上 下
7 / 46

しおりを挟む

 エルツがグラナートに直接嫌いだと言ってから五日が経った。

 この五日間、グラナートから話しかけられることは一度もなく、エルツも必要最低限の会話しかしないようにしていた。

 昼食の片付けを終えたエルツが自室に戻ろうと廊下を歩いていると、グラナートの父親に呼び止められた。

「エルツ。頼みたいことがあるんだが、今は手が空いているかな?」

「はい。どうされましたか?」

「インクのストックを切らしてしまってね……。急で悪いが、街でインクを買ってきてくれないか?」

「わかりました」

「ありがとう。助かるよ」

 エルツはグラナートの父親に一礼すると、使用人室に向かった。

 使用人室にはブラウがいて、エルツはこれから街へ買い物に行くことを話した。

「…………わかった。他の使用人たちにも伝えておくよ。気をつけてね」

「はい。ありがとうございます」


 外出の用意を済ませたエルツが家を出ようとすると、階段を下りてきたグラナートに声をかけられた。

「どこにいくの?」

 グラナートは五日前のことなどなかったかのように平然としている。

 今日まで全く話しかけてこなかったのに、いきなりどうしたのだろう、と思いながらエルツは答えた。

「……街へインクを買いに行ってきます」

 するとグラナートはエルツの目の前まで駆け寄ってきた。

「俺も一緒に行きたい!」

 目を輝かせているグラナートにエルツは戸惑った。

 あれだけはっきり嫌いだと言ったのだから諦めたと思ったのに……。

「……グラナート様は勉強をしないといけないでしょう?」

「早起きをして午前中に終わらせたから大丈夫だよ」

 どれだけ早起きをしたのかわからないが、一日分の勉強量を半日で終わらせられたということは、昨日の夜はかなり睡眠時間が短かったはずだ。

 エルツは寝不足のグラナートを街へ連れて行くわけにはいかなかった。

「それなら疲れているでしょうから、休まれたほうがいいですよ」

「部屋でじっとしているよりもエルツと一緒に出かけた方が疲れがとれるよ」

「そんなこと——」

「まあ、いいじゃないか。グラナートは気分転換に外に出たいんだろう。一緒に連れていってやってくれ」

 いつの間にか近くに来ていたグラナートの父親がエルツの言葉を遮ってそう言った。

「……わかりました」

「助かるよ。……お金を渡すのを忘れていたから持ってきたんだ」

 グラナートの父親はエルツに巾着袋を渡すと、グラナートのことを見た。

「お金は余分に入れてあるから、グラナートが一緒に行くならインクと一緒に紙も買ってきてくれないか?」

「任せて! 他に必要なものはある?」

「あとは大丈夫だ。気をつけてな」

「うん!」

 グラナートはエルツに、少し待っていて、と言うと階段を駆け上がっていった。

 おそらく外出の用意をしに行ったのだろう。

 エルツはグラナートの後ろ姿を見ながら、どうすれば諦めてくれるのか頭を悩ませた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

【本編完結】聖女は辺境伯に嫁ぎますが、彼には好きな人が、聖女にはとある秘密がありました。

彩華(あやはな)
恋愛
王命により、グレンディール・アルザイド辺境伯に嫁いだ聖女シェリル。彼には病気持ちのニーナと言う大事な人がいた。彼から提示された白い結婚を盛り込んだ契約書にサインをしたシェリルは伯爵夫人という形に囚われることなく自分の趣味の薬作りを満喫してながら、ギルドに売っていく。ある日病気で苦しむニーナの病気を治した事でシェリルの運命は変わっていく。グレンディールがなにかと近づくようになったのだ。そんな彼女はとある秘密を抱えていた・・・。

【完結】今夜さよならをします

たろ
恋愛
愛していた。でも愛されることはなかった。 あなたが好きなのは、守るのはリーリエ様。 だったら婚約解消いたしましょう。 シエルに頬を叩かれた時、わたしの恋心は消えた。 よくある婚約解消の話です。 そして新しい恋を見つける話。 なんだけど……あなたには最後しっかりとざまあくらわせてやります!! ★すみません。 長編へと変更させていただきます。 書いているとつい面白くて……長くなってしまいました。 いつも読んでいただきありがとうございます!

えっ「可愛いだけの無能な妹」って私のことですか?~自業自得で追放されたお姉様が戻ってきました。この人ぜんぜん反省してないんですけど~

村咲
恋愛
ずっと、国のために尽くしてきた。聖女として、王太子の婚約者として、ただ一人でこの国にはびこる瘴気を浄化してきた。 だけど国の人々も婚約者も、私ではなく妹を選んだ。瘴気を浄化する力もない、可愛いだけの無能な妹を。 私がいなくなればこの国は瘴気に覆いつくされ、荒れ果てた不毛の地となるとも知らず。 ……と思い込む、国外追放されたお姉様が戻ってきた。 しかも、なにを血迷ったか隣国の皇子なんてものまで引き連れて。 えっ、私が王太子殿下や国の人たちを誘惑した? 嘘でお姉様の悪評を立てた? いやいや、悪評が立ったのも追放されたのも、全部あなたの自業自得ですからね?

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

お幸せに、婚約者様。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

【完結】許さないってどういうことですか?それは私の台詞です。

やまぐちこはる
恋愛
ナナリー・メリエラ伯爵令嬢にはタケリード・ザンバト伯爵令息という同い年の婚約者がいる。タケリードは親が決めたナナリーに不満で、仲のよい婚約者同士とは言えない関係だった。そんなとき子爵令嬢として学院に編入してきたティミリとタケリードが親しくなり・・・。 ※2万文字弱で完結です。微少ながら暴力シーンがあるためR15にしてあります。強烈スカッとざまあは私にはまたまだ難しいようで、ゆるざまでございます。 ※本編完結のその後、辺境のタケリード編開始します。タケリードの下剋上とその結末。ゆるゆるなので刺激を求めている方には物足りないかもしれませんが、楽しんで頂けたらうれしいです。

【完結】死に損ない令嬢は、笑ってすべてを覆す。

猫石
恋愛
アンリエッタは殺されかけた。 婚約者と親友に騙されて。 湖に沈みゆく悲しみの中で、儚くなる瞬間、頭の中に落ちてくる記憶の中で ここが、前世で読んでいた小説の中の世界だと気が付いた。 それは、あまりにもご都合主義展開なハッピーエンドの物語。 (そんなの許さない) 全てを思い出したアンリエッタは、話を覆すことにした。 **他部署でフィーバーしたのでおまけ3話公開中** 18時、20時、22時に公開完結です。 ☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。 ☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!) ☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。 ★いつもの作者の息抜き作品です。 ★ゆる・ふわ設定ですので気楽にお読みください。 ★小説家になろう様にも公開しています。

処理中です...