鮮明な月

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第十五章 FlashBack

168.

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いつもと違う……な。

普段が自信満々とまでは言わないが普段とは別人のように怯えている仁聖の様子に、今更のように相手がまだ実は二十歳にもならないのだと思い出していた。了は仁聖の年の時には既に宏太や右京と出会ってはいたが、自分が何を欲しているかは分からないでいたと思う。楽しければ気持ちよければ程度にしか考えていなかった自分の関係性とは違って、仁聖は直向きに恭平独りしか見ていない。もし自分がそうだったらもっと早く宏太と右京との関係が変わったろうかと、今更になって少し考えてしまうけれど。

右京と宏太と三角関係はやだな、俺も。

宏太はそうじゃないと言うけれど、右京は宏太のことをきっと好きだったと了は思っている。了は右京のことも嫌いじゃないけれど何時か宏太が一番だと気がついたら、右京と張り合ってしまいそうな気がして怖い気もするのだ。
了の傘の下で促されて何度目かの電話をかけても、相変わらず仁聖の電話の相手は出ない。やっとLINEは既読にはなったけどと呟きながら、一向に恭平から返事は帰ってこないのに仁聖は尚更子供のようにオロオロと困惑を深めている。一体どういうことなのかと戸惑いながら悶々としてスマホを見下ろしている仁聖を、どうしたものかと眺めていた了が何気なく視線を上げてそのまま凍りついたのに仁聖はまるで気がつけないでいた。宵闇というには既に時間は遅く雨脚は一旦弱まり初めてはいて、ずぶ濡れのままでは風邪を引きかねない仁聖の背後に予想外の姿があるのに了が唖然とした様子で呟く。

「宏太と……恭平。」
「えっ?!」

振り替えると何でか一緒の傘に入っている外崎宏太の榊恭平の姿。その姿に仁聖は今までの不安から、一気に解放されて気が抜けそうになる。しかも妙なところで神妙な顔をしていた仁聖と了の二人に、意味がわからずにポカーンとした恭平と目が見えないから何事だと恭平に聞きたそうにしている宏太。咄嗟に仁聖が、半べその声をあげながら慌てて恭平に駆け寄った。

「何回も電話したんだよ!!きょうへぇ!」
「ええ?!え?あれ?スマホ……?」
「不携帯かよ、恭平。」

慌ててボトムのポケットを探る恭平に、その仕草から実は目下携帯不携帯だと今更だが仁聖も了も気がついてしまう。当人が持ってないものにはどんなに繰り返しかけても反応できるわけがないのだと、思わず仁聖はその場にガックリと崩れ落ちたくなっていた。もしかして仁聖も気がつかなかっただけで、いつまでも家の中で恭平のスマホが独り虚しく鳴ってるだけだったとしたらあんまりにも間抜けすぎる。そうその場にしゃがみこんで膝に顔を埋めて嘆く仁聖に、慌てて恭平はごめんと素直に謝りながら頭を撫でて慰め始めていた。

「連絡がとれないって探してたのか?不携帯の?ん?」
「そういうことみたいだな。」

帰り際に降り始めた雨に一緒に使えと傘を渡されたと宏太が了の傘の下に移りながら言うのに、なるほどと納得する。二人は顔見知りだし恭平は外崎邸を知っているし、同じ場所にいたのだからこうして帰ってくるのも分からなくはない。

「迎えに来てくれたのか?寂しくなったか?ん?」
「ぬ、濡れたら可哀想だなと思ったから、来てやったんだろ。ありがとうだろ?」
「ん、そうか、ありがとう。」

意図も容易くそう返されるのに逆に頬を染めながら、仁聖に見つかってよかったじゃないかと声をかけながら了は僅かな違和感を感じもする。兎も角このままずぶ濡れではと早く家に帰るように促すと、恭平を上目使いで見上げる仁聖に恭平がごめんともう一度囁くのが聞こえた。

「それじゃあな、了、帰ろう。」

何気なくそう言い了の頭を撫でてから手を差し出す宏太に、了がオズオズと手を繋いでそれじゃあなと脱力している仁聖達を置いて歩き出す。互いにお迎えに出た相手を見つけたから一先ずはこれで良いのだと宏太が言いたげだけど、ほんの少し宏太が仁聖と二人でいたのに不満なのがわかってしまうから了は苦笑いする。やがて二人きりになったと分かってから、了が繋いだ手をキュッと握り返して口を開く。

