291 / 693
間章 アンノウン
間話2.恋愛小説でもあるまいし
しおりを挟む
恋愛小説でもあるまいし。
内心ではそう思うが玄関なんてとんでもない場所で、包み込まれるような力強く熱い抱擁。その上了がどんなにもがいても足掻いても、男はまるで平気で了の動きを全て飲み込んでしまうみたいに尚更深く力を込めて包み込んでくる。あんなに病室では簡単に突き飛ばすことができたのだが、何故かここでは了は上手く拒絶できない。
何で………………っ
頤をあげて腰をそらせ抱き締められるなんて、正直男のされる体勢ではないと理解できている。それなのにこの腕の中は何だか酷く心地よくて、理性では逃げたいと考えているはずなのが揺らぎ霞んでしまう。突き飛ばそうとした手が相手の胸元に押すこともなく縋るように触れてしまって、男が微かに緊張を緩めたのがわかる。そうなのだ、相手はこんな風に自分を無理矢理抱き締めているのに、同時に酷く不安げに緊張もしているのだ。
「と…………とざ、きさ………………。」
何と呼んだらいいのか分からずに思わずそう口にすると、不意に抱き締める男の腕が硬く強ばる。そして不意に酷く強い男の色気を放ちながら、整った顔がユックリと斜めに傾けられていた。
「や………………っ…………ぅ…………。」
容易く肉感的で柔らかな男の唇が、了の拒絶の言葉を吐こうとした唇を完全に塞ぐ。それはトロリと蕩けて芯まで痺れるような甘く心地よい口づけで、了は瞬時に吐息だけでなく舌まで絡めとられて柔らかく男に舌をねぶられてしまう。その甘く媚薬めいた電流のように全身に走る快感に、あっという間にガクガクと了の膝から力が抜けて震えだしていた。
「んぅ…………。」
チュ……チュ……と濡れた音をたてて、口づけは激しく何度も繰り返されていく。慣れた仕草で吐息ごと全てを奪われ、舌を緩急つけて吸われたり甘く噛まれたり。
嘘………すご、…気持ち、い…………。
どうにかして逃れようにも了の両足は、まるで芯が抜けてしまったみたいに力が入らないまま。抱き寄せられ執拗に口づけられ息の上がった了に、離された唇が濡れながらもう一度低く甘い声で名前を囁きかける。
「愛してる…………了、俺の…………。」
男同士なのに、まるで運命の恋人のように愛を紡がれる。そんなのはおかしい事なのだと理性では分かっているのに、男のキス一つで頭の芯まで痺れて熱をもって疼きだしている。それに対して了ができるのは弱々しく頭を振ることくらいで、それすらもあっという間に再開された口づけで封じ込められてしまう。
俺の…………なんて、何言って…………
同性愛、ゲイ、ホモセクシャル。頭の中で必死にそう繰り返して、これはマイノリティで現実的におかしいことだと拒絶しようとするのにまるで出来ない。了がそれを認めていたと話されたが、実際には何一つそれを思い出せてもいないのに。それが当然だと言いたげに腰を抱き寄せた相手の手の熱さが、薄い服を介して直に感じ取れているのだ。しかも何故かその熱さが本能的に心地よくて、了は全く逃げ出すことも出来ないでいる。
「了…………、思い、出せないか?これでも…………?……ん?」
その癖酷く心細げで不安に問いかける声に、我に帰って思わず真正面から了の記憶を求める男の顔を見上げてしまっていた。言うまでもなくサングラスで隠されている部分以外は完璧に整っていて、男前と言っても決して過言ではない顔立ち。その濃いサングラスの下は深く抉りつけられた大きな傷痕が鼻梁を通過して男の両目を失わせていたが、こうして間近に見てもそれがこの男の魅力を損なうものではないのは分かった。ただその傷を持った顔が苦い物でも口に含んだように歪んでいて、思わず了は息を飲んでマジマジと見いってしまっている。自分の何かが彼にその顔をさせていると分かっていて、了は思わず口を開いてしまっていた。
「あ……の…………、と、ざきさ…………。」
了が何かを言い終わる前に、酷く傷ついた顔をして男の顔が更にあからさまに歪んでいた。それを見た次の瞬間意図も容易く了の体は宙に浮いて、靴を履いることなんか気にも留めずに男に軽々と抱きかかえられている。
「あ、あのっ…………ま、まってくださ……っ!」
「黙ってろ。」
不機嫌そうな声で男から一喝され、了は思わず黙りこむ。男が何に気分を害したのかも分からないのに意図も容易く抱きかかえられ、しかも盲目な筈の男は広大な室内を迷いもなくズンズンと歩くのに了は目を丸くする。どうみても義眼の筈なのに手探りもなく当然のように廊下を突っ切り階段を上がり始めたのには、了は驚いて抱き上げられ階段を登るという不安定な状況に思わずその体に縋りついてしまっていた。
