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第八章
73.
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「恭平、こっち。」
片付けを一段落させて唐突に夜の街に引っ張り出された恭平の手を迷いもなく握りながら仁聖が引く。街中は恋人同士がイルミネーションを眺めながら賑やかに寄り添っているが、仁聖の向かっている方向はイルミネーションもなくひっそりと静まり返っている。住宅地というよりは会社などの建物が多いせいで、余計に辺りは人気も少ない。
「こっち、早く。」
急ぎ足でこっそりと辺りに響かないように小さな声を上げながら手を引く仁聖の背中を、恭平は訝しげな視線で眺める。
12月24日クリスマス・イブ。
時間はもう夜の十一時を過ぎようとしていて、白い息が真綿のように口から溢れ落ちていく。仁聖に首元に巻き付けられたマフラーをたなびかせながら、足早に暗い道を進んでいる。
そして建物を挟んで表はまだ人気が幾らかあるらしい一角の建物の裏手に辿り着くと、一応閉鎖された門の隙間から中に潜り込んだ仁聖に恭平は眉を潜める。
「こら、不法侵入だろ?」
「大丈夫、ここ夜は人が来ないし、来ても俺は平気。」
意図が掴めない返答に困惑しながら、手を引かれ同じように門の隙間を潜り抜けさせられる。門の中はタイル張りのような感触の歩道が整備されていて、表は近郊の公共図書館なのに気がつく。確かにこの時間に図書館の裏門を使う人間がいるとは思えないが、だからと言って不法侵入まで良いとは言えない。咎めようにも目的がしっかりある様子の仁聖の足は止まらず、引かれる手も緩まないままだ。
「………一体何処に行く気なんだ?」
夜半近くなって冷え込む夜気の中に問いかける恭平の息が白く弾けて舞う。
「ほら、あそこ。あそこに行きたいんだ。」
指をさした先には付随している図書館の管轄なのだろうか綺麗に整地された煉瓦敷きの通路の先で、簡素に綺麗に飾り付けられた針葉樹がひっそりと佇んでいる。その木自体には何も電飾のイルミネーションもついてないのに、飾り付けられた幾つものオーナメントの銀のメタリックボールが街の街灯や家の灯火を反射してまるで白く発光している。まるで針葉樹全体が白銀の星を散りばめた様に、ひっそりと誰の目にも触れずに輝いていた。頂上にあるベツレヘムの星に当たる部分にまるで月の様に白銀の光を反射させるオーナメントが、静かに二人を見下ろしている。一瞬その鮮やかさに息を呑んで足を止めた恭平の姿に、嬉しそうな笑顔を浮かべて仁聖が振り返った。
「凄く綺麗でしょ?電球とかつけてないのにキラキラしててさ、俺のお気に入りなんだ。」
周辺のあるクリスマスのイルミネーションの人気がそこには全くない。恐らく公共の施設で夜間の入館がないから、意図的に人工的な電飾が存在しないためなのだろう。ただ視界に広がる空間にはそれを十分に補うような静かな輝きがある。誰もその美しさに気がついていないのか、わかりやすいイルミネーションを付けず夜間は閉鎖するという場所のためか。ひっそりと静まりかえったその場所で静かな光を放つツリーを見上げながら、仁聖が「毎年見に来てるんだよ」と囁く。手を繋いだまま暫しそこを見上げていた仁聖が腕時計に目を落とし、少し躊躇うようにもう一度手を引いた。
「仁聖?」
眺めるのではなく木の下まで連れて行かれて不思議そうにその手を見下ろした恭平に、仁聖はちょうど道からは見えないように恭平に木の幹を背に押し付け緊張したように息を呑み声を潜める。
「…今だけ…俺の好きなようにさせて?恭平。お願い。」
