鮮明な月

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第二章

14.

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来訪者達にとっては二度目の酒宴が始まって数時間。
恭平はソファーに座りこんで、グラスを片手にボンヤリと何かを考え込んでいる様子だ。薄いシャツにハーフパンツ姿の楽な服装は、見る者によっては意図を変える。そんな家主の姿に、目敏く了が、忍び寄るようにして横に音を立てて座り込む。一瞬了の動きに眉を顰めた恭平の表情に、了は完全に酔いの回った子供のようなニンマリした笑顔で笑いかけた。突然恭平の手のグラスに、勢い良くアルコールを注ぐ。

「わっ馬鹿!零す!!!」
「ボーっとしてるからだよ!?なぁにぼけっとしてんだ?たまってんの?」

あからさまな物言いに酒に酔った頬が更に朱に染まり、次の瞬間容赦ない恭平の手が了の頭を殴りつけた。実際普段からこの調子ではあるが、酒が入るとどちらも段々度が過ぎる気合がある。普段からストッパー役の篠は、苦笑混じりにその様子を眺めた。勿論成田了自身は悪い人間ではないし、普段は愛想も良く人当たりもいい人好きのする人間なのだ。が、何故かこと恭平に絡むと、歯止めが利かなくなる。

「恭平ってホント美人なのに喧嘩っ早いよなぁ?篠。」
「誰のせいだ?!誰の!お前が悪いんだろうが!」

あからさまに腰の辺りに手を回そうとする了に、再び鉄拳を落としながら突き放すように言い放つ。そんな恭平に視線を向けた了の眼が不意に細められ、ニヤッと意味深に笑いかけられて恭平が眉を潜める。

「恭平…お前、彼女できたんだろ?」
「はぁ?!」

一瞬凍りついた相手の動きを見逃さない了が、ソファの上で腰に回された手から恭平が逃げ出す前にワインのボトルを握る手の指がついと恭平の首筋をなぞった。刹那、狼狽したように恭平が勢い良く身を引きながら、空いた手でその部分を覆う。

「キスマーク発見。しっかし、男にそういうのつける彼女っての珍しいよな?やーらしぃ。」

思わぬほどに狼狽してその指摘に向けた視線は酷く濡れたように震えていて、篠は一瞬了が喉を鳴らしたのを聞き取る。制止に入ろうかと逡巡した篠の目の前で、了の立てた音は聞きつけた様子ではないが恭平はさっと時計に視線を走らせながら立ち上がった。視線の先の壁掛け時計に、そろそろ始発が出る時間であることを見て取ったのだ。

「俺寝るからっ…篠、鍵頼むっ!」

逃れるようにリビングを横切ろうとする、細い恭平の腰を慌てたように了が絡めるようにして引きとめようと伸びて無意識に腰の辺りを滑る。

「お・おい!恭平、悪かったってば!!」
「あっ………っ…!!」

上着の隙間から肌に僅かに触れた指の感触を感じた瞬間、思わぬ反応を体が無意識にしてしまう。微かに甘く掠れる声を上げてしまった自分に、恭平は激しく慌てて最終的な鉄拳を振り落とした。熱を感じたような指先の感覚と甘く掠れた恭平の声に気がつかず、了は鉄拳の痛みに絶句して頭を抱えている。そんな了を投げ打つようにして、恭平は足早に歩み去る。寝室の扉が音を立てて閉じたのに、篠は安堵も含めながら深い溜め息を付いた。

「いってぇ、ホント手が早いんだよなぁ、全く。」
「了が変に絡むからだよ、鉄拳だけでよかったじゃないか。」

鉄拳だけで済まなかった事がある了は、頭を撫でながら空のボトルをテーブルに置く。余り酒に強くない恭平は、三人で飲んでもこうして寝てしまうことは珍しくない。それでも篠は穏やかな微笑みを、了に視線を向ける。

「さ、君は始発で帰りな?」
「はぁ?篠は?」

呆れ返るように眼を細めた青年はにっこりと満面の笑みを浮かべながら、青年の持参した手荷物を無造作にほおり投げる。

「僕は鍵当番だから。寝込みを襲うような人間は追い返しておかないとね。」

友人でもあるが決して怒らせたくない存在でもある彼のはっきりと仮面のように作られた笑顔に、一瞬冷水をかけられた様な気分を了は感じる。篠がこの笑顔を浮かべた時は逆らう方が間違いなのだ。了は陽射しの射し始めた外気を横目に、渋々と帰宅の準備を始めていた。