「とざ、きさ……っ!あぶな……っ!」
「何時もの事だ。」
そんな風に平然と言い切られ、階段を上がりきり迷うことなく扉を開く。無造作に室内に足を踏み入れた男が、直後にドサリと乱暴に了の体を落としたのは広いキングサイズのベットの上。驚きに声も出ないでいる了の体を組み敷いて、気がついたときには男の足が腰の辺りに股がっていた。
「と、ざきさんっ?!」
手で押し返そうにも相手の大きな手で触れられ服の上からとはいえ肌を撫でられる感触に、了の喉がひきつる音をたてている。足掻いて逃げようにも相手はびくともしない岩のようにのし掛かり、しかも意図も容易く相手は了の体をまさぐっていく。
「や、やだっ!いやだっ!!」
身動ぎしてもがいても抵抗にならず、しかもその指の触れる場所が奇妙に熱く熱を生んでいる。何をする気なのかと慌てふためき足掻こうとしても全く抵抗できないままに、男の両手がスッと喉元に指を這わせた。ゾクリと肌が粟立ち体が震えるのに、了は思わず声をあげる。
「外崎さ、んっ!!」
「騒ぐな、何もしてない。」
確かにその指は服をどうにかしようとはしていないし、そのまま頬を包み茶色の髪の毛をすくように撫で回し始めている。大切な珠でも撫でているかのように触れる指先に、了は戸惑いながらその動きを息を詰めて馬乗りになられたままの状況で見上げていた。頭を確かめ打って腫れている部分をそっと撫でる指先には痛みはまるで感じないし、それどころか実は内心では指の動きが心地よくもあって。
「痛むのか?」
それでも視力のない宏太には、了の反応が触れるだけでは読み取れない。だから戸惑いながら低く柔らかな声で、そう問いかけるのに了は改めてこの人は目が見えないのだと感じてしまう。
目が見えない…………
その事実を再認識したことに何故か心の奥がチクリと痛みを感じて、了は思わず目を閉じて相手の手の動きだけを肌で感じとる。丁寧にそれ以外に傷がないか確かめる相手の手つきは病院ではしたくてもできなかったから、と言いたげで。何故かそれにも同じく胸の奥に痛みを感じ取ってしまう。
「了?…………眠ったのか?」
指の心地よさに力の抜け瞼を閉じた了の反応に、躊躇いがちに目の見えない男が問いかける。宝物のように優しくそっと撫でて、傷を確かめ、そして閉じた瞼を親指がスルリと擦っていく。その後男は何をすることもなく手を離したかと思うと、そっと了が寝心地がいいように靴を脱がせベットを整えて一端ベットから滑り降りたのが分かった。素足の歩く音が聞こえて男が部屋から靴をもって出ていくのがわかる。
何故、俺はこの男と暮らすことを選んだんだろう……
触れられた指も腕も、そしてキスも不快ではなかった。と言うより、相手の与えたそのどれもが了には心地好くて、もし男が何かしたとしても流されて受け入れてしまいそうなほどだったのは事実なのだ。男がいうように了が一緒に居ることを選んだと言われたのも、考えてみれば男にそんな嘘をいう必要性もない。ベットの中には確かに自分の微かな匂いもある気がするし、一人きりになって改めて眺めれば室内の装飾だって了好みに整えられている。男の言う通り了はここで暮らしてきたのだと証明するように、心は兎も角体はベットの心地好さにスッカリ落ち着いてしまっていた。
でも、何で、男同士で…………
片方が女であれば何も問題ないこと。だけど了も相手も男だし、その了を宝のように大切に扱う相手の仕草に戸惑いもする。
※※※
抱き締めた腕の中がいつまでも抵抗しようともがくのに、正直傷ついていた。そして同時に他人行儀に苗字で、しかもさん付けときて、その言葉に更に傷付いてしまう。何気なく当然のように『外崎さん』なんて呼ばれたのが、実は出会ってから初めてのことだったと逆上仕掛けてもいた。抱き上げ歩き出して階段を昇り始めた時了は安定性のない行為に怯えて宏太に思わず抱きついて縋ってきたが、それすら実は初めての事なのだ。
ここに来て既に半年ちょっとだが…………
抱き上げられ抱えられて歩かれるのに、何時もの了は慣れてしまっていてまるで怖がりもせずに宏太に甘えこそすれ怯えたことはなかった。それに気がついて改めて宏太は、今の了が自分の了とは全くの別人なのだと感じてしまっていたのだ。心のどこかでは家に帰ってきたら当然のように何もかも元通りになると思い込んでいて、暮らしなれた場所なら記憶だって安定して戻りやすいと言った医者の言葉も信じてもいた。だけど家を見ても了ははかばかしい反応をしなかったし、中に入っても直に触れて抱き締めても変わらない。
大体にして、何で記憶が飛ぶようなことが起きた?