そう言いながらそっと腕を回して恭平の体を抱きしめる。最近は意識的に外では手を繋ぐ以外はしないようにしていた節のある仁聖に気がついていた。唐突なその動作に少し戸惑いながらも恭平はその腕を受け入れ暖かい体温に顔を埋める。抱きしめながら、ふと緊張した様子を浮かばせ深呼吸をする。そんな仁聖の様子に気がついた恭平が訝しげにその横顔を眺めると、視線に気がついた仁聖が一つ息をついて徐に口を開く。
「ちゃんと…言いたかったんだ。何か…その……押し切って一緒に暮らすみたいにしちゃったから……俺…ちゃんと…さ……?」
「ん…?ちゃんと……?」
囁く声にふわりと闇に浮かぶような白い肌が訝しげに、緊張した仁聖の表情を眺める。確かに騒動の流れではあったよなものだったけれども意思表示はきちんとしたと思う。そう言いたげに不思議そうな表情を浮かべた恭平に、仁聖が熱を持った吐息を証明するように白く大きな息をつく。
「恭平……俺と…これから一生を…ずっと一緒に過ごして下さい。」
酷く真剣に囁きかけられた言葉に恭平は、目を丸くしながらその顔を真正面から見つめた。呆気にとられているというか、何と反応していいのか分からずに恭平が言葉を失う。暫くその視線を真正面から受けていた仁聖が少し恥ずかしそうに頬を染めて、困ったようにその瞳を覗き込みながら拗ねたような声を上げる。
「返事…してくんないの?」
「だって…お前…、それって………。」
まるで…と言いかけた恭平の言葉に、仁聖が更に真っ赤に頬を染め恥ずかしそうに俯く。
「だから…プロポーズしてんの!法律的に出来なくても俺の伴侶になって欲しいって言ってるの!」
頬を染めながら困ったようにそういう仁聖の視界で、不意に驚いたように目を丸くしていた恭平は泣きそうにも見える微笑みを浮かべる。そうして抱き締められていた筈の体を、恭平の方からぎゅっと抱き寄せるとその肩に顔を埋めた。
「お前って……ほん…と…。」
言葉がそのまま冷えた夜気に溶けて消えて、仁聖は埋めたその瞳が泣き出してしまったのかと息を詰める。暫くして熱を持ったような顔がそっと視線を上げて抱きしめている仁聖の耳元に唇を寄せ小さな震える声を零した。
「……一度しか言わないからな………。」
そっと低く甘い柔らかな声が視界の外で、息を詰めたままの耳元を何時になくトロリと熱の篭る甘い吐息と一緒に擽る。
「仁聖………。」
躊躇うような熱を秘めた甘い声に、抱き締めている腕に思わず力が入る。仁聖はその先を聞きたいのに、反面聞いてしまうのが怖いような気がして目を閉じた。それに気がついているのか恭平の体がそっと抱き寄せた腕に身を寄せるようにしな垂れかかる感触が増し、甘い柔らかな香りがその項から漂う。
「………これからの一生……俺と一緒にずっといて…くれるか?」
その胸が痛くなる言葉にふわりと重なる香りが愛おしくて仁聖は目を閉じたまま、泣き出しそうになる疼きを必死で押さえ込んで言葉にならない声を必死に振り絞る。
何度も何度もまるで激しい恋に落ちるような思いを感じながら、同時に深く愛しむような愛情の存在。今まで知らなかった自分の心の中にある何かをまるで月が満ちるかのように、ひっそりと、それでも確実に満たしていく熱い思い。抱きとめた腕に抱き締められながら仁聖の声を待つ恭平の気配に、仁聖は震える声を零しながら視線を上げた。
「うん……、一緒にいさせて…ずっと………。」
やっと振り絞った声にツリーの輝きよりも鮮やかに甘い微笑みが返されて、仁聖は思わずその頤を引き寄せ唇を重ねる。一瞬驚いた気色を浮かばせた恭平が、それでも少し顔をそむける様にして唇を受け入れ甘く蕩けるような優しいキスをゆっくりと丹念に交し合う。
やがて遠く教会の鐘の鳴る微かな音が風に乗って聞こえ日付が変わったことを肌で感じながら、ホンノリと頬を染めて唇を艶やかに濡らした恭平の表情をうっとりと眺め仁聖が小さな声で囁きかける。
