鮮明な月

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第十五章 FlashBack

182.

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玄関ホールで宏太の腕に抱き締められたまま、何が起きたのか話を聞いていた。そうしているうちに了が青ざめて、血の気がひいているのだろう。腕の中に感じる了の肌を冷たく感じたのに、宏太は徐にその体を軽々と抱き上げて玄関での立ち話を勝手に打ち切った。驚いた声をあげる了を意図も容易く抱き上げて慣れた足取りで廊下を歩く宏太の耳には、上階の微かな閨の淫らな軋みが実は大分聞き取れている。
壁越しで伝わるギシギシとリズミカルに軋む規則的にも聞こえるベットの揺れる音。
そして合間に微かに挟まれる甲高く弾ける嬌声。
それがゲストルームの二人が立てている音なのは、ここであえて了に言うまでものことではない。
明良が怪我をして、ここに泊まらせてから数日。実は一度も閨らしき物音を立てていなかった狭山明良が、ここに来てここまで盛大に事に及んだのは恐らくは何かきっかけがあったに違いないと廊下を歩きながら無言のまま考える。それには恐らくは腕に抱きかかえている了も関わりがあって、それで尚更こんな風に落ち込んでいるに違いないとも。何しろ宏太にはまるで理解できないのだが、了は結城晴が以前の仕事を辞めバイセクシャルになったのは自分のせいだと今も考えているのだ。

「…………お前が落ち込むことじゃねぇだろ。ん?」

思わずそう了に向けて呟いてしまう宏太に、了は微かに苦笑いをしながら宏太の肩口にそっと顔を押し当ててくる。
人生というものの中には、多岐にわたって多くの選択肢が与えられるものだ。その選択肢は様々な要素から生まれるし、それは自分だけでなく自分以外の人間や環境や様々な原因から生み出されている。そして人間というものはそれに必ず因果を結びつけるものなのだ。そして何故かその選択の末に悪い結果に陥れば、その選択肢を与えたものに責任を転嫁しがちになる。人間というものは自分がそれを選んで自分に責任があるとは考えたくない生き物で、大概は自分以外のものに責任転嫁して罪悪感から逃げ出そうとする習性があるのだろう。でも外崎宏太は例外的にそうは考えないタイプの人間で、選択肢は与えられても選んだのは自分だし責任は自分にあるものだと考えている。
妻である希和が自殺して宏太に呪詛の言葉を残したのは宏太が彼女をそう追い込んだからだし、自分の顔を抉り失明させた三浦和希が事件を引き起こしたのは宏太がそうするように陥れて狂気に落としたからだ。宏太は選択肢の因果を結果と結びつけても、全ては自分がそれを選んだからなのだとその選択肢の責任転嫁はしない。ただ同時に他人もそうあるべきだと考えてしまうから、了がこんな風に自分のせいでと晴や榊恭平の事を案ずるのが理解できなくて不思議でもある。結城晴も榊も今の現状は、それぞれが自分で選んだものなのじゃないのかと言いたい。でも了は彼らの今に至る選択肢に罪悪感を感じているのだ。そして何か結城晴と話している最中に狭山明良が帰宅したかなにかで、箍の外れた明良が目下晴を泣かせているというところだろう。

「了……。」
「宏太の言いたいことは分かってる。でも、……それでも俺に……責任はあると思う……。」

リビングのソファーにドカッと腰を下ろして膝の上に抱き上げたままの了に向けて、納得できないといいたげな顔をする宏太に思わず了は微笑んでしまう。以前の宏太だったら理解できない事だと流してしまっただろう話題。そして関係ないと聞き流しもしたに違いないのに、今の宏太は了のためにこうして少しでも理解してみようとしているのだから。晴の様子がおかしいと了はずっと気にかけていた。確かに能天気で陽気で合理的な思考をする結城晴が、話しかけても上の空で溜め息をついてばかりなのは分かっている。それでも

「………お前まで、そんな泣きそうにするな。ちゃんと何とかしてやるから。」

まだ泣いてもいないのに了をあやすように頬を撫でながらそう囁く宏太に、思わず逆に涙腺が緩みそうになって了はその逞しい肩に縋りついてしまう。理解しようとしてくれて、しかも何とかしてやると自分を支えようとしてくれる宏太の優しさが胸の中に満ちる。
そして了にしてみても自己中心的な感情だけで自由ではあっても一人で生きていたのと、今の誰かを大事にする事を知ったこの暮らしはまるで違う世界だった。無機質で何もない世界から暖かくて心地好い居場所を見つけてしまった了には、せめて自分の目の届く関係性の中だけでも同じように幸せに過ごせたら等と思ってしまうのだ。