よく似た別人なんて馬鹿なことは考えてはいない。それでも思わず馬乗りになって触れて確認した指先の描く了の顔は勿論当人だ。なら何故あんなにも完全に自分のことだけ完全に消えているのかと考え込む。ベットに押し込めてアッサリと眠ってしまったのには疲れていたのかと思いもするけれど、反面何か奇妙にも感じていた。
あいつ、親のことにも触れない…………。
宏太のことだけ記憶から消えたのであれば、了は成田了になるだけであって両親の話にはもっと触れるに違いない。しかし目が覚めてから外崎了に了が自分からなったと話してから、それに対して反論はなくて「そうなんですか……。」と答え養子縁組した件に関しては別段戸惑いもしない。
奇妙な記憶喪失だな
恐らくは両親のことも混濁して覚えていないのか、覚えていても両親には頼るつもりがないのか。確かに以前『random face』に通っていた時も了が率先して両親の話をしたことはないし、自分も家族の縁は切っていたからその点に関して突き詰めようともしていない。
だけど了は何で、あそこに行っていたんだ……?
あの日の了は用事を済ませに行くとは言ったが、『random face』に行くとは言っていない。用事は日常的な事で、それほどかからないと口にしたのは了自身だった。それなのにワザワザあの店舗の路地まで行って倒れたことに、宏太は思わず口元を覆うようにして考え込む。
何かあった…………としたら、了ならどうする?
外崎了は単純馬鹿でもないし、間抜けでもない。感情任せで訳がわからない行動をするタイプでもないから、何か理由があってあそこまで行ったのではないか。出掛けた中で何かが起きて、わざと『random face』まで行って倒れたのなら、そこで倒れれば自分がなにか気がつくと考えたからとしか思えない。
宏太は無造作にスマホを取り出して「惣一に電話」と無造作に口にしていた。
※※※
「惣一くーん!」
最近の我妻・松理は身重のせいかキチンと我が家に定住してくれていて、久保田惣一としては正直嬉しい限りだったりもする。と、いうのも志賀松理という女性は、最近まで過去の亡霊という一種呪い染みたものに振り回され一ヶ所には定住してくれない困った彼女だった。それでも惣一にとって松理は出逢ったその日から唯一無二の天使で、他の誰かに渡す気もない大事な存在。彼女さえいればと必死にアプローチし続けて実のところ既に二十年近い二人の関係なのだが、何度彼女から結婚は駄目と断られたことか。だがやっと念願かなって彼女は惣一の子供を妊娠して、久保田松理になって、しかもここ数日で安定期に入り悪阻も何とか落ち着いたところ。そんなリビングにいてのんびりとパソコンで仕事をしていた筈の松理が、キッチンの惣一を振り返りソファー越しに手をふる。
「何?松理。」
「トノから電話よー?何か困ってるみたい。聞いとく?」
遅めのお昼ご飯の支度をしているうちに、どうやら古い友人からかかってきた電話に松理が気がつき出てしまったらしい。気にしなくて放置しておけばいいのに松理も退屈凌ぎに出たに違いないが、何分電話の相手がトノと聞くと胎教に悪いと惣一は眉を潜める。
トノは外崎宏太のこと。
トノはハンドルネームで元々はネット上での渾名だ。因に惣一にも松理にもそれぞれのハンドルネームは幾つかあって、惣一はクボ・松理はマツリと名乗っていたり、全く別な名前を使ったりしている。宏太も松理と同じくらい長い付き合いの友人で、宏太自身には何も悪い面があるわけでは全然ない。が一種独特の人間なので、残念ながら胎教にいい人物だとは言えない。勿論惣一だって自分のことを棚にあげるつもりはないが、今の状況ではなるべく胎教に悪影響があるものは
