鮮明な月

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間章 アンノウン

間話13.過去と今

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仕事は暫く休みと言われているものの流石に滞る書類もあるからと当然のように外崎邸に足を向けた結城晴が、外崎邸で鉢合わせたのは了と想定外の榊恭平だった。宏太なら兎も角恭平が当然みたいにリビングで了と真剣な顔で話をしているのに、普段通り呑気な口調で挨拶をしながら玄関から歩く晴は思わず目を丸くする。

「あれー?なんで恭平さんいんの?了、社長はー?出掛けてンのー?」

矢継ぎ早な問いかけに何時もなら即返答が帰ってくる筈の了が戸惑いの表情を浮かべたのに、了と話していた恭平が立ち上がって晴に歩み寄っていく。そして恭平が簡単に現状を説明した内容に、晴はポカーンと呆気にとられてリビングで困惑顔のままの了を見つめ返して小さな声で恭平に問いかける。

「社長のこと忘れたってこと?了が?ホントに?」
「そのようだから、俺が呼ばれた。」

それこそなんで?と一瞬思うが、元間男の前科あり結城晴と真面目な仁聖一筋の榊恭平では、外崎宏太が選ぶなら後者だと言われなくても分かってしまう。どうりで理由もなく数日休みなんて訳の分からない連絡な訳だと晴は苦笑いするが、それだけ宏太がパニックに近いと言うことなのだろう。
それにしてもよりにもよって何で外崎宏太を忘れるかなぁと思うのは、元調教師で超ハイスペックな変態ストーカーとは言え宏太が了を溺愛しているのを晴は重々承知しているわけで。その溺愛を当然みたいに受けて過ごしていた了が、それが必要な宏太を全く受け付けないなんてことになったら

「社長、即日でぶちきれそう……。」

その言葉に目の前の恭平も、かなり外崎さんは我慢してると思うがと溜め息混じりに呟く辺り。裏仕事をしている時の宏太の腹黒ストーカーっぷりを見ているわけでもない恭平がそう言う辺り、既に宏太は限界近くまで我慢しているに違いないと晴は思わず唸ってしまう。それにしても何で外崎宏太だけ綺麗サッパリ忘れるなんて了もホントに器用だよなと思いながら、晴は恭平と連れだってリビングの了の傍に何時ものように座る。

「頭打ったの?了、大丈夫?大変だったんだ、連絡くれたら来たのにー。」
「あ、……うん、怪我は大したことない……。」

戸惑いながらもこうして話しかけると晴だと認識して返答が出来るのに、晴は少し興味深げに自分のことは何処まで覚えてるのと了に問いかける。今の了の中では結城晴は元の職場の後輩で、今は何故か一緒にここで働いているという程度には記憶があると答える了に、晴は呑気にじゃ殆ど俺のことは問題ないじゃんと笑う。

「前の職場のことは覚えてンだ?高橋とかも覚えてんの?」
「高橋って鬘の高橋至か?」
「なんだ、結構覚えてんじゃん。鬘まで覚えてたら問題なしっしょ。」

恭平ほど神妙でもなく呑気に大丈夫じゃない?と話す晴の口調に、逆に少しずつだが了の表情が安堵に緩んでいく。その様子に恭平も下手に神妙に突き詰めるより、この方が良かったんだなと逆に感心しながら晴の呑気な世間話に加わる。目下晴のタイムリーな話題は、先日訪問した狭山明良の家族の話のようだ。(因みに狭山明良に関しても確認したが、了は結城晴の同期で秘書課のエース位は記憶していた。ただし自分が辞めた後、営業に異動になったことと高橋の事件に関しては殆ど覚えておらず、おまけに高橋至がセクハラで辞めたことも何故辞めるに至ったかも朧気にしか分からないようだった。)

「明良ってば、姉貴が三人もいてさ?全員おんなじ顔してんの!凄くない?」
「おんなじって確かに狭山君は女顔っぽいけど……。」
「大袈裟だなぁ、晴。」
「いや、恭平さん、了マジだって!ほら!」

証拠と言いたげに画像も撮ってあったようで二人に差し出されたスマホの画面には、見間違いかと思うようなほぼ同じ顔が幾つも並んでいる。と言うか同じ顔は三人姉妹プラス明良の四人どころか、大小合わせて五人いるのだが。晴に言わせるとこれを撮ったのは双子の姉の一人・次女の吉良で、写っているのは晴と明良の他に長女佐久良、三女由良、姉の子供達の光輝に優羽。実はそれ以外に明良の母親も、明良とほぼそっくりの顔をしているというから驚く。

