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おまけ

思い出 【アレン】

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「はぁ、私のお坊ちゃんはなんでこんなに美しいのだろう……」

 早朝。仕事に行く前に私、アレン・ルイスはお坊ちゃんとの唯一のツーショットに向かって手を合わせた。
 貯金をはたいて買った豪華な額縁で飾られたその写真は私とお坊ちゃんが正式な主従になって程なくして撮ったものである。
 だから、仏頂面の私とお美しいお顔だがどこか冷酷さが滲み出てるお坊ちゃんの距離はよそよそしく少しだけ空いている。

 今考えるととてつもなくもったいないことしました。もし、過去に戻れるのなら自分を1発ぶん殴ってもっと近づけと怒鳴りつけたいです。
 あわよくば抱き締めろ! そうすればたぶん殺されますが悔いはないでしょう!

 傲慢で冷淡だったお坊ちゃん。
 みんなから怖がられてたお坊ちゃん。
 味方がいなく、敵ばかりのお坊ちゃん。

 でも、私はずっとお坊ちゃんが大好きです。

 この写真を撮った日からーー。


 ☆☆


「ーーそれでは撮りまーす」

 カシャッ。

 お坊ちゃんの専属執事になってから数日が経つ。
 リベラ家では主に専属執事がついたら記念撮影を撮るというしきたりがある。
 今日は大ホールでその記念撮影を行っている真っ最中なのだが使用人達の視線が気になること気になること。

 早く終わってほしい限りです。

 注目を集める恥ずかしさと見世物にされてるような気がして込み上げてくる苛立ちに思わず表情が強ばる。

「アレン様、もっとリラックスしてください」

「……すみません」

 カメラマンに謝りつつチラッと横目でお坊ちゃんを見ると面倒くさそうに小さく細かいため息をひとつついた。

 そりゃつきたくもなりますよね。なんせ、私は初めてでもお坊ちゃんはこの写真撮るのだって両手に収まりきらないくらいですもんね。

 これは嫌味でも同情でもない。ただの他人事だ。

 彼は自己中心的で攻撃的な主。リベラ家の頭首が亡くなってからそれは増し、だいたい週一のペースで専属執事が変えられていった。
 お坊ちゃんじたいあまり使用人達と関わろうとはしないため私達の間では冷酷としか思わなかったが、いざ専属執事になると数日だけでも身勝手さが身に染みてわかった。

 まぁ、でもこの屋敷では長年働かせて頂いてるからそう簡単には辞められないですけどね。

 お坊ちゃんの執事が辞めるのはいろいろなパターンがあるが、大体は執事の方が先に音を上げて逃げていくパターンが多いのだとか。

 数十分かけてやっと撮影が終わり、私は仕事に戻ろうと静かに素早く廊下を歩いた。

「ーーでもさ、ドロシー様もアレンさんも冷酷ペアだからある意味お似合いなんじゃね?」
「ーー2人とも人間じゃねぇもんな! 冷たさが!」
「ーーそれ、先輩もみんな言ってるよな~」

 新人らしき使用人達が手に持ってる箒で同じ所をはきながら無駄話に花を咲かせている。

 私が冷酷……ですか。自覚ないんですけどね。まぁ、私の悪口よりもお坊ちゃんの悪口の方が聞いてて気持ちが悪い。

 私は少しだけ遅めた足を再び元のスピードに戻し新人たちに近づく。

「無駄話はほどほどにしてください。あなたとあなたは他の場所を掃除してください」

「「「はい……」」」

 彼らは一瞬目配せさせるとすぐにバラバラに離れていった。
 彼らが離れたことを見届けると早足でお坊ちゃんの部屋まで歩く。

 お坊ちゃんの部屋の前まで来ると扉が微かに空いている。それに、部屋の中が真っ暗で陽の光さえ入ってこないくらい。

 ……お坊ちゃん……? 誰もいない?

「ひっく……うっ……」

 嗚咽……?

「お坊ちゃん?」

 暗闇の中から聞こえてくる微かな嗚咽に思わずノックもせずに入り込んでしまった。

「な……」

 目の前の光景に思わず体が硬直する。
 と同時に何かものが飛んできて硬直した身体を無理やり動かしなんとか避けた。
 背後からパリンという乾いた音が聞こえてくる。

 危なかった……

「主の部屋に入る時はノックをしろ。常識だろ」
「……申し訳ございません」

 相当苛立っているのかいつも氷のようなお坊ちゃんにしては珍しく感情的になっている気がする。
 いや、これが本性なのかもしれませんが。

「ところで、その使用人はどうされたのですか?」
 
 まるで人質のように手足を縛られている使用人が1人床に転がっている。
 余程お坊ちゃんが怖いのか顔がぐしゃぐしゃになるくらい泣き腫らしている。

「あー……こいつか。ムカついたから縛った」

 ムカついたからって……

 縛られている使用人はこの屋敷でもかなり働いているベテラン。なんなら私よりもここにいる時間は長いだろう。だから、そんな乱雑に扱っていいものなのか。

「も、もう……もう二度と! アレン様の……悪口はいいまぜ……んぐっ!!」

「誰が喋っていいって言った」

 無慈悲なお坊ちゃんは許しを乞う使用人の腹に向かって何度も何度も蹴りを入れる。

 私の悪口を聞いて怒っている……?

「ずびばぜん! ずび、ま、ぜん……!!」
「お前は! 本当に! 俺の癪に障る事ばかりする! ……死ねよ」

 ついに人情も失ったのかお坊ちゃんは近くに置いてあるハサミを手に持って振りかざした。

「おやめ下さい。もうじゅうぶんでしょ」

 思わずお坊ちゃんの肩を力強く掴むとお坊ちゃんは少しだけ寂しそうな目をしてハサミを置いた。
 そして、一言、

「お前はこいつの味方なのか」

 と消え入りそうな声で呟いた。

「お坊ちゃん……」

 その声や表情は一瞬だけだが、弱々しく繊細で指先だけでも触れたら壊れてしまいそうなくらいだった。

 私が……私が、お坊ちゃんを守らないと。

 私よりも権力があり、武術も長けているお坊ちゃんを守るだなんて甚だおかしな話だ。だが不思議とそんな気持ちに駆られた。

 それからの出来事は覚えていない。
 ただわかるのは、ベテランの使用人は辞職し、私のお坊ちゃんへの気持ちが“守らないと”から“好き”に変わっていった。
 


 ☆☆


 あー。懐かしい。
 結局お坊ちゃんは本当に私の悪口を聞いて怒ったのか確かめられなかったのですが、そういう事にしときましょう。
 その方が私得ですし。

 今はもうあの頃のお坊ちゃんはいない。
 でも、どんな性格のお坊ちゃんだってドロシー・リベラには変わりありませんから私は一生貴方の傍についています。
 
「それじゃあ、今日も張り切って頑張りすね」
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