※※※



リビングの微かなざわめきを耳にしながら、恭平はドアに背中をつけてドキドキと脈打つ心臓を動きを収めようと堅く目を閉じた。手で抑えた首元の下。
それは了の指に反応したのではない。
それは自分でも良く分かっている。

キスマークを他人に触れられるのが嫌だった。

つけた青年ではない指にそれを触れさせるのが嫌だった。そんな自分が居て、時計を見た瞬間に後何時間かと計算した自分が居た。そう、気がついた瞬間自分の体内の奥底で、夜に飲み込んだはずの熱がぶり返してくる。体の一気に奥を焙って、思わぬ反応を起こしてしまった。そしてそれは今も羞恥よりも激しい情欲を恭平の中に煽り立てている。
やがてドア越しのリビングが人気を失って静まり返ったのを感じながら、恭平は頭を振ってベットに滑り込む。そして、直ぐ様アルコールの勢いでウトウトと微睡み始めていた。

仁聖………、早く……

夢に落ちる最後の瞬間、恭平は自分が本当に声に出してそう呟いたような気がした。



※※※



漂う様な意識の中で様々に断片的に散る夢を見ていた。
親友である青年に、躊躇いがちに思う事を問いかける自分。
幼い自分の手を引く母の姿。
離れていった指先の温もり。
自分を抱きしめる手の感覚。
それが誰の物かを確かめようと漂う意識の中を彷徨う。

……きょ……へい…。

微かに柔らかく低い声が耳に心地よく響いて、陶然と霞む視線を向ける。掠れる視界の中に浮かぶ真剣な眼差しに、思わずその存在が腕の中に欲しくなって手を伸ばした。首に腕をからめた先で微かに驚いた様に青年が息を飲むのを感じながら、その柔らかい髪に指を絡める。柔らかく茶色の栗毛の髪が指に通るのを感じながら、その体を強く引き寄せた。

………きょうへい?

囁く様な声に安堵して抱きついた自分の体を、そっと腰のあたりで支える手の暖かさに身を任せる。その手が動くのを待っている自分に気がつき、恭平は微かに湿る様な熱っぽい吐息を溢す。その反応に不意に息を飲んでそのまま夜具にその体ごと押し付けられながら、恭平は僅かにその感覚の確かさに知覚を取り戻していく。

「…仁聖…?」

微かに甘えるような掠れ声。視線を向けたその青年の陽射しの中に浮かぶ酷く真剣な表情に、一瞬恭平の心に戸惑いが湧きあがる。

もっとあの時みたいな、幸せそうな笑顔で来ると思ってた…

体にのしかかったままのその体がスイと唇を重ねてくるのを感じながら、その行為を腕を絡めたまま迎え入れる。仁聖の指が器用に自分のシャツ脱がせて素肌を曝していくのを直に感じた。嬲る様に柔らかに口腔内を探っていた舌が、音を立てて離れていくのを名残惜しげに唇が吐息を溢す。そんな恭平の表情を、真っ直ぐに見下ろしていた仁聖の手が下着に手を滑らせ、摺り下ろすのを自然に腰を浮かして強請る様に誘う。スイと恭平の肌を露わにした指が肌を滑って口元迄差し伸べられるのを、恭平は不思議そうに見つめる。

「…口開いて。指…舐めて。」

その言葉に戸惑いながらも震える唇を薄く開くと、挿し込まれる指が舌に絡みついてくる。舌を指で探られる淫靡な感覚を生みだしながら、微かな濡れた音を立てた。微かに目を細めて恭平の表情を眺めていた仁聖の視線が、肌蹴られて露わになった全身に注がれるのを感じる。それに恭平は頬に血が昇って行くのを感じながら、目を閉じて必死に指に舌を這わせる。

「脚…開いて。」

低く響く声に促されて、ゆらりと揺れる膝を開く。すると仁聖の指が、音を立てて口腔から引き抜かれ体の中心を下がっていく。息をつめている恭平の様子を意にも反さない様子で、ヌルリとした濡れた感覚を伴って仁聖の指が、音を立てて体内にめり込んだ。

「んぅっ……んぁ…っ!!」

思っていた以上に腰に響き甘く溶ける快美感に、自分の声が弾ける。強請る様に腰がひくついて、奥に熱を生むのを感じ始めていた。自分の中が昨夜と同じく酷く熱く指を引きこむように蠢いているのかと思うと、激しい羞恥と一緒にどうしようもない痺れに似た苦痛めいた快感が走る。跳ね上がる吐息を溢す恭平の潤んだ瞳を視界に入れながら、仁聖はその全身をじっくり舐めるように眺める。仁聖の指がくちゃくちゃと卑猥な音を激しく上げさせながら、滑り体の奥に潜り込んでいく。