「…………凄いな……遺伝子。」
「ほんとだ、怖いくらいソックリ……。」

思わずスマホを覗き込んでそう口にした了と恭平に、晴はでしょ?と飽きれ混じりに溜め息をつく。そう、あの日狭山家に泊まっていたのに思わず二階の寝室で盛ってしまったわけで、



※※※



朝日に目が覚めて体を起こすと、ギシギシと身体中が思い切り軋む。思わず身動ぎ一つで晴は、腰に走る苦痛に顔を歪ませてしまっていた。普段とは違うスプリングの効いたマットレスではなく畳みに敷いた布団でのセックス、しかも失念していたがここは明良の実家、その上だが下の階に母親と祖父、佐久良達の部屋があって。

ヤバい……何、エッチしちゃってんの……俺ってば…………

下に何も聞こえてなきゃいいとは思うが、純和風建築の家の軋みなんて晴には全く想像も出来ないのだ。真夜中に天井がギシギシ激しく軋んでたなんていわれたら、恥ずかしいどころの話じゃない上に明良の家族にどっちがどっちなんて説明も出来ないし、もし聞かれても答えに正直困る。
当然全裸のままで二人は寝ていたわけだけど、一応明良がエッチの後タオルか何かで気を失った晴の体は拭ってくれたようで表面上は体液がついたままの跡はない。とは言え体内は別問題。昨夜はゴムもなくて明良は何度も中に出して奥深く注ぎ込まれていて、精液はそのままにしてしまっていた。これは早くなんとか処理しないとと晴は我に帰る。体を起こすと奥からトロリと溢れてきそうな感触に全身に震えが起きてしまう有り様だが、明良は横で完全にまだ眠っていて。ここで起こすとまた布団に引き込まれそうだからソロソロと布団から抜けだしたのだが、晴の腰の痛みは如実だった。

「いた、た……。」

激しく何度も突き上げられた腰がガクガクしているのを感じながら、何とか服を手探りして廊下に出られる程度の身支度を整える。そうして明良を起こさないようソロソロと室内から這い出して痛む腰を押さえながらトイレに行って何とか体内に注ぎ込まれたものを処理しようとしていた晴を、廊下の奥の部屋から出てきて呼び止めたのは双子の姉の片割れ由良だった。

「晴ちゃん、下までいかなくても大丈夫よ。こっち二階のトイレあるし、ウォシュレットだから。」

その言葉に晴は思わず赤面してへたりこみたくなってしまう。何も言う言わない以前に既に家族には、完全に晴の方が受けだと明良が話してるのか。そう脱力しながら思うが、それ以上にマイノリティに家族の理解が早すぎるし、そんな対応まで身に付けなくてもいい。へたりこみたくというよりは完全にへたりこんだ晴に、平然と歩み寄った由良が膝の上に肘をつく姿勢でしゃがみこみ顔を覗き込む。

「吉良ちゃんが言ってたけど、男の子同士だと終わったら精液洗わないとお腹痛くなるんでしょ?」

いや、その通りなんだが、それを女性の・しかも明良と同じ顔で言われるのが地味に辛いし恥ずかしい。そういいたいが一度脱力してしまった体が言うことを聞かないのに、由良は呑気に手伝おうか?なんて平然と言うのだ。手伝うって何を?トイレまで歩くの?それとも、いやいや、それは無しでしょなんて頭の中で一人突っ込みをしている場合ではない。それにしても同じ顔なのだが随分と性格は違うようで、三女の由良は大分呑気な性格らしい。こうしてみれば一番明良と性格が似ているのは、双子の片割れの吉良の方なのかも知れないと思う。

「晴ちゃん、あいつホントに人のこと好きになったの初めてだから、結構我が儘だし面倒でしょ?コミュ障で迷惑かけるけど、明良のことよろしくね?」

そんなことを思っていた矢先に言われた言葉に晴は思わずソックリな顔の姉の顔を見つめてしまう。吉良も似たような事を口にしたけれど、晴には出会ってからここまでそんな風には感じられなかった。周囲に当たり障りなくそつなくこなしているイメージはあるけど、そんな風に心配されている弟としての明良はどんな人間なのだろうと思ってしまう。それでも同時に人の事を本気で好きになっているのは、実は自分も同じで

「晴!」

起きて晴がいないのに気がついて慌てて上半身裸の明良が自室から飛び出してきて、由良の前でへたりこんだまま晴の姿に目を丸くする。下は履いてきてくれて良かったと思うが由良に威嚇するような態度で駆け寄って、晴の体を意図も容易く抱きかかえてしまう。

