鮮明な月

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間章 ちょっと合間の話

間話10.嫉妬に焦がれて

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無言のまま手を繋いで歩いている宏太に、了は戸惑いながら上目遣いに横顔を見上げた。宏太の三浦へのPTSDは既に理解していたが、ここに来て自分もそんなものが表に出てしまったのは了にとって正直不安だ。宏太があの話をどう感じたか分からないし、互いにそんなものがあったら面倒だと宏太は考えはしないだろうかと不安になる。街中を当然のように手を繋いで歩いているのが、傍目にどうだとか普段のように考える余裕もない。

「了。」
「な、なに?」

言葉少なに問いかけられて、その声が低く剣呑な気配を纏っているのに気がつく。今までの男と話すとかの嫉妬とは違う、何処か棘を感じさせる声の質感。

「その男の特徴言えるか?」

それに続いた予想外の言葉に、思わず了は立ち止まって宏太の顔を見つめてしまう。そんなのを知ってどうする気だよと問いかけたいのに、何故か不安が心の中に膨らんで声が出てこなくなる。こんな風に誰かにどう思われるかを気にしたことなんて無かったのに、今更宏太によく思われたいなんて考えてしまうのは何故なのか。

単純に宏太に嫌だと思われるのが嫌なんだ……。

考える迄もない。宏太に詳しく全てを話して、宏太にどう思われるのかが怖いのだ。そんなの今までの奔放な性生活から考えたらたいしたことじゃないのに、今どうしても宏太に全てを話すことが出来ない。そう気がついた途端泣き出しそうになっている自分に気がつく。

何で俺、こんなに涙腺がぶっ壊れてんだろう……。

目に溜まる涙が酷く重い。人前で泣く事なんてあり得なかった筈なのに、ボロッと大粒の涙が溢れて宏太の掌に落ちるのが見える。途端に慌てたのは宏太の方で、辺りも憚らずに胸に手を繋いだまま抱き寄せられてしまう。

「何だよ……困った奴だな、泣くなって。」

優しく抱き寄せられてホッとしてしまう自分が、よく分からない。何でだと自分でも思うのに宏太の前では、何時も不様に泣いてばかりいる気がする。街中だというのに宏太は抱き寄せた額やこめかみに口づけて、頭を撫でながら参ったなと呟く。

「泣くなって、了。嫌なら聞かねぇよ…な?」
「……言える…と思うけど、俺、あんたに嫌われたくない……。」
「馬鹿言うな、嫌うなんてどっから出てきた?ん?」

あやすようにそう言われて、おかしな奴だなと微笑みかけられる。まず帰るかと囁きかけられ素直に頷いた了は、歩きながらあの時の事をもう一度改めて思い出し始めていた。



※※※



ほんの六歳の子供の頃な筈だ。
記憶は流石にハッキリしていないが、その公園には良くない噂が流れていたのは事実だ。当時了の母親はそこに行くのを禁止していたが、それは良くない噂のためではなく、そこにいる子供が自分達に相応しくないからと言う理由だった。それに了が逆らったのは同じ年代の子供達と仲良くなりたかったからだし、一人でそこにいったのはそんな理由だ。他の公園には不審者を蹴り飛ばした少し年上の男の子がいると学校で聞いたことがあったし、そんな子と友達になりたかったのは子供心に仕方がない。
多くの子供が駆けずり回る公園の片隅の鬱蒼とした木立の中。そこに突然、異世界のような空間が存在していた。そこに入り込んだのは、そこに入って建物の裏に何が書いてあるか見てきたら一緒に遊んでやると同じ年位の少年が言ったからだ。
気がついたら大きな男に抱え込まれて更に木立の奥に連れ込まれていた。了は心底怯えて声も出せないまま連れ込まれ、木立の合間には他の子供達の歓声が微かに聞こえる。震えながらその大きなその男を見上げると、ニヤニヤと不思議の国のチェシャネコのように奥歯を噛み締めるような妙な顔で笑いながら自分の事を見下ろしていた。薄暗い木立の中で男は突然立ち上がると、ガチャガチャと音をさせてベルトを外しズボンのジッパーを下げる。そうして座り込んだ自分の前に膨らんだ股間を突きだしながら、ジリジリと近寄って来た。了は怯えながら見上げ必死に後退るが、やがて背中が壁につき逃げ場を失う。そこには大きな文字で立ち入り禁止と書かれていて、あの子供が最初から自分と遊ぶ気はなかったのだと心の隅で思った。

