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四章 1 グラナート視点

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 エルツは俺の手の包帯を解いてガーゼを取る。

 血は完全に止まって、瘡蓋の状態になっていた。強く手に力を入れない限り、痛みを感じることもない。

 エルツは傷口の洗浄をすると、新しいガーゼと包帯を用意した。

「もう要らないんじゃないの?」

 俺がそう言うと、エルツは俺の顔をじっと見つめた。

「……なに見てんだよ」

「手はよく動かす部分なので、完全に治るまでは包帯を巻いておいた方がいいと思います」

 そう言うと、エルツは傷口にガーゼを当てて手際良く包帯を巻いた。


 エルツは使った物をまとめると、それらを持って扉の方に向かう。

 いつもならそのまま出て行くが、今日は何故か扉の前で振り向いた。

「旦那様がお呼びです」  

 あれから父様とは会っていなかった。

 ……父様と顔を合わせて平常心でいられる自信がない。

「行かないと伝え——」

「来なかったらグラナート様の部屋の扉を外して、いつでも出入りできるようにする、との事です」

 ……そんな事を言われたら行くしかない。


 俺は父様の部屋の前で深呼吸をした。

 落ち着け、大丈夫だ……

 震える手で扉を叩いた。

「入って来なさい」

 そっと扉を開ける。

 俺は父様の顔を見る事ができず、下を向いていた。

「手の怪我はよくなったのか?」

「……うん」

「そうか。エルツが手当てをしてくれたんだろう。お礼は言ったのか?」

「……」

 俺が何も答えないと父様は、はぁとため息をついた。

「それなら、スープを溢して火傷をさせた事は謝ったのか?」

 火傷……?

 あの日から傷の洗浄の為に毎日エルツと会っているが、エルツはそんな事一言も言っていなかった。

「その様子だと謝っていないようだな。どうしてわざとスープを溢したんだ? 今までの女性の使用人に対しては、怪我をさせるような事はしなかっただろう」

 エルツはどんな嫌がらせをしても顔色一つ変えなかった。

 それがムカついて、少し驚かせてやろうと思っただけで……

「……怪我をさせるつもりはなかった。火傷をするとは思わなかったんだ」 

 父様は怒っているのか、静かな声でゆっくりと話し出した。 

「グラナートはもっと先の事を考えられるようになりなさい。……サフィーロから聞いたが、ゴルトが家に来た時に二階から物を落としたそうじゃないか。気に障る事を言われたからといって、そんな事をしたらどうなると思う? ゴルトがグラナートの行動を他の人に話すかもしれない。……それを聞いた人はグラナートの印象が悪くなるだろう?」

「……それが何?」

 俺は別に言いふらされても構わなかった。

「人の印象はそう簡単に変えられないから、将来大変な思いをするのは自分なんだぞ。……まあ、今は私やサフィーロが表に出る事が多いから私達が困ったり恥をかくのはグラナートとしては嬉しいのかもしれないが……」

 その言葉を聞いて、俺はバッと顔を上げ父様に向かって言った。

「俺はそんな事思ってな——」

 父様はテーブルに手をついて下を向き、肩で息をしていた。

「……どうしたの?」

「何でもない」

 父様はそう答えたが、呼吸をする度に体が揺れ今にも倒れそうだった。

「座ったほうがいいんじゃ——」

 ガシャンッという音を立てて父様はテーブルに倒れ込み、そのまま床に倒れてしまった。

「父様!」

 俺は父様に駆け寄って声をかけながら体を揺するが父様の反応はない。

 父様は額を怪我していて血が出ていた。

 俺は止血をしようと自分の手に巻いてある包帯を解いて父様の額に押し当てた。

 包帯はどんどん赤く染まっていき、血が止まる様子はない。

 どうしよう……

 俺は自分の怪我の事を思い出した。

 そうだ、エルツなら……

 エルツなら血を止める事ができるかもしれない。

 
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