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しおりを挟む「エルツ」
グラナートに声をかけられたエルツは窓の掃除をしている手を止め振り返った。
「何でしょうか?」
「ブラウからの伝言で、父様が一時間後に部屋に書類を取りに来てほしいって」
「わかりました」
エルツはチラッと時計を見ると、掃除を再開しようとした。
グラナートは、このまま会話を終わらせたくない、と思い再びエルツに声をかける。
「あ、あのさ……」
「はい」
「えーっと……。エルツが掃除をしてくれた場所はいつも塵一つ残っていなくてとても綺麗だよね。エルツは掃除が上手なんだね」
「誰が掃除をしたとしても同じように綺麗になりますよ」
「あ……。いや、その……」
グラナートはエルツを褒めたつもりだったが、エルツにその気持ちは届いていないようだった。
「……掃除だけじゃなくて、エルツはどんな仕事でもテキパキとこなしているのに、雑にならずにいつも丁寧だよね。食事の配膳をする手際もいいから、エルツが運んでくれたときの料理は特に美味しく感じるんだと思うんだ」
「料理が美味しいのは調理している使用人の腕がいいからですよ。私は出来上がった料理を運んでいるだけですから。……あとで調理専門の使用人に、グラナート様が美味しいとおっしゃっていたと、伝えておきますね」
「……うん」
エルツは自分が褒められているとは全く思っていなさそうだ。
褒める内容がよくないのだろうか……?
仕事内容ではなくエルツ自身のことを褒めたほうがいいのかもしれない。
「……エルツは頭が良くて博識だよね。本当に凄いことだと思う。俺がわからないことを聞くと、すぐに教えてくれるからとても助かっているんだ」
「凄いことではないですよ。私は小さい頃からさまざまな分野の勉強をしなくてはいけなかっただけですから……。あの環境で育てば誰でもこうなります」
エルツの両親はエルツと双子の姉が生まれてすぐのときは娘を二人とも良家に嫁がせるつもりでいたが、成長するにつれそれぞれ長所と短所がはっきりとしてきて、このままでは二人とも良家の人に嫁として認められることはないと思うようになった。
姉は愛嬌があって人を惹きつける魅力があるが勉強は苦手で、エルツは姉よりは勉強ができるが性格が暗く愛想がなかったため、両親はエルツに姉の身代わりをさせれば完璧な一人娘を作ることができるのではないかと考えた。
両親は姉を一人娘として育てるために、子どもが双子だと知っている使用人をほとんど解雇して、エルツを誰の目にも触れないように地下室に閉じ込めた。
エルツは小さい頃から十六歳までの間、地下室で勉強漬けの日々を送らされており、どんな人とも会話ができるように様々な分野の勉強をさせられていたため、一般教養だけでなく専門的な知識もあった。
「……ごめん。そういえば俺、勉強の休憩中だったんだ。そろそろ部屋に戻るね」
「お忙しい中、旦那様のことを伝えに来てくださってありがとうございました」
エルツは一礼すると、グラナートに背を向けて窓の掃除を再開した。
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