「大人しく言うことを聞けよ?痛い思いしたくないだろ?」

凍りついたようにその場を動けない了の前で男は、醜い歪な塊を下着の中から取り出す。目の前に勢いよく跳ねて出てきた赤黒い先の丸い棒のような怒張は、まるで涎を垂らしているみたいに先から糸をひいて汁を出している。手を出せと言われ大人しく白い掌を差し出すと、男は興奮に怒張を了に握らせビクビクと奇妙に熱く脈動させた。そこから了は男の怒張を両手で擦り、舐めろと言われれば大人しくそれを口に含んだ。
木立の向こうの明るい世界では明るい子供達の笑い声が響いているのに、自分は男に淫らな行為を強いられ男が奥歯を噛んでニヤニヤと口を歪ませ興奮しているのを感じている。卑猥に音を立てて子供が怒張をしゃぶるのを男はどんな気持ちで見下ろしていたのかは分からないが、やがて立って下を脱げと言われた時に了は正直なところまだ何が起きるのか分からないままだった。了が男だと知って舌打ちした男に、なら終わりにしてくれるのじゃないかとすら思っていたのだ。前屈みになって股の間に突然怒張を捩じ込まれ腰を振られ始めて、これはいけないことなんだと理解した。いけないことをこの大人の男の人は物陰で自分にしていて、これが大人達の言っている悪いことをする人間なのだと本能的に理解したのだ。
バチンバチンと尻を叩かれているような男の体当たりで、股の間に扱いたり舐めたりしていた怒張を挟んで擦っているのは自分の体。

悪いことをする大人の手伝いを僕はしてる。

悪いことの手伝いなんだと思った時に、了は恐怖に思わず失禁していた。それと男の怒張の粘液のせいで、股の間はグショグショと卑猥な音を立て始める。男はそれを感じて濡らしているのだと勘違いして気持ちいいんだろと了の頭を後ろから掴んで言った。了は痛みと恐怖に怯えながら、髪を掴まれたままの頭で首を立てに振る。すると不思議なことにジインッと擦られる股の辺りからお腹の中が、またお漏らしを思わせるように痺れたように重苦しくなるのが分かった。

「女の子みたいだな、チンポ股に挟んで尻突きだして。」

ハアハアと息を荒くしながら男は背中に覆い被さり、耳元にそう言いながら耳朶をベロリと舐める。男はここも気持ちいいだろと、何度も耳朶を舐めてジュルジュルと音をたてた。怖いのに何時までも終わらない。そう不安に飲まれると呼吸が出来なくなっていく気がして了の息が上がる。

「なんだ興奮してきたな、気持ちいいんだろ?好きだな?こういうのが、気持ちいい人間なんだろ?」

男の言葉が侵食するように頭に忍び寄ってきて、これが気持ちいいなんだと考えようとしていた。自分はこう言うことが好きな人間で、だからこの男のすることは気持ちよくて、痛くないし怖くない。そう必死に自分に言い聞かせているのに了は気がつく。ジュルジュルと股間を擦る怒張の熱さに、目を向けるとさっきまで了が必死に舐めていた棒の先端が股の間からヌッヌッと卑猥に突き出てくる。先端の穴がパクパクと開いているのが目に入り、その先からはドロドロと汁が溢れていた。その直ぐ真上には自分の小さな肉芽が、不思議なことに排泄の前みたいにピンッと立ち上がっている。股間を棒の先端が擦ると奇妙な痺れが更に膨れ上がってきて、ピクピクと小さな肉芽が振動に揺れていた。不意に背後で尻を両側から鋏んでいた手が動き、排泄のための穴を太い指で揉み始める。

「ひゃ!やだ!!」
「黙ってろ。」

そう低く命令されて、咄嗟に了は言われた通り口を手で塞ぐ。グニグニとお尻の穴を揉まれながら股に棒を擦られ続けるのを、何時までも何時までも口を塞ぎ呻きながら耐える。

僕はこんなことが好きなんだ、こうされたくてここに入ったんだ、こうされたいんだ、こうされるのは気持ちいいんだ

何度もそう頭のなかで繰り返すうちにそれが本当のような気すらする。薄暗い木立の中で男はやがて指で解すこともなく、唐突に滑る怒張を尻の孔に擦り付け腰を突き出す。解されることもなく捩じ込まれようとする激痛に、呪文は効かずに吐き気が込み上げ了は泣きながらその場で嘔吐した。嘔吐した了に男は不快そうに慌てて、了の事を地面に突き飛ばしたのだ。