「あっ…じ…、仁聖っ……あっ!!」
「凄く柔らかい………恭平のココ……。」

低い声の放つ卑猥な言葉に、激しい羞恥心が湧きあがり恭平は息を飲んだ。自分が自分でそこに触れ歓喜の声を上げそうになった浅ましい姿を見透かされている。そんな錯覚に、体が震えをおび、きつく仁聖の指を喰い締めて更に深い快感を生みだしていく。身を震わせて自分に縋りつく恭平の体から立ち上る甘い香りに目を細めながら、酷くこわばった表情のまま仁聖はその体をもう一度眺める。

「すっかり……言うなりだね?言われるまま足開いて…直ぐ感じ始めてる。」

心に刺さる言葉に羞恥心を煽られ続けながら恭平は、激しい音を立てる指の動きに矢継ぎ早に甘く甲高い声をあげ頭を振る。自分の行為の全てを見透かされる感覚は激しい倒錯に満ちた快感になって、昨夜一人では達しきれなかった快感へ見る間に押し上げていく。

「じ…仁っ…せ…っ!も…。」
「誰にココ慣らして貰ったの?」
「え…?」

快感が不意に凍りついて、何を言われたのか一瞬思考が停止する。考えることを拒否した様に呆然とその言葉の先を見つめた恭平の表情を、強張り硬く険しい視線をした仁聖が冷ややかに見下ろす。

「向こうの部屋見たらわかるよ、昨日の夜誰かといたんだろ?」

混乱した頭が陽射しの中で、目の前の青年を見ている筈なのに視界が暗く揺らいで行くのを感じる。音を立てて引き抜かれた指に微かに眉を寄せたその表情を見ず、自分の体を探っていた指が何かを確かめる視線に曝される。

「前には新しいキスマークもないし、中もキレイだから生でされた訳じゃないね。」
「な………何…言って………。」

露骨で皮肉に満ちた声。そんなことを言われ真っ先に怒るべきだと分かっているのに、凍り付いた感覚が思考を真っ白にしている。何か言わなくてはと思うのに何一つ言葉にならない。今までの視線の意味を知らされて激しい衝撃を感じながら、言葉にならない声で喘ぐように息をついた。その瞬間、何時もとは違う冷たい視線に射竦められていた。

「背中も確認するから。」
「?!!…じ…仁聖っ?!!」

グイと無造作に腕を回していた体を掬い上げたかと思うと、容易く体を返されて夜具にうつ伏せに押し付けられる。乱暴な動作に恭平は、思わず息を飲んだ。まるで品物でも見聞するかの様な視線に、全てを剥ぎ取られ先程とは違う心に痛みをともうなう羞恥心が理性と共に心を満たす。恭平は視線の熱を感じとり息を詰める。スルリと首筋から腰骨までを仁聖の掌が撫でる快感を感じながらも、焦燥に似た心の痛みが軋む様に悲鳴を上げていた。

「背中も綺麗だね、恭平。」
「あ…当たり前だ…っ…俺は……俺は何も…っ。」

フワリとうつ伏せの体に仁聖の熱が覆いかぶさって来て一瞬跳ね上がった動悸が言葉を飲み込ませる。

「じゃここも見せて。」

その指が先程まで探っていた場所を優しく撫でるのを感じた瞬間、恭平はその言葉の意味する事に気がついて目を見開いていた。フワリと覆いかぶさり耳元で低く囁く声は何時もと違って酷く冷酷に脳内まで響きわたる。それは恭平に陽射しの熱さを全て消し飛ばす、凍りつく感覚を感じさせた。

「腰を上げて、自分で開いて見せてよ。四つん這いになってさ。」
「なっ…そんな事っ…い・嫌だ!!!」

悲鳴の様に声を上げて拒否する言葉に、耳元の凍る声は無慈悲に聞こえる抑揚のなさで言葉を繋いだ。

「何もしてないなら見せられるでしょ?それとも見せられない理由でもあるの?」

その言葉にカッと頬が熱を持つのを感じる。

信じて貰えない…自分が昨夜した浅ましい行為の代償が…こんな…

震える唇をきつく噛んで夜具に押しつけたままの頬が羞恥と屈辱で朱に染まり、昂っていた体の熱に感情が揺り動かされて涙が溢れそうになる。そうではないと証明したいのにその方法も分からない恭平は弱々しく頭をふりながら夜具をきつく握りしめた。微かに全身を小刻みに震わせながら、血の味がするほど唇を噛みしめ僅かに腰を浮かせる。