「Kissing under the mistletoe……イブに宿り木の下でキスした恋人同士って永遠に結ばれるって昔お袋が言ってた。」
その言葉に微かな笑みを零しながら恭平は、彼の意図していたことがやっと分かったというように少し呆れたように目の前の青味がかって煌く瞳を覗き込む。その視線に微笑み返しながら仁聖が不意に思い出したように、コートのポケットを探しはじめたかと思うと、スルリと身を捩り抱き締めていた恭平の手をはずし握り締めて引き寄せた。何気ないその動作に不思議そうに視線を落とした恭平の前で、ポケットから出した小さなケースをパクンと音を立てて開いた仁聖が銀色のオーナメントに似た輝きを放つものを取り出す。訝しげに眉を顰めた恭平の白い指先をなぞる様にして、スイ…とその左手の薬指にひんやりしたリングが仁聖の指で押し嵌められる。
「お前…これ……?」
「ん…まぁ…その……、記念っていうか…ね?」
そっと恭平の腰に手を回し抱き寄せたまま、気恥かしそうな表情を浮かべて仁聖が「結婚指輪みたいなものかな」と呟く。一瞬目を丸くした恭平は、驚いたように指に嵌められた指輪を見下ろす。言葉もなく安価には見えない銀色に光を反射するそれを見つめていた恭平は苦笑を浮かべながら、小さな息をついて首に回した腕で目の前の体をもう一度抱き寄せた。
「本当に…お前は俺が想像しないことばっかりして…俺を驚かすんだな…仁聖……。」
空に揺らめく月の様にふわりと微笑んだ恭平の表情に吸い寄せられたように、仁聖が小さく微笑みながら白い息を弾けさせる。それに恭平は俯いたまま呟く。
「……明日…ちょっと出かけなきゃな…。」
「え?何で?」
「……俺だけ付けるんじゃおかしいだろ?……お前の分は…俺が、買う…から。」
そっと囁きかける声に仁聖の顔が驚きに満ちた微笑みを浮かばせながら抱き寄せた腕に力が籠っていく。その腕にそっと体を預けて肩に顔を埋めた恭平の体の感触に、仁聖は無言のままその首筋に唇を押しあてる様にして目を閉じた。冷たい夜気の中でふわりと暖かな体温を感じさせながら、恭平が小さく耳元で擽る様に名前を呼びかける。甘く溶ける様なその柔らかい声にジリジリと胸の内にざわめきを感じ、仁聖は躊躇いがちに腕の中の恭平の顔を見つめる。
「…恭平……愛してる…。」
柔らかい微笑みがその言葉を受け入れて同じ言葉を返すのを聞いた瞬間、仁聖は自分の中で抑え込んでいた何かが弾けるのを感じていた。
キチンと正式な申し入れを自分からするまで、そして触れる時にまだ微かに肌を震わせる恭平自身の現状が落ち着くまで絶対に触れないと心に誓って、感情も欲望も飲み込み続けていた。しかし、肌に触れた瞬間の慄きはまだ微かにあるものの、同時に甘い香りがまるで愛してほしいと囁いている。恭平の甘い香りが、感覚を擽るのを感じていたたまれない気分になる。ぎゅっと抱きしめた肌の漂わせる甘い香りに顔を埋めて震えそうになる声を必死に押し隠しながら、懇願する様な囁きを零す。たとえ最後まで行為が出来なくても、ただ彼の肌に触れたくて仕方がない。
「恭平…俺、恭平に触れたい……恭平に触れさせて欲しい…。」
耳元で囁く声に籠る熱の激しさに仁聖が、本当は必死でその気持ちを押しこめていた事にハッとした恭平が表情を変える。
自分が匂わせた気色に仁聖が肌を離す様な動作を浮かばせたのは気のせいではなく、自分の状況と想いを優先しようと仁聖自身が必死で衝動すらも押し込めようとしていた。その結果だった事に気がついて恭平は、全くと内心で呟きながらその肩に更に顔を埋めて耳元に触れそうな程にそっと唇を寄せる。
「…ここでは……駄目だぞ?」
「わ…分かってるってば…、もうかえろ?ね?」