「もぉ、そんなに不貞腐れんなって。」
「何で、あんなとこで二人でいた?ん?」

やっぱり気にしてたかと並んで傘に入り歩きながら、そんなことを当然のように不満そうに口にする宏太が少し可愛い。手を繋いで歩いている手が少し熱く熱を持って、宏太の指が探るように掌を滑り指の間を撫でていくのが心地よくて思わず違和感を忘れて了は笑ってしまう。事情は簡単で一緒に歩いて来たわけでもなければ、一緒に動いたわけでもない。本気でただ、あの場で出くわしただけだ。

「……ちょうどあそこで泣きべそかいてる仁聖に鉢合わせたんだよ、なんかあそこに救急車来てて仁聖は恭平に何かあったかと思ったみたいで。」

自分も少しは心配はしたけれど、宏太だったら救急車に乗るような事態なら先に了に連絡する筈だ。事件なのか事故なのか分からないが誰かが怪我したのは事実のようだけど、そういいながら結局は宏太でもなければ恭平でもなかった。

「ガキだな。」
「恭平が電話にもでないし、LINE…………あれ?」

事の顛末を話していて、違和感が何か気がついた了が声をあげる。ついさっき仁聖はLINEはやっと既読になったといったのに、当の恭平が今タイミング悪く携帯不携帯という事はあり得るのだろうか。それを疑問として口にしたら宏太が見間違いじゃないのかというのに、どうなんだろうと了も首を傾げてしまう。まあ家に帰って置き去りにされてるスマホがあれば全部笑い話だし、あの精神状態の仁聖がマトモに確認したというがちゃんとLINEを見たかどうかも実は怪しい。

「スマホ落としてたりしてな。」
「そしたら、鳴ったら拾ったやつがでないか?」

この世の中スマホがないと不便だから落としたら探すのは事実なわけで、落としたらまずは鳴らしてみるのは常套手段だ。そうじゃなきゃ落とした時用のアプリだってあるわけで。それにしても恭平も恭平でどこか少しボーッとしていたようで、今日に限ってスマホをどうしたか全く覚えてなさそうな辺りが尚更問題だが。そして当の宏太が帰途につくのが遅くなったのは、歩き出した途端少し思い出したことがあって戻って墓地に寄ってきたのだという。

「墓地って右京のとこ?」
「ああ。」

宏太の死んだ妻と義理の弟の遺骨のある墓地。了と宏太が再会した片倉家の墓地は、実は真見塚家の真裏の寺の敷地内にある。直ぐ傍まで来たし何とはなしに呼ばれたような気がして宏太は足を向けたのだという。ところが墓地から出てきたら丁度雨が降り出して、一旦真見塚家まで戻ったところタイミングよく恭平が真見塚家の息子に引っ張られて戻ってきたところだったのだという。で、真見塚家に傘を借りて、二人で帰途についたというのがオチらしい。それにしても、だ。

「…………あのなぁ、こんな時間に墓場に行くなよ、晴が聞いたら震え上がるぞ。」
「俺の目に時間なんか関係あるか、どうせ何時でも真っ暗なんだ。」

目の怪我のせいで視力がないから、確かに宏太には時間は関係ない。関係ないだろうが周囲の人間から見たら、暮明の墓地にこんな長身のサングラスが独りきりでぬぅっと立ってたら結構怖い。お化け嫌いの結城晴なら大絶叫の号泣もののシュチュエーションだ。それでも宏太なりに気にかかったことがあって寄ってきたのだと言うから、そっと繋いだ手を引いて今度は俺も一緒に墓参りなと了が囁くと宏太は少し嬉しそうに柔らかに微笑んでいた。



※※※



「ごめんな?帰ろう、そんな格好じゃ風邪引くから。」

恭平が頭を撫でながらそう言うとしゃがんだままの仁聖は恨めしそうに上目使いに見上げ、ふと何かに気がついたように眉を潜めた。その視線に気がついた恭平の顔を覗き込むようにして、仁聖が何故か戸惑うように首を傾げる。恭平は今スマホを持っていない訳で、持っていないから電話には出られない。それは納得したが電話に出られないだけじゃなくて、メールもなにも見られないわけで

「LINE。」
「ん?」
「さっき既読になった。」

そうなのだ、ついさっき仁聖が確認した画面でイマドコ?と問いかける自分のメッセージは、読んだことを示す既読に一応なった筈だ。もしかして落として誰かが拾ってるのかもとそう告げても、恭平は一先ずずぶ濡れになってしまった仁聖のことを心配して先ずは一端家に帰ろうと促す。