「ねー、惣一君、了ちゃんが記憶喪失なんだってー。」
「あ!こら!松理!聞いていいって言ってないよ!」
「ごめーん、きいちゃったぁ!」
呑気な妻の声に脱力しながら、コンロを消して惣一は松理から電話を取り上げに向かうのだった。
内心ではそう思うが玄関なんてとんでもない場所で、包み込まれるような力強く熱い抱擁。その上了がどんなにもがいても足掻いても、男はまるで平気で了の動きを全て飲み込んでしまうみたいに尚更深く力を込めて包み込んでくる。あんなに病室では簡単に突き飛ばすことができたのだが、何故かここでは了は上手く拒絶できない。
何で………………っ
頤をあげて腰をそらせ抱き締められるなんて、正直男のされる体勢ではないと理解できている。それなのにこの腕の中は何だか酷く心地よくて、理性では逃げたいと考えているはずなのが揺らぎ霞んでしまう。突き飛ばそうとした手が相手の胸元に押すこともなく縋るように触れてしまって、男が微かに緊張を緩めたのがわかる。そうなのだ、相手はこんな風に自分を無理矢理抱き締めているのに、同時に酷く不安げに緊張もしているのだ。
「と…………とざ、きさ………………。」
何と呼んだらいいのか分からずに思わずそう口にすると、不意に抱き締める男の腕が硬く強ばる。そして不意に酷く強い男の色気を放ちながら、整った顔がユックリと斜めに傾けられていた。
「や………………っ…………ぅ…………。」
容易く肉感的で柔らかな男の唇が、了の拒絶の言葉を吐こうとした唇を完全に塞ぐ。それはトロリと蕩けて芯まで痺れるような甘く心地よい口づけで、了は瞬時に吐息だけでなく舌まで絡めとられて柔らかく男に舌をねぶられてしまう。その甘く媚薬めいた電流のように全身に走る快感に、あっという間にガクガクと了の膝から力が抜けて震えだしていた。
「んぅ…………。」
チュ……チュ……と濡れた音をたてて、口づけは激しく何度も繰り返されていく。慣れた仕草で吐息ごと全てを奪われ、舌を緩急つけて吸われたり甘く噛まれたり。
嘘………すご、…気持ち、い…………。
どうにかして逃れようにも了の両足は、まるで芯が抜けてしまったみたいに力が入らないまま。抱き寄せられ執拗に口づけられ息の上がった了に、離された唇が濡れながらもう一度低く甘い声で名前を囁きかける。
「愛してる…………了、俺の…………。」
男同士なのに、まるで運命の恋人のように愛を紡がれる。そんなのはおかしい事なのだと理性では分かっているのに、男のキス一つで頭の芯まで痺れて熱をもって疼きだしている。それに対して了ができるのは弱々しく頭を振ることくらいで、それすらもあっという間に再開された口づけで封じ込められてしまう。
俺の…………なんて、何言って…………
同性愛、ゲイ、ホモセクシャル。頭の中で必死にそう繰り返して、これはマイノリティで現実的におかしいことだと拒絶しようとするのにまるで出来ない。了がそれを認めていたと話されたが、実際には何一つそれを思い出せてもいないのに。それが当然だと言いたげに腰を抱き寄せた相手の手の熱さが、薄い服を介して直に感じ取れているのだ。しかも何故かその熱さが本能的に心地よくて、了は全く逃げ出すことも出来ないでいる。
「了…………、思い、出せないか?これでも…………?……ん?」