焦れる様な声が急かすのに微笑みながら恭平は、今度は手を離し横に並ぶようにして歩き出そうとした仁聖の手に自分からそっと指を絡ませていた。
片付けを一段落させて唐突に夜の街に引っ張り出された恭平の手を迷いもなく握りながら仁聖が引く。街中は恋人同士がイルミネーションを眺めながら賑やかに寄り添っているが、仁聖の向かっている方向はイルミネーションもなくひっそりと静まり返っている。住宅地というよりは会社などの建物が多いせいで、余計に辺りは人気も少ない。
「こっち、早く。」
急ぎ足でこっそりと辺りに響かないように小さな声を上げながら手を引く仁聖の背中を、恭平は訝しげな視線で眺める。
12月24日クリスマス・イブ。
時間はもう夜の十一時を過ぎようとしていて、白い息が真綿のように口から溢れ落ちていく。仁聖に首元に巻き付けられたマフラーをたなびかせながら、足早に暗い道を進んでいる。
そして建物を挟んで表はまだ人気が幾らかあるらしい一角の建物の裏手に辿り着くと、一応閉鎖された門の隙間から中に潜り込んだ仁聖に恭平は眉を潜める。
「こら、不法侵入だろ?」
「大丈夫、ここ夜は人が来ないし、来ても俺は平気。」
意図が掴めない返答に困惑しながら、手を引かれ同じように門の隙間を潜り抜けさせられる。門の中はタイル張りのような感触の歩道が整備されていて、表は近郊の公共図書館なのに気がつく。確かにこの時間に図書館の裏門を使う人間がいるとは思えないが、だからと言って不法侵入まで良いとは言えない。咎めようにも目的がしっかりある様子の仁聖の足は止まらず、引かれる手も緩まないままだ。
「………一体何処に行く気なんだ?」
夜半近くなって冷え込む夜気の中に問いかける恭平の息が白く弾けて舞う。
「ほら、あそこ。あそこに行きたいんだ。」
指をさした先には付随している図書館の管轄なのだろうか綺麗に整地された煉瓦敷きの通路の先で、簡素に綺麗に飾り付けられた針葉樹がひっそりと佇んでいる。その木自体には何も電飾のイルミネーションもついてないのに、飾り付けられた幾つものオーナメントの銀のメタリックボールが街の街灯や家の灯火を反射してまるで白く発光している。まるで針葉樹全体が白銀の星を散りばめた様に、ひっそりと誰の目にも触れずに輝いていた。頂上にあるベツレヘムの星に当たる部分にまるで月の様に白銀の光を反射させるオーナメントが、静かに二人を見下ろしている。一瞬その鮮やかさに息を呑んで足を止めた恭平の姿に、嬉しそうな笑顔を浮かべて仁聖が振り返った。
「凄く綺麗でしょ?電球とかつけてないのにキラキラしててさ、俺のお気に入りなんだ。」
周辺のあるクリスマスのイルミネーションの人気がそこには全くない。恐らく公共の施設で夜間の入館がないから、意図的に人工的な電飾が存在しないためなのだろう。ただ視界に広がる空間にはそれを十分に補うような静かな輝きがある。誰もその美しさに気がついていないのか、わかりやすいイルミネーションを付けず夜間は閉鎖するという場所のためか。ひっそりと静まりかえったその場所で静かな光を放つツリーを見上げながら、仁聖が「毎年見に来てるんだよ」と囁く。手を繋いだまま暫しそこを見上げていた仁聖が腕時計に目を落とし、少し躊躇うようにもう一度手を引いた。
「仁聖?」
眺めるのではなく木の下まで連れて行かれて不思議そうにその手を見下ろした恭平に、仁聖はちょうど道からは見えないように恭平に木の幹を背に押し付け緊張したように息を呑み声を潜める。
「…今だけ…俺の好きなようにさせて?恭平。お願い。」
そう言いながらそっと腕を回して恭平の体を抱きしめる。最近は意識的に外では手を繋ぐ以外はしないようにしていた節のある仁聖に気がついていた。唐突なその動作に少し戸惑いながらも恭平はその腕を受け入れ暖かい体温に顔を埋める。抱きしめながら、ふと緊張した様子を浮かばせ深呼吸をする。そんな仁聖の様子に気がついた恭平が訝しげにその横顔を眺めると、視線に気がついた仁聖が一つ息をついて徐に口を開く。