「くそ!このガキ吐きやがった!きたねぇ!」

手順もなにもなく無理やり犯そうとして、了が嘔吐したのに男は気勢を削がれたと舌打ちしたかと思うと了をその場に放置して踵を返した。そうして男が姿を消したのに安堵した了は、一瞬その場で一人気を失っていたのだ。
そうして一人目を覚まし、グチャグチャの姿で必死に家に帰った了は母の言いつけを守らなかったと叱責されるのだと覚悟していた。なのに家にいたのは家政婦だけで、その家政婦は了を白い目で見ただけで心配すらしない。

やっぱり僕は悪い子だから……こうなって当然なんだ。

そう了は泣きながら体を擦り洗い、一人で考えていた。



※※※



最後まで性行為はされてない。それでもされかけて、痛みに嘔吐した了を男は地面につきとばして放置した。恐怖と安堵に気を失った了は、誰にも見つけてもらえず必死で独りでそこから這い出したのだ。
黙ったまま話を聞いていた宏太が既に泣き出していた了の顎に指を触れさせたのは、帰りついた家にいた家政婦が両親には何も言わなかったと話した時だった。

「了、お前は俺のもんだからな?」
「わ、か……てる、よ。」

分かってねぇと宏太は酷く柔らかで甘い声で、顔を寄せて唇を奪いながら囁いてくる。ベットの上で腰を抱かれて押し倒されるだけで、体は直ぐに反応してしまうのが今は正直忌々しい。

「お前が必要ねぇなら、セックスなしで暮らしてやっても俺はいい。お前が傍にいてくれるのだけで俺は幸せなんだ。」

唐突にそんなことを言い出した宏太に、思わず嘘つけと言ってしまう。だけど、実際に自分が風呂場で自慰なんかしなかったら、宏太はただ傍に眠るだけで満足していたかもしれない。そうさせなかったのは自分で、感じてしまうのは自分、淫乱なのは自分なのだ。そう思ったのが伝わったのか、宏太は覆い被さると何度も口づけてくる。

「だけどな、お前をこんなに感じるようにしこんでんのは、俺の方だからな?お前が抵抗しようったってな、どうこうできるもんじゃねぇんだよ。」

宏太はそのまま覆い被さり言葉を続けた。

「俺がそっちの本職で、やる気なら容赦ねぇのは分かってんだろ?了。」

そんなことは分かっている。ノン気だろうと宏太が本気でやったら二輪刺し出来る位迄、簡単に仕込めるんだろう。実際に見たことはないが変容の姿を聞いた三浦和希が、その宏太の調教のいい例なのかもしれない。だけどそれが今の話とどう繋がるのかは、了には理解できないでいる。

「お前が今俺にされて気持ちいいのは、俺がセックスが上手いからで、そのくそ野郎が仕込んだからじゃねえぞ?」
「自分で……言うか?……上手いって」
「だからよ、今のお前は全部俺の責任だってんだよ。それになお前はもう俺のもんだ、俺は……。」

覆い被さり服をはだけさせる指に、思わず泣き笑いになってしまう。本当に鬼畜で変態で最悪なのに、了が痴漢の男にされて喜んだから性に奔放な人間に変わったのを知っても、今になってそれに怯え始めても了を全部受け入れると言うのだ。

「俺の可愛い了を泣かせられて、平気で我慢できる男じゃねぇんだよ。」
「な、に馬鹿いって、んだよぉ、……あんたは。」
「俺が泣かすんなら兎も角、他人に泣かされてんじゃねぇ。どうせ泣かされるなら俺ので気持ちよくなって啼けよ。」

チュと口付けながらそんなことを平気で言ってのけたかと思うと、宏太は了の体を抱き服を肩から引き抜いてしまう。本当にこの家に来てから着衣の時間が減っている気がすると泣き笑いしながら言うと、宏太は不貞腐れたように眉をしかめてお前が可愛いから悪いと平然と言うのだ。

「二十六の男に、……可愛い、…なんて、連呼すんな…よぉ。」
「あ?俺に愛されてるから、大昔のくそ野郎にいたぶられたの知られて俺がブチキレるの心配したんだろ?ん?可愛いじゃねぇか、俺が犯罪者になるのやなんだろ?」
「犯罪者……。」

チュチュと何度も口付けながら、宏太は了の涙まで吸いとるようにしてしまう。ベロと舐められたかと思うと、腰を抱き上げられユルリと尻を揉み出す手がイヤらしい。

「俺が自分の女泣かされてて、黙ってると思うか?ん?」

その時今まで全く聞いたことのない低く唸るような宏太の声に、一瞬了は凍りつく。頭の中であれ?これは泣いてる場合なんだろうかと考えてしまうのは間違いではない筈だ。何か微妙に気配が不穏になってきている気がする。