その癖酷く心細げで不安に問いかける声に、我に帰って思わず真正面から了の記憶を求める男の顔を見上げてしまっていた。言うまでもなくサングラスで隠されている部分以外は完璧に整っていて、男前と言っても決して過言ではない顔立ち。その濃いサングラスの下は深く抉りつけられた大きな傷痕が鼻梁を通過して男の両目を失わせていたが、こうして間近に見てもそれがこの男の魅力を損なうものではないのは分かった。ただその傷を持った顔が苦い物でも口に含んだように歪んでいて、思わず了は息を飲んでマジマジと見いってしまっている。自分の何かが彼にその顔をさせていると分かっていて、了は思わず口を開いてしまっていた。
「あ……の…………、と、ざきさ…………。」
了が何かを言い終わる前に、酷く傷ついた顔をして男の顔が更にあからさまに歪んでいた。それを見た次の瞬間意図も容易く了の体は宙に浮いて、靴を履いることなんか気にも留めずに男に軽々と抱きかかえられている。
「あ、あのっ…………ま、まってくださ……っ!」
「黙ってろ。」
不機嫌そうな声で男から一喝され、了は思わず黙りこむ。男が何に気分を害したのかも分からないのに意図も容易く抱きかかえられ、しかも盲目な筈の男は広大な室内を迷いもなくズンズンと歩くのに了は目を丸くする。どうみても義眼の筈なのに手探りもなく当然のように廊下を突っ切り階段を上がり始めたのには、了は驚いて抱き上げられ階段を登るという不安定な状況に思わずその体に縋りついてしまっていた。
「とざ、きさ……っ!あぶな……っ!」
「何時もの事だ。」
そんな風に平然と言い切られ、階段を上がりきり迷うことなく扉を開く。無造作に室内に足を踏み入れた男が、直後にドサリと乱暴に了の体を落としたのは広いキングサイズのベットの上。驚きに声も出ないでいる了の体を組み敷いて、気がついたときには男の足が腰の辺りに股がっていた。
「と、ざきさんっ?!」
手で押し返そうにも相手の大きな手で触れられ服の上からとはいえ肌を撫でられる感触に、了の喉がひきつる音をたてている。足掻いて逃げようにも相手はびくともしない岩のようにのし掛かり、しかも意図も容易く相手は了の体をまさぐっていく。
「や、やだっ!いやだっ!!」
身動ぎしてもがいても抵抗にならず、しかもその指の触れる場所が奇妙に熱く熱を生んでいる。何をする気なのかと慌てふためき足掻こうとしても全く抵抗できないままに、男の両手がスッと喉元に指を這わせた。ゾクリと肌が粟立ち体が震えるのに、了は思わず声をあげる。
「外崎さ、んっ!!」
「騒ぐな、何もしてない。」
確かにその指は服をどうにかしようとはしていないし、そのまま頬を包み茶色の髪の毛をすくように撫で回し始めている。大切な珠でも撫でているかのように触れる指先に、了は戸惑いながらその動きを息を詰めて馬乗りになられたままの状況で見上げていた。頭を確かめ打って腫れている部分をそっと撫でる指先には痛みはまるで感じないし、それどころか実は内心では指の動きが心地よくもあって。
「痛むのか?」
それでも視力のない宏太には、了の反応が触れるだけでは読み取れない。だから戸惑いながら低く柔らかな声で、そう問いかけるのに了は改めてこの人は目が見えないのだと感じてしまう。
目が見えない…………
その事実を再認識したことに何故か心の奥がチクリと痛みを感じて、了は思わず目を閉じて相手の手の動きだけを肌で感じとる。丁寧にそれ以外に傷がないか確かめる相手の手つきは病院ではしたくてもできなかったから、と言いたげで。何故かそれにも同じく胸の奥に痛みを感じ取ってしまう。
「了?…………眠ったのか?」
指の心地よさに力の抜け瞼を閉じた了の反応に、躊躇いがちに目の見えない男が問いかける。宝物のように優しくそっと撫でて、傷を確かめ、そして閉じた瞼を親指がスルリと擦っていく。その後男は何をすることもなく手を離したかと思うと、そっと了が寝心地がいいように靴を脱がせベットを整えて一端ベットから滑り降りたのが分かった。素足の歩く音が聞こえて男が部屋から靴をもって出ていくのがわかる。