「ちゃんと…言いたかったんだ。何か…その……押し切って一緒に暮らすみたいにしちゃったから……俺…ちゃんと…さ……?」
「ん…?ちゃんと……?」
囁く声にふわりと闇に浮かぶような白い肌が訝しげに、緊張した仁聖の表情を眺める。確かに騒動の流れではあったよなものだったけれども意思表示はきちんとしたと思う。そう言いたげに不思議そうな表情を浮かべた恭平に、仁聖が熱を持った吐息を証明するように白く大きな息をつく。
「恭平……俺と…これから一生を…ずっと一緒に過ごして下さい。」
酷く真剣に囁きかけられた言葉に恭平は、目を丸くしながらその顔を真正面から見つめた。呆気にとられているというか、何と反応していいのか分からずに恭平が言葉を失う。暫くその視線を真正面から受けていた仁聖が少し恥ずかしそうに頬を染めて、困ったようにその瞳を覗き込みながら拗ねたような声を上げる。
「返事…してくんないの?」
「だって…お前…、それって………。」
まるで…と言いかけた恭平の言葉に、仁聖が更に真っ赤に頬を染め恥ずかしそうに俯く。
「だから…プロポーズしてんの!法律的に出来なくても俺の伴侶になって欲しいって言ってるの!」
頬を染めながら困ったようにそういう仁聖の視界で、不意に驚いたように目を丸くしていた恭平は泣きそうにも見える微笑みを浮かべる。そうして抱き締められていた筈の体を、恭平の方からぎゅっと抱き寄せるとその肩に顔を埋めた。
「お前って……ほん…と…。」
言葉がそのまま冷えた夜気に溶けて消えて、仁聖は埋めたその瞳が泣き出してしまったのかと息を詰める。暫くして熱を持ったような顔がそっと視線を上げて抱きしめている仁聖の耳元に唇を寄せ小さな震える声を零した。
「……一度しか言わないからな………。」
そっと低く甘い柔らかな声が視界の外で、息を詰めたままの耳元を何時になくトロリと熱の篭る甘い吐息と一緒に擽る。
「仁聖………。」
躊躇うような熱を秘めた甘い声に、抱き締めている腕に思わず力が入る。仁聖はその先を聞きたいのに、反面聞いてしまうのが怖いような気がして目を閉じた。それに気がついているのか恭平の体がそっと抱き寄せた腕に身を寄せるようにしな垂れかかる感触が増し、甘い柔らかな香りがその項から漂う。
「………これからの一生……俺と一緒にずっといて…くれるか?」
その胸が痛くなる言葉にふわりと重なる香りが愛おしくて仁聖は目を閉じたまま、泣き出しそうになる疼きを必死で押さえ込んで言葉にならない声を必死に振り絞る。
何度も何度もまるで激しい恋に落ちるような思いを感じながら、同時に深く愛しむような愛情の存在。今まで知らなかった自分の心の中にある何かをまるで月が満ちるかのように、ひっそりと、それでも確実に満たしていく熱い思い。抱きとめた腕に抱き締められながら仁聖の声を待つ恭平の気配に、仁聖は震える声を零しながら視線を上げた。
「うん……、一緒にいさせて…ずっと………。」
やっと振り絞った声にツリーの輝きよりも鮮やかに甘い微笑みが返されて、仁聖は思わずその頤を引き寄せ唇を重ねる。一瞬驚いた気色を浮かばせた恭平が、それでも少し顔をそむける様にして唇を受け入れ甘く蕩けるような優しいキスをゆっくりと丹念に交し合う。
やがて遠く教会の鐘の鳴る微かな音が風に乗って聞こえ日付が変わったことを肌で感じながら、ホンノリと頬を染めて唇を艶やかに濡らした恭平の表情をうっとりと眺め仁聖が小さな声で囁きかける。
「Kissing under the mistletoe……イブに宿り木の下でキスした恋人同士って永遠に結ばれるって昔お袋が言ってた。」
