きずにここまで来たのなら、兄弟の関係は何一つ変わらなかった筈だ。

僕は別に多くは望まない…………。

そう宏太が穏やかな口調で言っていたのに、秀隆の方が不思議に感じてしまうほど宏太は別段人と代わりのない暮らしを送っていた。
そして後に起きたのが、外崎希和の自殺だったのだ。
何が起きたのか、順風満帆な夫婦だと思っていた筈の兄夫婦を襲った事態、そしてその直後に外崎宏太は秀隆を含めた全ての血縁者と縁を切った。

…………俺は人間として欠落してる

だから二度と家族と思わなくていいし、死んだものと思ってくれていい。そう何事にも完璧な男だと思っていた兄が今までと姿を変えて、こう告げた日の事を秀隆は今でも忘れられないでいる。子供の頃から宏太は勉強も運動も何でも完璧にこなしてみせて、何時も声を荒げたり暴力を振るうこともない完璧な王子様のような兄だった。秀隆が子供の頃は免疫力がなくて体が弱く再三入院がちだったのと比較しなくとも、宏太は何事にも完全無欠過ぎる程の才覚を持った存在。誰からも誉められ優秀と言われ続けていた兄が、あの日家族を呼び出して唐突に縁を切りたいと告げたのだ。

俺は…………情や何かってものが一つも分からない。

自殺した妻を発見したのは外崎宏太自身で、誰もがその時ショックで宏太がおかしくなっているのだと考えた。だからそんな自分を卑下することはないと両親と共に秀隆も説得したが、それに対する宏太の答えは残酷な現実で、しかも完璧すぎた兄は感情の揺らぎすら見せずに淡々と自分の見たこと・したことを家族に向かって口にした。
兄が口にした妻の遺体の発見の顛末に母親は倒れかけて父親は言葉を失っていたが、秀隆は兄が作り話をしているのではと実は考えていたのだ。でも現実は残虐な光景をなんの感情も含めずに、冷静に説明すらできてしまう兄の精神状態は普通ではないと認めるしかなかった。

だから、俺のことは身内だと思わなくていい。

そう平然とした声で告げた兄は、まるで作り込まれた仮面を被っているように感情が揺らぐこともなく、そんなことを口にしたとは思えないほど何も感じてもいない。だから外崎宏太は秀隆にとってそれまでの完璧な兄ではなくて、その日を境にただの外崎宏太になったのだ。それから外崎家と外崎宏太の間にはなんの関係性もなくなって、彼が今何処で何をしているかも知らないまま。秀隆は数年もしないうちに宿を継いでしまって関東から離れてしまったし、父親は仕事にのめり込み数年後には早逝してしまったのだ。
そして今になって外崎宏太が世にも無惨な傷跡を体に刻んで、何故か若い男を同伴してここに姿を見せた。しかもその男を今まで見たことのないほどに大切な宝物のように扱い、それははっきり言えば恋人などという言葉では足りないほど。

それに驚くなと言う方が無理だ…………



※※※



何度も抱き寄せてしまいたくなるのに、普通のデートはとてつもなく制約が多い。晴が定番デートなんて事を口にするから二人きりでこんな風にデートをしてみたくなったのに、実際にしてみたらとてつもなく不自由な気分なのだ。

誰かの視線に手を繋ぐだけでもままならない…………。

しかも明良の大事な恋人が天真爛漫な笑顔で人目を惹くからって、そんなことに腹をたてても仕方がないのは分かってる。分かっているけどそれでも晴は自分のものだと大声で言いたい、そして周囲に散々自慢するよりも、何より自分だけに目を向けさせたいなんて事を考えている自分。

「明良?」

思わず黙り込んでしまった明良に戸惑いながら首を傾げて、少し上目遣いに顔を覗きこむ晴の視線が甘くて可愛い。それにしても何でこんなにも可愛いとか綺麗とか男の晴にだけ感じてしまうのか、明良にも良く分からないのだ。

皆の垂涎の的の晴

自分とは違う。狭山明良は学生の時から運動も勉強も何でもそつなくこなして、なんでもトップクラスで、正直嫌味ではなくて本当に何も挫折も感じたこともないままここまで育ってきたのだ。そんな明良の人生初めての挫折は、正直言えばあの高橋至のセクハラとパワハラのダブルパンチ。

汚い中年男のチンポを咥えさせられ、舐めしゃぶるよう無理強いされ

やがては会社の物陰で尻の穴に無理矢理捩じ込まれるかもしれない。その不快感を解消するために、自分が出来ることはたいして多くはなかった。とは言え空手有段者の自分が本気で撃退に走ったらブロック塀を一蹴りで粉砕するわけで、そんな力では高橋を殺しかねないというのは分かっていた。でもだからと言って誰かに助けを求める事は内容が内容だけに無理で、しかも元はそちらが被害の発端とは言え自分以外の女性まで巻き込んでいて。初めて明良は犯罪者になってでもこいつを殺すべきなのか、それとも別な何か方法がもしかしたらあるだろうかと真剣に考え込んでいた。

そんな最中だ、外崎了が再び会社に姿をみせたのは。

まだ部所が違う頃から、成田了は有名な存在だった。多数のクライアントから直々に指名を受けるという有能な先輩で、営業ではトップの成績の一目置かれた存在。それなのに数ヵ月前に唐突に警察沙汰になるような事件に巻き込まれたと言われていて、そのまま辞職願を残して消え去った。ところがそれから僅かに半年程で戻ってきた成田了は以前の成田とは別人になっていて、周囲の言葉で言うなら破格のグレードアップな訳で

成田さん、芸能関係の会社の社長にヘッドハンティングされてたんだって

そう給湯室の女子の輪で好奇と羨望にヒソヒソと話される存在に、一時で塗り変わってしまっていた。真実としてはだいぶ違ったのだが、女性陣には成田了は以前と比較しても格段に垂涎の存在に変わっていたのだ。芸能会社社長に将来を属望され、行く行くは社長になる可能性を秘めた管理職になりうる青年。
そしてその彼と共に明良の前に現れたのが、外崎宏太や結城晴なのだ。高橋の手足を封じるために彼らのとった方法は明良には想像もつかない手段だったし、厳密に言えば違法な面もあった。それでも高橋が二度と手を出せないように彼らが明良の窮地を密かに打開してくれたから、明良はこうして犯罪者にならずに済んだ。そうして

晴と

明良は晴に恋をして、今では晴とこんな風に一緒にいられるようになった。ただし、それまでには明良になかった晴を独占したいなんて、とてつもなく激しい激情を身に付けてしまったのだが。

「晴……、足りない。」

思わず呟いた言葉に晴がえ?と不思議そうな顔をする。明良に足りないのは晴自身で、明良は他の奴等が晴をうっとりと眺めるのに平然と堪えられる源川仁聖達ほどの境地に達してない。恋人を誰かに自慢したいなんて余裕が持てるほど明良は、まだちっとも満たされていないのだ。

「足りない?何が?…………明良?」

不思議そうに首を傾げて問いかけてくる晴は、周囲の女の子達より格段に綺麗で可愛くて。そして自分とずっと一緒にいてくれると誓ってくれた大事な恋人で、思わず手を伸ばして抱き締めてしまうと晴は驚いたように目を丸くした。水族館の通路の暮明の中で、周囲の女の子達の視線を気にもせずに抱き締められて晴は驚いて言葉もでないでいる。
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