鮮明な月

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第九章 可愛い人

77.

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バサリと音をさせて上を脱ぎ捨てる仁聖の均整のとれた上半身に、何とはなしに気恥ずかしくなって恭平は視線をそらす。それに気がついていないのか、仁聖は目の前の恭平の顔を少し不満げに覗き込む。

「恭平。分かってる?俺たち今新婚なんだからね?」
「な、何をいきなり?!」
「だってそうでしょ?クリスマスに結婚したばっかだもん、俺達。」

おもむろに前を肌蹴させた恭平の左手をとると、その薬指に光る指輪にもう一度口付けてニッコリと微笑みかける。
現行の日本では法的に婚姻関係になれる訳ではない二人だからプロポーズした次の日が結婚記念日。そう口にしたのは仁聖だったが、そうはっきり口に出して関係を示されるとどうも落ち着かない。狼狽する恭平に構わず機嫌のよい仁聖は、無造作に服を脱ぎ捨てると恭平の残った服もあっという間に脱がせていく。今までと違わないようで、確かに違う関係に頬を染める恭平に、仁聖は嬉しそうに素肌を晒した細い腰に当然のように手を回した。

「さっ寒いからはいろ。I should spoil myself.いい子で頑張った俺にご褒美~。」

歌い出しそうに言いながら仁聖に体を押され、結局乗せられ絆されてしまう自分に気がつき恭平は思わず頬を染める。何だかんだ言って仁聖にねだられると、結局最後には仁聖の思う通りになってしまっているのだ。そんな風に考えながら促されるままに、掃除したての浴室に足を向けるのだった。
規格よりは少し広めではあるものの男二人じゃ狭いとぶつぶつ文句を言う恭平を何とか宥めて、仁聖は体を洗い先に湯船に身を沈めている。シトラスのシャンプーの香りと湯気のくゆる中で湯に浸かった仁聖が濡れた髪をかき上げながら、まだ髪から雫を滴らせた恭平の横顔を眺める。
頭を洗わせてと言ったら子供じゃあるまいしと突っぱねられ、じゃ体を洗わせてといったら険しい視線で睨みつけられてしまった。隙あらば始終触ろうとするんじゃないと怒られてシュンとしたものの、雫の滴る横顔や肌はほんのり桜色でそこはかとない色気が漂う。湯気越しのほっそりした体をまじまじと眺めて、微かな溜め息をつきながら仁聖は湯船の縁に肘をつく。髪を洗い終わった恭平が、その視線に気がついたように濡れた肌を見せると仁聖が待ってましたと言わんばかりに微笑みかけた。

「恭平ーぇ、はい、ココはいって。」
「狭いって言うのに…。」
「スキンシップは大事でしょ?ほらほら…。」

グイと腕を引かれて渋々という気配で仁聖の足の間に座らされた恭平の白い背中に、仁聖が背後から腕を回すようにして抱き締める。狭いと小さく呟く恭平の声がそれ程嫌がっていない事と少し力を抜いてもたれるような仕草を匂わせたのに仁聖は気を良くした。仁聖が前に回した手でそっと恭平の腕を取る。咎めるような気配を漂わせた恭平に耳元でそっと囁きかけながら、チャプチャプと水音を立てながらゆっくりと肌を撫で始めた。

「大丈夫だって、エッチなことしないよ?マッサージしてあげるだけ。」
「…ここでって言うのが、もういやらしい……。」

スキンシップだもんとケロッとして言う仁聖の指が、本当にただ腕を揉むのに気が付いて恭平は小さく苦笑を浮かべてそれを眺める。そうしながら肌を寄せる仁聖が耳元で囁く。

「恭平…、今年は色々あったね?いい事も…嫌な事も沢山あったけどさ…?」

その神妙な声音に仁聖が本当は話をしたいのだと気が付いて、恭平は苦笑を柔らかい笑みに変えて「そうだな」と囁く。たった半年の間に驚くほど沢山の出来事があって、驚くほど自分の身の回りが変わった。今こうして二人で寄り添っているのが不思議なくらいにで、ふとそれを思い出すように仁聖が静かに声を溢す。

「俺、本当に初めての事ばっかりだったよ?…人を本気で好きになったのも誰かに嫉妬したの初めてだった。」

仁聖が生まれて初めて誰かを心の底から好きになって、傍に居たいと願った事。その人に愛していると告げた事も感じた事のないその恋情に付随して湧き上がった嫉妬も、全て産まれて初めての事だった。勿論、前から心の何処かで受け入れていた部分があったとはいえ同性である仁聖を受け入れた恭平にとっても、多くの出来事は産まれて初めての事だ。包み隠さない自分を曝け出した事も誰かに自分が寄り添えるということを知ったのも初めてだった。