「どしたの?貧血でも起こした?晴。」
「ちょ、明良、おねぇさんの前っ!」
「明良、ほんと余裕ないなぁ。晴ちゃん可哀想でしょ?加減してあげなさいよ、絶倫。」
「は?由良姉に関係ないし。」

お願いだから自分を抱きかかえながら口論はやめて。しかも絶倫って弟に言う言葉じゃないし、どう考えても昨夜のエッチの声が聞こえてたとしか思えないし、その上下の階から佐久良だと思われる声がお風呂沸いてるわよなんて声をかけてくる始末。結局抱き上げられたまま明良に階下に連行されて、個人宅にしてはやや大きめの狭山家のお風呂にまで入れられてしまったのだった。



※※※



笑っていいのか、呆れたらいいのか。
そんな狭山家訪問の顛末を呑気に話す晴に苦笑いするしかない恭平の横で、ふと気がつくと了は神妙な顔で考え込んでいた。そういえばセクシャリティに関することが抜け落ちてしまっているのなら、明良と晴の関係も記憶にないのかと恭平は気がつく。これほど身近に同性カップルがいるのも珍しいことだが、そうなると自分と仁聖の関係も了の記憶から抜け落ちてしまっているのか。ならば以前了が恭平や仁聖にした拉致やレイプ紛いの行為に関しても、記憶から泡のように消えてしまったのかと考えてしまう。

それなら、それでも……今の了が穏やかなら…………

そんな風に言ったらあの時のことは今の了とは別だけど許してないからと言う仁聖が烈火の如く怒りだしそうだが、正直それでもいいのにと考えている恭平がいた。嫌なことを忘れて生きられるなら、それでもいいような気がしてしまうのは、自分にもやはり本当は忘れたいことがあるからかもしれない。

「なぁ、晴?」
「何?」
「…………お前、なんで前の仕事辞めたんだ?」

その言葉に結城晴はのほほんとした様子で、高橋に無断欠勤で文句言われて逆ギレして啖呵切って辞めたのだと笑う。それは確かに本当のことだが無断欠勤には了と宏太も関係していて、宏太が睡眠導入剤なんてものを晴に飲ませてしまったからだった。宏太が過去にとは言え了のセフレだった晴に嫉妬して、了が自分のものだと宣言するためにした暴挙。だけどその後に仕事を辞めたのもここに来たのも、決めたのは全て晴自身。

「俺…………のせい?それ。」
「んー?決めたのは自分だし、ここで雇ってって押し掛けたのも自分だよ。了のせいじゃないなぁ。」

平然とそういう晴に了は少し戸惑う。心のどこかに自分のせいだと引っ掛かるものがあって、喉に魚の骨でも引っ掛かっているみたいに感じているのだと顔に出ているのに、晴はのほほんとした笑顔でホントに了のせいじゃないと言う。

「それにさぁ、ここに来なかったら…………明良とこうならなかったんだ、もうこれって運命だよね。」

呑気なのにその言葉は何故か了の胸に刺さって、了は言葉をなくしていた。同じような言葉を誰かが言ったのを聞いた気がするし、同時に自分も何時か同じようなことを考えもした気がする。急に黙りこくった了の様子に恭平も晴も少し心配そうに眺めているが、了は何気なく呟くように口を開いた。

「同じようなことを…………聞いた、気がする…………。前も……この話し、したか?」

それに晴は否定の返答を返す。何しろ晴としてもこんな風に考えたのはつい最近のことで、了にはまだ話したことがない。でも同時に恭平も同じように感じてもいたから、晴の言う言葉は理解できる。記憶から消したいようなあの過去がなかったら、今の誰かと寄り添えるようになった自分は存在しない。だから過去をもう否定も出来ないのだと今は理解していて、了にそれを告げたのは多分外崎宏太なのだろうと恭平は考える。何しろ誰よりも様々な苦悩を経験した筈の男は今は誰よりも了の事を溺愛しているし、あの酷い傷痕を残して生きるには一寸やそっとの覚悟では生きられない。それでも外崎宏太は了といることを選んで、全力で了といるのだから。

「きっとそれ社長だよ、だってあの人今までのこと全部下地にして了のこと溺愛してんもん。」

恭平とは違って、結城晴はまるで仁聖みたいに平然とその思いを言葉にしてしまう。しかも何の裏もなくスルッと納得できてしまうような晴の言葉に、了は俯いて左手の薬指に嵌められたままの指輪を右手でそっとなぞっていた。
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