「落として拾ってもらってるなら、家に帰ってからでも連絡はとれる。」

仕事でも使うのに優先は仁聖なのが少し嬉しくもあるが、同時に少しだけ恭平の様子が可笑しい気がするのに気がつく。何か嫌なことがあった時の何かをはぐらかそうとするように自分のことを完全に後回しにして、仁聖のことだけを優先する独特の行動。オズオズと立ち上がって手を取ると雨に濡れた自分よりも遥かに冷たい指先に、仁聖は心配そうにその瞳を覗き込む。

「なんか…………やなことあったの?」
「え?」

氷のように冷えた手を握り包み込むと立ち上がった仁聖は傘の下で、恭平に寄り添い更に真っ直ぐに青みがかった視線でその瞳を覗き込んだ。雨は小降りになりつつあって群青の傘の下は上手く周囲から隠れてもいるから、そっと頬を撫でて顎を引き寄せる。戸惑いながらされるままになる恭平の瞳がやっぱり見たことのある色で揺れていて、それが何か思い出した仁聖はそっと唇を重ねていた。

「…………合気道の人に……何か言われたの?」
「ど、ぅして?」

唇を離して問いかけられた言葉に恭平が僅かに俯く。毎年時期が来ると少しだけ情緒不安定になると去年恭平は教えてくれたけれど、それにはまだ少し時期が早い。それでも恭平の瞳はあの時と同じで不安に揺れていて、そして今日は別な場所だけど合気道の道場に足を踏み入れてもいる。

「…………昔の知り合いに…………声を、かけられただけ、だ。」

詳しくは仁聖にはまだ言いたくないのか、戸惑いに満ちた恭平の声がそう呟く。恐らくは昔の知り合いにかけられた言葉が問題なのだろうが、それを口にしたくないのは恭平の中でまだその気持ちになっていないからなのだ。そっと頬を撫でる手に恭平が躊躇いながら視線をあげるのに、ここは一端折れておくべきかと仁聖は溜め息を微かに溢した。

「帰ろ、恭平の方が風邪引きそうだよ。冷たい。」

その言葉に恭平の方が安堵にホッと視線を緩ませたのに気がついてしまうのが、少し仁聖にしてみると気にかからないでもないのだった。



※※※



小降りになった雨の中を二人で並び、自宅にノンビリと辿り着こうとしていた。恭平のスマホの件は少し気にかかりはするものの、今すぐできることと言えばあまりないのも事実だし、恭平から頼まれているわけでもないので棚にあげておくことにする。宏太と言えば久々の抜刀術にかなり疲労感が強いらしくて、既に空腹を通り越して一眠りしたいと歩きながら了に絡む始末だ。

「歩きにくいっこらっ!」
「くそ、傘が邪魔だな……ん。」

こらと何度叱られてもしつこく宏太が手を伸ばして抱き締めてくるのに、了が笑いながらいい加減にしろと冗談目かして言う有り様。そんな状況でやっと帰宅したものだから、恐らくこのままベットに雪崩れ込むかと思っていた辺りに、電話がけたたましく鳴ってスマホを取り出した了は思わず眉を潜めていた。かけてきた相手は狭山明良に捕獲されて随分前に帰った筈の結城晴で、最近の晴はこんな時間に了に電話をかけてくるのは滅多にない。

「誰からだ?ん?」
「晴。………………どした?晴。」

玄関の上がり框で宏太と話しながら電話をとったはいいが、電話口の結城晴の声が何時ものハッキリとした明るい朗らかな晴のものとまるで違う。泣きじゃくっているように掠れて、何一つ明確な言葉にはならなくて、困惑が電話口から溢れだしてくるのだ。

『さ、…………さと、る、俺…………どうしよ、明良が…………おれぇ…………。』

その瞬間何故かパズルのピースが嵌まった気がして、了は咄嗟に目の前の宏太の腕をとってスマホをスピーカーに切り替えていた。
外崎邸から真見塚家迄の道のりには、勿論榊恭平達のマンションが間にあるが、同時に結城晴と狭山明良が同棲を始めたマンションも近い。あの時二人で帰途についたけれど、例えば夕飯を食べてからとか買い物をして帰途についていれば、あの時間前後にあの道を二人は通る筈だ。

「……晴、何があった?ん?」
『しゃ、ちょ……。』

電話口で再びグスグスと泣き出し始めている結城晴に、宏太が一先ず今すぐどこにいるか聞けと言いながら自分のスマホで車の手配を始めている。
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