「…確かに……同棲したのも初めてだったな。」
「あ、そっか、そうだよね?凄い短かった!」

夏の思い出に刺激されたのか、う~んと考え込むような声をあげた仁聖が気が付いたように肩越しに乗り出して笑う。

「両親以外に看病してもらったのも初めてだった、俺。」
「墓参りに誰かといったのも…だな。」
「文化祭にも初めて来てもらった。」

嬉々として初めて報告をする子供のような仁聖に、恭平は思わず苦笑を浮かべる。こんな風に素直に喜ぶ仁聖がこうして傍にいるのが、正直なところ恭平にとっても嬉しいのだ。口にしなくてもそれが伺える恭平の横顔を、更に嬉しそうに眺めながら仁聖は目を細める。幸せに感じる事もあったが同時に心に沢山の痛みも感じている筈の恭平を知っている分、酷く目の前の横顔は繊細に透き通っていて愛おしくて仕方がない。

「嫌な事も…あったけど……。こうして…傍に居させてくれて…ありがとう…恭平。」

不意に耳元で柔らかい声にそう告げられて、一瞬目を丸くした恭平が頬を染め俯く。いつも予期しないことで、自分の琴線に触れて激しく心を疼かせる。そんな事を仁聖は事も無げにしてみせて、自分が酷くそれに弱いのだと最近よく分かった。思いもよらず自分を抱き締めた腕がする行為や気遣いが、まるで自分自身ですら気が付いていなかった心のピースを嵌めてしまう。そして自分が素直にそれに返事が出来るような性格でないことすらも、仁聖はもう知り抜いている。腕の中で真っ赤になって絶句する恭平を、嬉しそうに抱き寄せ悪戯っぽく甘い声が耳を擽った。

「そうだ…俺、あの場所でプロポーズも初めてだ。」
「……そ…そう……何回も………プロポーズしてたら困る。」
「それはそうだけど。俺、両親以外でイブに誰かと居たのも初めてなんだもん。」

思わぬ仁聖の初めて報告に、恭平の表情が固まる。仁聖がそれに気が付いたように肩越しに恭平を覗き込む。訝しげに顔を横に向けて自分を見つめる恭平の視線に「あれ?意外?」と聞きながら仁聖はニッコリ微笑んだ。意外に決まっていると言いたげな恭平に、仁聖は当然と言いたげに頬を膨らませた。

「だって、おふくろがイブは永遠を約束したい人と過ごすもんだって言ってたから。」
「だ…だけど……。」
「だから毎年イブは独りで。毎年ね?独りであそこのツリーを眺めてたんだ。」

少し前まではちょくちょく彼女をとっかえひっかえしていた筈の仁聖。彼女がいない時間すらないとまで言われていた筈の仁聖が、ふいと時折垣間見せる意外な表情。酷く寂しげにも見える笑顔を浮かべて、懐かしいものでも思い浮かべるように仁聖は呟く。

「あそこってね?俺の親父がまだ結婚する前に建物周辺も含めて設計したんだって。」

仁聖は穏やかに恭平に向かって、思いもよらない事を告げる。仁聖が叔父の元に引き取られて初めてのクリスマスの時に、叔父からそれを聞かされたのだと言う。

「あのツリーの飾りつけには親父は全然関係ないけどさ。俺の子供の時からの大事な場所なんだ。」

綺麗だったでしょ?と何気なくそう微笑みながら告げる仁聖の表情を、恭平は息を詰めたまま見つめる。
故人である仁聖の父親が一級建築士だった事は大分前に耳にしていたものの、今まで実際に仁聖がそれに関したことを口にしたのは殆ど無かった。それ以上に母親が口にした言葉を表に見せていた姿とは違って、古風に信じていた行動が垣間見える視線がふっと緩む。それが驚きに息を詰めたままの恭平にも分かる。チャプンと水音を立てて肩越しの微笑みは酷く幸せそうに緩んで、恭平をうっとりとした表情で見つめた。