何故、俺はこの男と暮らすことを選んだんだろう……
触れられた指も腕も、そしてキスも不快ではなかった。と言うより、相手の与えたそのどれもが了には心地好くて、もし男が何かしたとしても流されて受け入れてしまいそうなほどだったのは事実なのだ。男がいうように了が一緒に居ることを選んだと言われたのも、考えてみれば男にそんな嘘をいう必要性もない。ベットの中には確かに自分の微かな匂いもある気がするし、一人きりになって改めて眺めれば室内の装飾だって了好みに整えられている。男の言う通り了はここで暮らしてきたのだと証明するように、心は兎も角体はベットの心地好さにスッカリ落ち着いてしまっていた。
でも、何で、男同士で…………
片方が女であれば何も問題ないこと。だけど了も相手も男だし、その了を宝のように大切に扱う相手の仕草に戸惑いもする。
※※※
抱き締めた腕の中がいつまでも抵抗しようともがくのに、正直傷ついていた。そして同時に他人行儀に苗字で、しかもさん付けときて、その言葉に更に傷付いてしまう。何気なく当然のように『外崎さん』なんて呼ばれたのが、実は出会ってから初めてのことだったと逆上仕掛けてもいた。抱き上げ歩き出して階段を昇り始めた時了は安定性のない行為に怯えて宏太に思わず抱きついて縋ってきたが、それすら実は初めての事なのだ。
ここに来て既に半年ちょっとだが…………
抱き上げられ抱えられて歩かれるのに、何時もの了は慣れてしまっていてまるで怖がりもせずに宏太に甘えこそすれ怯えたことはなかった。それに気がついて改めて宏太は、今の了が自分の了とは全くの別人なのだと感じてしまっていたのだ。心のどこかでは家に帰ってきたら当然のように何もかも元通りになると思い込んでいて、暮らしなれた場所なら記憶だって安定して戻りやすいと言った医者の言葉も信じてもいた。だけど家を見ても了ははかばかしい反応をしなかったし、中に入っても直に触れて抱き締めても変わらない。
大体にして、何で記憶が飛ぶようなことが起きた?
よく似た別人なんて馬鹿なことは考えてはいない。それでも思わず馬乗りになって触れて確認した指先の描く了の顔は勿論当人だ。なら何故あんなにも完全に自分のことだけ完全に消えているのかと考え込む。ベットに押し込めてアッサリと眠ってしまったのには疲れていたのかと思いもするけれど、反面何か奇妙にも感じていた。
あいつ、親のことにも触れない…………。
宏太のことだけ記憶から消えたのであれば、了は成田了になるだけであって両親の話にはもっと触れるに違いない。しかし目が覚めてから外崎了に了が自分からなったと話してから、それに対して反論はなくて「そうなんですか……。」と答え養子縁組した件に関しては別段戸惑いもしない。
奇妙な記憶喪失だな
恐らくは両親のことも混濁して覚えていないのか、覚えていても両親には頼るつもりがないのか。確かに以前『random face』に通っていた時も了が率先して両親の話をしたことはないし、自分も家族の縁は切っていたからその点に関して突き詰めようともしていない。
だけど了は何で、あそこに行っていたんだ……?
あの日の了は用事を済ませに行くとは言ったが、『random face』に行くとは言っていない。用事は日常的な事で、それほどかからないと口にしたのは了自身だった。それなのにワザワザあの店舗の路地まで行って倒れたことに、宏太は思わず口元を覆うようにして考え込む。
何かあった…………としたら、了ならどうする?