その言葉に微かな笑みを零しながら恭平は、彼の意図していたことがやっと分かったというように少し呆れたように目の前の青味がかって煌く瞳を覗き込む。その視線に微笑み返しながら仁聖が不意に思い出したように、コートのポケットを探しはじめたかと思うと、スルリと身を捩り抱き締めていた恭平の手をはずし握り締めて引き寄せた。何気ないその動作に不思議そうに視線を落とした恭平の前で、ポケットから出した小さなケースをパクンと音を立てて開いた仁聖が銀色のオーナメントに似た輝きを放つものを取り出す。訝しげに眉を顰めた恭平の白い指先をなぞる様にして、スイ…とその左手の薬指にひんやりしたリングが仁聖の指で押し嵌められる。
「お前…これ……?」
「ん…まぁ…その……、記念っていうか…ね?」
そっと恭平の腰に手を回し抱き寄せたまま、気恥かしそうな表情を浮かべて仁聖が「結婚指輪みたいなものかな」と呟く。一瞬目を丸くした恭平は、驚いたように指に嵌められた指輪を見下ろす。言葉もなく安価には見えない銀色に光を反射するそれを見つめていた恭平は苦笑を浮かべながら、小さな息をついて首に回した腕で目の前の体をもう一度抱き寄せた。
「本当に…お前は俺が想像しないことばっかりして…俺を驚かすんだな…仁聖……。」
空に揺らめく月の様にふわりと微笑んだ恭平の表情に吸い寄せられたように、仁聖が小さく微笑みながら白い息を弾けさせる。それに恭平は俯いたまま呟く。
「……明日…ちょっと出かけなきゃな…。」
「え?何で?」
「……俺だけ付けるんじゃおかしいだろ?……お前の分は…俺が、買う…から。」
そっと囁きかける声に仁聖の顔が驚きに満ちた微笑みを浮かばせながら抱き寄せた腕に力が籠っていく。その腕にそっと体を預けて肩に顔を埋めた恭平の体の感触に、仁聖は無言のままその首筋に唇を押しあてる様にして目を閉じた。冷たい夜気の中でふわりと暖かな体温を感じさせながら、恭平が小さく耳元で擽る様に名前を呼びかける。甘く溶ける様なその柔らかい声にジリジリと胸の内にざわめきを感じ、仁聖は躊躇いがちに腕の中の恭平の顔を見つめる。
「…恭平……愛してる…。」
柔らかい微笑みがその言葉を受け入れて同じ言葉を返すのを聞いた瞬間、仁聖は自分の中で抑え込んでいた何かが弾けるのを感じていた。
キチンと正式な申し入れを自分からするまで、そして触れる時にまだ微かに肌を震わせる恭平自身の現状が落ち着くまで絶対に触れないと心に誓って、感情も欲望も飲み込み続けていた。しかし、肌に触れた瞬間の慄きはまだ微かにあるものの、同時に甘い香りがまるで愛してほしいと囁いている。恭平の甘い香りが、感覚を擽るのを感じていたたまれない気分になる。ぎゅっと抱きしめた肌の漂わせる甘い香りに顔を埋めて震えそうになる声を必死に押し隠しながら、懇願する様な囁きを零す。たとえ最後まで行為が出来なくても、ただ彼の肌に触れたくて仕方がない。
「恭平…俺、恭平に触れたい……恭平に触れさせて欲しい…。」
耳元で囁く声に籠る熱の激しさに仁聖が、本当は必死でその気持ちを押しこめていた事にハッとした恭平が表情を変える。
自分が匂わせた気色に仁聖が肌を離す様な動作を浮かばせたのは気のせいではなく、自分の状況と想いを優先しようと仁聖自身が必死で衝動すらも押し込めようとしていた。その結果だった事に気がついて恭平は、全くと内心で呟きながらその肩に更に顔を埋めて耳元に触れそうな程にそっと唇を寄せる。
「…ここでは……駄目だぞ?」
「わ…分かってるってば…、もうかえろ?ね?」
焦れる様な声が急かすのに微笑みながら恭平は、今度は手を離し横に並ぶようにして歩き出そうとした仁聖の手に自分からそっと指を絡ませていた。
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