「自分勝手…………だよな、この考え方も………。」
「ん?何がだ?」

自分の身の回りだけでも幸せに、そんな利己的な考え。それを了が口にするとそれが当然だろうがと宏太は眉を潜める。人間はそういう風に生きていくようにできていて、その中で生まれる罪悪感から逃げて生きるのが普通なのだと宏太は平然と言う。そういいながら伸ばした手は優しく柔らかな手つきで了の頬を撫でて、柔らかく甘い微笑みを浮かべた。

「了は優しすぎるな、ん?」

見透かしたように宏太にそう言われても、これは優しさなんかじゃないと了にもわかっている。本当は了は自分のした事の罪悪感から逃げたいから、恭平や晴にも自分が与えてもらえたのと同じような穏やかで幸せな居場所をもって欲しいだけなのだ。そう心の中で考えてしまうと堪えきれずに涙が滲み、思わず宏太の肩に顔を押し当ててしまう。そんなことをしたら肩に触れた涙の感触で、直ぐに宏太は了が泣いているのに気がついてしまう。

「優しく……ねぇよ、俺が自分勝手な……だけだ。」
「それが優しいんだろ、俺なら無視してる。」

そう言いながら抱き寄せて腕の中に包み込む。長年の付き合いである幼馴染みですら無惨と評した宏太の醜い傷痕を、おぞましいと一つも思わず愛しげに口付ける唯一無二の人間。その了が狡い自分勝手な感情で生きているとは宏太には思えないし、その優しさが宏太には愛しくて好ましいのだ。押し付けられた頭を掌で抱え込むようにして確りと抱き締めてやると、なおのこと体を寄せて了が宏太に身を任せるのがわかる。

「……仁聖の、傷、……酷いのか?」

実際にはそれほどの傷ではない。高橋に殴り付けられて瞼の上が少し切れてしまいはしたが、少しだけ縫い合わせた傷が残る可能性はある程度。モデルとしてはほんの僅かな傷なので知らないと気がつかない程度ではと医師と藤咲が話していたという。
実は高橋至は商品でもある源川仁聖の顔に傷をつけた途端、冷や水でも被ったように冷静に大人しくなって全てのことを刑事の風間祥太に自白したのだった。宏太や藤咲にも意外だったのは、高橋がその自白の中で狭山明良にストーカー行為をしていたことも認めた上で、それは仕事の敵としてで何らかの恋慕とは一言も言わなかったことだ。高橋至は言うつもりなら狭山明良が男性と交際している事を声高に訴えることも可能なのに、それを何一つ臭わせず仕事上の嫉妬であると自白を終えた。自分もゲイとかセクハラだと知られたくなかったからなのか、それとも狭山をこれ以上傷つけないつもりで隠したのか。そこは宏太にもよく分からない。ただせめてその理由が後者なら、明良達だけでなく了も少し安堵するのではないかとは思う。

「こぉた……?」

そんな思案にふと暮れていた宏太の耳元に、腕の中から戸惑うような了の囁きが届く。何時もより頼りなくて甘えるような囁きが擽るように耳元に落ちるのに、何故か上階の若い奴等の睦あうベットの軋みが大きくなった気がして宏太は思わず眉をしかめる。
この家は元は志賀松理の持ち家で防音設備は完璧な筈なのに、こんなに壁づたいの音とはいえ物音が聞き取れる耳なんて自分でも呆れるばかり。だが正直なことを言えば聞こえたとしても宏太は他人の睦事なんかには興奮するわけでもないし、何より一番興奮するのは膝の上で自分に身を任せている了という存在の方だ。

「こ、ぉた?」
「………了。」

宏太が熱っぽく濡れた艶のある声で耳元にそう囁き返すと、宏太の考えを察したのか了が弱く駄目と言いながら身を離そうと僅かにもがく。それを引き留めるように宏太はそっと手を絡み付けて、無造作に了の腰を自分に更に強く引き寄せた。引き寄せられた細くしなやかな腰をなぞるようにして服の隙間に指を滑り込ませると、反射的に僅かに腰を浮かせながら了が声を殺して制止の言葉を呟く。