「だからね、恭平が初めてだよ?一緒にイブを過ごして、俺の大事な場所に行って……。」

仁聖の言葉に不意に自分の胸の奥がざわめいて切ない気分が沸きあがるのを感じる。それに恭平は、仁聖の胸にもたれていた背を起こした。ザプ…と湯面が揺れる音に少し驚いた仁聖が言葉を溢す前に、クルリと身を翻した恭平の細い下肢が仁聖の腿を跨ぐ。予期せぬ恭平の動作に一瞬意表を衝かれて目を見開いた仁聖を、跨いだ体勢から少し見下ろすように恭平の指先がグイと頬を引き寄せ唇を重ねた。思わぬほど甘いキスと湯にホンノリとけぶる扇情的な肌の滑らかさに、肉茎が屹立するのを感じて仁聖が上目遣いに恭平を睨む。

「ずるいよ…そんな事したら…エッチなことしないって言わせておいて……ん…。」

再び言葉を塞ぐように唇を重ねた恭平が、跨いでいた腿から少し腰をずり上げる。湯の中に揺らめくような肌と同じように艶かしく濡れながら屹立したモノに視線が滑り仁聖が悪戯めいた視線を向けると、拗ねているようにも見える表情を浮かべた恭平が頬を染めながら視線を俯かせた。

「そんな……事…聞かされたらっ………ッ。」
「したく…なっちゃった?」

少し腰を浮かした恭平の腰に手を滑らせ、滑らかな手触りの細い双丘を包むようにしながら指を這わせる。ビクッとその腰が揺れて自分の体を支えるように、仁聖の肩に触れた手に力が篭る。不意にシャンプーではなく甘い香りが湯面に散った気がして仁聖は、まるで酔わされたように指を滑らせ恭平の後孔に潜り込ませた。

「うぁ…っ!くうっ!」

指の動きで思わぬほど大きな声が悲鳴のように上がったのに驚き、薔薇色に頬を染めた恭平の顔を仁聖ら思わず覗き込む。心配気に見上げる瞳が、藍色に光を反射する。

「ごめん、…痛かった?」
「ち…が………お湯…、あつ…いっ……んんっ。」

ビクビクと震えながら甘い吐息を喘ぐように放ち、眉を寄せる悩ましい表情に仁聖は息を呑む。以前も湯の中で繋がった事はあるが、あの時は前戯もなく押し付け繋がったのだ。初めて湯の中で体内を探られ愛撫される行為に伴って、体内に湯が流れ込む感触に身を震わせる恭平をうっとりと見入る。

「んふぁ…や、だ…、あ、ついっ…あんっ!んぅ!」

震えながら掻き回す指先を喰い閉める感触は、淫靡で艶かしい恥態だった。見る間に肌が薔薇色に染まり、目元が潤んで唇が微かに緩んで喘ぎが溢れる。

「やぁ……んっ、仁…せ、かき、まわすの…やめ……あうっ!んぅ!」

フルフルと頭を振る恭平のとんでもない色気に、欲情にチカチカと目の前が眩い。ヒクヒクと湯の中で立ち上がり先から蜜を滴らせる肉茎が誘うように揺れ、耐え切れずに滑らせた腰を押し当てると当惑したような瞳が仁聖を見つめた。制止する言葉を口にする前にグイと腰を引き寄せながら、完全に屹立しきった自分自身の肉茎を突き上げるようにして思い切り穿つ。

「あぁぁぁっ!!ああぁッ!!」

ジュボッと激しい水音を立てて潜り込んだ楔に悲鳴じみた鋭い声が弾けて、仁聖の腕に腰を抱きとられながら恭平の指が思わず肩に食い込むように更に力を篭めた。

「あ…あつ…いっ…、じ…仁聖ッ……や…っ…だ……っ!!」

一瞬逃れようと腰を浮かした恭平の後孔が、滑る仁聖の亀頭を吐き出す。そのせいで口を開いた体内に湯が溢れる感触に、恭平の腰の方が砕ける。

「ひうっ!ああっ!やぁっ!!」

力の抜けた腰を引き寄せ再び楔を打ち込む衝撃に、ガクガクと恭平の腰が震えて自分のものを深々と咥えうねっていく。

「恭平…ああ、中……すっごい熱い…蕩けてる……すご…。」
「んぅッ……ああっ…あああ……あ。」

全て飲み込まされた楔の存在に撓る腰が、まるで湯の温度を浸透させたように酷く熱く絡みつく。一瞬にして蕩けて力の入らなくなってしまった恭平の腕が、しがみつくように仁聖の首にすがる。