「こ、ぉた?」
「奥歯を噛み締めるような特徴のある笑いかたの男で、俺とタメ位か……眼鏡でもねぇ、S擬きね、二十年前……ここいら近郊……一人心当たりがあんだよなぁ……。」

その声は以前の怪我をする前の声にも聞こえるが、何処と無く暗く重い怒気を含んだ声にも聞こえた。

「こぉた?あの……何しようと、してんの?」
「あ?俺の可愛い了に手だしたんだから、当然報復するだろ。探しだして、ぶっ殺してやるからな?安心しとけ。」
「い、いやいや、ちょ、まって?俺のガキの頃の話だよ?」
「おう分かってんぞ?俺の気がすむようにさせとけ、な?」

えええ?違うだろ?それと抗議しようにも、あっという間に了の口は宏太に塞がれてしまう。尻を揉んでいた手が次第に了を感じさせ始めて、足を開かせ了の体から抵抗を奪っていく。

「あ、あっ…こぉ…たぁ。な、んんっ、ふぁっ。」
「感じやすくなったな、了。体の相性抜群だな?ん?」

今更のように昔の自分が言ったことを、宏太から強調されて顔が赤くなる。大体にして宏太とすると他の人間とするのは違って、全く自分のコントロールが利かなくなるのは前からだ。

「俺ので蕩ける位よくなんの、何でだ?ほら、言ってみろ。」

ヌチュヌチュと既に音を立て始めてしまった体に恥ずかしくて顔を覆う。覆い被さっていた宏太がその手に気がついた様子で、耳元に顔を押し付け耳朶をねぶりながら囁きかけてくる。

「恥ずかしがるお前も可愛いな…お前、それ他の奴に出来ないだろ?ん?俺のもんだって全身で言ってんだもんな?ん?」

そんな風に意地悪く囁きながら足を掬い上げられて、今度は愛撫が始められるのが分かって了はもう駄目と頭の中で呟く。容易く蕩けさせられ啼かされるのは、了自身もわかってしまっている。

こんな風にされて一番気持ちよくされて、しかもその相手が好きでしかたがない、愛しくて仕方がない

散々喘がされて朦朧としながら、不意に頭の中でちょっとまったと警鐘がなった。ちょっと待て、宏太ってばこの前の誰かに仕返しとかなんとかって、誰に何をする気なんだと心の中で叫んでしまっていた。



※※※



「姐さん!頼むよ!あの鬼畜っ止めてよ!」

いつの間にか相談相手になって松理さんから姐さんに変わったのはここ暫くの変化。了の懇願に電話の向こうの松理はあははと高らかに笑い、無理よぉと平然と言う。
それと言うのも横のテレビでは目下・元父親のセクハラ疑惑が、トップニュースで放送中。どうも出所の分からない隠し撮り音声が、ワイドショーで後から後から溢れている。いや、了にはその出所が薄々分かっているのだが。
しおらしく謝罪はしているものの次は党の中核にと目されていたのに、こうなっては政界にいるのも危ういだろう。しかも脱税に着服、公職選挙法違反だけかと思いきや、次から次へと更に悪事が暴露されるし、遂には顔は伏せているけれど愛人に無理やりさせられたと申し出る人がいる始末だ。宏太にこれってと問いかけたら、宏太ときたらニヤリと笑って何も言わずに仕事部屋に籠ってしまった。新しい機器の調整中だからお前はリビング待機と言われて閉め出されているのだが、本当にそうなのかは怪しい。どうもまだまだ良からぬ事を、宏太が企んでいる気がするのだ。

『だって、了ちゃんの為の仕返ししてるんでしょ?トノはこういうこと得意だから足はつかないようにしてるから、ほぉっておいたらぁ?了ちゃん。』
「いや、だってさあ?宏太ってば、まだ何かする気なんだよ?政界引退で十分じゃん?」
『うーん、そうかなぁ?』

いや、そうかなって、それって違うの?何十年も政治家の秘書から始まって、やっとここまで来たのにアウトって結構じゃなくキツいって。そう言うと了ちゃんが本気でお願いしたらやめてくれるんじゃない?なんて、松理に呑気に言われてしまう。それができたらこんな苦労してない。了は既に何度か懇願してみたが、

了は優しいな、可愛いやつだ

の一言で誤魔化されている。既に何回もやっているのだ。それにちょっとの仕返しがこれでは、あの痴漢が見つかったら本気で殺しかねないのではないだろうか。正直それが不安で心配している。

「了、悪いが、この写真見てみてくれるか?少しやな奴だろうけどよ?」

背後からかけられた言葉に、ええ?!本気で見つけたとか言わないでくれよと心の底から了は思っていたのだった。
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