「もっと上げて。見えない。」
「っ……ふ…っ…う………。」

悲痛な呻きを上げながら、言われるままに白い肌を朱に染めて腰を上げる。同時に必死に口から溢れ落ちそうになる嗚咽を噛み殺す。不意にスイと背後から延びた仁聖の手が腰から腿を撫でるのを感じた瞬間、更に突き上げる様に腰を引き上げられた。背を仰け反らせてはしたなく腰を突き出す。そんな浅ましい姿をさせられていることに、眩暈を感じるほどの羞恥が心を塞ぐ。

「っ!!も…う…い…嫌だ……やだ……ぁああ…。」

ついに耐え切れずに溢れ落ちた掠れて消え入りそうな恭平の嗚咽に、背後で微かに息を飲む気配が湧きあがる。緩々と腿を撫でていた手が足を割って疼く様な熱を持つ其処を外気に晒すのを感じた瞬間、苦痛に満ちた嗚咽が更に細く尾を引いて溢れおちた。

「何も…何もしてない……俺は…何も……な…何・も。」

唐突にその声が引き攣り喉の音で凍りつく。
恭平の視界の外で身を寄せた仁聖の吐息が、なぞる様にその場所に降り落ちた。熱の気配が近寄って直接ヌルリとした柔らかい感覚が先程指で探られた場所をなぞる。

「ふ…ふぁ…っ……や…やぁ…やだ……。」

腰を抱き寄せられ、体勢を変えることも出来ない。恥ずかしい体勢のまま、あり得ない場所にヌルヌルと舌を這わされている。それでもその感触に滲むように快感を感じ始めてしまう自分に戸惑いながら、恭平は更に背を仰け反らせる。恭平が必死に頭をふり擦れた嗚咽を溢して制止の言葉をうわ言のように呟くのを無視したまま、仁聖はわざと煽る激しい水音をさせながら後孔を弄り続ける。

「や…やめ…あ……あぅ……ぅんっ…!!!ど…どう…してっ…信…じ……て…。」

尾を引く嗚咽の中にある掠れる声を耳にふと仁聖の動きが止まりそこから顔を離したかと思うと、唐突にその体を乱暴に返して夜具の上に引き倒す。見開かれた恭平の瞳からその反動で溢れおちる涙を見下ろした。突然今まで強張って硬く張りつめていた仁聖の表情が砕ける様に崩れて、子供の様に怯えた表情が浮かぶ。

「っ分かってるよ…恭平が……そんな事できる人間じゃない事くらい。」
「…じゃ……な・何でっ…こ……こん…っうっ……。」

言葉に出来ずに涙を零したその姿に、仁聖は耐え切れないという様に覆いかぶさる。きつく抱きしめながら仁聖は、自分がつけ色を薄くしたキスマークにもう一度鋭い痛みを振らせるように口づける。そして鋭く同時に激しく揺らぐ瞳で、真っ直ぐに恭平の顔を見据えた。

「…怒ってるんだ……分かんないの?!恭平!」

叫ぶようにそう言い放った仁聖が、自分の首元に顔を埋めてきつく体を抱きしめ身を震わせる。恭平は凍り付いた様に目を見開き、仁聖を見つめ返す。陽射しを受けながら少し青味がかる様な色を湛えた仁聖の瞳が震えながら、恭平の体を強くきつく掻き抱く。

「…どうして……?恭平…どうして?」

呟くように零れおちる言葉に滲む強い怯えと不安の色に、恭平はハッとしたように息を飲んだ。

「俺が……昨日ここに来たの…分かってるよね?…知ってるよね?」

ユルリと顔も上げずに抱き締め、首元に埋めたままの頭を振った仁聖の体が震えている。それに気がついて恭平は、戸惑いながら自分に覆いかぶさる体を見つめる。

「どうして…俺に何も言ってくんないの?俺…一生懸命……我慢したんだよ…?」
「じ…仁聖……。」
「どうして俺じゃない人を一番にしたの?俺が待ってるって分かってたでしょ?」

その声の震えと肌に感じる感覚の意味に気がついて、恭平は息を飲みながら体にそっと震える自分の腕を絡ませる。されるままに抱きしめられながら仁聖は初めて小さな嗚咽を溢した。そして、切れ切れの声で絞り出すような弱い言葉を紡ぐ。

「…俺には恭平が必要なのに…恭平だけ欲しいのに………おかしくなりそうだよ…。」


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