「んん、あ、ああ、あ。」

譫言のように喘ぐ声がすがり付いた耳元で溢れ、仁聖の欲情を更に煽りたてた。思わず息を弾けさせた仁聖自身も同じように熱を上げて、焼け付くような感触を憶えさせながら体内を掻き回し突き上げられていく。酷く熱を持ったお互いの体温に喘ぎながら、卑猥にも聞こえるジャプジャプという水音がまるで音楽のように揺れる。次第に悲鳴に似た嬌声を上げる恭平の体が強張るように慄き、縋りつく仕草で必死に体内を絡みつかせるように蠢かせた

「くぅ…っ……やあぁ…、仁聖……熱いぃ…っ、も……ああ…ッ。」
「んくぅ…俺も……。」

そう囁きあった次の瞬間、強い水音に重ねてお互いに滴る様に吐息と甘い声を上げながら白濁した蜜を勢い良くそれぞれに弾けさせていた。甘く熱を含んだ吐息をお互いにもたれあいながら暫く感じていたが、ふと喘ぐように息をついた恭平に気がつき仁聖がその体を腕で支えながら声を上げる。

「俺…のぼせそう…、恭平は大丈夫?」

小さく囁くような返事を返す恭平を気遣わしげに抱きよせると、ぐったりともたれかかる体温が肌に触れる。行為の残滓を僅かに滴らせながら恭平の体を湯面から掬い上げた仁聖が、ふぅと溜息をつきながらトロンと蕩けて惚けた恭平を覗き込んで気遣わしげに囁きかけた。

「ね、恭平…?今から言うのは馬鹿にしてるんでもないし、茶化してるんでも無いからね?」
「…うん……?」

言葉を選ぶようにしながら仁聖がその瞳を覗き込んで、溜め息をつく。

「これから一杯恭平のことを甘やかして、俺が甘えさせてあげるからさ?少し幸せ太りしてよ、ね?」
「……何訳の分からない事……。」

ぼんやりとそう呟く恭平の体を事も無げにひょいと抱えあげて、湯面から足を上げた仁聖がほらと言いたげな視線を向ける。

「自分ではそう思わないだろうけど、初めて抱き上げた時より格段に軽くなってるよ?恭平。」

何を言わんとしているのかが、分かって我に返った恭平は湯の中から簡単に抱き上げられていることに目を丸くする。

「色々あって体重落ちちゃったのは分かってるし、俺のせいもあるし、勿論元々色も白くて綺麗で細いから俺が抱き上げて運ぶのにも何にも文句無いんだけどさ?」

苦も無くあっさりと抱きかかえられていることに気がついて恭平の表情が、微かに拗ねたように変わったのに気がつく。簡単にシャワーで後始末をされてしまうのにも抵抗らしい抵抗すら恭平にさせない仁聖に、恭平は更に拗ねたように頬を染める。
再び軽々とお姫様とでも言いたげに抱き上げられて、ペタペタと足音を立ててバスルームから抜け出すのも仁聖には何の苦労もなさそうだ。一端洗面所の床にその足を下ろしてその体を労わるようにタオルで包みこみながら仁聖が気遣う視線を向けた。同性だからというプライドも勿論あるのは事実だが、それ以上にずっと思っていた事もあると言いたげなその視線に恭平が眉を潜める。

「心配なんだよ?恭平が体調崩したりするの嫌だし、ちゃんと大事にして欲しい。恭平は俺の大事な伴侶なんだから、大事にしてずっと元気でいてもらわないと困る。」

思わぬ言葉に恭平が二の句も継げずに黙り込むと、仁聖が覗き込むようにしながら丁寧にその体を柔らかいタオルで拭きあげていく。

「これからはもう恭平だけの問題じゃないんだからね?俺にとっても問題なんだよ?ちゃんと元気でいてくれないと駄目、ね?約束だよ。」
「…分かった………。」

素直な返事に思わず苦笑をお互いに浮かべて視線を重ねると、ふっと恭平が拭き終わったしなやかな肌をもう一度首に回す。

「…よし……、じゃ・たっぷり甘やかしてもらうからな?」
「ふふ、いいよ?で?今どうして欲しくて、甘えてるの?」

ふっと一瞬妖艶に見える微笑みが恭平の表情に浮かび、仁聖が目を細めながらその体に手を回すと膝の裏を救うようにして軽々と抱きかかえる。安易に抱きかかえられてしまう事にやっぱり微かに拗ねたような表情を浮かべる恭平に悪戯っ子のように微笑みながら仁聖がその瞳を覗き込む。

「ベットでたっぷり甘やかしてって事にしていいの?俺にはそう聞こえたけど?」
「早く…ベット…までいって、続き……。」

そんな風に素直に甘く強請る声に、嬉しそうに仁聖は頷いていた。

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