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一章 1

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 ◇

 一日の仕事を終えたエルツは二階の廊下を歩いていた。

 いつもはこのまま自室へ戻るが、今日はグラナートに、仕事が終わったら部屋に来てほしい、と言われていたため、自室の前を通り過ぎてグラナートの部屋に向かった。

「グラナート様」

 エルツが扉越しに声をかけると、部屋の中からドタドタと足音が聞こえてきて、勢いよく扉が開いた。

「……どうぞ、入って」

「はい」

 エルツが部屋に入るとグラナートは、パタン、と扉を閉めたが、扉の取っ手を掴んだまま振り返ろうとしなかった。

「どうされましたか? 」

 扉の方を向いたまま動かないグラナートを心配してエルツが声をかける。

 グラナートはゆっくり振り返るとエルツの目をじっと見つめた。


「エルツのことが好きです」


 思いがけない言葉にエルツは自分の耳を疑った。

 好き……?

 聞き間違いかと思ったが、グラナートの真剣な顔を見て、告白されたことを理解した。

 いつからそう思っていたのだろう?

 どうして好きになったのだろうか?

 自分の記憶を振り返れば答えが見つかるかもしれない。

 そう思ったエルツはグラナートと出会ってから今日までの二年間のことを詳細に思い出していると、沈黙に耐えられなくなったのかグラナートが口を開いた。

「あのさ……」

「はい」

 グラナートは、いつもと変わらない様子で返事をしたエルツに慌てて補足説明をする。

「好きっていうのは、父様とかサフィーロとかブラウに対するものとは違って、人としてじゃなくて……いや、人としても好きなんだけど、大切な人として……いや、みんな大切だけど……あの……えーっと……恋人になりたいという意味の好きだよ。……俺と結婚を前提に付き合ってほしいんだ」

 結婚を前提に付き合う、という言葉を聞いて、エルツは先程の疑問などどうでもよくなった。

 今のグラナートは、いろいろなことを学ばないといけない大切な時期で、恋愛なんてしている暇はなく、恋人の存在は邪魔になるだけだ。

 エルツは使用人として働いて、少しでもこの家の役に立つことで、森で拾ってもらった恩や、自由に生きられるようにしてもらった恩を返したいと思っているため、グラナートが立派な後継者になることの妨げになるわけにはいかなかった。

「お気持ちはありがたい——」

「あ、待って! まだ返事はしないでほしいんだ」

 グラナートはエルツの言葉を遮った。

「たぶんエルツは俺の気持ちに気がついていなかったでしょう? それはエルツが俺のことを恋愛対象として見ていなかったからだと思うんだ。だからアプローチをする時間をくれないかな? それでダメなら諦めるから……」

 グラナートの言う通りエルツはグラナートのことを恋愛対象として見ていなかったが、グラナートの気持ちに気がついていなかったのは、それだけが理由ではなかった。

 エルツは小さい頃からずっと勉強のことばかり考えていたため、恋愛感情というものがよくわからなかった。

「どれだけ時間が経ったとしても私の返事は変わりません」

「……それでもチャンスがほしいんだ」

「グラナート様は立派な後継者になるために、たくさん勉強をしないといけないでしょう? そんなことをしている時間はないですよ」

「今まで通りに……いや、今まで以上に勉強に力を入れるから」

「ですが——」

「時間をくれなかったら落ち込んで何も手につかなくなると思う」

「……」   

 そう言われると、エルツは折れるしかなかった。

「時間とはどれくらいですか?」

「一ヶ月ほしい」

「……わかりました」

 エルツがそう答えると、グラナートはパッと明るい表情になる。

「ありがとう! 振り向いてもらえるように頑張るよ」
 
 エルツは一応承諾したものの、グラナートに一ヶ月も無駄な時間を過ごさせるつもりはなかった。

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