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9 過去の話 サフィーロ視点

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 お母様が亡くなってから三年が経った。


 僕はブラウと二人で書斎で勉強をしていた。

「うーん……読めないよぉ」

 ブラウに紙を渡される。紙には外国語が書いてあった。

「渡されても困るよ。僕が苦手なの知っているだろ?」

 僕は何年も外国語の勉強をしているが、読めるようにも話せるようにもなっていなかった。

「読んでほしくて渡したんじゃないよ。読めない気持ちを共感してほしくて渡したの」

 ブラウは仕事のために外国語の勉強を始めたが、あまり上手くいっていないようだった。

「ボクが調べるのはいつも国内の人なんだから、外国語はわからなくてもいいと思わない?」 

 そう言ってブラウは、ふてくされた顔をする。

 ブラウは一年前から僕達の世話だけでなく、外部の人間の調査の仕事もするようになっていた。


「俺が読んでみようか?」

 グラナートが書斎に入ってきてそう言った。

「読んで欲しいけど、それじゃ意味ないもんね……自分でなんとか調べてみるよ」

 ブラウはそう言うと立ち上がって本棚に向かった。

「もう外国語を読めるようになったのか?」

「簡単な文章ならね」

「……そうか、凄いな」

「全然だよ。サフィーロを支えるためにはもっと勉強しないと!」

 ……僕を支えるため、か。

「何か用があって書斎に来たんじゃないのか?」

「ああ、そうだった。後で数学の勉強を教えてほしいんだ」

「いいけど……急にどうしたんだ?」

 昔はよく一緒に勉強していたが、最近はしていなかったのに。

「父様が数学の勉強もちゃんとやりなさいって。数学はサフィーロが得意だから俺はやらなくてもいいんだ、って言っても聞いてくれないんだ」
 
「僕が得意かどうかは関係ないだろう?」

「関係あるよ! サフィーロは数学は得意だけど語学は苦手だから、俺が語学の勉強を頑張れば二人で完璧になれるでしょ?」

 そう言うとグラナートは真っ直ぐな目で僕を見た。



 夜になりベッドに入るが考え事のせいで、なかなか眠りにつく事ができなかった。

 ……本当に僕が後継者でいいのだろうか。

 前から考えていた事だった。

 僕が養子だという事を伝えて、グラナートが継ぐべきでは?

 そう思う度にお父様とお母様の顔が頭に浮かぶ。
 いや、ダメだ。二人が僕のために決めてくれた事だ。
 そのためにグラナートにずっと嘘をつき続けているんじゃないか。
 僕がこの家を継がなければいけないんだ。

 そう自分に言い聞かせてきた。


 グラナートはとても頭がいい。飲み込みが早く、勉強もすぐに理解する事ができる。
 語学だけでなく、他の学問も学びさえすればすぐに修得する事ができるだろう。

 誰が見ても僕よりグラナートの方が優秀だ。

 本人もその事はわかっているはずなのに……

 それなのに、自分よりも劣っている僕の支えになるんだ、と。

 僕の苦手なところを自分が補うんだ、と。

 それは全部僕が血の繋がった本当の兄だと思っているから言った言葉だろう。

 僕はグラナートの真っ直ぐな目を思い出して泣きそうになった。

 違うんだ……

 本当は違うんだよ。

 でも本当の事は言えない。

 このまま嘘をつき続けるんだ。

 僕が当主になってもずっと。

 ずっと……


 でも、もし僕が当主になってからグラナートが本当のことを知ったら?

 今はまだお父様が当主だから僕達は外部の人と関わる機会は少なく、身近な人には口止めをできているけど、僕が当主になったら初対面の人と話す機会も増えるはずだ。

 僕が養子だと言う事はみんな知っているだろうから、その話が出るかもしれない。

 その時、僕の隣にグラナートがいて養子の話を聞いてしまったら……?


 グラナートは嘘をついて当主になった僕をどんな目で見るのだろう。

 想像するだけで体が震えた。

 ……無理だ。

 このまま死ぬまで嘘をつき続けるなんて事はできない。


 ……今ならまだ間に合うかもしれない。

 僕が当主になる前の今なら……

 本当に自分勝手だと思う。

 グラナートが生まれた時は喜べなかったのに。

 小さい頃は疎ましく思っていたのに。

 ……今ではグラナートに嫌われるのが怖いんだ。


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