「だ、め。」

しどけなく色っぽい懇願の囁き。それが宏太の欲情を煽るのはわかっている筈なのに、こぼれ落ちた了の声が耳に酷く甘い。だからわざとらしく分からないと言いたげなふりで、宏太は制止の意図が分からないふりを続ける。

「ん?何が。」
「だ、から、ぁん。」

肌を撫でてスルリと柔らかな双球の谷間を滑る指の感触に甘い声が溢れて、指に伝わる了の体温が一瞬で僅かに上がる。滑らせた指で服を容易くずり下げられ膝の上で腰を浮かせたままの了が、宏太の指に反応して甘い吐息を溢すのが分かった。

「だ、め、晴たち、が……んんっ。」
「向こうも真っ最中だ。」

その言葉の意味に了の体が更に温度を跳ね上げて、ゲストルームで晴達もセックスの真っ最中と宏太が知っているを察したのがわかる。以前の了だったら当て付けのように見せびらかすなんてことも平気だったかもしれないが、今の了にはそんなことは微塵もなくて。それ以上に相手の睦あう音を宏太が聞いてしまっている事に、了は戸惑うのだろう。

「ど、こまで、き、こえてんだよ、こぉた。」

勿論本当はベットの軋む音だけでなく結城晴が嬌声をあげさせているのも聞こえているのたが、そこはあえて口にしない。そんなことを教えてしまうと、まぁどこまで聞こえるのか了が真剣に悩みだしそうな気もするし。それに例え聞こえていようと、何度もいうが宏太はヘテロな上に、淡白な気質でもあって。男同士のセックスの声で興奮する訳もなければ、何よりも了以外の他の奴の閨の声なんてものに全く興味はないのだ。

「気にすんなっての、……ベッドが軋んでるのが聞こえるだけだ。」

既にそれがまともではないのは分かっている。それでも目が見えず音だけで全てを判断するしかない宏太にはそれが聞こえるのも事実で、それが自分が特殊なのか身につけた合気道や古武術のせいなのか、はたまた他に聴覚が発達する理由があるのかどうかも分からない。

「お前が甘い声で泣いてくれりゃ、そんなのちっとも気にならん。」
「そ、言う問題、じゃ、ぁんっ。ん、はぁ、あ。」

抵抗しようにもあっという間に服をはだけられて腹に唇を這わされる感触に、了の唇からは自分の手ではどうにも抑えきれない甘い声が溢れ出す。その様子に目が見えない宏太には全く関係ないのだが、薄闇のリビングのソファーの上で愛撫に恥ずかしがる了がジタバタしているのが堪らなく可愛いなんて事を考えてしまう。同時に煌々と蛍光灯に照らされている中で身悶えているのもいいかもしれないなんて不埒な事を考えると、それを察したのか了は電気は着いてないからなと不貞腐れた掠れ声で即座に否定してくる。

「ふふ、ちゃんと、その気じゃないか?ん?」
「ち、がんんっ、………た、だ、ふっくぅっ!んっ!」

恐らくはこんな場所で恥ずかしいんだと言いたいのだろうけど、悪いがここからもっと盛大に泣かせるつもり。そんな宏太にはまぁ電気がついているかいないかは本当に些細なことだ。一先ず宏太にはまだ理解出来ない自己嫌悪を感じて落ち込んでいる了に、そんなことはどうでもよくなるくらいの激しい快感を与えて溺れさせてしまうのが先決だった。

「だ、め……っあっ……んっ。」

腰を抱き寄せて了の最近の一番の弱点の足の付け根に指を這わせると、了の声がワントーン跳ねて可愛い吐息と共に体が震える。太股の付け根をクッと親指で何度も押し込むだけで軽い痙攣が了の体に走って、必死に宏太の首に腕を回し縋りついて体を支える了が可愛い。腰を抱かれ太股の付け根を緩急をつけて執拗に刺激されながら胸に口付けるだけで、了は快感に自分では動けなくなってしまう位に愛撫に感じてしまうのだ。

「や、んっそこっ……だめ、だってぇ…。」
「ほんとに、お前ここ弱いな?ん?」

低く笑いながら肌に口付け何度も繰り返して刺激し続ける宏太の腕の中で、やがて蕩け始めて熱を持った体で了がその先を強請る言葉を溢すまでそう時間はかからなかった。
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