外崎了は単純馬鹿でもないし、間抜けでもない。感情任せで訳がわからない行動をするタイプでもないから、何か理由があってあそこまで行ったのではないか。出掛けた中で何かが起きて、わざと『random face』まで行って倒れたのなら、そこで倒れれば自分がなにか気がつくと考えたからとしか思えない。
宏太は無造作にスマホを取り出して「惣一に電話」と無造作に口にしていた。
※※※
「惣一くーん!」
最近の我妻・松理は身重のせいかキチンと我が家に定住してくれていて、久保田惣一としては正直嬉しい限りだったりもする。と、いうのも志賀松理という女性は、最近まで過去の亡霊という一種呪い染みたものに振り回され一ヶ所には定住してくれない困った彼女だった。それでも惣一にとって松理は出逢ったその日から唯一無二の天使で、他の誰かに渡す気もない大事な存在。彼女さえいればと必死にアプローチし続けて実のところ既に二十年近い二人の関係なのだが、何度彼女から結婚は駄目と断られたことか。だがやっと念願かなって彼女は惣一の子供を妊娠して、久保田松理になって、しかもここ数日で安定期に入り悪阻も何とか落ち着いたところ。そんなリビングにいてのんびりとパソコンで仕事をしていた筈の松理が、キッチンの惣一を振り返りソファー越しに手をふる。
「何?松理。」
「トノから電話よー?何か困ってるみたい。聞いとく?」
遅めのお昼ご飯の支度をしているうちに、どうやら古い友人からかかってきた電話に松理が気がつき出てしまったらしい。気にしなくて放置しておけばいいのに松理も退屈凌ぎに出たに違いないが、何分電話の相手がトノと聞くと胎教に悪いと惣一は眉を潜める。
トノは外崎宏太のこと。
トノはハンドルネームで元々はネット上での渾名だ。因に惣一にも松理にもそれぞれのハンドルネームは幾つかあって、惣一はクボ・松理はマツリと名乗っていたり、全く別な名前を使ったりしている。宏太も松理と同じくらい長い付き合いの友人で、宏太自身には何も悪い面があるわけでは全然ない。が一種独特の人間なので、残念ながら胎教にいい人物だとは言えない。勿論惣一だって自分のことを棚にあげるつもりはないが、今の状況ではなるべく胎教に悪影響があるものは
「ねー、惣一君、了ちゃんが記憶喪失なんだってー。」
「あ!こら!松理!聞いていいって言ってないよ!」
「ごめーん、きいちゃったぁ!」
呑気な妻の声に脱力しながら、コンロを消して惣一は松理から電話を取り上げに向かうのだった。
0
お気に入りに追加
250
あなたにおすすめの小説
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
少年ペット契約
眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。
↑上記作品を知らなくても読めます。
小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。
趣味は布団でゴロゴロする事。
ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。
文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。
文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。
文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。
三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。
文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。
※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。
※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。
僕の兄は◯◯です。
山猫
BL
容姿端麗、才色兼備で周囲に愛される兄と、両親に出来損ない扱いされ、疫病除けだと存在を消された弟。
兄の監視役兼影のお守りとして両親に無理やり決定づけられた有名男子校でも、異性同性関係なく堕としていく兄を遠目から見守って(鼻ほじりながら)いた弟に、急な転機が。
「僕の弟を知らないか?」
「はい?」
これは王道BL街道を爆走中の兄を躱しつつ、時には巻き込まれ、時にはシリアス(?)になる弟の観察ストーリーである。
文章力ゼロの思いつきで更新しまくっているので、誤字脱字多し。広い心で閲覧推奨。
ちゃんとした小説を望まれる方は辞めた方が良いかも。
ちょっとした笑い、息抜きにBLを好む方向けです!
ーーーーーーーー✂︎
この作品は以前、エブリスタで連載していたものです。エブリスタの投稿システムに慣れることが出来ず、此方に移行しました。
今後、こちらで更新再開致しますのでエブリスタで見たことあるよ!って方は、今後ともよろしくお願い致します。
3人の弟に逆らえない
ポメ
BL
優秀な3つ子に調教される兄の話です。
主人公:高校2年生の瑠璃
長男の嵐は活発な性格で運動神経抜群のワイルド男子。
次男の健二は大人しい性格で勉学が得意の清楚系王子。
三男の翔斗は無口だが機械に強く、研究オタクっぽい。黒髪で少し地味だがメガネを取ると意外とかっこいい?
3人とも高身長でルックスが良いと学校ではモテまくっている。
しかし、同時に超がつくブラコンとも言われているとか?
そんな3つ子に溺愛される瑠璃の話。
調教・お仕置き・近親相姦が苦手な方はご注意くださいm(_ _)m
僕が玩具になった理由
Me-ya
BL
🈲R指定🈯
「俺のペットにしてやるよ」
眞司は僕を見下ろしながらそう言った。
🈲R指定🔞
※この作品はフィクションです。
実在の人物、団体等とは一切関係ありません。
※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨
ので、ここで新しく書き直します…。
(他の場所でも、1カ所書いていますが…)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる